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  作者: 宙音
10/25

10.吸血

「ユウリ様、お湯のご用意ができました」

 ユウリとハイドが客間らしき部屋のソファに隣同士で座って話をしていると一人の歳をとった女性が人懐っこい笑顔で部屋に入ってきた。

「まあ、ありがとう、ソフィア。ちょうど今入りたいと思っていたんです」

 ユウリはソフィアに礼を言うと立ち上がり、ハイドの方を見る。

「じゃあ、ハイド。すぐに出てきますから、お兄様がいらしたら2人でお話でもしていてくださいね」

 ユウリは笑顔で言いソフィアの横をスルスルと抜けていくとソフィアはユウリに向けたのと同じような笑顔でハイドに一礼をするとユウリの後について行った。


「ソフィアの入れてくれたお風呂は最高ですね」

 ユウリはバスタブにたっぷりと溜められた湯気を出している液体に足をつけてみると冷たかった足がたちまち温かくなる。

 湯につけた足先がジンジンしてそれと同時に骨の内側から熱を発しているかのように温まっていくのだ。

 ユウリは首の下までどっぷりと湯につかると ふぅ… と快楽の溜息をつく。

 湯にはユウリの好きなジャスミンの花が浮かんでいる。

 ユウリはその小さな花弁をそっとすくい上げた。



――ガチャ……

 ドアノブが外側から回される音がするとそこから姿を現したのはファーレンであった。

 ファーレンは黙って部屋に入るとハイドに目をやる。

 ハイドはファーレンのことなど気にも留めていないかのように手にしている本から目を離さない。

「ユウ……」

「風呂だ」

 ユウリはどこだ? とファーレンが言い終わらないうちにハイドが答える。

 ファーレンはそれを聞くとソファにどさっと座る。

「それで?」

 ハイドは本を閉じてテーブルに置くとファーレンの目を見る。

「なんのことかな?」

 ファーレンは微笑を口に浮かべてハイドと目を合わせる。

 深い青色の瞳と灰色の瞳が見つめ合う…2人の美青年たちが目を合わせているのにかかわらずその周りの雰囲気は恐ろしいものである。

「ふざけるな、なぜ俺までここに泊めた?」

 ハイドの美しい灰色の瞳はすこし赤みがかかった色に変わりつつあるようだギラギラと恐ろしく輝きだしたその魅惑的とも言えるふたつの瞳の焦点はファーレンにそそがれている。

