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セカイのハテの  作者: ako
一章 凍りついた願い
3/5

氷湖


 ゆっくりと流れる時間を、突如破った暴風。

 グーマが腹部の辺りで2つに割れ、魔石となって地に落ちる。残った微風は宛ら、嵐の後の静けさ。


 「……ひ、人…………? よかった……」


 死の恐怖から解放され力が抜けた少年は、そのまま地面に倒れこんだ。


 「男の子って本当に子供じゃない!? 大丈夫!?」


 ユウは傷だらけの少年に近寄るなりすぐに、容態を観察する。

 わずかながら頷いた少年。意識の有無を確認できたところで、ユウは少しだけ頬を緩ませた。


 「よかったぁ。意識はあるみたいね。それにしても酷い傷……出血もかなりしてるようだし。よく無事だったわ」


 少年の労をねぎらいながら、ユウはバックから小さな箱を取り出した。

 続いて、その細長い箱の中から白い包み紙に包まれた菓子のようなものを取り出す。


 「まずはマナを補給しましょう。口を開けて。マナブロックよ」


 言われるまま口を開けた少年に、包み紙を開いてブロックを食べさせる。

 淡い青色のそれはソーダ味。口に入れた途端に溶けて気泡となった。


 「後は傷の処置ね。これだけの傷となると私の白魔法ではどうしようもないわ。ハク、お願いできるかしら?」


 ハクは無言のまま、ユウの横にしゃがみこむ。しばらく少年を眺めた後、小さくだが、強気頷いて見せた。


 「……変わって」


 ユウが少年から遠のくと、深呼吸を数回。片手に白い魔法陣を浮かべ、少年にかざした。


 「ヒール」


 魔法陣が微かな発光とともに砕け散り、魔法が発動する。

 陽の光のように暖かく、雪のように儚い、白く輝く光の粒。少年の上から降り注ぎ、次第にその傷口を塞いで行く。

 科学的にも物理的にも説明できない、理から外れた理。それが魔法だ。


 「……止血は終わり。でも、流れた血は戻らない…………しばらく、安静に……」


 口から抜けるような小さな吐息を一つ吐いて、ハクは立ち上がる。


 「嫌だ……この、ままじゃ…………」


 少年の口が微かに動いた。

 齢10代前半の小さな体を傷だらけにし、流した血さえ惜しむことなく、再び地に足つかんともがき出す。

 どれだけ傷が癒えようと、どれだけマナを宿そうと、その体の内はボロボロ。意志の強さでどうにか動かしているに他ならなかった。


 「だ、駄目よ! そんな体でどこに行くつもり!?」

 「……薬草を…………かあちゃんが、待ってる……」


 だが、地に着いたのは手と膝ばかり。それ以上はふらついて、ホムラに介抱されてしまう。


 「落ち着け。今お前が飛び出しても魔物の餌になるだけだ」

 「マナの補給は済んでるから、20分くらい安静にしてればいつも通り動けると思うわ」

 「待ってられない! 時間が無いんだ!」


 滅多なことでは少年の意志を曲げることができない。未だに立ち上がろうとのたうつ少年を見て、ホムラ右唇がつり上がった。


 「こいつ、言い出したら聞かないタイプか。面倒だが嫌いではない」

 「それってホムラもでしょ」


 じと目で呟くアヤカに、「余計なお世話だ」と言い返し、頭に軽い手刀を入れた。


 「それはいいとして、このままこの子を放って置くわけには行かないわ」

 「ならさ、変わりに私達で薬草を取って来てあげようよ」

 「い、いいの……?」


 少年は心底驚いていた。

 選んで善を施すべからず。アヤカに武術を教えた師の言葉だ。

 助ける相手を選んではいけない。苦悩に嘆く人は皆、助けを求めていることに変わりはないのだから。

 アヤカが少年に手を差し伸べたのは、その教えを守りたかったわけではなく、単にそれが当たり前に過ぎなかったからだ。


 「うん! 任せてよ!」


 アヤカが胸にどんっと拳を当てたところで、ホムラが口を挟む。


 「なにが任せてだ。薬草と言っても、病気に効くもの、鎮痛や止血作用のあるもの、火傷治しに麻痺治しとか、色々あるだろ? 一体、どの薬草を探すつもりだ?」

