4.恐れ
ハイドとユウリは広い部屋でトランプをしていた。
窓から見える景色は真っ暗でただただ細い三日月が辺りをぼんやりと照らしているだけである。
「俺の勝ちだ」
ハイドはカードを表に向け机の上にのせる。
「はぁ、またですかぁ。少しは手加減してくれないと面白くありません」
ユウリはカードから手を離すと怒ったようにぷいっと頬を膨らます。
「おい、拗ねるなよ。それに俺は手加減したつもりだったが……」
その言葉を聞くとユウリはさらに機嫌を悪くする。
「もうっ」
小さく怒るとカードを片づけ始めた。
「あれ?このカード…」
ユウリはふいに片づけていた手を止めると一枚のカードに顔を近づけた。
「このカード2枚くっついてるみたいですよ」
そう言ってユウリはそのカードを破かないように慎重に剥がす。
「…………いやっ!!」
カードを剥がすなりユウリはそのカードを放り投げ口に両手をあててわなわなと震えだす。
ハイドは素早くカードを拾う。
そのカードには黒い血がべったりはりついていた。
随分古い血なのであろう、ハイドはそのカードに鼻に近づけ目を閉じてその血の匂いを確かめる。
そして、ゆっくりユウリに近づくとそっと彼女の肩を抱いてやる。
「大丈夫だ。あの血はおそらく吸血行為をした時に飛び散ったものだ。あの血は人間のものでないから安心しろ」
ハイドはいつもと違った優しい声でユウリをなだめるように言う。
「ご、ごめんなさい……。私、怖くて」
ユウリはまだ肩を震わせている。
「血が好きなのは魔族だけだから…お前が怖がることくらい分かっている。驚かしてすまなかったな」
ハイドはユウリの頭をなでると包み込むように優しく抱きしめた。
ユウリの荒かった息がだんだんと落ち着いてくると、その腕を放そうとした。
「ハイ……ド。 待って、まだ離さないで。しばらくこのままでいてくれませんか?」
ユウリは背の高い吸血鬼の顔を下から見上げる。
よほど必死なのであろうか、消え入りそうな声で頼む。
ハイドはそれに応えるようにすこし力を入れてユウリを抱き締めなおすとユウリは少し安心したようにハイドの背中に腕を回し、ぎゅっと手に力をいれてハイドの背中にしがみついた。
コンコン……。
ハイドが自分の寝室に戻り、まさに寝ようとしているとふいにドアが叩かれる音がした。
立ち上がりドアに近づいていき、ゆっくりドアを開けると、そこにはシルク素材の肌心地のよさそうなルームドレスを着たユウリがきまり悪そうにもじもじしながら立っている。
彼女の長い黒髪が白いシルクによく映えていてハイドは目を奪われる。
しかし、ハイドは表情を崩さないためその心情はユウリには伝わらない。
「どうしたんだ?」
ハイドは聞かなくても分かるような質問をユウリにする。
「あの、怖くて……。今日に限ってビーはどこかに行って帰ってきてないですし」
ビーというのはユウリの猫のことである。 いつもユウリの寝室でゴロゴロしているのだが今日はどこかへ出かけているようだ。
「で?」
ハイドは短く聞く。
「一緒に寝ても構いませんか?」
ユウリは手を後ろで組んですがるようにハイドの顔色をうかがう。
「はぁ……俺は猫の代わりか」
ハイドは苦笑しながらわざとらしく溜め息を吐く。
「いや、あの……」
ユウリはそんな吸血鬼の様子に慌てる。
「冗談だ。いいぞ、入れ」
本気で焦り出したユウリを見てふっと口元を緩ませると、そう言いハイドはユウリを寝室に入るように手まねきする。
ユウリは安心したようにほっと息をつくと小走りで部屋に入る。
「お前はベッドで寝ろ」
そういうと自らのベッドを指差して言う。
「え?でも、ハイドは?」
ユウリは不思議そうにハイドに尋ねる。
「俺はソファで休む」
ハイドは隣にあるソファに目を向ける。
ユウリはさらに不思議そうに首をかしげる。
