酔芙蓉
おとぎの国の世界に迷い込んでしまったのでは?と思う位にあぜ道を挟んだ両サイドに綺麗な色の花を咲かす酔芙蓉の花。
神奈川県南足柄市の田畑の間にあるなんの変哲も無い農道には、毎年酔芙蓉の花が所狭しと色をつけます。
朝は花弁が重なる清楚な白い花が咲き、お昼頃には淡い紅色に変わり、夕方になるにしたがってその身を濃い紅色に染め、八重咲きの花は終わりを迎えます。
花色がまるでお酒に酔うように赤く変化する事から、酔う芙蓉と書いて酔芙蓉と名付けられました。
昔からその儚さ、とても気品に溢れた様から美しい女性の例えに用いられたりしてきました。
彼女をここに連れてきたのは、そんな素敵な花を一緒に愛でたいと思ったからなんだ。
君は僕に尋ねるんだ。
「酔芙蓉の花言葉知ってる?色々あるけどね、時間が経つにつれて花の色が変わっていく事から、心変わりって言うらしいよ。私達も随分と長いこと一緒にいるよね?ここに私を連れてきたのは、ひょっとしてそう言う事だったりするのかな?」
いつも優しい雰囲気の君だけど、今日はどこか少し落ち着かない様子で僕を見る。
僕は慌てて君に言うんだ。
「酔芙蓉にはね、他にも花言葉があるの知ってた?美しい女性に例えて、繊細な美・淑やかな恋人なんて花言葉もあるんだよ。一緒にこの美しい花を愛でたかったってのもあるけど、君の問いに答えるのであれば、答えはわかるでしょ?」
そう説明すると、彼女の顔から不安な色は消えていたが、今度はどこかイタズラそうな顔で僕をみる。
「そう言う事ってさ、女性は言葉にして欲しいの。だから、ね!ほら、ちゃんと言ってよ!」
なんだかとても恥ずかしくなったけれど、僕は言葉で伝えるんだ。
「僕の好きな君はとても素敵で、まるでこの花の様に淑やかだ。でもね、君が言うように僕らは随分長い事一緒にいるよね。だから正直に言うと、付き合い始めたあの頃に比べたらほんの少し心変わりはしたかもしれない。」
そう言い終えると僕は彼女の手をとって、ポケットに忍ばせていた銀の指輪を君の白い指に通した。
「ほんの少しの心変わりはこう言う事。だからさ、結婚しないか?」
酔芙蓉の花に囲まれた、おとぎの国の花園みたいなこの場所で僕は精一杯の気持ちを告げる。
君の顔はみるみる赤くなっていく。それはまるで酔芙蓉の花みたいで。やっぱり僕の大好きな君は淑やかな恋人と言う言葉がぴったりな気がする。
その指輪をひとつ撫でた後、君は瞳に沢山の涙をためて小さく頷いてくれた。