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EAT ME

「キスの日」に載せたSS。

「、んっ!」


 それは、あまりにも不意打ちだった。というか、驚きすぎて二の句が継げない。

 まるで日常の一コマのように通りがかりの弟が覆い被さってきたかと思えば、唇が重なった。あまりにもびっくりで、目を見開いたままの俺の視界からは既に弟の影はなく。何事もなかったかのように、その辺に置いてあった本を持って、ベッドに横たわろうとするので思わず勢いのまま席を立った。

「いやいや、待って!」

「なあに?」

 俺の慌てようにも泰然と、逆に不思議そうに白金色の髪をさらりと揺らしこてんと首を傾げる。その動きが憎たらしいほど弟の通常運行で、ぐっと唇をかみ締めた。こっちはかなり動揺してるっていうのに。

「なあに?じゃなくて。さっきの、なに?」

「え?」

「……え?」

 ええ……?その心底分からないという顔止めて。こっちが間違ってるように思えてくるから。

「その、さっきの……キ、キス」

 いくらたまにお強請りされて頬にキスをしているとはいえ、まさか急に唇を奪われるとは思ってもいなかった。

「良いじゃん、初めてでもないんだし」

「そっ、そういう問だ」

「あっ、ねえねえ覚えてる?初めてキスした時のこと」

 ああ、もう!どうして、こいつはいつもこうかな?振り回される身にもなって欲しい。結局、最後には許してしまう俺もきっと悪いけど。

 俺を見上げてニコニコする弟に根負けして、はあ、と重いため息をつきながら幼い時の記憶を呼び起こす。俺が前世の記憶を思い出す前の、ずっとずっと以前の話。

 今思えば、あの頃から俺と同じ顔をしている弟には色々と遊ばれていたような気がしてる。



 母が双子を出産したとはいえ、父はこの時既に国の現宰相となっていたので、普段から何をするにも弟とは一緒だった。ただ、生まれる際に俺は弟に体力やら免疫力やら体を動かす能力全てを奪われてしまったのか、昔はとても体が弱かった。

 おかげで、一年の大半はベッド暮らしで、動けるとしても屋敷内まで。滅多に外に出ることはなく、箱入りのご令嬢という言葉をまさに体現していたように思える。

 だから、たまの刺激は弟のいたずらだとか外から持ち帰ってくる花々や生き物ばかり。俺の世話は乳母がしてくれていたわけで。何が言いたいかというと、つまりこの当時の俺は、他人の機微も知らず真っ白で純粋そのものと言っても過言じゃなかった。

 そんな風に育てるつもりはなかったんだけどね、と母曰く。まあ、父は国を動かす重要な仕事をしていて母は領地と忙しかったのだから無理はないんじゃないかなとは思う。……ただ、その後がいただけない。『あのまま嘘や汚れを知らずにフワフワな砂糖菓子みたく育っていたら、早めに殿下に嫁いでもらわなくちゃって思ってたの。そうする事で、早く慣れる為に他人との関係を築きながらそこで学習していけば良いからね』、と。

 よく、ライオンが我が子を谷へ落として敢えて突き放す育児法があると前世では耳にしたけど、いやちょっと待って?と言いたい。淑女としての作法だけは一丁前な貴族として右も左も知らない娘を、簡単に魔窟に放り込もうとする?荒野の谷がどういう厳しい場所なのかなんて俺も知らない。だけど、濁りを知らない娘を昏い闇に放り込むのもどうかと思う。

 下手したら、一生消えない心の傷を負っていたかもしれない。オブラートに包んでそう言ってみれば、『大丈夫よ!あなたが過ちを犯さない程度の生活は出来るようにしてあげる手筈になってたからね』なんて言われたけども、この時ほど両親が恐いと思った事はない。なに、その権力。っと、話がズレた。

 という訳で、この時の俺はまだ前世での記憶も無ければ他人を疑うという事も知らなかった。

 そんなある日の事。部屋でいつものように本を読んでいると、外から花を摘んできた弟にさっきのようなキスをされた。

 お見舞いにと花を渡されての直後だったから、顔を上げれば布団に上半身を乗せながら俺を見つめる蒼い瞳とかち合う。まだ、この時はそれがどういった行為なのかも分からなかったので、俺はきっとキョトンとしていた事だろう。

