あやかしラビリンス
「恐怖の日」「兄の日」のSS
騙された、と気が付いた時にはもう遅かった。
今日に限って珍しく、有名人お三方が俺に対して優しかったのだ。例えば、朝。うたた寝していると、いつもならフェルメールが小言を言ってくるのに今日に限って根気強く起こしてくれたり。昼食の時に、リーンハルト先輩が何故かお茶を淹れてくれた。それでもって、ディートリッヒ先輩は俺が座学で分からない所を懇切丁寧に教えてくれたりして、この時はこういう日もあるんだなぁというぐらいにしか思わなかった。
――それが。
「詐欺だ、こんなの聞いてない!」
夕食が終わって、リーンハルト先輩から皆で集まるから君も部屋に来なさい、と誘われて、今日は何だか気分が良いしまあいいかーと遊びに行けば。
「おやおや、君には少し怖すぎましたか?」
この世界にも一応、怪談というものはあるらしい。
まんまと呼び出された俺が体験したのは、身の毛もよだつ寄宿舎の百物語だった。
僅かばかりのプライドで何とか泣かないではいるものの、明らかに楽しそうに微笑む上級生が恨めしい。どの顔もイケメン揃いとあって、余計に俺の心は荒んでいった。
そりゃあ、俺だって前世は男として生きていた分、色んな奴から怖い話を聞いているから免疫がついている。けれども、この三人が俺に聞かせた話は、どれもこの土地で過去に起きたものであり、現にそういう証拠がのこされていたりするのだ。
嫌がらせ以外の何ものでもないじゃないか。
「……先に部屋に戻ります」
きっと、この人たちの事だから、俺が泣くかどうか賭けているかもしれない。いや、ディートリッヒ先輩はそういうのには参加してなさそうだけど。
ともかく、俺だって今の性別が女でも、まだ男としてのプライドは残ってる。という訳で、俺も戻ろうか、と言い出したフェルメールを拒絶して部屋を出た。
直前に、俺があまりにも悔しかったのを拗ねていると勘違いしたのか謝ってくれたはいいが、聞いてしまった話を取り消すなんて難しいに決まってる。しばらく対応は冷たくしてやる、と心に決めて夜の廊下を一人で歩く。
リーンハルト先輩の部屋から俺たちの部屋までは階段を含めて約三分程度。こんな夜中に起きている奴もいないだろうから、きっと走っても問題なさそう。
「……」
走ろうかな。……いや、でもなぁ。
フェルメールが追いかけてくるとも限らないし、そうなると絶対に笑われそうな気がする。ましてや、明日それを他の二人に暴露されたら……いや、そこまで意地悪じゃないか。
うーん、と腕を組みながら歩いていると、そこへ――ドシャーンと、いきなり窓の外で雷鳴が轟いた。え?近くない?意外とこれ近いって。
「……え、えぇ」
こういう時に限って、雷って!
一瞬、体が跳ね上がったけども、誰にも見られてない……よね?と、振り返ったその瞬間。
「大丈夫?」
「うっ……っ!……っ!!」
その人物は、あまりにも至近距離にいて。
叫びそうになった口を、自分の両手で慌てて塞いだ。
「……セ、セラフィナ」
こいつもこいつであの三人に負けず劣らず美形だから、まるで人形みたいに見えて心臓に悪いんだってば。本人には言わないけどさ。
「こんな時間にどうしたの?」
「ああ、今日はうちの屋敷で小さなパーティがありまして。ちょうど戻ってきた所だったんですよ」
「そ、そう」
そうなんだ、と言いつつも、次の雷が来るまでには何としても部屋に戻りたいので早足になるのは許してほしい。
「イエリオスくんはこんな時間に一人きりで出歩くなんて、何かあったんですか?」
「え、えーっと」
何故か、若干目が据わっているように見えるけど気のせいかな?というか、そこで立ち止まるのは止めようか。
「まさか、とうとうあの三人の内の誰かに手籠めにされて?」
「いや、ないない!玩具感覚はあるかもしれないけど、僕をそんな目で見てな……え、なに?」
たまに思うけど、セラフィナは俺を呆れた目で見るの多いよね。
「その鈍さが保身となっているなら、まあ良いですけど」
「え?なんの、」
ちょうど真横に立つセラフィナを見上げたと同時に再び空が明るくなって――
「ひ、――ぁ!」
次の雷鳴は、冷たい刃が遠慮もなしに空気を裂いて訪れた。その無情さは、あまりにも非情過ぎて。
「……イエリオスくん」
「な、なに?」
「抱き締めて良いですか、じゃなかった。その、もしかして雷が恐いんですか?」
と、頭上から声がして、ふと気が付けばセラフィナの腕にがっしりとしがみついていたらしい。
「ち、ちがっ」
うわぁ……恥ずかしい。思わずやってしまったとはいえ、まさか同級生にくっついてしまうなんて。
「実はさっき、先輩たちから怖い話を聞かされちゃって。一人で心細かったというか、まさかこんな時に雷が鳴るなんて思ってなかったから」
こうなったら仕方ない。全て白状してしまおう。そうと決まれば、俺はさっさと全て曝け出した。
話しながら、何だか言い訳に聞こえてくるがこれは理由であってそうじゃない、と自分に言い聞かせてみる。
……いつもなら。
「こういう時はいつも弟がいてくれたのですが」
いつまでも弟に頼ってばかりじゃいられないしな。
いい加減、弟離れをしないと。なんて思いながら離れようとすると、何故か急に抱き締められた。
「なっ、ちょ」
「私の事はお兄さんだと思って下さい」
「え?」
いや、そこで満面の笑みっておかしくない?なに、キラキラしてるんだ。これだからイケメンは。
「ここでは、私が守ってあげますから!何なら、お兄ちゃんと呼んでもらっても大丈夫ですよ!」
「いや、あの」
しかも、がっつり食いつき激しくて恐いんだけど。ぐいぐい来すぎているというか。
そんなつもりは全くなかったのに、何か変なスイッチ押しちゃった?
「さあ、それでは呼んでみましょう!さん、はい!」
「じゃなくて!ま、待って」
どこの特設会場だよ。って、確かこいつ、前世ではアナウンサーだったんだっけ。なるほど、さまになってるなぁ……じゃない!あーもう!どうしろって言うんだよ!
「……で。お前ら、そこで何やってんの?」
今すぐ頭を抱えてしゃがみ込みたい思いだったが。
「あ」
「え」
階下から仁王立ちをしたフェルメールに声を掛けられて、今度は恥ずかしさに逃げ出したくなった。




