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夢はやがて狂気へと導く

作者: 灯月公夜

この作品は【異界アルバム】企画第一弾『魔夏の夜の夢』参加作品です。


注意:今作品にはグロテスクな描写があります。それらが苦手な方は、ご注意下さい。

 太陽からは、身を焦がさんばかりの熱い熱線が、容赦なくあたり一帯に降り注がれている。時折、水色の爽やかな風が吹くも、この太陽の暑さの前ではまるで歯が立たないようだ。

 どこまでも果てしなく広がる海からは、ほのかに磯の香りが漂ってきて鼻腔をくすぐってくる。規則的に打ち寄せる静かな並みの音が、胸に沁みる。しかし、一度砂浜と足を運べば、たちまちにして激烈な太陽光に焼かれた砂と太陽そのものにその身に上下から一心に受ける事となる。

 そんな灼熱地獄とも取れる砂浜に、独りの男が額に滴る汗を拭いもせず、海を正面に微動だもせずに立ち尽くしていた。

 男は美しい月光を連想させる美しいブロンドの長髪を持ち、その双眸は清らかな湖を思わせる青を連想させる。男は、それはそれは美しい痩身の美男子だった。

 しかし、そんな面影は見る影もなく、男はただ生命の灯火の消えた虚ろな瞳で、一心に海を見つめている。その体からは、汗が大量に吹き出ていたのだが、男はそれにすら気付いてないようだ。その男からは、雛が飛び出した虚無の居座る抜け殻を彷彿ほうふつさせる。

 男はただただ一心不乱に海を見つめていた。どこかにいるであろう、彼女の姿を追い求めて。

 ほんの半月ほど前。将来を誓い合った彼らは、それを目前としながらも突然の不幸に見舞われた。

 不慮の事故だった。

 夏はまだだというのに、毎日降り注ぐ身を抉るような日差しに負けた彼らは、軽い気持ちで海へと避暑の意味合いを含め船で乗り出した。

 しかし、それこそがそもそもの過ちだった。

 突然の嵐に遭い、船が転覆。かろうじて、男一人は助かったのだが、最愛の彼女は海の奥底へと飲み込まれてしまった。

 男の悲しみようといったら、気が狂ってしまったのではないかと、周りに心配されるほど酷いものだった。

 酒に溺れ。日々に生の実感が得られず。男は、一日のほとんどをこの砂浜から海を――――彼女を捜して過ごした。

 毎日、毎日。来る日も来る日も。たとえ、うだるような容赦ない太陽の光を受けようとも。冷水のような雨水に打たれようとも。

 男はただただ海を見つめ、彼女を待った。

 ほどなくして、今の今まで海を眺めていた男は倒れてしまった。精神は死んでも、体は健在であったため、無理がたたっての結果だった。

 男は倒れた砂浜の上で、虚ろな瞳に空を映した。

 殺人的な太陽は、すでにそのなりを潜め、辺りはひっそりとした闇に覆われ始めている。

 太陽が消え去った後の砂浜は、ほどよく過ごしやすい場所へとその姿を代えていた。男の瞳に、光り輝く満天の星の光が映る。そんな男を、爽やかな磯の香りを孕んだ風がそっと撫でる。


 ――――ああ、彼女は死んでしまったんだ。


 ただ漠然とそれだけは理解できた。否、理解はしていたが認めたくなかったのだ。しかし、今はその事実をすんなりと受け止める事が出来た。

「うっ……くっ……」

 男は右手を顔に当てると嗚咽おえつを漏らした。ただ、あの事件以来泣く事が出来なかった男は、ようやく現実を受ける事が出来たのだ。

「……フェル」

 右手を顔から外すと、最後に最愛の人を握り締めていた右手を、左手で愛しいく包み込んだ。

 男は、そっと瞳を閉じた。



 男は夢を見ていた。

 彼女がまだ生きていた、あの素晴らしい日々の夢だ。

 男は、それを懐かしむ気持ちで眺めていた。

 と、不意に夢がぶれ始め、あの日々が霞みだし、すべてが闇に包まれた。


 ――――あなたはそれでいいの?


