氷の上にも三年
TS版だと、こういう出会いとなりました編。
「あー、もうやだなぁ」
そう言いながら両手を後ろ手に組んで歩く久しぶりに会った弟は、相変わらずの美少年ぶりで。しかも、俺より士官生の制服が似合っているのが地味に俺の心を傷付けた。
これから、グランヴァル学院で新入生を歓迎するパーティが始まる。それにつれリーレン騎士養成学校は、新入生の初めての校外学習という名目で警備をする事となったのだ。
パーティということで、俺たちは、今日だけはきちんと性別に合った服を着ている訳なんだけど。
うーん……何でかなぁ?顔はまるっきり同じなんだけど、どうしてあんなにかっこよく着こなせるわけ?
前世での弟は体格が良くて、どちらかというとワイルドなタイプだったけど、どちらも俺より何でも服が似合うというのが腹立たしい。どうしたら、こんな風になれるんだか。
そんな俺の恨みがましい視線に気が付いた弟が、いつもの悪巧みをするような顔付きでニヤリと笑った。
「久しぶりのドレスはどう?」
ああ、やっぱりか。なんて思いながらも、そういった意地悪にはある程度慣らされているので、困った笑みで対処した。
「まあまあ、かな」
こういうのは、敢えて曖昧に答えると良い。というのは、このリーレン騎士養成学校に来てから身に付いた一つの特技で。主に、ある特定の同級生に対してはこれが効く。
「ふうん」
俺だって、伊達に悪戦苦闘して学生生活を過ごしていたわけじゃない。どうだ!姉もやれば結構出来るでしょ?という意味合いを含めた笑みを作れば、弟が目を細めた。
「……地上の天使」
「うっ」
「保健室のマドンナ」
「ぐっ」
「白衣の妖精」
「っ、どっ!どうして、それをっ!?」
多分、今の俺の顔は真っ赤に染まっているに違いない。顔を隠す手段がなくて、とにかく両手を覆ってみたけれども、果たして効果はあるのやら。
いや、待って?っていうか、ほんと待って。
「お噂はかねがね聞いてますよ、あ・ね・う・え・さ・ま。まっさか、男ばかりの学校で、そんな異名がつくなんてねー。僕の姉は、学校でどういった注目を浴びてるのかなあ?」
恐い、恐い!そうやって、微妙に脅すの止めてくれない?
ほんと、いつからこういう言い方をするようになったわけ?前世を思い出したのはつい一ヶ月ほど前だけど、双子の姉として弟をこんな風に教育してきたつもりはないんだけど。
いや、ぶっちゃけ前世の弟の方がまだ扱いやすかった。まあ、寡黙過ぎて目が口ほどにいやそれ以上に物を言う視線が痛いタイプだったけれど。
「た、たまたまね、保健室の先生の代わりをしてたら、変なあだ名をつけられただけだよ」
「へー。ふーんそー」
いやいや、棒読みし過ぎだから。疑われるのも仕方ないけどさ。
「ご、ごめんね」
この体には、体力がない。
だから、いつも訓練の後は寝込んでしまう。それを見越して、早々に俺たちの入れ替わりに気が付いたコルネリオ様がたまにそうやって俺に仕事を押しつけてくれるのだ。
そりゃあ、初めは本当に偶然、保健の先生が不在だったから上級生の怪我の対処をしたまでだけど。怪我の状態も、たまたま知ってる状態だっただけに前世での記憶にある応急処置が役に立っただけの事だし。
そこから、どう聞きつけたのか分からないけど、次から次へと病人が訪れるようになってしまったので、俺だってどうすれば良かったのやら。前世では将来、トレーナーとしてご飯を食べていけば良いなと考えていたから、知識が役立てた事は嬉しいけどね。
それとは別の問題があるわけでして。
「え?どうして謝るわけ?」
「だって、君の評価を傷つけてる……よね」
――エーヴェリー公爵家の双子の弟は、手が付けられないぐらい奔放だ。
幼い頃よりそういった噂を抱えていたのに、ここにきてまともに訓練を受けずに保健室に入り浸ってるなんて弟の恥以外のなにものでない。……きっと。
