婚約破棄するよね
文体の硬さとコメディの面白くなさに悩む作者の習作です。軽く、軽く、軽く!を念頭に頑張りました。
他に悪役令嬢作品を書いているのですが何故かテンプレートから大分それてしまったのでテンプレートな話を書きたいと思ったことも理由の一つです。
頭空っぽにして読んでくださると嬉しいです!
「婚約を破棄する」
私は慄いた。この私が、まさか婚約者に裏切られるなんて。
しかもここは王宮の大広間。不特定多数の眼前で、このような恥を晒させるなんて。
「何故です……!」
目の前で冷たく私を見るのは、この国の第一王子。そしてその腕に怯えたような態度で縋る雌猫。
「何故だと?自分の胸に聞いてみろ。お前はこの娘に何をしていた」
「何をしていたですって?」
私は自分の胸に手を当てて聞いてみた。
確か、ドレスやアクセサリーを軒並み傷つけて、数十回に渡り水・ジュース・ワインその他をぶっかけ、道を歩いている最中に足を引っ掛け笑い飛ばし、平民出身という過去を論っては蔑み、王子の半径数メートル以内に近寄った瞬間物陰に引きずり込んでビンタをかまし、催し物が起こるごとにあの女が何かしら失敗するように仕向け……
「……たりしましたわ」
「……『しましたわ』じゃないだろう!何故そういう時だけ素直に全て言い切るんだ!少しは反省しろ!罪悪感を抱け!」
「罪悪感ですって!?何故この私がそんなものを抱かなきゃいけないのです!私の婚約者にちょっかいをかけようとする雌猫が悪いのではありませんか!だいたい、貴方は貴方でこの私の婚約者だというのにそんな大して美しくもない女にデレデレデレデレして!私を可哀想だとは思いませんの!?」
「なんっでお前はそんなに偉そうなんだ!?一応言っておくが俺は王子だからな?お前より身分は上だからな?その自信はどっから湧いてくるんだ!そもそも、この娘は俺に何もしていないし俺も何もしていない!何の因果か関わる機会が異常に多いだけで友人ですらない他人だ!つまり、お前は無実の人間を冤罪で虐め倒していたんだぞ、王子の婚約者としては失格だろう!」
「失格!?何の権利があってそんなことを!」
「だから王子権限だって言ってるだろ脳みそ屋敷に置いてきたのか」
「きいいい!」
私は怒りのあまり王子に殴り掛かった。額を手のひらでおさえられた。なんてこと!これでは前に進めない!
「あのぉ……」
突然かけられた声に、慌てて姿勢を正す。すっかり忘れていたが、ここは公衆の面前だ。振り向くと、例の雌猫だ。
「何よ雌猫」
「私ぃ、もう帰ってもいいですかぁ?」
「ふざけんじゃないわよ諸悪の根源が!元はと言えばあんたがこいつに近づいたからでしょ!?」
「……こいつ……?」
「やだぁー、こわぁぃ……王子さま助けてぇ」
雌猫は再び怯えたような仕草で王子に縋りついた。
「おい……!折角晴らそうとしている疑いを深めるような真似はやめないか、胸を押し付けるな!」
「またあなた私の婚約者を自分のモノのように!それは私のよ!触るんじゃないわよ!」
「……モノ扱い……?」
「ぇーっ、だってカッコイイし、優しいし、王子様だしぃ、せっかくだから触れるうちに触っておきたいしぃ?」
「そもそもなんなのその口調は!これだから嫌だわ平民って、傲慢で厚かましくて図太くて繊細さのかけらもないじゃない!」
「お前が言うな」
「ぇーっ、可愛ぃよぉ?大抵の男の人はコレでおちちゃうもん。女の子はぁ、ちょっとおバカっぽい方が男心をくすぐるんだよぉ。ねっ、おーじさま?」
「…………俺には女難の相でも出ているのだろうか」
疲れたように溜息を吐くと、その目を父親である陛下に向ける王子。陛下は静かに首を横に振った。王子の表情が絶望に染まった。
「何ですか今のやりとりは」
「俺のこの先の人生が闇色に染まった事が知らされた」
「ですからそれはどういう内容ですの?」
