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セカイのハテの  作者: ako
一章 凍りついた願い
4/5

調査と脅しと迷子の幼女


 「やぁ、アリス。そろそろ来ると思っていたよ」


 どこかしらから聞こえる声に、アリスは黙って頷いた。

 長い黒髪の少女だ。歳にして、ようやく10代に乗った頃合いだろう。

 首から下げているネックレスは、珍しい青緑色をした六角柱の石。歪んで綺麗に透き通っているわけでもないそれを、さも大事そうに握りしめた。


 「また行くのかい?」


 背筋まで伸びた黒髪を小さく縦に揺らす。


 「次こそ君の望みが叶うように、陰ながら祈っているよ」


 アリスは再び歩き始める。


 「あまり言いたくはないけれど、僕はもう、そう長く持たない。もしかしたら、これが最後かもしれない。それだけは覚えておいて」


 ネックレスを握るアリスの手にギュッと力が入った。

 ひどく苦しそうに歩くアリスの影がだんだんと薄く、遠くなっていく。


 「それじゃあ。幸運を」


 最後の最後まで、アリスが振り返ることはなかった。



   *   *   *



 一夜が過ぎて、水の都スイレンでの二日目が始まった。

 天気は清々しいほどの晴れ。昨日の成り行きで、凍り付いてしまったエイクア湖の調査をすることになったアヤカは、ホムラと共に市街地で聞き込みを行っていた。


 「あ、あのーホムラさん……? いつまでこんなことするんですか?」


 聞き込み調査開始から、わずか1時間が過ぎた頃だった。アヤカの中でとある悟りが開かれようとしていた。


 「黙れ。いいから行くぞ」


 それは──


 「わ、わかった! わかったからもう刺さないで!!」


 自分が今、死の淵に立っているのではないかという──

 時同じくして、背中にちくっと針に刺されたかのような痛みが走った。それを期に止まっていたアヤカの足が動き出す。

 背筋が伸び切り、まっすぐ前だけを見つめた視線は一切動かない。


 「何が気に食わないのか知らないけど、仲間を刀で脅して服従させるのは何かおかしくないでしょうか? ホムラさん?」

 「何が気に食わないのか? 知りたかったら、今朝から今まで、自分がしてきた行いを思い出してみろ」


 やけに殺気じみた声だった。再び背中に痛みが走る。

 ホムラは幼いころから、すぐに手が出るおてんばな少女だった。よくからかっては、その度に痛い目を見せられたものだ。

 その経験が豊富なアヤカに言わせれば、今のホムラは結構本気で苛立っている。先ほどから背中を突く刀がその証拠だ。

 しかしアヤカには、一体何故ホムラが腹を立てているのかわからなかった。故に仕方なく、ホムラの命令に準じて今朝から今までの行いを振り返ってみよう。


 「え、えっと、今朝? 今朝はシャムにほっぺた舐められて目が覚めたはず……それからー、朝ごはんを食べながらユウに調査の手伝いを頼まれて、街頭で聞き込みをすることになったんだっけ?」

 「で、実情は?」

 「特に有力な情報が得られていない……?」


 遅れて首を傾げたアヤカに、殺意のこもった眼差しが突き刺さる。


 「それはなぜだ?」

 「な、なんでだろうね? 調査不足……?」

 「貫くぞ!?」


 今までは軽く突く程度ですんでいたはずが、今度のは完全に刺さっていた。肌が裂けて血が出るくらいには刺さっていた。


 「ちょ! 痛いって! 本気で死んじゃうって!!」

 「この程度なら、お前が腐るほど大量に抱えているマナのおかげですぐにでも治癒するはずだ。それに貫くにしても急所は外す。まぁ、急所を貫いたところで、ハクくらいの白魔法があればすぐ治るだろうが」