「別に理由はないよ、ユウリのお友達として泊らせてやっただけ」

ファーレンはそんなハイドの挑発的な態度にも関心を示さずに笑いを含めような声で涼しげな笑顔を作る。

「……」

 ハイドの瞳はなおも赤いままファーレンを見ているがふっと何かが切れたように急に灰色のいつものひんやりとした瞳に戻る。


 ファーレンは部屋の扉に目を向けるとフッと目尻を下げた。

「ユウリ、風邪をひくよ。早く中に入ったらどうかな?」

 扉に耳をつけてふたりの様子を伺っていたユウリの心臓は跳ねる。

 後ろで穏やかな表情をしたソフィアがユウリの髪を乾かそうと柔らかな布でぽんぽんと叩いている。

 まるで、ユウリの髪を乾かすがために産まれてきたといわんばかりの表情をしている。

 ユウリは扉をそっと押し開けるとファーレンに向かっていたずらがばれた子供のように口を尖がらせ頬を膨らませてみせる。

「だって、おふたりが仲良くしてらっしゃるのか気になって……」

 ハイドは呆れたように眉を吊り上げる。

「心配しなくてもいいよ、ユウリ。君を困らせたくはないからね」

 ファーレンは優しく微笑むとユウリを自分の元へ来るように合図をする。

 ユウリは素直にファーレンの隣に座るとファーレンはソフィアから布を受け取りユウリの髪を乾かし始める。

 ソフィアは少し残念のような顔をすると、では失礼いたします、と言い部屋から出て行った。

「ハイド、この城は気に入りましたか?」

 ユウリは黙ってファーレンの髪を乾かす手を見ている。

「気に入らないな」

「まあ、やっぱり」

 素っ気なく言うハイドにユウリはくすくす笑いがおさまらない。

「なんだ?」

 ハイドがしかめっ面をしてユウリを見据える。

「いえ、確かにこの城はハイドの趣味じゃないですからねえ……眩しいんじゃないですか?」

「ああ。眩しい……」

 ハイドは眠たそうに目を細める。

「じゃあ、あの部屋を使うといいですね。ねえ、お兄様?」

 ユウリはそう言うとせがむようにファーレンを見上げる。

 髪の水分を黙々と布にしみこませていたファーレンはもうすっかり濡れてしまった布をテーブルに放り出すとユウリの肩を抱いた。

 ユウリは慣れているのであろう何の抵抗もしようとはしない。

「そうだな、魔族の客人用にと用意しておいた部屋だから純血の吸血鬼でも過ごすことができるだろう」

 ファーレンは 純血 という部分を強調して言う。

「じゃあ案内しますから、ついてきて下さい」

 ユウリは兄とハイドが交わしている冷たい視線を断ち切るように明るい声を出す。

「頼む」

 ハイドはファーレンから目を離すとユウリに続いて部屋を出た。


「ここは、私のお部屋でこの隣のお部屋がお兄様の寝室なんですよ。本当は別のところの大きなお部屋がお兄様の寝室なんですけど、お兄様がこちらの方がいいって仰って」

 ユウリは隣り合った2つの扉を指差しておかしそうに笑う。

「あ、それで。ここが魔族のお客様用のお部屋」

 ユウリはファーレンの寝室の隣の扉の前に立つ。

 隣といってもその2つの扉の間は大きく開いている。

「ふうん……」

 ハイドは口元に妖しげな微笑みを浮かべ扉に手をかける。

 ユウリはハイドの後に続くように部屋に入ると真っ暗な部屋の入口にある蝋燭に息を吹きかけるとボッと音がなり火が灯る。

 やんわりとした光が照らし出したのは大きなベッドと窓が見えるくらいで他にはこれと言って家具もない。

 他の部屋よりはるかに湿気を帯びていてかびの臭いさえ漂わせている。

 大きな窓からは赤い三日月が妖しく光を放つ。

「あいつは魔族を勘違いしているみたいだな……それとも、嫌がらせか?」

 ハイドはかび臭いベッドの枕をつまみあげ、物珍しそうに目を近づけて枕を見る。

「そ、そうですね……。これは、さすがにちょっと……」

 ユウリは鼻の先を指でつまんでいる。

「あっ、もしかしたら。お掃除し忘れていただけなのかもしれません。きっとそうですよ、ねえハイド」

 ユウリはあからさまに手をぱちんと叩くと枕をベッドに放り投げたハイドを心配したような目で見ながら言う。

「……馬鹿か」

 ハイドはユウリに呆れたような目を送りながら言う。

 暗い部屋でハイドの赤い瞳は恐ろしく美しく光っている。

 ユウリはハイドの瞳が赤色に変わっているのを見るや顔を青白くさせる。

「ハイド?あの、お兄様も悪気があったんではないのですよ。今日は私のお部屋を使ってください。それでいいでしょう?」

 ユウリはハイドに近寄るとその腕を抑えるように握りしめる。

「……ああ」

 ハイドの瞳がいつもの落ち着いた灰色に戻るとユウリはほっと胸をなでおろす。


ユウリもハイドと添い寝をするのは慣れたものなのであろう、なんの抵抗もなくハイドの隣でごろごろと転がってみたり本を開いてみたりしている。

ハイドはハイドで枕に頬を乗せ隣でなにかしらして動いているユウリの様子を目を細めながら見て、ファーレンの妙な行動の真意を探ろうと頭を働かせていた。

しかし、答えは出てこず…いつもなら素早く動く思考回路がだんだんと動きが鈍くなり、しだいに瞼が重くなる。

変だ、まだこんな時間なのに…それに、いつもはこのくらいの時間になら寝ているはずのユウリは隣で本を夢中になって読んでいる。

「ユウ……リ……」

ハイドはそう小さく呟くと意識がとんで夢の中に入っていく。

ユウリは名前を呼ばれてハイドの方を向くが当の本人はすでに眠っている。

「まあ…ハイドが先に眠ってしまうなんで珍しいですね」

ユウリは本を閉じると少し嬉しそうにハイドの寝顔を覗きこむ。



「ん……」

ユウリが目を覚ます。

窓から見えるのはどこまでも続く闇……。

月が雲に覆われているのかいつもにまして暗い。

ふと隣を見るとハイドの姿が消えている。

ユウリは嫌な予感がし、部屋をそっと抜け出した。

廊下に出るとユウリは何も考えず歩きだした。

ファーレンの部屋を横切り魔族専用の部屋の前で足を止める。

そっと耳を澄ますと女のうめき声ともとれる妖しい声が聞こえてきた。

ユウリは扉をそっと押すと小さな隙間から部屋の中の様子を覗き見る。


「…………っ」

薄暗い部屋の中には若い女がベッドに横たわっておりその女の首筋に男が牙をたてている。

ユウリの手はワナワナと震えだし目は大きく見開かれ、下まぶたに透明の液体が溜まる。

そして、恐怖のあまり足がすくみ後ろへよろめく。

こけてしまうと部屋の中にいる人物にばれてしまう……とぼんやりと頭で考えていると、今まさに崩れようとしていたユウリの体を後ろから誰かの手が伸びてきて支えた。

「ユウリ……こんな夜中に何をやっているの?」

ファーレンの声は低く小さくユウリの耳元で囁かれる。

ユウリは走ってきたといわんばかりの荒い息をしている。

ファーレンは先ほどユウリが見ていたであろう扉を凝視する。

「…知っていただろう?彼は吸血鬼なのだよ、吸血行為をしなければ生きてはいけない生き物なんだ」

ファーレンはユウリを抱きかかえると扉から遠ざけるため足を動かす。

「で、でも……」

ファーレンの部屋に入れてもらうとユウリは少し落ち着いたのか声を出す。

「僕たちとは違う生き物なんだよ…正反対な生き物なんだ。僕たちが嫌いなものは彼らの好物で僕らの好きなものは彼らを消滅させる恐れのあるものなんだ。分かるだろう、違う生き物は一緒には歩めないし本当の理解は望めない」

ファーレンはユウリをそっとベッドにおろしてやると、ユウリの目尻に溜まった涙をそっと手で拭う。

ユウリは人形のように固まったままファーレンの方を見ているがその焦点は定まっていない。

「違う……生き物」

ユウリはぽつりとファーレンの言った言葉を繰り返す。

ファーレンは静かに頷くとユウリの瞼に手をあてる、するとユウリは静かな寝息をたててファーレンのベッドに横になった。



「許せ、ユウリ……君のためなんだ」

ファーレンは無防備に寝ているユウリを愛おしそうに見ながら呟いた。


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