表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勇者ご一行のサポーターはレベルマックス!

作者: 梨野可鈴

ゆるい感じの物語です。軽い気持ちでどうぞ。

 ――闇より魔王が現れ、人々を混乱に陥れた。


「聖剣を出せ!」

「どこにしまったか分かりません!」

「勇者を探してまいれ!」

「えっ俺結婚して家買ったばかり」

「出張手当は出ますかー?」


 ――しかし、魔王が現れるたび、聖剣に選ばれた勇者が魔王を倒し、世界を救ってきた。


「てか、前回の魔王討伐っていつでしたっけ」

「ウチの子供が生まれたのと同じ年ですよ。最近歩くことを覚えたんで、家内が目を離せないって」

「あー、もうそんなになりますか。よその子が大きくなるのは早いですねえ」

「ははは」


 これはそんな世界の、ある勇者一行の物語。


 ◇◇◇


「はあっ! やあっ! とうっ!」


 威勢のいい掛け声と共に、剣を振り回す若者がいた。

 勇者、クリス。剣を振るうのに邪魔にならないように、短く切り揃えた髪が揺れる。


 地方の――否、超がつくど田舎の村の、村長の末っ子として生まれたクリスは、勇者探しのため、村に持ってこられた聖剣に見事選ばれ、勇者となった。

 娯楽の少ない村である。「わー勇者の聖剣だって」「触っていいらしいぜ」と村人たちが興味半分、遊び半分で手を伸ばしていた中、同じように軽い気持ちでクリスが聖剣を取った時、剣がまばゆく輝き、あっさり勇者に選ばれた。

 それを聞いたクリスの両親、村長夫妻は卒倒したが、選ばれたものは仕方ない、と心配しながらもクリスを送り出した。


 しかしさすがは勇者であり、旅の間にモンスターとの戦いを経験し、メキメキと実力をつけた。今では剣の腕前は国の騎士にも劣らないどころか、世界最強の実力者といも言われている。


「クリス様、お疲れ様です」


 声をかけたのは、勇者と共に旅をする、聖女メルリィ。聖教会の巫女であり、幼い頃から聖女として修行を積んできた可憐な乙女である。

 彼女の治癒魔法や支援魔法なくして、ここまで旅は続けられなかった。


「…………。」


 その横で無言で魔導書を読んでいるのは、魔術師のジェスター。若いながら魔法学院で優秀な成績を修めた天才で、国からの推薦があって勇者の旅に同行している。

 魔力を消費するものの、モンスターを一掃できる彼の魔法はパーティーを何度も助けてきた。


 勇者、聖女、魔術師――三人は、パーティーとして、非常にバランスが取れていた。


 なお、魔王討伐という世界を左右する一大プロジェクトに三人しか送り込まないのには理由がある。


 聖剣の加護――いわゆる能力上昇とか成長促進とか――は、聖剣の持ち主である勇者を含むパーティーにしか効果がないらしく、パーティーと認識できる程度の人数集団でないと発動しない。

 それはあまたの伝承で実証済であり、三人、多くとも四人くらいが限界であると伝えられている。それで毎回何とかなってるんだから、今回も大丈夫なのである。


 ――そんな勇者のパーティーには、もう一人、同行者がいる。


「ご飯出来ましたよー」


 キャンプの中心のたき火で、大鍋をかき回すのは、どこにでもいそうな普通の青年。

 彼、トニーは、いい匂いのするシチューを次々とよそい、軽く炙ったパンと共に、勇者たちに出した。


「やった! ご飯、ご飯!」

「はい、クリス。手を洗ってからにしてくださいね」

「……何だか今日のシチューは、黄色いな」

「野菜嫌いのジェスターさんでも食べやすいように、裏ごししたカボチャで作ったカボチャのシチューです。甘みがあって美味しいですよ」

「パンからいい香りがしますね」

「はい。前の街からだいぶ経つので、ハーブで包んで保存しておきました。その方がパサパサにならないですからね」

「いただきまーす!」


 勇者クリスをはじめとして、みんな美味しそうに食事にありつく。

 そんな様子を、トニーは穏やかな笑みを浮かべて見ていた。


「トニー、おかわり!」

「はい、どうぞ」


 ◇


 なんやかんやで旅を続け、勇者たち一行は魔王城の一つ手前の街についた。


「……魔王の城には、バリアが張られている。魔王城に入るためには、魔王城の東西南北それぞれにいる四天王を倒さなければならない」


 魔術師のジェスターが、黒いドームで覆われた魔王城を指さしながら説明した。さすがは魔王城に一番近い街、魔王城の様子がよく見える。平時には観光名所として魔王城を使っているあたり、この街の住民はたくましい。