「でも、そんなところで寝ては風邪をひきますよ?」
「お前はバカか。お前だって一応、いい年頃だろう。その乙女、とやらを守らなければならないのではないのか?それともあれか……そんなに俺と一緒に寝たいのか?」
ハイドは口元を意地悪く歪め、他の女が聞けば一瞬で落ちるであろう言葉をユウリの耳元で囁く。
その様子は男のくせに女よりも魅惑的である。
ユウリはハイドの言葉を理解するのにしばらくかかったが、理解した途端に顔を真っ赤に染めた。
「そっ、そんなわけないじゃないです。私はただ……」
「ただ、なんだ?」
さらに追い打ちをかけるがのごとくハイドはユウリに詰め寄る。
「ただ、ハイドの部屋のベッドを私が占領しては悪いと思っただけですっ」
「……俺だって男だ、忘れてないか?」
先ほどまで余裕な表情だったハイドが悲しげに呟く。
「だって、ハイドは……」
「男として見られてないってことか?」
ハイドはさらに白々しく悲しそうな表情を作る。
「そっ、そういうことでは……」
ユウリは悲しそうにしたハイドの様子に慌てるが、その必要はなかったようだ。
「ふぅーん。じゃぁ、俺のことちゃんと男として見てるんだ」
口元に不敵な笑みを浮かべユウリの手を取ると口づけを落とす。
「ハイドっ??」
突然のハイドの行動にユウリは驚き、顔は林檎よりも赤いのではないかと疑うくらい赤く染めている。
「さあ、なら一緒にベッドで寝てやる」
ハイドはそう言うと手足をジタバタしてハイドから逃れようとするユウリを抱きかかえると優しくベッドに降ろした。
「ねぇ、ハイド?小さい時もこうやっていましたよね」
意地悪なハイドに頬を膨らませながらもベッドに入るとユウリは昔を思い出し、懐かしむように言う。
「そうだな、昔もお前がよく怖がって俺の部屋に来ていたんだよな……俺は純血の吸血鬼で魔族からも恐れられるほどなのに、面白い奴だなとは思っていたが」
「だって、一人ほど怖いものはありませんよ。それに、その時はハイドが吸血鬼だなんて知りませんでしたし。その、あの……吸血行為をしているのを見たことがなかったので」
「お前には見せたくなかったんだ。もし、見たらお前は俺を怖がるだろう?」
暗くてよくは見えないがハイドの声はかすかに苦しげになった。
「え、どうでしょうか……見たことがないので分かりません」
ユウリは少し戸惑いながら答える。
「怖がらせるようなことを言ってもいいか?」
「なんですか?」
「お前の血は今まで見てきたどんなやつより上手そうな香りがする」
ハイドはわざとユウリを怖がらそうと意地の悪い微笑みを浮かべて言う。
しかし、ユウリの反応は意外なものであった。
「ハイド……私、あなたのためなら、血を差し上げてもいいですよ」
「ユウリ……怖くないのか?」
ハイドは驚いたような声を出す。
「うーん、さあ?見たことありませんし」
ハイドは呆れたように溜息をつく。
「ユウリ」
そう彼女の名前を呟くとハイドはユウリを腕の中にいれた。
「ハイド、あなたの方こそ何かを恐れているようですよ」
ユウリの言葉にハイドは内心ドキリとした。
「そうだな、俺は恐れているのかもしれないな……」
「何を恐れているのですか?あなたの不安は私が奪ってあげたいです」
そんな頼もしい言葉を言いながらもユウリはだんだん眠くなってきたのか目をこする。
「俺は……」
ハイドがそう言いかけ自らの腕にいる少女の顔を見ると、その仙女はもうすでに夢の中にいるようだった。
「まったく、こいつは」
そうぼやきながらもハイドは心の中にほんわりと温かい何かが入り込んできたことを悟った。
そして、ユウリの髪をゆっくり撫で口づけを落とした。
「そうだな、俺はきっと……お前がこの腕の中からいなくなるのが怖いんだな」
小さな声で呟くと腕にユウリを抱いたままハイドもまた夢の中へ導かれていった。