「いきなりどうしたの?」

 それまで、弟にはおやすみのキスやおはようのキスはしていた。まあ、全て額や頬だけど。だから、今回もそういった類いのキスなんだろうと思ってた。

 なのに、弟の顔には部屋に入ってきた時の笑顔なんて全くなくて。

「このキスをあと二回続けたら死ぬってほんとの事だと思う?」

「えっ、ん!」

 何かを期待するような。

 それでいて、どこか寂しげな顔で二度目の行為をあっさり遂げた。

「なっ、ちょっと待って!ど、ど、どうして?」

 この時、本気で次は死ぬと思った俺は、慌てて口を押さえながら距離を取った。――が、ベッドの上であるという事が致命的で直ぐにまた距離が縮む。

「ねえ」

 憂いを秘めた弟の顔は、まるで何かに絶望しているかのようで。

「な、なに?……どうしたの?何かあった?」

 死が迫っているという恐怖を感じながらも、その様子が気になった。まだ短い人生ながらに、この己の片割れの事は守らなければという思いでいっぱいだったのだ。

 それが気の緩みを作り、弟に腕を取られて押し倒された瞬間、自分が如何に甘かったのか理解した。


「僕と一緒に死んでくれる?」


 心臓が大きく跳ねる。

 いつも見る弟は、常に勝ち気で自分自身に自信があって。俺にいたずらを仕掛けた時や毎日が楽しいんだという希望に満ちた笑顔が何より印象的で。

 ――だから。


「……いいよ」


 彼のこの今にも泣きそうな笑顔を変える事が出来るのなら、何だってしてやろう。そう思った。例え、死ぬ事になったとしても、二人なら恐くないと。

「っ、ばっかだなぁ」

 なのに、弟は苦笑いを浮かべて嘲るように呟く。だから、それにムカッときたので、死を覚悟して俺は弟の唇に食らいついた。

「っ!」

「私と一緒に死んでくれるんでしょ?」

 その時の弟の顔は、今でもよく覚えてる。

 初めて俺からキスをされた驚きもあったのだろう、直ぐに上半身だけ起き上がってマジマジと俺を見た後、真っ赤になって目を逸らしてきたのだ。

 最期にしてやったり、とせめてもの姉の威厳を感じながら、俺は満足して目を閉じた。

 きっと、もうすぐ死が訪れるに違いない。この時は、長生き出来るとは思ってなかったから、最期に自分で何かを成し遂げた事が誇らしかった。

 ……なのに。

 そう、当然のことだがいつまで待ってみても息を引き取る事は無かった。

「あれ?」

 何だかおかしいな、と瞼を開けば弟が肩を震わせながら笑っているのが目に飛び込んだ。

「ぷくくっ、ま、まさか、本気で信じてた、ふふっ、なんてっ、あははっ!」

「っ!!」

 その後、しばらく弟と口を聞かなかったのも懐かしい思い出。



 まあ、あれを機に、何でも疑うようになったのは当然の結果だろう。そして、どんどん体調も改善されて今では普通の生活も出来るようになったけど。それは、全くの偶然であると強く主張する。

「何なら、あと二回してみる?」

 にしし、と笑う弟を軽く睨み付けてやる。

「しないったらしない!」

 あーもう!いつも人のことおちょくって!

「恥ずかしがらなくて良いじゃん、姉弟なんだし」

 前世を思い出したからこそ言えるけど、簡単に弟とキスなんてしないけど!?前世では、同性だったからかも、いや違う。待て、俺。どんどん毒されてきてるって。

「そもそも、どうしてあの時キスしてきたの?」

 実は、それがずっと分からなかった。聞きたかったけど、あの時の弟の普段ではあり得ないシリアス感に、何となく今まで聞きづらかったのだ。

 もしかして、何か深刻な悩みでも抱えていたのかな、とか。姉として心配なわけで。

「んー……」

 隣りに座って待っていれば、視線を斜め上に固定して弟は体を左右にゆっくり揺らす。この機会に、何でも話してくれたら良いのに、という淡い期待。

 自分の代わりに女装までしてくれるのだから。

「強いていえば、」

 何故かドキドキする胸の高鳴りを黙らせるように、大きく頷く。

「うん」

 そこで、彼はいたずらをするような笑みを浮かべて、人差し指で俺の唇を不意に撫でた。

「ここが、『食べて!』って言ってるように見えたから」

 多分、間違いなくはぐらかされた。

 ほぼ確信に近いけれど、脱力してもう何も言う気力が残らなかった。


アルが『姉弟は結婚出来ない』と知った後のTS版の小話でした。

こっちのアルは、結婚出来ないなら自分が奪えるものは奪ってしまおうかという暗い感情を持ってます。


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