「では、この街を拠点にしながら、四天王を倒していくのがよさそうですね」


 聖女メルリィが言った時、町長らしい人が出てきた。


「勇者様ご一行ですか。魔王が現れて三か月、そろそろご到着する頃合いだと思っておりました! ようこそおいでくださいました!」

「よろしくお願いします。勇者のクリスです」


 背負った聖剣を示しながら、クリスが名乗り、仲間達も続ける。


「聖教会から参りましたメルリィです」

「……。魔術師のジェスター」


 町長はそして、トニーに目を向ける。武器のたぐいを持っておらず、ぱっと見て職業が分からない。


「サポーターの、トニーです」

「支援魔法の使い手の方ですか?」

「いえ、勇者達をサポートするのが仕事です」


 町長は、はてな? と首を傾げた。勇者であれば、無限に荷物が入る道具袋くらい持っているだろうし、荷物運びという可能性もない。

 まあ、勇者一行が認めて旅に連れているのだからと、それ以上は聞かなかった。


「宿はどこですか? あと食料品のお店も」


 トニーは町長に道を聞くと、勇者達を振り返った。


「では、行きましょうか、先に店に寄りましょう」

「了解ー」


 トニーを先頭に、ぞろぞろと街を歩く勇者一行を、町長は首を傾げて見ていた。


 ◇


 次の日、街を出ていくクリス、メルリィ、ジェスターの三人をトニーは見送った。


「じゃあこれお弁当です。後はこれが水。レモンのスライスを入れているのですっとしますよ」

「うん、じゃ、行ってくる!」

「気をつけて」


 手を振り、勇者一行を見送るトニーを、街の人達は不思議そうに見ていた。


「……あの、行かないんですか?」

「ええ。僕が行っても、足手まといですから」


 あっさり言うトニーに、街の人々は、とても微妙な顔をした。

 過去の勇者の例で、戦闘力のもっとも低いメンバーを、旅の終盤で足手まといだからとパーティーから外したところ、全滅に追いやられかけたという話は存外に多いのだ。


 しかしトニーはそんなことは気にせず、空を見上げる。魔王と四天王の城が近いからか、邪悪な暗雲が垂れ込めている。


「まあ、風はあるから大丈夫でしょう」


 そう、トニーにはトニーの仕事がある。今日こそ、洗濯をしなければ。


 ◇


 宿に戻ったトニーは、水を張った桶に汚れ物を放り込み、ざぶざぶ洗っていった。

 汚れのひどいものは分け、あらかじめつけおき洗いすることも忘れない。


 モンスターとの戦闘は、汚れとの戦闘でもある。

 後衛のメルリィやジェスターはまだしも、剣で戦うクリスは、汗や泥、モンスターのよく分からない体液の跳ね返りやらで、戦闘の後はたっぷり服を汚す。


「ここまで険しい洞窟が多かったから、なかなか洗濯ができなかったし、良かったです」


 下着なども合わせると、四人分の洗濯物はかなりの量だ。それをトニーはさくさく洗っていく。


 最初だけ、メルリィは年頃の乙女として、洗濯をトニーにしてもらうのを躊躇ったものの、旅の間にそうも言っていられなくなり――というより、高位の巫女として身の周りの世話を全て人にしてもらっていたメルリィは、家事がまったくできなかった――今では完全にトニーに任せきりになっている。