 どこからともなく綺麗な女の声が聞こえた。


 ――――あなたはそれで、本当にいいと思っているの? もっともっと彼女と一緒にいたかったんじゃないの?


 女の声は続ける。静かに男を嘲笑うかのように。


 ――――仕方ないじゃないか。


 男は悔しそうに、涙を必死で堪えるかのようにはを強く噛み締めるとそう言い返した。


 ――――フェルは……フェルは海で溺れて死んだんだ。オレにはもうどうしようもないじゃないか!


 女の甲高い笑い声が聞こえてきた。

 男は歯を剥き出しにして、見えない女に吼える。


 ――――なにがおかしい!


 女は笑うことをやめこそはしたが、それでも笑いを噛み殺した口調で男に話しかけてきた。


 ――――ばかね。そんなこと、大したことじゃないのに。


 それに男が言い返す。


 ――――大したことじゃないだと……ふざけるな! フェルはもう死んだんだ。どんなに願っても、フェルは戻って気やしないんだ。もう同じ時を刻む事ができないんだ。それを……それを……


 男は悔しさのあまり唇を強く噛んだ。悔しさと悲しさと、怒りに握った拳が震える。


 ――――生き返らせる方法。教えてあげましょうか。


 男はその言葉に戸惑いを隠せなかった。


 ――――バカを言うな。そんなことできるはずがない。


 そんな男の様子をさも面白そうに女が小さく笑う。


 ――――それが一つだけあるのよ。あなたの最愛の人を蘇らせる秘密の魔法が。どう? 知りたい?


 女はケラケラと笑った。

 男の脳裏に様々なあの日の光景が蘇る。


 ――――フェルが……フェルと一緒に、また……


 男は、体の内側から湧き上がる感情に、体中が震えてくるのを感じた。


 ――――どう? 知りたい?


 女はまた繰り返す。

 その声を聞くと、男は今まで誰も見たことのない笑みをそっと浮かべた。




 不意に、雷を伴った豪雨がその村を襲った。

 近年、稀に見る嵐に、村人たちは堪らず急いで自らの家へと駆け込んだ。

 目もくらむほどの閃光が見えた刹那、地を割らんばかりの轟音を轟かせ、同時にいくつもの雷が地面へ落ちる。

 雷の落ちた木は、見る影もなく灰燼と化していく。

 大粒の雨は、昼間の高温の気温をかき消すほどに冷たく、容赦なく民家を打ち付けている。あまりの強さに目も開けていられず、また開けていたとしても、ほんの一メートル先もままらないほどだ。そんな豪雨だっため、田んぼはあっという間に雨水に沈み、近くの川が氾濫を起こし始めた。