 「流れた血は戻らないってハクが! ハクが言ってたから!!」


 今のやり取りでアヤカは確信する。ホムラは結構本気で苛立っているのではない。

 ──本気で苛立っているのだ。


 「ねぇ、ホムラ。なんでそんなに怒ってるのさ? カルシウム足りてないの?」

 「はぁ……お前が調査と呼んだものの全貌を私が教えてやろうか?」


 怒りが一周回って落ち着いたのか、ホムラは一旦、桜蝶花を鞘に納めた。


 「午前11時、調査開始。5分後、野良猫と遭遇し、それを追いかけアヤカの行方が不明となる。10分後、ベンチで野良猫と戯れるアヤカを発見、調査を再開する。だが3分後、小腹が空いたとクレープを売る屋台に並び始める。5分後、クレープ片手に調査を再開するものの、木に引っかかった風船を取ったり、老婆の代わりに荷物を背負ったりと慈善活動を繰り返し、未だ誰一人にも聞き込みを行っていない。調査開始から既に、1時間が過ぎたにもかかわらずだ。それなのに、『疲れたから休憩しよう』なんてふざけたことを抜かしたかと思えば、最後には『飽きた』だ。よくこれを調査と呼べたな」

 「い、いやぁー。難しいよね? こういうのって。そもそも、街頭で聞き込みをするって言っても何を聞き込めばいいのやらだよぉ」

 「それもユウに言われただろ……」


 ホムラの右手がゆっくりと刀に伸びてゆく。


 「エイクア湖が凍ったのは四日前。その日はひどい霧でかなり視界が悪かったそうだ。だが、気温は今とさして変わらず、湖が凍るような気温ではなかった。となれば、エイクア湖が凍ったのは魔法によるものだろうから、その日エイクア湖周辺で不審な人物を見なかったかどうかの聞き込みをするはずだったんだが?」


 右手で柄を握ったまま、「覚えているだろ?」と問い詰められる。

 光を失ったかのような瞳だが、まだ刀が鞘に収まっているということは、返答によって九死に一生を得ることも可能ということ。

 アヤカは必死に、無い知恵を絞る。

 いっそ、全く身に覚えがないと自白し、貫かれた方が楽で清々しいのかもしれない。それでも諦めることなんてできない。思考せずにはいられなかった。

 ──生きたい!