 溜まった洗濯物を干し終えた頃には、昼頃になっていた。

 トニーは勇者一行に渡した弁当の残りを宿屋で食べながら、呟いた。


「そろそろ、クリス達は四天王の城についたでしょうか」


 ◇


 魔王の配下である四天王の一人、炎の巨人、ゴウゴウガは、燃え盛る剣を手に、勇者達を待っていた。


 四天王には守るべき鉄の掟が四つある。そのうちの一つが、「勇者達に声をかけられるまで襲いかからない」ということである。


 その辺の雑魚とは違い、威厳たっぷりに勇者達を待つ。

 例え満身創痍でたどり着いた勇者達が、これから自分を倒す気満々で、目の前で回復ポーションを飲んでいたとしても、直立不動で待っていなければならない。

 ボスとはそういうものなのだ。


 ――たとえ、勇者達が、楽しそうに弁当を広げて食べ始めたとしてもだ。


「はあ、このおにぎり、おいしい」

「……うまい」

「塩で漬けた青菜を刻んでご飯にまぜこんでいるんですね」


 塩気が多めだが、それがまた美味しい。

 それは、肉体労働(バトル)を続けた彼らには、塩分濃いめくらいが美味しいという、トニーの気遣いによることを、勇者達は知らない。

 スタミナがつくように、甘辛く味付けた豚の角煮を具にしたおにぎりも用意してある。時間のかかる料理だが、朝に渡せるよう、前日からしっかり下ごしらえをしていたのだ。


 十分に腹ごしらえをして、食後の軽い運動をし。


「ふはは、よく来たな勇者よ。お前など魔王様が相手にするまでもない。消し炭にしてくれるわ」

「行くぞ!」


 炎の巨人・ゴウゴウガの剣が真っ赤に燃え上がる。

 ジェスターが攻撃魔法を打ち込み、メルリィが護りの魔法を唱え、クリスが聖剣を掲げて突撃した――


 ◇


「おかえりなさい」


 トニーは笑顔で勇者達を出迎えた。


「着替えは出しておきましたよ、お風呂どうぞ」

「やったあ!」


 炎の巨人との戦闘は、とにかく暑かった。汗でべとべとになった服を早く着替えて、さっぱりしたかった勇者一行にとって、トニーがお風呂を沸かして待っていてくれたのは、まさに神対応だった。


「今日のご飯は?」

「冷しゃぶにしました。梅肉のソースにしています」


 炎の四天王との戦いで、暑い思いをしてくるだろうからと、メニューはスタミナ料理ながら、さっぱりの味付けだ。ささっと風呂を済ませ、クリス達は食卓につく。


「いただきまーす!」

「美味しいですわ」

「……うむ」


 トニーは三人が満足そうにご飯を頬張る姿を見て、満足そうに笑った。


 ◇


 翌朝、次の四天王の場所に向かう勇者一行を見送り、トニーは買い物に行く。

 今日の晩ごはんは何にしよう。温かいものにするのは決定事項として、とあれこれ考えながら、トニーは市場の品を眺める。


 この街は魔王城に近く、交通が不便なことから、やたら物価が高い。無駄遣いはできないため、特売品を探していく。


「あら、勇者様のお連れの方じゃないの」

「どうも」


 勇者達が街に到着し、四天王を倒し始めたことは街の噂になっている。

 トニーは声をかけてくれたおばちゃん達に人当たりのいい笑顔で挨拶し、ついでにこの辺でいい店を教えてもらう。勇者の一行ということで、トニーに対する対応は温かい。


「今朝、うちの娘が出かけていく勇者様を見て、はしゃいじゃってねえ」

「うちの息子だって、身分知らずにも聖女様に見とれてやがった」

「仕方ないさ、アタシらだって若い時は、勇者様達を見て憧れたもんだよ」


 トニーは、買い物カゴを片手に、主婦達のとりとめもない世間話に相槌を返す。

 

「そういえば、噂で聞いたんだけどね」

「はい」

「勇者様は、一緒に旅をしている仲間と恋人同士って、本当かい?」


 トニーは何も答えず、曖昧な笑みを返した。


 ◇


 魔王の四天王が一人、氷の魔女レイリーンの城にて。妖艶な笑みを浮かべた、真っ青な肌の女が、やはり目の前の勇者達の食事が終わるのを待っていた。


 今日、トニーが持たせてくれたお弁当は、寒いことを見越して、水筒に入れた野菜たっぷりの温かいスープ。体が温まるように、ショウガやネギなどの薬味もしっかり入れてあるし、一口大の野菜やベーコンがごろごろ入っているから、食べごたえも十分だ。


