7.対面
――サーッ……
一羽の真っ黒なカラスとそれを追うようにフクロウが一生懸命に飛んでいる。
辺りはもう夕方でオレンジ色の夕日が2羽を照らしている。
すると、2羽の目の前に大きい立派な宮殿が見えてきた。
「ふん、気色悪い城だな……」
そのカラスはこともあろうに言葉を発する。
「なにをおっしゃいますか、私は今まででこんなにも美しい城を見たことはないです」
フクロウは息を切らしながら反論する。
「お前たちの趣味は分からんな。まあ、それもそうか違う生き物だからな」
カラスはそう言うと翼を閉じて急降下する。
フクロウはそれを見ると驚いたように慌てて降下し始める。
フクロウが地上に降り立つとすでにカラスは消えており、その代わりに一人の美しい青年になっていた。
「まったく、何が案内いだ……お前のせいで時間を食った」
ハイドはいまだにフクロウの姿をしたリリュウに向かって言う。
「申し訳ありません、ハイド様」
リリュウは急いで元の少年の姿に戻り皮肉を込めつつ言うと、そそくさとハイドの前に出て歩き出す。
「どうぞ、こちらです」
リリュウは無表情のままハイドを城の中へと案内した。
ハイドは黙ってリリュウの後を歩く。
城の中は清潔感漂う白を基調とされており、ハイドにとっては眩しいくらいである。
広い回廊を黒いマントを着て金髪をなびかせ端正な顔立ちの男が通ると周りの者たちは一瞬その男の発している魔族特有のオーラにたじろぐが丁寧に頭をさげる 。
「こちらです」
リリュウが数多い扉から1つの扉のノブを回す。
扉を開けると、そこには真っ白な長いテーブルがあり一番奥の席には1人の青年が座っていた。
その青年はユウリと同じ髪の色をしているが瞳の色は深い海の底の様な色をしている。
ハイドに負けず劣らず美しい顔をしている。
「ようこそ、我が城へ」
青い瞳をした少年は立ち上がるとお辞儀をする。
「こうして会うのは初めてですね」
ハイドの顔を確かめるように見ながら言う。
「ああ。あんたがユウリを取り返しに来たときにちょっと見たくらいだからな」
ハイドは目の前にいる青年を見据える。
「まぁ、おかけ下さい」
そう言うとハイドは青年の目の前の席につく。
ドアが軽やかにノックされ青年が一声で返事をすると1人の上品な老人が入ってきた。
「ファーレン様、お食事のご用意ができました」
と言い頭をうやうやしく下げる。
「ではハイド、話は食べながらにしましょう」
ファーレンは優しい口調で言うとニッコリと爽やかに微笑んで見せてやる。
「で、話は何なんだ?」
フォークとナイフをなんとも美しく使いながらハイドはファーレンに聞く。
「まあ、そう急がなくてもいいのでは?ゆっくり食事を楽しんでください」
ファーレンは上品に口元に食べ物を運ぶ。
ハイドはゆっくりとファーレンを見ながら食事を進めていた。
「さて、もうこれ以上は話を先延ばしにはできないかな」
ファーレンは少し誤魔化すように笑う。
ハイドは黙ってファーレンに先を促す。
「そう気を張らなくても、いいではないのか?ハイドよ。私たちは両界のトップとして友好関係を築いた象徴であるのだから」
「それはあくまで『形』だろ?俺はお前なんかと死んでも友好な関係になどなれないな」
ハイドは冷たく言い切る。
するとファーレンの瞳が落ち着いた海の色から燃え盛るような真っ赤な瞳に変わった。
その瞳は怒りに燃えている。
「なら、今この場でお前を殺してやってもいいんだよ。ハイド」
怒りに震わせながら笑顔を作るファーレンはとてつもなく恐ろしいオーラを発している。
「望むところだ」
ハイドは短く言うと瞳の色をファーレン同様に赤く染める。
「……そんなバカなことをしてみろ。再びユウリが傷つく。僕はそれだけは許さない」
ファーレンは瞳の色を戻すと悲しげに、しかし何かとても愛おしいものを頭に思い浮かべながら言う。
その様子をハイドは冷めきった表情で凝視している。
「それで、用件を早く話せ」
「君はユウリをどうしたいの?」
ファーレンはそんな率直な言葉をハイドを睨みながら聞く。
「さぁな」
ハイドは目の前で睨んでいる相手をみようともせずにそっけなく、無関心のように答えるとファーレンがテーブルの向こう側からハイドのピシッとした真白なシャツの襟を掴む。
