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  作者: 宙音
12/25

12.嘘

 ハイドがユウリの元から去って行ってから一か月がたった。

 ユウリはファーレンに記憶を少しばかり修正され、ハイドがいなくなったことには気が付かないあまりか、ハイドの存在さえ忘れてしまっている。

 ユウリが思い出さない限りその記憶が勝手に戻ってくることなどありえず…。

 しかし、ユウリは住み慣れた城でファーレンや城で働く者たちと楽しく暮らしている。

 いや、これが普段の生活なのであろう。

 ハイドと暮らした時間の方がはるかに少なく、この城で過ごした時間と比べればどれほどの差があるのだろうか。


「お兄様っ、一緒にお散歩に行きましょう」

 ユウリは声をはずませファーレンに微笑みかける。

 ファーレンは浮かない顔をしてぼんやりとユウリの顔を眺める。

「お兄様?」

 ユウリは不審に思い瞬きを繰り返し兄を心配そうに見る。

 ファーレンは目の前にいるユウリの存在に今しがた気づいたと言わんばかりに驚くと。

「ああ、ごめんね……疲れているのかな」

 ファーレンが頭を手で抱えユウリから離れソファに腰掛ける。

「まあ、それは大変です。お散歩どころではありませんね、早くお休みにならないと」

「いや、大丈夫だよ。散歩に行きたいの?」

 ファーレンはユウリに優しく微笑むとゆっくりと立ち上がろうとする。

「えっ、でも……疲れてらっしゃるならゆっくりしていないといけませんよ。お兄様は神格界の大切な方なんですから」

 ユウリは立ち上がろうとする兄の方をゆっくり押し戻す。

「ユウリは優しいね」

 ファーレンが呟くとユウリはぽっと頬を赤らめる。

 ファーレンはそんなユウリを見ながら瞳を伏せる。

 その瞳には悲しみの色が満ちている。

 ユウリはハイドのことを思い出していないが、それでもいつ思い出すのかは分からない。

 もしかしたら、こう話している間にでも何かの拍子で思い出してしまうかもしれない。

 そう考え始めると心配で少しの間でもユウリから目を離したくないと思い、ユウリが寝ている時もファーレンはずっと気を張っていてここ最近はさすがのファーレンも疲れがたまっているのだった。