 「い、今からそれを聞こうとしてたの。もう、ホムラは口を挟まないでよ!」


 「はいはい」と片手を振り返したホムラは、近くに立つ木に背中を預け、傍観者を決め込んだ。


 「ねぇねぇ、君はなんで薬草を探しているの?」

 「かあちゃんが病気で倒れて……で、でもなんの薬草がいいのか……」

 「フェオレの葉じゃないかしら。この辺の森で取れる薬草と言えばそれくらいのはずよ。煎じて飲めば大抵の病に効くと言われているわ」


 片手で眼鏡の高さを整えながら、ユウは言った。


 「さすがユウ! じゃあ早速探しに行こ!」

 「ええ。と言いたいのだけれど、フェオレの葉なら持ち合わせがあるわ」


 ユウは鞄から、葉の入ったビンを取り出した。

 細かく刻まれたそれは、落ち葉のような色合いの乾いた葉。振るとシャラシャラと心地のよい音を鳴らした。


 「こんなところまで探しに来るってことは、お母さんの容態があまりよくないのよね? 私達が送ってあげるわ。どこに向かえばいいのかしら?」

 「スイレン。この森から北にある国だよ」


 少年の表情に少しだけ余裕が見え始めた。ようやく落ち着いて来たようだ。


 「あら、偶然もあるものね。ちょうど私達もスイレンを目指していたの」

 「……エイクア湖。修学旅行以来。楽しみ……」

 「そうね。確か中学の修学旅行も私達4人でスイレンに…………」


 続きを口にすることなく、ユウはそこで黙り込んでしまった。

 顎に手を当てて俯くのは、頭を働かせている時の癖。途中で話しかけても返事がないくらい没頭していることさえ、昔はよくあったことだった。


 「あ、始まった」

 「……久々」


 ユウは学校のテストで悩むことなどほとんどない。難関大学の入試問題すら高校一年生の段階で合格点を取るほどだったのだから。

 そのためか、ユウが真剣に頭を使う時は、割とどうでもいい内容であることが多い。ちょっとした謎解きや推理、ある時はほんのわずかな情報から他人の家の晩御飯を推測してみたり。

 基本的には無駄な労力に思えるが、ユウにとっては体を動かすことや本を読むことと変わりない、娯楽の一つだった。


 「ねぇ、スイレンで何があったのかしら?」


 傍らで、「今回は短いな」と気楽に呟くホムラとは違って、面を上げたユウは少し強張った顔つき。


 「急に怖い顔してどうしたの? ユウ?」

 「ねぇ、アヤカ。覚えてない? スイレンと言えば、あのエイクア湖があるところよ?」

 「うん。覚えてるよ? あのすっごくおっきな池があるところでしょ?」


 両手を大きく広げてみせるアヤカ。その横で、ホムラとハクが目を見合わせた。


 「エイクア湖か。と言えば……」

 「清水……薬草よりも……効果的」

 「そう。エイクア湖があることで有名なスイレンだけど、エイクア湖の水、『清水』はそれ以上に名の知られているものよ。飲むだけでどんな病気も治ると言われているわ。それなのに、どうしてこんなところまで薬草を取りに来ないといけなかったのかしら?」


 含みを残しながら、ユウは再度少年に問いかけた。何が、とは具体的に言えはしないけれど、良いことである気がしなかった。

 スイレンで何があったのか。なんて言い回しはそれが原因。妙な不快感に駆られ、ユウは息を飲んだ。


 「……知らないんだ」


 出会ってから今までで交わした言葉は、わずか数回。そこからユウが感じ取った少年とは、意地っ張りなところが子供っぽいが、男の子らしい熱い心を持った子供だった。

 だからこそ、そこに恐怖さえ感じてしまった。あまりに人間味がない、無機質な6文字に。


 「──凍っちゃったんだよ? エイクア湖」



   *   *   *



 「はあー。綺麗だね。エイクア湖」

 「……うん」

 「ミャーオ」


 連なる屋根の向こう側、ひときわ大きな芝生の土地が不自然に白く切り抜かれていた。気温は薄着で過ごせる程度。肌を撫でる微風が気持ちよく、照り付ける熱が少しだけ弱く感じられた。