「今日のご飯もおいしー」

「本当ですわね」

「……うん」


 すっかりスープを平らげたジェスターに、メルリィがくすくす笑う。


「ジェスター様は、すっかり野菜嫌いが直りましたのね」

「……。」


 やや恥ずかしそうに目をそむけるジェスターだが、本当のことだった。

 極度の野菜嫌いだったジェスターは、トニーが作る料理の野菜を、最初はことごとく残してきた。


「過酷な旅ですから、風邪などひかないように、栄養をしっかり取ってくださいね」


 トニーの言うことは限りなく正しいのだが、嫌いなものは嫌いなのだ。


 しかし、トニーは、野菜を丁寧にすりおろしてパンケーキに入れたり、刻んでハンバーグに混ぜこんだりと、ジェスターが食べやすいようにと工夫してきた。

 旅に出る前はほぼ外食で済ませていたジェスターに、自分で他の食べ物を作るという選択肢はなかった。旅の間は野営も多く、トニーの出す料理を食べざるを得ない。

 そうして、仕方なく食べたトニーの料理だが――これが美味しかった。


 濃い塩気でごまかすのではなく、素材の持ち味を活かした優しい味は、素朴だが毎日食べても飽きない。

 手を変え品を変え出される料理たちに、すっかりジェスターの偏食は直されてしまった。


「ごちそうさまでした。――さて、と。氷の魔女は、氷の魔法を使ってくるんだよね?」

「そう聞いておりますわ。それに、美しい容姿で男性を魅了するとも……」


 メルリィが言って心配そうに見ると、ジェスターは咳払いした。


「……俺は妻帯している」

「け、結婚してたの!?」


 その言葉には、クリスだけでなく、メルリィも目を丸くした。


「娘もいる」

「し、知らなかった……」


 旅の終盤にして知る衝撃の事実に驚きながらも、メルリィはほっと息をついた。


「私とクリス様も大丈夫ですわね」


 勇者は頷き、艶然と微笑む氷の魔女を見据えると――背負った剣の束に手をかけた。


 ◇


「ふふふ……私ごときを倒したところでいい気にならないことね。まだこの先には、地の魔獣ボンガロン、そして、四天王最強の風の邪竜ゼアルードがいるのだから……」


 氷の魔女はニヤリと笑うと、その場に崩れ落ちた。

 四天王の掟の二、「倒される時は自分が残りの四天王より弱い存在であることをアピールすること」である。もちろん、炎の巨人ゴウゴウガの最後の言葉は、「ククク、我は四天王の中でも最弱……」だった。


 ふう、と息をついたクリスは、さすがに疲れた様子で剣を収めた。


「さすがに結構、強かったね……」

「先程の言葉を信じるなら、他の四天王はもっと強いそうですが」

「……。」


 勝ったとはいえ、クリス達の表情は浮かない。難しい顔で考え込んでいたクリスだったが、きゅうう、とお腹が鳴った。クリスはちょっと顔を赤くしながら、仲間たちを振り返る。


「宿に、戻ろっか」


 クリスは不安を振り払うように笑ってみせた。

 今日の晩御飯は何だろうか。そう思うと、心が晴れた。


 ◇



 次の日の朝、いつものようにお弁当を持たせてくれるトニーに、クリスはあのさ、とお願いをした。


「今日の晩御飯は、ハンバーグがいいな」


 クリスがメニューのリクエストをするのは珍しい。トニーはちょっと目を瞬かせたが、すぐに笑って頷いた。


「いいですよ」

「うん、ありがとう」

「チーズもかけましょうか」

「やった!」


 クリスはガッツポーズで無邪気に喜び、メルリィとジェスターは、そんなクリスを微笑ましげに見た。


 トニーは出かける三人を見送り――自分のできることをする。


 今日は天気がいいので――正確には、四天王の数が減り、空を覆う暗黒なオーラが減ったのだ――布団も干す。毎日疲れて帰ってくる勇者達一行には、ふんわり快適な布団で眠ってもらおう。


 もちろん、ハンバーグの準備をしないといけない。

 うんと腕によりをかけて、美味しいハンバーグを作ろう。肉汁が溢れ出る、とびきりジューシーなハンバーグに、特製ソースをかける。ゆで卵をつけるのもいいかもしれない。


 世界のために戦っている勇者達には、それくらいの贅沢は許されると思う。

 トニーには、サポーターだ。

 こうして、勇者達をサポートするくらいしかできない。


 ◇


 地の魔獣ボンガロンを倒した一行は、長い長い地下迷宮を歩き続けていた。

 メルリィの魔法で、通路は明るく照らされているが、延々狭い通路を歩き続けるのは、疲れるものがあった。


 魔獣ボンガロンもまた、倒される前にはしっかりと「四天王最強のゼアルード様がいる限り、お前らに勝利はない」と言っていたのだが、勇者達はそこはもうどうでもよかったのでスルー。さっさと来た道を引き返し始めた。