「お前、殺されたい?」
ファーレンは低い声でハイドの耳元で囁く。
その声は激しい怒りがこめられている。
ハイドは掴まれている襟に目をやると顔を上げ真っ直ぐにファーレンを見た。
「ユウリも知らないことを俺はお前に先に話す気にはなれん」
ハイドが落ち着いた様子でそう言うとファーレンはゆっくり掴んでいた襟を離した。
「じゃぁ、お前はユウリのことが……」
その最後の言葉を口に出したくないのかファーレンは口をつぐみフッと何か遠くのものでも見ている様にどこかを眺め鼻で笑った。
「それを聞きたかっただけなのか?」
ハイドは乱れた襟を両手で直し立ち上がろうとしたがファーレンが座れと合図をした。
「ユウリには婚約者がいる。そのことは知っている?」
座りなおしたハイドにファーレンが鋭い目つきを送りながら言う。
「……婚約者」
ハイドはそう小さく呟くと考え込むように目を伏せた。
「そうだ、彼女は生まれた時から決められた相手がいるんだ。運命は変えられないよ……。分かっているよね?」
ファーレンはハイドをさも哀れに思っているように喋る。
「運命……運命なんて俺達の知ったことでない。神のみぞが知ることだ」
「君は頑固な子だね・・・まぁ、もしそうだとしても要はユウリの気持ちが重要ってことだ……。僕だっていくらなんでも彼女が嫌がるのを無理やり結婚しようとは思わないよ……。彼女の幸せが一番だからね」
ファーレンはふいに優しい表情になる。
「ユウリは知っているのか?」
ハイドが真剣な顔で聞く。
「何を?」
「婚約者がいることをだ」
「知るわけないだろう。時が来ればと思っていたし、それに…僕たちが許嫁どうしだなんて言わなくてもユウリは僕のところに来てくれると思っているからね」
ファーレンは強気な言葉を口にしながらも本当は不安なのであろう、表情が少しこわばる。
「ユウリがもしお前のところに帰りたいと言ったら俺は止めない。しかし、もしユウリの気持ちがそうでないなら……」
ハイドは早口でそう言うと席を達マントをはおると黒いマントの裾をなびかせながらさっそうと歩きだす。
「その時は何があっても俺はユウリを渡さない」
と扉を開ける時に少し立ち止まってファーレンに背を向けたまま言うと部屋から出て行った。
「なんて、憎たらしい子なんだろうね……顔も性格も気に食わない」
ファーレンは窓から飛び立つハイドを眺めながらそう呟くと手にしていたグラスがパリンッと音を出しながら綺麗に割れた。
城に戻るともう月は真上に来ようとしており。
城の中心の大部屋には一人の美しくどこか幼げな少女となんとも愛らしい少年が2人でカードゲームをしていた。
「それにしても、ハイド遅いですね。本当にどこに行くかは言っていなかったんですか?」
「うん、用事を思い出したみたいだったよ」
スワンは内心ギクリとしながらも平然と答える。
「そうですか、まあハイドもお忙しいんですね」
ユウリは勝手に納得してように大きく頷くとカードを片づけ始めた。
「さあ、スワン。もう寝るお時間ですよ」
そう言ってスワンの頭を優しく撫でてやる。
「はぁい。でも、どこのお部屋で寝るの?」
元気よく返事をしたが急に心配しているような顔になる。
「心配しないで、スワン。お城のお部屋はたくさんあるのですけど、そうですねえ……スワンはよくお城にきてくれるのでスワンのお部屋も用意してあげましょうね」
ユウリが人差し指を柔らかいピンク色をした形のよい唇にあてながら考えるように言うと。
スワンは小さくとび跳ねながらユウリに抱きついた。
「ありがとうっ!!ユウリ様っ」
その時、部屋の扉が静かに開いた。
「まあ、ハイド。おかえりなさい」
ユウリはスワンに抱きつかれたまま出迎える。
ハイドはそのユウリの言葉に答えることなくすごい勢いでユウリとスワンの方へ近づくとスワンの首根っこを掴みユウリから引き剥がした。
「お前の部屋ならどこに作ってもいいぞ」
と何事も無かったかのように言う。
スワンは口を尖がらしていじけている。
ハイドが意地の悪い笑みを口元に作りながらスワン頭を無理やりくしゃくしゃと乱暴に撫でてやる。
その様子を見ながらユウリはくすくすと密かに一人で笑っていました。