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ストロベリーオンザケーキ

「えっ」

 という声が漏れてしまうほど、フェルメールにとってその衝撃は凄まじかった。

 たまたま寄宿舎で同室になったこの人物が、ひょんな成り行きから実は弟に変装したご令嬢であるという事は知っている。が、気に入った相手をおちょくるのは彼の趣味で。

 今日も、混雑する学生食堂の端で、待ち合わせをした恋人に出くわしたかのようなタイミングで会ったから、いつものように両手を広げてこう言ったのだ。


「よし、俺とハグするか!」


 ――と。すぐさま、同じタイミングで現れた同学年のリーンハルトに後頭部を叩かれたが、そこで終わりとはいかなかった。いや、いつも通りであれば、フェルメールの冗談に士官生の服を身に纏った少女が呆れた目をして受け流していたのだが、今日に限って何故か彼女はコクリと頷いたのだ。

 そう、頷いた。

 だから、フェルメールは間抜けにも「えっ」という言葉を呟いてしまったのである。

「イエリオスくん、私の見間違い等ではなく、この男の言葉を肯定したと理解して良いのですか?」

 そこへ、同じ目撃者でもあるリーンハルトが少し慌てたように彼に問う。

 まさかな、と思いながらも。

「はい」

 なのに、あろうことか少女は二度も同じく『是』と答えを出した。

「い、いや、冗談でしょう。それなら、私とも出来ますか?」

 そんなはずはない、という暗に含めながら笑いかければ。

「……ん、いいですよ」

 今度は、小首を傾げて自ら両手を広げてにっこりと微笑まれたので、冷静さでは学校一といわれるさすがのリーンハルトでさえも息を飲んで硬直してしまう。

 そして、それは当然、彼らの様子を窺っていた周りの生徒たちにも感染し、局地的な混乱が起きていた。

 しかし、当の本人は全くそれに気付いておらず、何故抱きついてこないのかと傾げた首をこてんと逆側へと変えるだけ。

 微妙に潤んだ瞳と愛らしく女神のような微笑みを浮かべ、両手を広げた様子は他の生徒たちにさえ邪な感情を抱かせて、今なら他の要求も飲んでくれるんじゃないか、といった雰囲気を醸し出してまでいる。

 その、極上品の体に触れられるならば――と。

 その不穏さにようやくリーンハルトが我に返ったが、もはや時間の問題となっていた。

 しまった、と思わず舌打ちをした所で。

「おい、何かあったのか?何なんだ、この状況は」

「ディー。今ほど貴方という存在を有難く思った事はありません」

 全てをぶちこわすかのように現れたディートリッヒによって、危うい均衡が一気に霧散された。

「お、おお。そうか」

 心なし嬉しそうな表情を浮かべるディートリッヒだが、実は貶されている事には気付いていない。周囲の嫌な視線が消えた所で、リーンハルトがイエリオスの様子がおかしいという旨をディートリッヒに説明したのだが。

「ど、どうしたんだ、一体。拾い食いでもしたのか?」

 という見当違いの言葉を吐き出した所で、その横をするりと通り抜けた一人の少年がイエリオスの懐へと入っていった。

「お、おいおい!」

「な、何してるんですか!」

「貴様っ!」

 案の定、目を丸くした上級生三人に猛抗議を受けたのは、ストロベリーブロンドの美少年。

「ああっ、夢にまで見たこのかんっしょく!もう死んでもいいなぁ結婚したい……じゃなくって。やっぱり、そうだったんだ」

 感無量と顔に書いてあるセラフィナに、抱擁をやめろと手で示しながらフェルメールが首を捻った。

「何がやっぱりなんだ?」

「やはり、怪しいものでも食べたのか?」

 と言ったのは、まだその可能性を捨てきれないディートリッヒで。

「見知らぬ人から貰ったものは口にしないように、ときちんと注意していたんですか、フェルメール」

「なんで俺なんだよ」

「監督生だというのに、同室の子の管理も出来ないとは」

「もう言いがかりじゃね?それ」

 このままだと、いつもの上級生トークに圧されてしまうと慌てたセラフィナが躊躇いがちに口を開いた。

「あの、ですね。彼、かなり熱が高くて。この時期だと夏風邪でも引いたのかもしれませんね」

「風邪?」

 と、よく見れば先程までにこにこと笑みを浮かべていたはずの少女がセラフィナに抱きついた形でくたりとしており、フェルメールが舌打ちをする。

「そうだったのかよ」

「相当しんどかったはずです、……ここまでの高熱だと。だから、思考すら安定しなかったのだと」

 前世では女性だった事もあるため、セラフィナはそういう機微にも気付きやすかったというのもあるだろう。抱き締めながらも、その表情には労りが見える。

「私の前では、どうか我慢しないで下さい」

 まるで赤子をあやすように背中をトントンと軽く叩いたセラフィナに、意識はまだあるのか少女がその重たい目蓋をゆるりと開けた。

「……ごめんね」

 その声は虫の羽音と同じぐらいに小さかった。だが、きちんと相手には伝わったようで。

「いいえ、むしろご馳そ、あーっ、ゲフンゲフン!私には何の気兼ねもいりません。これからも、存分に頼って下さって結構ですよ。ええ」

 きっと、平常時であれば、即座に距離を取ったであろうが今の少女は気付かない。という事で、そのアルカイックスマイルに駄目出しをしたのは当然、フェルメールだった。

「黒いのが漏れちまってるぞ。つうわけで、俺と代われ。保健室に連れて行くから」

当然、この時の記憶は彼にはありません。

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