「多分、魔獣は今までの敵ほど強くなかったと思うのです。ただ、この迷宮は確実に体力を奪いますわ……」

「……この迷宮を掘ったのも魔獣だから、ある意味では奴の強さだが」


 クリスはため息をついた。これでは地上に出る頃には深夜だろう。


「そういえばクリス様。クリス様は、トニー様とは幼馴染なのでしたわね」

「うん」


 クリスとトニーは、同じ村で生まれ育った。田舎の小さい村で、似たくらいの年の子供がいれば、自然と仲良くなる。

 小さい頃、クリスはいつもトニーと一緒に遊んで、毎日泥だらけになって帰った。活発で落ち着きのないクリスを、トニーが心配しながらついて来るというのが大体の図式だったが。


 クリスの両親は、クリスが勇者に選ばれたと知ると、トニーに頭を下げにきた。

「うちの子に、ついていってあげてくれないでしょうか」と。


 別にトニーは、クリスの従者でも何でもない。しかし、トニーは頼みを聞き、勇者の旅についてきた。


 というのも、両親は、クリス一人ではまともに生きていけないと考えたらしい。

 確かにクリスは、部屋も汚いし、洗濯をさせれば服を駄目にするし、料理なんてもっての他だ。

 そして当然といえば当然だが、聖剣はクリスの戦闘力を大きく底上げしたものの、それ以外については別にそのままだった。


 つまりクリスは不器用なままで、生活力はゼロだった。そして、戦闘力を最優先に選んだほかのパーティメンバー達も、まったくといっていいほど家事のできない二人だった。

 もし、トニーがついてきてくれなければ、ボロボロの浮浪者のような恰好で旅を続けてきた――いや、食事がままならなくなり、どこかで倒れていたかもしれない。

 クリスは、トニーに心の底から感謝していた。



 結局、クリス達が帰ってきたのは真夜中だった。途中、携帯食料を食べてきたため、ハンバーグはお預けになってしまった。


「皆さん、お疲れ様です。何かさっと食べられそうな夜食を用意しましょうか?」

「……うん、ありがとう」


 疲れきって帰ってきたクリスにとって、宿の明かりがついていたことが、どれだけ嬉しかったか。


 ◇


 最後の四天王、風の邪竜ゼアルードは、勇者達が来るのを待ち構えていた。

 赤髪の若者が、威勢よく光輝く剣を手に駆けてくる。


「うりゃあああっ!」


 しかし、竜はその蝙蝠に似た翼を羽ばたかせるように動かした。たちまち、真空の刃が生まれ、クリス達を攻撃する。


「きゃああっ!」

「メルリィ!」


 悲鳴を上げたメルリィの方を振り向き、気を取られた瞬間、邪竜が巨体に似合わない早さで尻尾を振るって、叩き付けられたクリスは吹き飛ばされる。


「ぐあっ!」

「勇者とはそんなものか? もっと楽しませろ」


 邪竜は残忍な笑みを浮かべた。思う存分戦えるこの時を待っていたのだ。

 何しろ、四天王の掟には「今の勇者ならば勝てると思っても絶対に勇者の方から来るのを待つこと」「四人全員で迎え撃つのは厳禁」という、矜持というか、飛車落ちルールのような鉄の掟がある。

 無論、第二の掟にしたがえば、弱い者から勇者の相手をしなければならない。四天王最強のゼアルードはずっと暇だったのだ。


「まだまだ暴れ足りぬわ!」


 戦いを楽しむような余裕の素振りに、クリスは奥歯を噛みしめた。

 だが、負けるわけにはいかない。痛む体に鞭を打って、強く剣を握った――。


 ◇


「お帰りなさい、……っ!」


 帰ってきたクリス達を見て、トニーは思わず息を飲んだ。

 三人とも帰ってきたものの、ボロボロの格好だったのだ。特に前衛のクリスの服はひどく、鎌のようなもので鋭く切り裂かれたような跡がたくさんあった。

 そのクリスは、青い顔でトニーを呼ぶ。


「トニー、メルリィを寝かせてあげたいんだ……」


 メルリィは、ぐったりとした様子で、クリスとジェスターに支えられながら歩くのがやっとのようだった。急いでトニーは、ベッドの用意をする。その間、クリスは別の部屋で、メルリィがボロボロの服を着替える手伝いをした。