 心がそう、叫んで止まないのだから。


 「あっ! あー。そう言えばそんなこと言ってた気が……朝ごはんに出た焼き魚があんまりおいしかったから、忘れちゃってたや。てへっ?」


 2秒とない時間の中、アヤカが辿り着いた最善策。

 汎用性が高く、誰であろうと簡単に使えるだけではない。経験則的に言って何よりも実用的な手段──

 笑って誤魔化す。


 「なぁ、アヤカ。水の都スイレンには、エイクア湖のほかにもう一つ有名な観光スポットがあるらしい」

 「へ?」


 話のフリは唐突だが、いつにもまして穏やかな口調だった。

 ホムラとは小学生からの付き合いだからか、こんな彼女の心境が手に取るようにわかる。疑いようのない確信と同時に、思わず頬が緩んだ。


 「三途の川と言うんだが、見に行かないか? なんなら泳いだっていいらしいぞ?」


 白く染まっていく胸中に一つ、「だめなやつだ、これ」そう浮かんでいた。

 続けて鞘に刀が擦れる時の金属音が、不快に鳴り響く。


 「か、川を見に行くだけなのになんで抜刀したの……? っていうかその川、なんか聞いたことあるんだけど?」

 「細かいことは気にせず、目を瞑って立っていてくれ。すぐに送り届けてやろう」

 「それ死ねって言ってるよね!? 明らかに殺すつもりだよね!?」


 ホムラが桜蝶花を振り上げ、アヤカが逃げようと振り返った、その時だった。


 「お姉ちゃん!!」


 ホムラの左側に幼い少女が抱き付いた。黒く長い髪をなびかせた、10歳程度の幼女だ。


 「ん? なんだこいつ?」


 ホムラがアヤカから視線を落とすと、少女の涙で濡れた顔が見える。


 「あー。ホムラ泣かした」

 「は!? 私は何もしてないだろ?」


 突拍子もない事態に、ホムラは刀を振り上げたまま反論する。


 「でも今、ホムラをお姉ちゃんって」

 「知らん。だいたい私は末っ子だ。お前も知ってるだろ」

 「なら、隠し子とか?」

 「いたらあのバカ親父を切り刻む。木っ端みじんに、跡形もなく。な」


 ホムラが言葉とは裏腹にようやく納刀すると、幼女は2歩程度離れてホムラの顔を仰いだ。


 「お姉ちゃんじゃ、ない……」

 「ってことは本当に迷子みたいだね。ねぇ君、お名前は?」


 幼女に視線を合わせて尋ねるアヤカに、「今更だが、お前はどんな思考回路してるんだよ」っとホムラは小さく呟いていた。


 「……アリス」


 視線が合うと怖かったのか、アリスはホムラの後ろに隠れてしまう。


 「私よりホムラの方が……怖くない……!?」

 「私が剣を振るうのは、戦う意思のある奴かお前くらいだからな」

 「私戦う気ないのに……」

 「……ホムラ?」


 アリスはホムラを見上げながら首を傾げる。揺れた黒の長髪がホムラとそっくりで、側から見れば姉妹に見えるほどだ。


 「ああ。私がホムラだ。呼び捨てとは生意気な奴だな」


 意思疎通が困難な生命体。それがホムラの子供に対するイメージだ。

 背が高く、威圧感のある鋭い釣り目。もとから子供に好かれるような外見ではないホムラだが、ホムラ自身もまた、子供があまり好きではなかった。

 子供相手だろうとぶれない態度のホムラだが、アリスはホムラを好いているようだった。


 「ホムラ、お姉ちゃん知らない?」

 「知らん。悪いが迷子の世話をする時間はない。他を当たれ」

 「じゃあ、私がする! ねぇ、アリスちゃん。お姉ちゃんってどんな人? 名前は?」


 しゃがんだままアリスを追いかけ、アヤカもホムラの背後に回り込んだ。

 ホムラとは対照的に子供──と言うよりは生物全般──が好きなアヤカは、背が低いことや思考回路が似ているからか、子供からの人気は絶大だった。

 老若男女関わらず友好的に接しようとするその性格が、今は裏目に出てしまいアリスには怖がられるばかり。

 アヤカから逃げホムラの正面に回ったアリスは、ひょっこりと顔だけ覗かせ、


 「……リアス。ホムラみたいな人。でも、目つきがもっと優しい……」

 「喧嘩売ってるのか、こいつ」

 「へぇー。そうなんだ。アリスちゃんはお姉ちゃんのこと好きなの?」


 三度アリスとの距離を詰めるが、単に回数を重ねた程度で心が開かれるわけもなく、またもアリスに逃げられてしまう。


 「ねぇー逃げないでー。教えてよー」


 しかしたかだか3回程度の失敗で諦めるアヤカではなく、またすぐに追いかけ始めるのだ。アリスが心を開くその時まで。

 同時にアリスは逃げ続ける。アヤカの心が折れるその時まで。


 「あぁー、もう! 鬱陶しい!!」


 ホムラの周りを5周したところでアヤカの頭に拳が入り、追いかけっこに終止符が打たれた。


 「な、何するのさ!」


 涙目で痛みを嘆くアヤカにホムラは続ける。


 「おい、アヤカ。私達には私達の目的があるんだ。油を売るのはそのくらいにして、そろそろ調査を再開するぞ」

 「嫌だ。それってアリスちゃんを見捨てるってことでしょ? 可哀想じゃん」

 「じゃあ調査はどうするんだよ? 投げ出すのか?」

 「それも嫌だ。だから、聞き込みしながらリアスさんも探す。この辺ではぐれちゃったんなら、リアスさんを見た人がいるかもしれないし。これなら一石二鳥でしょ?」


 普段は頭を使おうとすらしないアヤカだが、こういう時にはちゃんと考えを巡らせる。

 それも案外的を射ているようで、確かに一番効率がいい案だ。その上何より、アヤカのモチベーションも上がるだろうから、ホムラに断る理由はない。

 出来るなら最初からやる気を出してほしいと言いたいところだが、ホムラは言わずに飲み込むのだった。


 「はぁ。わかったよ。そうするか」


 こうしてアヤカとホムラの聞き込み調査が再開された。それが結局は、アリスの姉を探すだけの調査になってしまったことなど、今のホムラは知る由もなかった。


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