3.薔薇
かつて、古城の周りには美しい花々が咲き誇っていたが今ではその面影すらない。
2階の窓からその寂しげな様子を見ると、ユウリは急いで庭にでる。
地面にしゃがりこみ、手を胸の前で組み目を閉じ顔を下に向けると小さな声で呪文のようなものを静かに唱えた。
すると、みるみるうちに辺りから色々な色をした花が溢れんばかりに咲きだし、どこからか愛らしい小さな色々な色の鳥たちまでもが庭を自由に飛び回る立派な庭になった。
ユウリは満足そうに見回すと側にあった一輪の真っ赤な薔薇を見つけるなり愛らしい瞳を優しく細め、そっと棘が刺さらないように摘み取った。
そして、その花を大事そうに両手で包みこむようにして吸血鬼の元へ駆けて行った。
「ハイド。これ、どうぞ」
ハイドは居間で長い足を伸ばし紅茶をいれたカップを手にくつろいでいた。
走ってきたのか、荒い息をしているユウリの持っているその一輪の花に気づくなり手まねきをしてユウリを傍につけた。
「薔薇か……」
「はい。ハイドは薔薇がお好きでしょう。どうぞ」
少し恥ずかしそうにしながらユウリはハイドに薔薇を手渡すとニコッと無邪気に笑った。
ハイドは薔薇を手にすると愛おしいようにそれを眺める。
「美しいな……」
「はい、他にもいろいろなお花を咲かせておきましたよ」
ユウリは窓の外を指差して嬉そうに言う。
ハイドは立ち上がり、窓から外を見ると先ほどまで枯れ果てていた庭が美しい花々で埋め尽くされている様子に感心する。
「お前も、立派な仙女になったんだな」
そう言ってユウリを見る。
「そうですか?まあ、お兄様にいろいろと習いましたから」
少し照れたようにユウリは頬を赤らめる。
「花の女神クローリスは、愛していた仙女が死んだとき、その仙女を花の女王といわれるような花に変えてくださいとオリンポスの神々に頼んで、その願いによってその仙女は薔薇の花になったと言われているのですよ」
「そんな伝説もあったな」
ハイドはユウリの身体を引き寄せると壊れものでも扱うように優しく抱いた。
そして、身体をゆっくり離すと恥ずかしそうにしているユウリを見てくすりと笑う。
「お前には薔薇の花というより、この……葉だな」
ハイドはついていた一枚の濃い緑の葉をぷちっとちぎるとユウリに渡した。
ユウリは手に乗っかっている一枚の葉を見ると。
「ど、どういうことですか?乙女に失礼ですよっ」
と顔を赤くし怒ったようにハイドの胸をパタパタと叩く。
ハイドは自らの腕の中で暴れるユウリを抑えるように腕に力を入れると。
「はぁ、お前は赤い薔薇の葉に込められた意味も知らないのか…まだまだだな」
と呆れたように呟く。
「え?意味…ですか?」
ユウリは暴れるのをやめハイドの腕の中からするりと抜け出す。
「まぁ、いい。それより城の模様替えをするといってはりきっていたんじゃないのか?」
ハイドが話を切り替えると単純なユウリはハッと思いだしたように。
「まぁ、そうでしたね。さぁさぁ、おひさまが沈むまでに済ませてしまわないといけませんね」
そう言うなり来たときのように急いで部屋を飛び出していった。
「まったく…」
ハイドはユウリの慌てて出て行った扉を見ながら吸血鬼らしくない優しげな笑みをもらした。
そして、ソファに体を預けると薔薇を器用に指で弄び、最後には口にくわえながら眠りの中へ導かれていった。
しばらくしてハイドが昼寝から目を覚ますともう夕方で、眩しいほどの西日が窓から差し込んできていた。
ハイドは立ち上がって口にしていた薔薇を離しテーブルの上のユウリが用意したであろう花瓶に挿すと、窓の方へ寄り目を細めて見事な夕焼けを見る、下に目を向け走り回っているユウリを見つける。
「ユウリ…まだやっているのか」
「まぁ、なんて綺麗な夕日なのでしょう。ハイドにも見せてあげたいですけど、まだ寝ているのでしょうか?」
ユウリは花に水をあげながら城の中で寝ているハイドを頭に思い浮かべながら独り言を呟く。
「失礼なやつだな、俺はもう起きているぞ」
突然後ろからハイドの声が聞こえ、ユウリは肩をびくりと跳ねさせ、持っていたジョウロを落としてしまった。
「もうっ、驚かさないでくださいよ」
ユウリは落したジョウロを拾い上げながら頬を膨らませハイドを睨む。
「お前を驚かして何になるっていうんだ」
ハイドはユウリの手からジョウロを取り上げるた。
「もう、今日はこれくらいにしておけ。日がまもなく沈む」
見ると夕日はもう半分沈んでいるではないか。
「そうですね、それにもうほとんどお城のお世話は終わりましたからね」
ユウリは満足したように微笑みながら辺りを見回す。
「そうだな、城のオーラも随分と変わっているな。」
ハイドもユウリのように城を見回す。
「どんなオーラですか?」
「そうだな、明るい色だな。いろんな色が混ざっている…オーロラのように美しい」
ユウリはハイドが説明しているのを聞きながら、目を閉じて城を感じようとする。
心の中がほんわり暖かくなり、その途端ユウリの目の裏にオレンジ色やピンクや黄色、それに緑…他にもさまざまな色が美しく協和している。
その中に輝く色が1つ…それは黒色をしているが、それは恐ろしい色に感じることはなく、なぜか落ち着くような輝きを発しているのである。
それはおそらくハイドのオーラなのであろう。
この古城の城主である彼は他の何よりも存在感を現している。
「すごいですね」
ユウリはハイドのことを考えて呟くとハイドは庭のことだと思ったのであろう、同意するように頷く。
「さあ、もう城へ入るぞ」
「はい、夕食の用意しましょうね」
ハイドとユウリは2人揃って沈んだ夕日の残していったわずかな光を背に受けながら城へ戻った。
一人の美しい女性がその長い金色をした髪をとかしながら傍にいる愛らしい金髪の少年を優しく見つめる
「母さん、今日もバラは美しいですね」
少年は庭で美しく咲いているバラを眺めながらその女性に話しかける
「そうですね、あなたは何色のバラが好きなのですか?」
「赤です。血のように美しい色をしてるから」
少年は顔を輝かせて答える
「まあまあ、吸血鬼が惹かれる色ですものね。ではハイド、ひとつ教えてあげましょうね」
女性は少年をみて美しい微笑みをする
「はい、母さん」
「赤いバラの花言葉は情熱、愛情。蕾は純潔、尽くす、恋の溜息。そして・・・葉は」
そこで女性は一息をおいた
「なんですか?母さん。葉は?」
少年は急かすようにその愛らしい顔を女性に向ける
「葉はね、あなたの幸福を祈る・・・・そして無垢の美しさ。なのよ」
「ふぅーん」
少年は興味がなさそうに空返事をした