 余程疲れていたらしい。メルリィは安心したのか、ベッドに倒れると、気絶するように眠ってしまった。


 そんなメルリィの様子に、トニーは唇を噛む。

 治癒魔法は、魔力の消費が大きい。メルリィがここまで疲労しているということは、かなり怪我をする戦いだったに違いない。

 いや、そんなことは、クリスの服の様子を見れば分かる。あれだけ服が痛むような激しい戦闘をして、本人が無傷だったはずはない。メルリィはそれを必死に治したのだろう。


「メルリィさんの世話は任せてください。二人も、疲れたでしょう。着替えを出しておきますね」

「……ありがとう、トニー」


 トニーの用意した服に着替え、クリスとジェスターも、夕食を食べた後にすぐに眠った。

 入れ替わりで、メルリィが起きてくる。体力がなくても食べやすいようにと、柔らかく煮たお粥を差し出すと、メルリィはお礼を言った。


「ありがとうございます。トニー様は、本当にお料理が上手ですね」

「いえ……」


 メルリィは、お粥を口に運ぶ。体が芯から温まる食事は、食べる人のことを考えたものだと、メルリィは思う。彼女がゆっくりと食べている中、トニーは堪えきれずに問いかけた。


「メルリィさん。大丈夫……なのですか」

「……。」


 メルリィは、こんなに苦しそうなトニーの顔を始めて見た。いつも穏やかに笑っているのに――そう思ったところで、そういえばメルリィがトニーと二人きりで話すのは、これが始めてだと気付く。

 大体の場合、メルリィの横にはクリスがいたのだ。


 魔王の配下である四天王を倒し、あとは魔王城へ乗り込むのみとなった。

 当然、魔王は今まで戦ってきたどんな相手よりも強いのだろう。今日の戦いも危険だった。無事で済む保証はない。


「大丈夫ですわ。例え何がありましても――クリス様のことは私がお守りしますから」

「……どうか、ご無事で」


 トニーは、テーブルの下で、ぐっと手を握りしめた。


 どうして、聖剣に選ばれたのは、自分ではなかったのだろう。

 どれだけ献身的に勇者達をサポートしても、結局トニーには戦う力がない。戦闘の時はせめて足手まといにならないよう、物陰でじっとしているか、安全な場所で待っていることしかできない。

 ――愛する女性が、戦場に立つのを、黙って見ているしかできないのだ。


 三人が眠っている間、トニーは裁縫箱を出し、クリス達の服を繕っていった。魔王との最後の戦いなのだ。ボロボロの服で行かせるわけにはいかない。


「どうか、守ってください」


 ひと針ひと針ごとに、祈りを込めた。


 ◇


 魔王城を覆っていた邪悪なドームは消え、クリス、メルリィ、ジェスターの三人は、人々に見送られて街を出た。なお、クリス達の服は、縫い目がどこにあったのか分からないほど、綺麗に直されている。


