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  作者: 宙音
17/25

17.闇と光

「……あれ?」

 いつものように朝早く目を覚ますとユウリは異変に気づいた。

 普段なら隣でふとんにくるまっている美しい金髪の吸血鬼が今朝はいない。

 昨夜は一緒にベッドに入ったはず……それなら、早起きをしたとでもいうのであろうか。

 いや、ハイドに限ってそんなことは……。

 ユウリはベッドから素早く下りると城中を走り回ってハイドの姿を探した。しかし、彼の姿はどこにも見つからず、ようやく見つかったのは一枚の紙切れであった。

「なんでしょう?」

 ユウリがテーブルに置かれた一枚の紙を手に取るとさっと目を通すと深く息を吐いた。


「ひとりでお城でお留守番は意外と寂しいものなのですね」

 ユウリは広い大広間の大きなソファにひとり腰掛けて何をするわけでもなく、ただぼんやりと天井を眺めていた。

 すると、ユウリの足元で何かの鳴き声が聞こえたと思えば、愛らしい白い猫がするりと膝に乗る。

「そうですね。ビーがいましたね」

 ユウリは微笑んでその猫を見ると優しく撫でてやる。

 ビーは気持ち良さそうに一声鳴くと目を閉じた。


 どれくらいの間、そうしていたのであろう。ユウリはビーを膝にのせたまま寝ていた。

 気がつけば日が傾き始めているではないか。

「まあ、いけませんね。もうハイドが帰ってきてしまします」

 ユウリは膝から嫌がるビーをひょいと持ち上げ下ろすと台所に向かった。

 ちょうど、その時である。めずらしく城の門のベルが鳴らされた。

「あら?ハイド……のはずないですよね。スワンでもないですし」

 ユウリは口をすぼめて首を傾げて玄関に向かおうとするとビーが毛を逆立てて威嚇するように鳴き始めた。

「ビー、どうしたの?」

 ユウリはビーをあやす様に抱きかかえるとそのまま玄関に向かった。

 

 キイィ……

 重い音をたてて、大きな扉を開けるとそこには小さな可愛らしい少女が立っていた。

 ユウリは大きな目を見開いて赤色のワンピースを身に纏っている少女を見る。

「あの……道に迷っちゃって。それで、大きなお城があったから誰かいると思って……」

 少女は恐る恐るユウリの顔を伺いながらか細い声で言う。

「一人で、ですか?」

 少女は目を伏せたまま頷く。

「どこへ向かう途中だったのです?」

 ユウリは親身になって少女に優しく聞くと少女は顔をゆっくり上げてユウリを見る。

「おじい様の家へ……。」

 気の優しいユウリは招きいれようと少女の細い腕を掴む。

「入って下さい。今、ちょうどご飯を作ろうとしていたところなん……で……」

 ユウリが急に身体をぐらつかせると玄関ホールの冷たい大理石の上に倒れ込む。

 少女は驚くでもなく慌てるでもなく。ただ、倒れ込んだユウリを上から見下げると先ほどと同じ人物とは思えないほど冷酷な笑みを浮かべた。



 日が沈み辺りが暗くなると暗闇の中を目立つ金色の髪をした青年が城へ岐路を急いでいた。

 青年は目当ての城の前まで行くとふいに足を止めた。

 そして、次の瞬間には長い足で城の中に走っていった。

「ユウリ!どこだ!」

 ハイドにしては珍しく声を荒げて叫ぶと城の中でその声が寂しげに反響する。

「にゃー、にゃー」

 いつの間にかハイドの足元にビーがすり寄ってきていた。

 ビーは必死に何かを訴えかける様に鳴く。

 ハイドはじっとその猫を見ると何かを悟ったように踵を返し、すごい勢いで城を飛び出して行った。

「あの……馬鹿っ」

 そう小さく呟いて。 

 