 町には多くの人が忙しなく行き交っていて、故郷がどこか懐かしくなってしまう。


 「本当に凍ちゃってるね。エイクア湖」

 「……うん」

 「ミャーオ」


 四人が借りた宿屋の部屋は、立ち並ぶ平屋ばかりの街並みから頭二つだけ高い3階建て。晴れている上、視界が良好な今日は遠く離れたエイクア湖でさえよく見ることが出来た。

 アヤカとハク、それからクロはベランダから外に出て、嘘みたいな現実を眺めていた。


 「おい、アヤカ。ハク。黄昏てる場合じゃないぞ」


 二人と一匹の後ろ、つまりは部屋の中からホムラの声がした。4枚ある座布団の一枚に座り、低めの長テーブルに肘をついてこちらを眺めている。

 ユウはと言うと、ホムラの対角線上に座り、湯呑を片手に渋めの菓子を摘まんでいた。


 「ねぇ、ホムラ?」


 アヤカは振り返ることなく、その場にそっと声を置くように呼びかける。


 「ん? なんだよ? 改まって」

 「忘れてる……シャムもいるんだけど!」


 ベランダに設けられた手すりに座っているクロを抱きかかえ、一緒に振り返った。


 「だから何だよ……ていうか、クロだからな?」

 「それはそうとホムラ、本題は?」


 クロを手すりに立たせると、アヤカの前を横切ってハクの前まで歩いて行く。


 「お前なぁ……」

 「ん? なに?」


 アヤカのマイペースさは、もう何年も前からわかっているはずなのに、相も変わらず振り回される自分にどうも釈然としないホムラだった。


 「もういいよ。で、これからどうするんだ?」

 「どうって?」


 疑問を投げ返しながらアヤカが部屋へと戻ると、ハクもクロを抱えてその後に続いた。


 「だから、ここでの用はもう済んだだろ?」


 四人は渓流で少年を助けた後、事が事だけに飛行魔法を使ってスイレンへと急いだ。

 一番に少年の家へ赴き、ユウが煎じた薬草とハクの白魔法で、少年の母親を看病したのだ。

 その甲斐あって病気は完治。お礼に食事を勧められたが、気持ちだけ受け取ることにして、様子見がてらエイクア湖まで足を運ぶことにする。

 面積にしておよそ、40キロ平方メートルもあるエイクア湖が見事に凍っている様を見た後、今の宿屋に入ったというわけだ。


 「ただでさえ予定より遅れてるんだ。明日には──」

 「失礼いたします」


 ホムラの声を遮って、4人の部屋の襖が開いた。仲居服に身を包んだ三人の女性が、丁寧にお辞儀を添えてから敷居を跨ぐ。

 若い仲居二人と二人より一世代は違う、中年の仲居が一人。若い二人は数百枚に及ぶ紙の束を携えていた。

 歳の多い仲居が一歩前に出て、


 「僭越せんえつながらお尋ねします。そちらはユウ様でお間違いないでしょうか?」

 「そ、そうですけど、どういったご用件で——」

 「えっ、嘘!? 本物!?」


 若い中居が声を揃えて顔を見合わせた。


 「マジだ! やっば! ユウってあの飛行魔法を完成させた子でしょ? 少し前にテレビに出てた!」

 「ね! 私もそれ見た!」


 四人とさして年の変わらない二人がさらに会話を重ね盛り上がっていると、中年の中居が咳払いを一つ。

 瞬時に黙り込んだ二人を軽く睨みつけた後、ユウへと視線を戻す。


 「申し訳ございません。教育がなってなかったようで」

 「い、いいえ。それで、ご用件は……?」

 「はい。指示されていたエイクア湖に関する資料をお持ちいたしましたので、どうぞお使いください」


 若い仲居二人が抱えている、厚い辞書3冊程度の紙の束。中年の中居が視線で指示を出すと、それらをホムラが肘をついているテーブルに乗せた。

 重みが加わった衝撃はホムラごと軽くテーブルを揺らした。


 「指示した? 私がですか?」

 「はい。より正確には、『ノアのアトリエ』4代目代表、シャルーア様です」

 「シャルーアさんが!?」


 その知識や知能、あまり動揺しない性格から、よく大人びていると言われるユウ。それをよく思わないユウだが、今ならそう言われることはないだろう。


 「『ノアのアトリエ』って……?」


 どこか聞き覚えのある単語がアヤカの耳に引っかかった。ぼそっと小さく吐いた言葉に、ホムラも小さく口を開く。


 「ああ。高2の時からユウが所属してる研究室の名前だったはず。魔法に関する知識や技術では世界トップクラス。今確立してる魔法のほとんどが、そこで提唱されたはずだ」

 「うへぇー。さすがユウ」


 そのユウはと言うと、身に覚えが無いようで、らしくもなくあたふたとしている。