「婚約破棄は……認められないそうだ……」
「……勝訴!」
「何故だぁああ」
私は拳を突き上げ王子は地に沈む。そんな私たちを横目に、雌猫はひらりとその身をひるがえした。
「ふーん、良かったね!じゃぁ私帰るねぇー」
「あっちょっと待ちなさい雌猫!まだ話は終わってないのよ!貴方反省してないでしょう!」
「えぇー、だってぇ、今回はほんとになんにもやってないもん。やきもちもあんまりしつこいと嫌われるよぉ?せっかく美人なんだし、もっとその顔を有効活用した方がいいんじゃない?」
「ゆ、有効活用……?」
「おいちょっと待てそこ、妙なことを吹き込むんじゃない」
「多分王子様真面目で堅物だから、ちょっと振り回すぐらいな今のままで大丈夫かな。長男でしっかり者の世話焼きだからそのまま『やれやれまったくこいつは、俺がいないと駄目だなぁ』と思わせればこっちのもの。宝石の一つや二つは買ってくれるよ。だけどたまにサービスしてあげて、『あなただけよ』って甘えてあげたらそのギャップにころっといって別館の一つや二つは作ってくれるはず。でも王子様に限らないんだったら、特殊な嗜好を持つ人をそのキャラのままちょっと足でつついたら忠実な犬が作れそうだね。多分世界中の贅を捧げてくれるよ」
「世界中の……贅……」
「こ、こわ……じゃない、おい!帰ってこい!そんな技術身に着けられたらとても抱えきれない!」
がくがくと肩をゆすぶられ、我に返る。
そもそも、そんなものを作らなくとも、王妃になった暁には贅を極められるのだ。
「……勘違いをしているようだが、仮に万が一天地がひっくり返ったとしてお前が王妃になっても、民のおさめた税をお前の贅のためには使わせんぞ」
「そんな!何の権限があって王妃の私にそんなこと!」
「お前が王妃になってんだったら王権に決まってんだろその舌燃やすぞ」
「きいいいい!!」
私は念のため右手で口を守りながら殴り掛かった。額をおさえられそうになった。甘い。すっと横に避けて手を躱し、横から殴り掛かる。左手を掴まれた!右手は口を守っている!なんてこと!両手が封じられた!
「あ」
王子が突然声を上げた。
「もごごごご!」
私は聞き返そうと声を出した。なんてこと!喋れない!
「手を外してから喋れ……え?舌?分かった分かった燃やさないから」
「なんですの!」
「え?いや……あの娘、帰ったな、と」
「……あ」
雌猫は消えていた。まさしく猫のような女だ。
気付けば、周りで見ていた貴族たちもそれぞれ舞台を見終わったような風情で伸びをしながら帰っている。
「……今度こそはさすがに破棄出来ると思ったんだがな……婚約者の性格が悪いと言うだけでは決め手に欠けるか……」
はあ、と息を吐きながらぶつぶつとつぶやく王子。しかし、聞き捨てならないことを聞いた。
「なんですって!そもそも、こんなに美しく心優しく愛情深く機知に富み何もかもを持っている完璧な婚約者である私の、どこが不満なんです!」
「美しくから先は何一つ合っていないが」
「え?」
王子は、何かに気付いたようにはっと口を開くと、慌てて目を逸らし、先程の私のように口をおさえた。
「……いや、美しくというのはその、客観的にというか、他意はなく……」
小さな声で何事かを呟いているが、それどころではない。
「私の素晴らしさを理解していないなんて、正気ですか……?」
「は?」
「なんて勿体ない!この私の婚約者であることを誇りに思えないのは何故かと思っていたのです。いいでしょう、貴方はむかつく上に今回のことで浮気者だということも分かりましたが、心優しい私は貴方を見捨てません!徹底的に教えて差し上げましょう!」
王子は玉座から降りて帰ろうとしている陛下に向けて言った。
「何が何でもこの女と縁を切るので次こそは頷いてください」
そりゃ婚約破棄するよね。(※出来るとは言っていない)