現に、とある同級生には毎度どやされる日々が続いているし、たまに年齢問わず生徒たちにはふざけて押し倒される事もある。これって、馬鹿にされてるって事だろう。
せっかく、入れ替わってくれたのに申し訳ない。
そう思って様子を窺うと、弟は急にクスクスと笑い出した。
「ほんっと、お姉ちゃんは真面目だよね。僕、ただ揶揄ってただけなんだけど」
「で、でも」
「じゃあさ、そう思うのなら……分かるよね?」
「っ!」
鮮やかな淡い蒼色の瞳が俺を捉える。それと同時に、俺が恥ずかしがって逃げ出さないように、掴まれた右手が熱を帯びていく。
さっきから、火が付いたように頬が熱いのに、更に火照って今すぐ呼吸困難に陥りそうだ。
「こ、こんなところで、キ、キスなんて」
俺たちが、お互いの服に着替える為に使ったのは特別棟という場所から会場へ向かう廊下で。ここは、確かに滅多に人が見当たらないが、それでも誰かに見られたらと思うと恥ずかしい。
「大丈夫だよ?だって、僕たち姉弟なんだから、見られたって仲が良いんだなってぐらいにしか思わないって」
なんだか、どんどん口だけ達者になってきているのは気のせいだろうか。
「ねぇ、普段頑張ってる僕へのご褒美だと思ってさ」
「そっ、それは、申し訳ないと思ってるけど」
なにせ、あの時はとにかく急に記憶が戻ったばかりで、弟の気持ちなんて考えもしていなかった。でも、落ち着いて考えてみたら、俺のエゴで弟にスカートを着せてる事に気が付いたのだ。
自分が嫌な事を、大切な弟に押しつけていたなんて。
それに気が付いた時、俺はしばらくショックで食事も喉を通らなかった。中々会えないから、とりあえず先に手紙で謝ったら、むしろ女装したら面白い展開ばかりで毎日楽しいなんて返事がきたけど。
「じゃあさ、ほっぺたで良いから」
「ひぅっ!ほ、ほっぺた以外に出来ないよ、こんな場所じゃ!」
「そうなの?」
「そ、そうだよ!」
全く、何を考えてるんだ!典型的な日本人の俺に、そんな度胸があると思うの?って、流されちゃったけど、これってする方向だよね!?もしかして、謀られた?いや、そこまで頭が回るかな?
いまだに握られた手は熱い。
しかも、ここだからねここ、とか言いながら頬を差し出してくる辺り、もう弟に振り回されっぱなしのような気がしてならない。
「……っ」
ここは、もうさっさと軽くして済ませてしまおう!
ええいもう、なるがままだ!意を決して、唇を寄せる。
――が、不意に後ろから肩を引かれて、誰かの胸元へとぶつかった。
「っ、え!?」
「おっと、人違いだったみたい。ごめんね、お嬢さん」
振り仰げば、そこにいたのは最近やたらと話しかけてくる厄介な少年で。
「セラフィナ・フェアフィールド……さん?」
もしかしたら、これってわざとじゃないかなぁと思えてしまう。いや、ただの勘だけど。
「あれ?よくご存知で」
「あっ、お、弟から手紙で」
そう言って、弟の存在を示せば、彼はいつものように曇りのない笑顔になってそっか、と頷いた。
「どうも」
「……どうも」
う、うーん……、何だか微妙に不穏な空気が漂っているのは気のせいだろうか。まあ、弟にとってはキスする直前だった訳から、不快になるのは分かるけど。
「せっかく会えた姉との交流を邪魔しないで欲しいんだけど」
「それは、ごめんね。ただ、私は君よりもっとずっと待ってたんだ、この時を」
「……どういう?」
弟と同じように首を傾げた俺を見据え、少年はその水色の瞳に形容しがたい感情を乗せて微笑んだ。
泣き出しそうな、笑いそうな。
ああ、これは初めて声をかけられた時の笑顔に似てる。
ただ、そこにどういった感情が含まれているのかが分からない。それぐらいに、彼の笑顔には色んな感情が含んでいるように俺には見えた。
「石の上にも三年、か」
「え?」
「ああ、こっちの話だから気にしないで」
ちなみに、セラフィナさんもTSしております。
そして、シリアスな場面でありながら、実は内心でドレス姿キターーー!と叫んでいる状態でした。