「はい。これ、お弁当です」

「ありがとう。今日のご飯、何?」

「開けてのお楽しみですよ」


 クリスの前では、トニーは内心を隠して穏やかに笑う。クリスは、うん、と受け取ったお弁当をアイテムボックスにしまうと、魔王城に向かって歩き出した。


「……さあ」


 トニーは気合を入れる。今日はご馳走を作って待っていなくてはいけない。

 きっとそれを食べに帰ってきてくれる。信じて待つだけだ。


 ◇


 やたらとトゲトゲした、趣味の悪い装飾で飾られた、薄暗い城を、モンスター達を倒しながら奥まで進んでいった。


「この扉の向こうに、魔王がいる……」


 天井まで届く、巨大な扉の向こうから、まがまがしい気配がする。勇者一行は、一旦休憩し、お昼にすることにした。

 昼食は、カツサンドだった。柔らかく揚げたカツを、ソースとキャベツと共に、ふんわりの食パンで挟んだ一品は、もはや店が出せるくらいの会心の一撃だ。

 必ず勝ってほしい――そんな思いが込められたサンドイッチを、クリス達は思い切り頬張る。美味い。


「……うむ、美味い」

「だよね。トニーも絶対、旅の間に料理の腕前を上げたんじゃないかな……」


 こんな料理、故郷の村では見たことがない。何だかんだ、世界中を旅してきた経験が活きている。もはやトニーに作れない料理はないのではないだろうか。


「旅が終わると、この食事が食べられないと思うと少し残念だな……」

「そうですわね……」


 ジェスターの言葉に、メルリィも賛同する。旅の終わりという言葉に、クリスは、後ろの扉を振り返り、ジェスターに聞こえるようにだけ呟いた。


「ねえ、ジェスター。プロポーズの言葉って、何だった?」

「……急に何だ」

「実は、この旅が終わったら、結婚しようと思ってるんだ」

「ゴフッ」


 ジェスターはむせた。カツサンドが気道に入りそうになり、慌てて咳き込む。


「……待て。今このタイミングでそれを言うのは良くない」


 ジェスターにもよく分からないが、とてつもなく縁起でもない感じがした。

 ジェスターの心配をよそに、クリスは遠い目をして話し始める。


「旅の間、ずっと一緒にいて気付いたんだ。大切な人だって――」

「そろそろ行くぞ」


 ジェスターは強引に死にフラグの流れを断ち切り、杖を掴んで立ち上がった。そんなジェスターも、娘にお土産を買っていたり、故郷に残してきた妻にそろそろ二人目が生まれるはずだったりするので、色々と危ない。


「うん――いよいよ、最後の戦いだ」


 クリスを先頭に、扉を開け放つ。黒い炎を灯した祭壇の奥に、魔術師の老人のような男が立っていた。だが、男から吹き出すどす黒いオーラは、間違えようはない。あれが魔王だ。


「よく来たな、勇者よ。どうだ、儂と取引せんか。世界の半分を――」

「そんなもん、要らない!」


 先手必勝とばかりにクリスは飛び込み、魔王に向かって剣を振りかぶる。メルリィとジェスターも後ろで魔法を唱え、クリスを援護した。


「ふははははっ、血祭りにしてくれる、一生我が偉大さに怯えながらウジ虫の如く這いずり回るがいい! この魔王に楯突いたことを、地獄の底で後悔させてやろう! 末代までその魂に恐怖を刻み込んでくれるわ!」

「殺すのか見逃すのか分からん台詞だな……」


 ジェスターはボソッと呟きながら、攻撃魔法を魔王に叩き込んだ。魔王は炎に包まれたが、しかし、次の瞬間、魔王の体がぶくぶくと膨れ上がり、巨大化していく。


「な、なんて恐ろしさなのでしょう!」


 魔王の真の姿に、メルリィは思わず怯む。次の瞬間、魔王の口から、巨大な毒の霧が吐き出された。

 それを吸い込んだクリスは、苦しさに思わず膝をつく。同じ毒を吸い込んだメルリィとジェスターも、体が痺れて動けない。


『ふあはははははっ、どうした勇者よ、そんなものか!』

「……こんなところで……!」


 だが、指先が痺れ、体に力が入らない。絶体絶命だ。


『愚かで弱い虫ケラどもが、この魔王に逆らうからだ!』

「……っ」


 弱い。

 そうかもしれない。


 だってクリスは――自分よりずっとずっと強い幼馴染を知っている。


 ここまでずっと、旅についてきてくれた、彼のことを思い出す。

 トニーの主夫レベル、家事スキルは最強だ。


 だが、代わりといっては何だが、モンスターとの戦闘はからっきしだ。第一、心優しいトニーに、武器を振り回すなんて無理である。トニーの握れるのは包丁とフライパンであって、剣や盾ではない。

 モンスターと戦うような旅に同行するなんて、クリスが料理をする以上に、トニーには無理じゃないかと思ったのだ。


 もちろん、戦闘になればトニーは後ろに下がっていた。だが、薄暗く危険な森も、険しい洞窟も、懸命についてきては、明るく笑ってクリス達をサポートしてくれた。

 聖剣の加護がないトニーは弱い。弱いのに、ここまでついて来てくれたトニーは、前に出て戦っているクリス達より、実はずっとずっと危険だったはずなのだ。


 だが、トニーはそれでも、クリス達をサポートしてくれた。

 恐怖も不安も、クリスの前では、穏やかな笑顔の奥に隠して。

 勇者? 世界最強? それが何だ。トニーは、クリスが知る、一番強い人だ。


「……だ」

『む?』


 体中が痺れ、呂律が回らないはずのクリスが、言葉を発したことに、魔王は違和感を感じる。


「帰るんだ……!」


 クリスの思いに応えるように、聖なる剣が輝き、宙に浮く。稲妻のように、天から強烈な光が降り注いだ。部屋中が光で満たされ、クリスは跳びあがって剣を取る。


「帰るんだ、私は……!」


 あなたの待つ、場所へ。


 ◇


 突如空から注いだ真っ白な光が、魔王城を貫いたのは、ふもとの街からでもよく見えた。


「……っ!」


 宿の窓から、戦いを見守っていたトニーは、心配で胸が張り裂けそうだったが――やがて、勝利を確信した。魔王城の周りを覆っていた霧が晴れ、毒の沼が消えた。一瞬にして花畑が広がっていく。