「……え?」

 ユウリは重たい頭を手で押さえながら目を薄ら開ける。

 ここはどこなのであろうか。ユウリは周りをぼんやりと見てみるが薄暗い室内なのか、ユウリの瞳に映るのは闇しかない。

 辺りが暗闇だと気付くとユウリは途端に恐怖に打ちのめされる。

 頭を両手で押さえ、うずくまり、暗闇から逃れようと試みるが、闇は消えることなく冷たくユウリを嘲笑うかのごとく佇む。

「や……いや……」

 すると、一筋の光が差し込む。ユウリは顔を上げるとその光の先を見る。

「あなたは……」

 ドアを開けて外側に立っている少女を見てユウリは先ほどのことを思い出す。

「ここは?私はどうしてここにいるのですか?」

 ユウリはすがるような瞳で少女を見る。しかし、少女は微笑んだままユウリを凝視している。

 ふいに一筋の光が消える。ユウリは息を呑んで再びうずくまる。

「ふふっ。美味しそうね」

 女の甲高い声が部屋の中に響きユウリは驚いて顔を上げる。

 暗い部屋の中でフードを被った女が目の前にぼんやりと浮かんでいる。

「あら、こーんなに怯えちゃって……。可愛いんだから」

 ユウリは身体を小刻みに震えさせる。

 女はユウリの顔を上に向けさせてじっくりとユウリの顔を見る。

 真っ赤に染まった2つの瞳がユウリを見つめるとユウリは背筋が凍り付くような感覚に襲われる。

「……やっ、やめてください」

 やっと出た声でユウリは勇気を振り絞って言うと女は甲高い声で笑う。

「わ……私をさらって、どうするつもりなんですか」

 ユウリは震える声を隠そうとするも、どうしても喉の奥からくる震えを抑えきれない。

「食べるのよ。まずは、あなたの首筋に牙をあてて血を一滴残らず飲むの」

 女はそう言うとユウリの反応を楽しむようにユウリの頬を赤い爪の先でなぞる。

「そして、最後はね……あなたの肉を美味しく食べるのよ」

 目をカッと見開いて、恐ろしさのために身体を少しも動かすことができなくなる。

「なんのために、そんな……」

「乙女の血肉はね、永遠の美しさを我にもたらすのよ。今まで何百人もの乙女の血肉を喰らってきたけど、あなたは別格ね。人間の血が一滴も混じっていない代々神格の家系に産まれた一人娘……ねえ、ユウリ?」