「お兄様は何色がお好きですか?」

 ユウリはベッドの傍らに椅子を置き、そこに背を預けている。

「ユウリはいつも唐突だね……そうだね、僕は白と黒が好きかな」

 ファーレンはベッドに横になりながらユウリに顔を向ける。

「やっぱり白と黒ですよね。昔から変わっていませんね」

 そう言ってユウリはくすくす笑う。

「覚えていてくれたんだね」

「覚えてますとも、でも……どうして黒と白が好きなのかは聞いたことがありませんでしたね?どうしてですか?だって正反対の色じゃないですか」

 ユウリはファーレンと目を合わせるとファーレンは自然と目をそらす。

「そうだね、正反対の色だね。でもね、正反対っていうのは実は隣り合っているんだよ。ユウリにはまだ分からないかな?」

 ファーレンが言うのをユウリは顔を伏せて聞いていた。

 ユウリはふっと顔を上げるとなんとも凛とした表情でファーレンを見据える。

 ファーレンはその瞳の真っ直ぐさにどきりとする。

「分かりますよ。お兄様……正反対の生き物でも本当はとても近い存在なんですもの」

「ユウリ……」

 ファーレンは言葉を失う。

「ごめんなさい、お兄様……。私、本当はお兄様が記憶修正の術をかける時にそれを防ぐ呪文を……」

 ファーレンはベッドから身を起こすとユウリを見つめる。

「まったく……君は」

 ファーレンは大きく溜息をつくと手で顔を覆う。

「ごめんなさい……」

 ユウリは顔を覆っているファーレンを心配したように覗きこむ。

 しかし、覗きこんだその顔は可笑しそうに笑っていた。

「え……?お兄様?」

 ユウリは驚いてファーレンの顔を目を丸くして見る。

「ははっは…もう、君は……本当に面白い子なんだから」

 ファーレンはついにはお腹を抱えて笑いだす。

「えっ!?大丈夫ですか、お兄様」

 ユウリは本気で心配しだす。

 そんなユウリをよそにファーレンはなおも笑いが止まらない様子である。

「ユウリは何がお望みなのかな?」

 ファーレンの笑いが一通りおさまるとユウリの顔を真面目に見据える。

「私は……今は……だと思います」

 ユウリの言葉を聞くとファーレンは頷いてベッドから出るとユウリに白いコートを着せた。

「早く行った方がいい。暗くなる前にね……。彼は新しい方の城にいると思うから、心配だから僕もついて行きたいんだけど……彼の顔は見たくないからね」

 そう言うとファーレンはユウリをぎゅうっときつく抱きしめた。

「お兄様、ありがとう。行ってきますね」

 ユウリはファーレンの腕の中でそう言うとファーレンは顔をユウリの肩にのせた。

「僕は待ってるから……早く戻ってきてくれ……」

 今にも枯れてしまいそうな声でユウリに囁く。

「分かっていますよ」

 ユウリはその言葉の深い意味も知っているのか知っていないのか明るい口調で返事をする。

 それを聞くとファーレンはふっと笑い腕を離した。

「さあ、急ぎなさい」

「……お兄様 大好きっ」

 ユウリはそう小さく叫ぶと解かれたばかりのファーレンの腕の中に自ら飛び込むやファーレンの頬に口づけをした。

 そして素早く体を離すと 行ってきます と言い姿を変え窓から飛び立った。


 残されたファーレンは肩をかたかたと震わし笑っていた。

 ユウリの唇が触れた頬を片手で触ってみる。

「どこまでも面白い子だね……ユウリ」


――ハイドの傍にいたい。


 彼女は真っ直ぐな瞳でファーレンを見据えたまま言い放った。

 その言葉に微塵の戸惑いも不安も感じられなった。

 もしかしたら、誰よりも彼女が悩んだのかもしれない……。

 記憶が修正されたふりをしている間にいろいろ考えたのだろう…。

 人が困っていると誰でも構わず助けようとするのに、自分が困っているときは一人で全部抱え込んでしまうのが彼女の悪い癖だ……。

 もうちょっと周りの人に甘えても…駄々をこねてもいいものを……。

 ファーレンは瞬きをゆっくりするとユウリの出て行った窓に近づく。

 ……ユウリは暗くなる前にちゃんとつくだろうか。

 そんなことを考えながら窓をぱたんと閉めると部屋を出た。

 誰よりも愛している……愛おしい妹であり婚約者……。

 だからこそ、彼女が一番幸せになる道があれば通らせてあげたくなってしまう。

 後のことなど考えずに、ただ彼女の太陽のような笑顔を見たいがために……。

 自分でも馬鹿だと思う……しかし、なんど考えなおしても答えはこれしか見つからないのであろう。

「それに……まだ諦めたわけじゃない。君は僕の元に帰ってくる」

 ファーレンはそう言うと形の良い唇の両端を妖しく吊り上げる。



『お日さまが沈んでしまいそうです……』

 ユウリはそう心の中で呟くと飛ぶ速度を少し上げる。

 ふと下を見下ろして見ると、そこには一人の人間らしき者が立ってこちらを見ていた。

 ユウリはたいして何とも思わずその者の遥か上空を通り過ぎようとすると。