「これは……!」

「これが平常時の風景なのですが、やはり勇者が魔王を倒した瞬間、一気に花が芽吹く様子というのは、見ごたえがありますな」


 トニーの驚きに答えるように、町長は言う。


「もうモンスターも出ないでしょうから、勇者様達は、しばらくしたら帰ってくるでしょう。さて、歓迎の準備をしなくては」

「……はい!」


 トニーが、涙ぐみながら頷いた時だった。


「トニー!」


 聞きなれた声がして、トニーが振り向くと、クリスが駆け寄ってきた。


「えっ? クリス!?」

「そんな驚かなくたっていいじゃないか。魔王を倒して、真っ先に走って戻ってきたんだ」


 トニーは、慌てて目尻の涙を拭う。


「メルリィさんと、ジェスターさんは……?」

「すぐ戻ってくると思うよ、もうモンスターも出ないから、単独行動でも安全だし」


 クリスは、走ってきたらしく、息を弾ませていた。

 世界最強の体力を持つ勇者のクリスが全速力で走ってくれば、魔王城からここまで、あっという間に行き来することができるのである。今までそれをしなかったのは、メルリィとジェスターを置いて行ってしまうからだ。


「そ、そうですか……とにかく、お疲れさまでした。今日はご馳走にしますから――」

「トニー。戻ってきたら、ずっと言おうと思ってたんだ。――今まで、ずっと、私のことをサポートしてくれてありがとう。でも、これからも、トニーにサポートしてほしい。結婚して!」

「はい、もちろん――って、え、クリス!?」

「やったあ! 大好き、トニー!」


 飛び上がってトニーに抱き着いたクリスの、燃えるような赤毛のショートヘアが、さらりと揺れた。

 街の人たちから、一斉に拍手が沸く。


「これで、トニーの料理が毎日食べられる!」

「そこですか!?」


 勇者の旅に大切な三つの袋。何でもいくらでも入る道具袋、器用さと防御力を強化する装備品の手袋、そして胃袋。最後の一つは、しっかり攻略されていた。


 ◇


 勇者クリスは、本名をクリスティーヌという。


 村長夫妻の末っ子で、待望の女の子として生まれた彼女は、たいそう可愛らしかったので、貴族の令嬢のような名前がつけられた。が、兄達の影響か、すっかりとお転婆になってしまった。村人達は皆、その長い名前を縮めてクリス、と呼んでいる。


 その勇者と、幼馴染の結婚式は、勇者自身の希望により、二人の故郷の村で挙げられた。両親は娘の結婚に、涙を流して喜んだ。「こんな料理も家事もできない、オマケにあらゆる男より腕っぷしが強くなってしまった娘を、貰ってくれてありがとう」と花婿は結婚式の場で花嫁の両親から感謝されていた。


 他の村人たちは皆、「こうなると思った」という様子である。クリスはトニーを引っ張っているようで、実は甘え切っているのは、誰の目から見ても明らかだったのだ。


 祝福を与えたのは、勇者の親友である聖女だった。

 旅の間、メルリィは、クリスとトニーのことをじれったいと思いながら見守っていたので、この結婚を本当に喜んで祝福した。


 世界は相変わらず魔王が復活したり、次の勇者が旅立ったりと慌ただしいが、トニーのやることは変わらない。


「トニー、ねえ、今日のご飯何?」

「そうですねえ。久しぶりにハンバーグにしましょうか」

「やったあ!」


 今日もトニーは、クリスのことをサポートしている。


最近、なろうで、「勇者一行から、能力も大したことないし、足手まといだからと、旅の途中で外されたメンバーが、実はパーティ最強だった」というストーリーが、一種のざまあ的テンプレとして確立しているのではないか? と思いまして。

そこで、テンプレに逆行して、最弱のメンバーが、勇者たちから超重宝されている話を書いてみました。

ま、料理の上手な男はモテるのさ。


お読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読みました! 完全に飯がメインで笑いました 比重逆だろ、みたいな しかも、四天王と魔王は戦闘ほぼカットという汗 でも、RPG的なのの中に生活感のある話は好きです 世界の半分をやる、とか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