 ユウリは自分の名前を耳元で囁かれ、身震いをする。

「にっ、人間の女の子をさらったんですか!?」

「ええ、そうよ。人間は少しさらった所で騒ぎにならないでしょう?」

 女は舌舐めずりをしてユウリを見る。

「さあ、お喋りはこの辺で……。そろそろ喉が渇いてきたわ。早く、血を……」

 ユウリは恐ろしさのあまり瞼をきつく閉じることしかできない……。

「ぎゃあっ」

 突然、女の呻き声が聞こえたと思えばユウリの顔に生ぬるいものが飛び散る。

 ユウリは恐る恐る瞳を開けて目の前を見ると、暗闇の中に何が起こっているのかユウリには分からずただ気を確かにしているのが限界であった。

 その時、力強い腕がうずくまっているユウリを抱きあげると扉を押しあけて明るい場所に出る。

「ハイ……ド」

 自らの身体を抱きあげているのがハイドと気付くとユウリは一気に気が抜けて瞳から涙がこぼれ出す。

 ハイドはユウリが無事なのを確かめるとゆっくり彼女を床におろし、痛みに呻いている女に目を向ける。

「お前……よくも、こんな真似を……」

 ハイドの瞳は今やいつもの落ち着いた灰色でなく血のように底光りする赤色を帯びていた。

「ううっ……。ハイドさまっ。邪魔をなさらないで下さい。この少女の血肉を……」

 相当、深い傷をおっているにも関わらず、女はまだユウリを求めんとす。

「ユウリの血をお前に?ふざけるな。お前のように汚れたものには触らせたくもない」

 ハイドは冷たい声で言い放つとユウリに目を閉じるように、と言う。

 ユウリは言われた通りに目を閉じ、両手で顔を覆う。

 それを見るとハイドは鋭い爪を女に向けた…………。


「もう、いいぞ」

 ハイドの声を聞くとユウリはゆっくりと目を開ける。

「……きゃあっ!!」

 顔を覆っていた両手を見ると生ぬるい新鮮な赤い血がべっとりついている。

 ユウリは自らの手をがたがた震わせ、確認したくない自分の顔にゆっくり指を伸ばす。

――パシッ

 その手を止めるようにハイドが抑える。

「やめろ……今、拭いてやる」

 そう言うとハイドはユウリの顔についている血を拭う。

「ハイド……」

 見るとハイドの爪はいつもよりはるかに長く先は尖っている。それに、なにより手全体に真っ赤な血が滴り落ちているではないか。

 ハイドはユウリの目線を追うと自らの手を見つめる。

「……怖いか?」

 ハイドは今やありのままの吸血鬼としての姿で無表情のままユウリに尋ねる。

 ユウリは首を振るとハイドの血だらけの手をとる。

「怖くないですよ。ハイド、ありがとう……」

「ユウリ……。悪い、あいつは俺が今日の仕事で取り逃がした吸血鬼なんだ」

「そうでしたか。そんなことで謝らないでください。ハイドは私を助けてくれました、それでいいではないですか」

 先ほどの出来事で相当な衝撃が胸を貫いているにも関わらずユウリはハイドを心配させまいと一生懸命、平静を保つ。

「ごめん……」

 ハイドはそう言い、ユウリを抱きしめようとするが自分についている血を見るとそれを踏みとどまった。

「ハイド、帰って温かいお湯で洗いましょう」

 ユウリはそう言うと自らハイドの腕へ飛び込んだ。

 しかし、さすがのユウリでも限界であったのだろう。ハイドの胸に飛び込んだ途端、張りつめていた気が緩み気を失ってしまった。



「起きたか?」

 ユウリが目を覚ますと、ベッドの脇でハイドが心配そうにユウリを覗き込んでいた。

「はい……。ここは、お城?」

 ハイドが頷くとユウリは自分の着ているものに気が付く

「ハ…ハイド?」

 ユウリは焦って口を魚のようにパクパクさせる。

「なんだ?」

「私、どうして……着替えているんですか?」

 ユウリの体には少したりとも血はついておらず、さらに着替えまで済まされているではないか。

「ああ、血のついたまま寝かせておくのもなんだろ?」

 全く、罪悪感のないようにハイドは答えるとユウリは顔を真っ赤に染める。

「そっ、それはそうですけど……」

「なら、文句はないだろ?……お前が起きるのを待っていたら俺は全然、寝れなかった。眠い」

 ハイドはそう言うなりユウリの隣に寝転ぶ。

「え。ごめんなさい」

 ユウリは眠たそうにしているハイドの横顔を見ていると、急にその顔がこっちを向いた。

「別に」

 あまりにも素っ気ないハイドにユウリはくすりと笑う。

「ハイドが、来てくれるような気がしていたんですよ。あの月長石……ぎゅっと握ってたらハイドの急いでいる鼓動の音が聞こえてきたような気がして……」

 ユウリは今も首からさげている石をハイドに見える様にだす。

 ハイドはその石をじっと見る。

「確かにこの石にはそういう力がある。でも、それが発揮できるのは持ち主によるんだ……。さすが仙女だな」

 ハイドは眠いのか瞼をこすりながら感心したようにユウリに言う。

 ユウリはそんなハイドが愛らしく思えて手を伸ばす。

「もう、寝て下さい。今朝も早くからお仕事に行っていたんですから……お疲れ様です」

 そう言いながらユウリがハイドの瞼をそっと閉じさせるとハイドはスラッと筋の通った鼻でフッと笑った。

「お前に心配されるようじゃ、俺もまだまだだな」

 瞼を閉じていてこの世のものとは思えないほど美しい寝顔なのに、そんな意地悪を言うハイドをユウリは可笑しく思おう。

「ハイド……本当にありがとう」

 ユウリの心のこもった言葉を耳にするとハイドも気持ちよく夢の中に入り込んでいった。


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