 このまま、珍しく動揺しているユウを遠巻きから眺め癒されるのも悪くはないが、少し不憫に思うホムラが助け舟を出す。


 「なぁ、ユウ。確か高校を卒業した時、旅立日取りが決まって、長く帰らないからってアトリエから去ったんじゃなかったか?」

 「うー。そうしようとしたのだけれど、名前だけでもいいから置いといて欲しいって、シャルーアさん直々に頭を下げられて……」

 「……ネームバリュー」

 「相変わらずハクの言葉は辛辣ね……敢えて全部を口にしないところがより」


 引きつった顔で笑うユウだが、ハクはおっとりと首を傾けるだけだった。


 「置くだけって言ったのにこの有様か……いいように使われてないか? それ」

 「いやでも、何か頼まれるにしてもシャルーアさんの方から連絡があると思うし、本当に私宛なのかしら?」


 魔法に対する情熱や知識だけではなく、人柄からシャルーアを好いているユウは、未だに現状を飲みきれずにいた。

 そんな時だった。


 「大変です、女将さん!」


 息を切らせた、これまた若めの女性仲居が一人、部屋の襖を開け放った。


 「今しがた、ノアのアトリエ様から連絡が入りまして、1日ほど前、こちらに向かっていたエイクア湖調査団の4名が大多数のグーマと遭遇。3名が負傷したため引き返したとのことです。今別の調査団を編成し向かわせているようなのですが、到着は早くても3日はかかるとのことで……」

 「調査団が引き返した? で、ではユウ様は御一行は……」


 中年の中居、もとい女将は恐る恐る四人に視線を向ける。

 わざわざ一歩前に出て、「えっへん」っと言わんばかりの様相で腕を組んだアヤカ。


 「実は私達、世界の果てを目指して旅してるんだ。今はその旅路なんだよ。すごいでしょ?」

 「……」


 威風堂々と構えるアヤカに、仲居たちは唖然。言葉も出ずに沈黙してしまう。


 「あれ?」

 「ミャーオ」


 静まり返った室内に子猫の鳴き声が溶け込んだ。

 

 「つまりアレだな。私達はその、エイクア湖調査団って奴らと間違えられたわけか」

 「そのようね。ただ、こんな偶然もあるものなのね」

 「本当に申し訳ありません。まさか勘違いだったなんて……」


 四人の仲居は座して頭を下げる。


 「い、いいえ。お気になさらず。誰にでも勘違いはありますので」

 「それで、ユウ。どうするつもりなんだ?」

 「どうって言われても……」


 エイクア湖の調査を依頼されたのはユウではない。だがユウも、名前だけとはいえ、ノアのアトリエに所属しているのだ。他人事で済むはずもない。


 「……いやでも、旅の方も既に予定より一週間以上遅れているのよ? これ以上遅らせるわけには……」

 「何とかしてあげないの? 私達、別に誰かを待たせてるわけでもないし、ちょこっとくらい遅れても大丈夫だよ?」

 「この遅れは誰のせいよ……」


 四人の故郷からスイレンまでは、徒歩で三日。四人の旅路で一番最初に訪れる予定だった。

 だが、度重なるアヤカの独断専行により、数日間にわたる道草を余儀なくされてしまったのだ。詳細は控えるとして、結果スイレンに着いた頃には、一週間以上の遅れを生んでいたのだった。


 「まぁ、言いたいこともわかるが、アヤカの言う通りだ。今更数日遅れたところで何も変わらないだろ」

 「……同感」

 「それもそう、ね……実を言うと私、個人的にはかなり気に掛かっていたのよ。エイクア湖がどうして凍ってしまったのか、ってね。こうなったらとことん調べてみようじゃない!」

 「と言うことはユウ様……?」


 女将は低い姿勢のまま、ユウを見上げた。


 「はい。そういうことなので、すいませんがシャルーアさんに———アトリエに連絡させてもらってもいいですか?」

 「もちろんです。ご案内いたします」


 立ち上がった仲居達に連れられて、ユウは部屋を後にする。襖を閉める前に、「ちょっと行ってくるわ」と言い残し、手を振った。

 静かになった部屋の中には、先ほどまでいた数人の熱が少しだけ残っていた。


 「ユウにああは言ったものの、この調子で本当に辿りつけるのか? 世界の果て」

 「……どうかな?」

 「そんなことよりお腹空いた。よくわかんない話は明日にして、そろそろご飯にしよー?」


 部屋に差し込む日の光が少しだけ濃く、赤くなってきた。もうすぐ日が沈む。

 ようやく進んだかに思えた四人の旅は、まだまだ始まりを迎えたばかりだった。


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