 その人物がどさりと音をたてて倒れ込んだ。

 ユウリはそれを見るやいなやさっと急降下をした。

 そして、元の姿に戻るとその人物を見る。

 倒れ込んでいるのはハイドと同じ髪の色をした青年だ。

「あの、大丈夫ですか……?」

 ユウリはその青年の肩を軽く揺する。

「……きゃっ」

 すると、先ほどまで倒れていた青年は肩に置かれたユウリの手を掴む。

 強い力で握られる手に驚きユウリはわなわなと震えだす。

 その青年は顔をユウリに向ける。

 その顔は美しく瞳は赤く光っていた。

 それは特徴である……。

「きゅ、吸血鬼……っ」

 ユウリは恐ろしさのあまり能力を使うことも忘れただ固まっていた。ハイドを見たときを思い出す……いや、何か違う。

 ハイドを見たときの恐ろしさとは何かが違う……。

 ユウリの頭は冷静になっているが体はパニックを起こし硬直をしたままだ。

 その吸血鬼は酷く美しい顔をニヤリと歪ませる。

「美味そうな血だ……」

 そう言うとユウリの頸筋をなぞるように舌で舐める。

「ひっ……や、やめてっ」

 ユウリはやっとのことで声を出す。

 その瞳には涙が溜まっている。

 そして、吸血鬼の体を押しのけようと抵抗するがそんなものは痛くもかゆくもないというように吸血鬼はユウリの手を片手で押さえる。

「…………いやっ」

 今まさに吸血鬼がユウリの頸筋に牙をたてようとした時何かが空から降りてきたと思えばユウリの目の前に血が飛び散った。

 そしてユウリの手を押さえつけていた吸血鬼の手が離れ、目の前の吸血鬼がゆっくり崩れ落ちる。

 ユウリは目の前に広がる血に目をきつく閉じる。

 すると吸血鬼を倒した人物がユウリを前からゆっくりと抱きしめる。

「ハイド……」

 ユウリはその落ち着く香りとオーラに圧倒され目をあける。

「お前は馬鹿か……本当に、なんでこんなとこを出歩いているんだ」

 ハイドはユウリの顔についた血を手で拭う。

 ユウリは黙ってハイドに抱きつく。

 ハイドもそれを受け止めるように抱きしめ返す。

 しかし、その時さっきハイドに背中を切りつけられた吸血鬼がよろよろと立ち上がった。

 ハイドはその気配に気づくなりユウリを背に隠す。

「お前は俺の手で殺されたいのか?」

 ハイドはその吸血鬼を冷たい目で睨む。

 吸血鬼は赤い瞳をカッと見開くとすぐに緑色の瞳に戻り震えだす。

「も…申し訳ありません。ハイド様……」

 ハイドはそんな吸血鬼の弁解も聞かずに瞳を赤くすると片腕を上げる。

 しかし、それを止めるようにハイドの背に隠れていたユウリが後ろからハイドを抱きしめる。

 ハイドは驚き、肩腕を上げたまま瞳を元の灰色に戻す。

「ハイド、どうしてですか?彼は謝っていますよ」

「はあ?」

 ハイドは呆れたような声を出す。

「それに、傷も深いようですし……急いで癒してあげないといけません」

 その吸血鬼も驚いたように目を丸くする。

 ハイドはバッとユウリを振り返るとユウリの顔をまじまじと見る。

「何を考えている、こいつは吸血鬼の品格を下げた。それに……」

 こいつは俺の大切なものを傷つけようとした、そう言い終わる前にユウリはなだめる様に言いだす。

「でも、ほら……貧血を起こしていると吸血鬼さんは理性を失ってしまうのでしょう?」

 ユウリはそう言うと木にもたれ掛っている吸血鬼に恐る恐る近づく。

「あ、あの。背中を向けて下さい……」

 ユウリがたじたじとそう言うと吸血鬼は言われるがままに背を向けた。

 そしてユウリがその背中に手を当て小さくまじないを唱えるとたちまちその傷口は塞がる。

「…………」

 ハイドは黙ってその様子を見ていた。




「まあ、ハイドのお城はとても大きいのですね」

 ハイドの城に着くなりユウリは先ほどあった恐ろしい体験も忘れたのかはしゃぎ出す。

「ユウリ様……?ユウリ様ではありませんか!?」

 城の者たちはユウリを見ると感嘆の声をあげる。

 ユウリはそのひとりひとりに喋りかける。

「本当にお久しぶりでございます。あの頃はこんなに小さくて…」

 そう言って手を足元まで下げて見せる。

「大きくなりましたか?」

 ユウリが微笑みながら聞くと城の者たちは赤くなる。

「はい……。それに、とってもお綺麗になられて……」

 次はユウリが赤くなるばんだった。

 照れているユウリの背中をハイドは押した。

「いてて。もう、ハイドっ!」

「お前らの城主はどっちだ」

 ハイドはユウリに群がっている者たちに一瞥する。

「ああ、ハイド様。」

 皆は白々しく言うとハイドは溜息を吐く。

「もういい。疲れたから部屋を用意しろ」

「では、奥の部屋をお使いになって下さい」

 そう言われるとユウリの手を引きずんずんと城の奥へ進んでいった。

 その表情はなんとも複雑なものであった。


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