あったかもしれない未来
いまだ、作者に名前を間違えられるあの人との初絡みです。
その人の事は、弟から危険人物として聞いていた。
成績優秀で、つい最近まで他国に留学していたという事も。俺たちの知らないエルのもう一人の幼馴染みだという事も。
……でも。
まさか、その人がエルを好きで弟を目の敵にしてたなんて。……ちょっと待ってよ、そんな情報聞いてないって。
そんな男と遭遇してしまったのは、あまりにも偶然が重なりすぎた結果だった。というのも、いつもの事ながら弟のお願いで急に放課後デートがしたいとかで呼び出され、待てど暮らせど待ち人は来ず。仕方なく、弟を探そうときちんと手続きをした上で、校舎内を彷徨っているとたまたま出会ってしまったのだ。
今まで、初対面でいきなり睨まれたのは前世のとある不良以来。
しかも、見ず知らずの赤の他人で、見るからに上級生と分かる生徒ゆえに、戸惑いが広がるばかり。
なのに、半ば強引に人のいない教室へと連れ込まれて困惑を極めるに至った。
あの?と躊躇いがちに声を掛ければ、まるで水を得た魚のように男は胸を張って、氏名年齢性別血液型に誕生日、趣味に特技、長所に短所まで語った上で、ようやく自分がエルの幼馴染みだという事を明かしてくれた。俺としては、名前さえ分かればそれで良かったんだけど。
そして、流暢な語り口のまま、その男は次にエルの事を語り出したのだ。それはもう、もしかしてエルは女神の化身だったかな?というぐらいに。
まあ、そいつの言いたい事は俺もよく分かっているつもりだった。父親同士の親交が深かったばかりに、幼い頃から俺たち双子の保護者的な立場でいてくれたエルには感謝してもしきれないのだから。そこは、俺も同意する。
――が。
そいつが次に切り出したのは、そんなエルがどうして俺の弟と婚約をしてしまったのか、という事だった。要は、婚約に異議ありって事なんだけど。
そこで、半年前まで前世の記憶なんてなくても、この世界で上手に世渡りしてきた要領の良い俺はぴんときたのだ。さすがは貴族のご令嬢と褒めてほしい。
ああ、彼はエルフローラが好きなんだ、と。
それを、俺もきちんと理解しておくべきだったとは思う。
ただ、いきなり大事な弟を侮辱して卑下されて、つい俺もカッとしてしまったのだ。手を出そうとして、逆に掴まれて男ともども冷たい床へと倒れ込んでしまったのだ。というのが、前回までのあらすじ。……いや。あー、その。えーっと、または現実逃避とも言う。
「まさか、君が女性だったとは思わず、た、大変失礼な事をしてしまったね。申し訳ない。この通り陳謝するよ。ああ、そうだ。この責任は必ず取らせてもらいたい」
悪いけど、一つだけ言いたい。
こんな未来、俺は全く期待していない。