White snow snow Drop(上)
小話でTSという特殊でありながら、閲覧とブクマありがとうございます。
転生というものをしたと理解してから、気付けば半年以上の月日が流れた。思えば、今日に至るまで色々と何かしらのトラブルには巻きこまれたなぁと。それでも、何とかやっていけたのは、悔しいけどルームメイトであるフェルメールたちがいたおかげなのだと俺だって理解している。
……まあ、あれから結局、統括長や準監督生というノルウェル兄弟には気付かれてしまったけども。四人だけで済んでいるのは、十全じゃないだろうか。うん、これからもこのまま頑張りたい。
とは言いつつ、入れ替わっている事が父上に知られたらそこで終わりが待っている。
「……はあ」
と、吐く息は冷たい空気に晒されてとても白くて。かじかんだ自分の指先にも吹きかける。
前世の記憶を思い出す前までは、こうして冬を迎えるのなんて当たり前の事だったのに。思い出したら、アレが恋しくて仕方ない。脳裏に浮かぶのは、日本の伝統的暖房器具。
まだ柔道を習い事にしている頃は、アレに潜ってミカンを食べるのが好きだった。布団の中では弟と足で喧嘩しながら、指先がオレンジ色になるぐらい食べて。
もう、あの人生の続きは歩めなくなってしまったが。
はあ、ともう一度息を吹きかけて寒さをしのぐ。寮から校舎までの道は短くとも、こうして寒い風を浴びながら歩む毎日の登下校は結構辛い。
保健室でよく手伝いをしている所為で、顔なじみになりつつある生徒たちに挨拶されては頭を下げて歩を進める。そこへ、後ろから声をかけてきたのは未だに何を考えているのか分からない同級生だった。
「おはよう、今日は一段と冷えるね」
「おはよう、セラフィナ」
ついこの間までは、セラフィナくんと呼んでいたが。どうやら、彼にとってそれは不本意だったらしくて、とある事件をじっかけに呼び捨てにするように言われてこうなった。
なので、俺も呼び捨てにするように言ってみたけど、相変わらず俺に対しては何か思う所があるようで、丁重にお断りされてしまったのは苦い思い出だろう。たまにグイグイ来るかと思えば、恥じらいのある乙女みたいに距離を取られるので本当に意味が分からない。
「毎日、寒くて嫌になるよ」
「だよね。ほら、イエリオスくんは肌が白いから鼻が赤くなってるのがよく分かる」
「っ!」
って、その鼻に指当てて微笑むとか、こっちの心臓がもたないから止めてほしい。今の性別が女だから?いやいや、断じて違う!俺は、男にときめいたりなどするものか。ああ、きっとこれはあれだ。セラフィナは、美形だからドキドキするだけ。うん、きっとそう。だだでさえ、リーレンの王子様とか言われてるんだから、自分の容姿がどれだけ他人に影響するか分かってないのだ、この男は。
「あっ、ごめんね?びっくりした?」
「う、うん……もういいけど」
それしか言えない。
「それにしても、ほんとこんな日は部屋にこもっていたいよね」
……くそう。俺だって、一応前世では男だったんだ。負けるものか。
「そうだね」
「例えば、雪の中で冷やしておいた蜜柑を食べながらさ」
そりゃあ、容姿はどっちかといえば弱々しい感じだけど。……ここは、いっそ鍛えるべきか?うーん。
「ああ、うんうん。美味しいよね」
「……」
いや、まあ転生してまで男に張り合ってもしょうがないか。今は、男装してるとはいえやっぱり体は女だし。いや、でもなぁ。
「こたつでミカンは最高の組み合わせだと思……っ!」
――って。俺は、今、何を口走って!!!!
いや、でもこの世界にはこたつなんていう文化はないんだから、今まで通り聞き返してくるだけのはず――
「イエリオスくん」
「な、なに?」
どうして、そんな目で見る?
いつになく、彼の水色の瞳が真摯過ぎてつい視線を逸らしてしまう。心臓は、当然バクバクとこの小さな体の中で騒音を奏でてる。
「正直に答えて欲しい」
「……」
「やっぱり、あなたは前世の記憶を覚えてるんだね?しかも、生まれは日本だった」
「……っ!」
ど、どうしよう。どう答えれば良いのか分からない!
だけど、僅かに反応してしまったのを見逃されるはずもなく、通学途中だというのに道の真ん中でセラフィナに詰め寄られて息を飲む。
「教えて!これは、とても重要な事だから」
掴まれた肩に力がこもって、彼が如何に真剣なのかがうかがい知れる。
……どうしよう。
今まで、誰にも打ち明けた事なんてなかったから、口に出して良いのかも分からない。
「おかしいと思ってた。春先に起きたオーガスト殿下の暗殺未遂事件の時の、あの華麗な投げ技とか隣国の王子があなたを拐かそうとしていた理由も。……全ては、そう。あなたも記憶を持って生まれてきたから」
「なっ」
それってどういう――
「おいこら、こんな場所で人を集めて何をおっぱじめるつもりなんだ?」
彼に対する疑問を口に出す前に、ぐいっと腕を引っ張れて距離が広がる。
「……あ、フェルメールさん」
振り仰げば、フェルメールさんが険しい顔で立っていて、俺とセラフィナを交互に見ていた。
「よく周りを見て見ろ」
「えっ、ええっ!?」
そうして、コソッと耳打ちされた言葉に辺りを見渡すといつの間にか俺たちを中心に通学中の生徒たちが足を止めてこちらを見ていた。
「お前らなぁ、ちょっとは自分たちがどれだけ注目されやすいか自覚しろよ」
「自覚って言っても」
俺は、至ってどこにでもいる生徒の一人――なんだけど。
「無自覚もここまで来たら罪だからな」
「つ、罪って」
何も悪い事をしていないのに?
ああ、でもどうしよう。なんて思っていたら、俺と同じように周囲を見ていたセラフィナが視線を寄越した。
「この話は、また今度しよう」
そう小声で言われて、何度も小さく頷く僕に頷き返して輪から抜け出す。あまりにも華麗過ぎて思わず感心してしまったほどだけども、残された方の身にもなってほしい。
「ど、どうしよう」
困惑のまま、フェルメールさんに目だけで助けを求めれば、明らかに楽しんでいるようでニヤリと口角を上げて笑われた。
う、うぇ……これだから、この世界の男は苦手なんだ!
そうして、しばらく頭を悩ませた俺に救いの手を差し伸べたのは、統括長だったと明記しておく。
うん、フェルメールさんはその間まーったく何もしてくれなかった。
その数日後、俺は階段から落ちて怪我をするのだけど、この時はまだそんな事が起きるとは思いもしていなかった。
ここで、ようやくセラフィナさんに転生者だとバレるというオチ。
そして、小話なのに続くのでした。