「ったく。なんで急にこんなバカみていな大雨が振り出しやがるんだよ。さっきまであんなに晴れてたのに」

 短い黒髪に淡い紫の瞳を持つ、いかにも頑丈そうな男――ハンスがそう忌々しげに呟いた。

「ったくよー。どうして俺まであんなことをせにゃならんのだ」

 そうぶつくさ不満を吐きながら、それでも自身の持てる最速のスピードで準備を着々と行っていた。

 これからこの村の大半の男どもは、氾濫した川を食い止めるために駆り出されようとしていた。

 そういえば、とハンスはその手を止めて、激しい雨が降りしきる外を心配そうに見やった。

「アイツ、まだあそこにいんのかな。だとしたら、流石にアイツとはいえ、ちょっと心配だな」

 ポツリとハンスは柄にもなく親友であるアイツ――フロイの心配を始めた。

 フロイは、村一番の美青年だった。しかし、それは今では半年も前の話だ。今では、ショックのためかすっかりとやせ細り、魂のない人形のような青年に変わり果てていた。

 すべては半年前の夏に入ってまだ間もない頃に起こった。

 あのいつになく太陽の日差しが容赦なかったその日。フロイは幼馴染であり、また婚約者でもあるフェルとともに沖へ出て行っていた。

 フェルはこの村唯一の酒場の娘で、この村で一番の美少女だった。それに加え誰にでも優しく、明るく元気だったため、この村一番の人気者だった。

 男なら誰しもがフェルに憧れた。ハンスもそんな一人だった。

 けれど、フェルには非の打ち所のないフロイという幼馴染がいたため、そして何よりフェルがフロイ一筋だったため、皆諦めざるを得なかった。

 二人が婚姻したとの知らせが村に瞬く間に広がると、みんなしてお似合いの二人だと、はやし立てたりもしたことは今では遠い昔のように思える。

 そう、すべてはあの日――二人が沖に出たのが間違いだったのだ。

 二人は沖に出て、そして不意に現れた嵐に巻き込まれてしまった。

 幸い、フロイは助かったのだが、その代わりフェルが帰らぬ人となってしまった。

 村人はみんなしてフェルの死を悲しんだ。

 その中でも、フロイの落ち込みようといったら、目も当てられないほどだった。

 しかたないと言ってしまえばそれまでだったが、その次の日は二人の婚礼の儀式の日で、二人が晴れて正式に夫婦の契りを交わすはずだったのだ。

 それが、まさかその祝いの日がフェルの葬儀へとなろうとは。それも遺体は海に流されたという事で、遺体のない空っぽの棺でという何ともいえぬ空しさがこみ上げてくるものだった。

 それから、フロイは別人のように変わってしまった。そして、毎日来る日も来る日も海を眺めるようになってしまった。

 今日も確か海に言っているはずだったけど、フロイは大丈夫なのだだろうか。

「――っと、いっけねえ。準備準備」

 自分の役割を思い出して、フロイなら大丈夫だと思考を素早く切り上げると、ハンスは止まっていた手を再び急がし始めた。

 刹那、部屋中が染まるほどまばゆい雷鳴が光り、続けざまに地表が割れんばかりの轟音が鳴り響く。それに混じり、微かに勢い欲扉を開ける音が背後から聞こえた。

 ハンスが後ろを振り向くと、そこには開けっ放しの扉の前に佇むびしょぬれのフロイがいた。

 それを確認すると、ハンスは目を大きく見開く。そして、慌ててフロイのもとへ駆け寄る。

「フロイ! お前、こんなとこで何してんだよ!?」

 フロイよりも背の高い、大柄ハンスには、少し俯いているフロイの顔色を伺うことは出来なかった。

「なんだ? この嵐に恐くなって、オレのところにでも来たのか?」

 俯いたままのフロイの雨に濡れた肩に手を置くと、そう冗談めかして言った。だが、それにフロイはなんの反応も示さなかった。仕方なく、ハンスはため息を零す。

「まあなんだ。そんなに濡れてちゃ寒いだろ? ちょっと待ってな。今からタオルを持ってくるから」

 フロイは無言だった。しかし、そんな事は今では当たり前だったので、指して気にもかけずハンスはそれだけ告げると、その場から離れようとして――その紫の瞳を大きく見開き、身を強張らせた。

 胸に押し当てているフロイの手の付近をそっと触ってみる。

 ぬめりとした気味の悪い感触とともに何か生暖かいものに触れた。

「どお……して……」

 自分の胸になにが刺さっているのかを理解した瞬間、体からありとあらゆる力が抜け、地面へとハンスはずり落ちた。

 最後に見たのは、自分を見下ろす今まで見たこともないようなフロイの笑みだった。



「――――さあ、はじめよう。フェルを生き返らせるための儀式を」

 見る者に戦慄を覚えさせる笑みを浮かべながり、ハンスからナイフを抜き取り、他の村人たちもとへと駆け出した。 青を連想させたその瞳は、しかし今は何故か赤を思い起こさせる。血のような、紅の毒々しい薔薇を。

 夢の女はフェルを蘇らせるために、とある二つの条件が絶対に必要だと言っていた。

 一つは、この辺一帯を余さず血で清める、ということ。簡単に言えば、村人全員殺して、その血をばら撒けということ。

 二つ目に、フェルの血族の誰かを同じくまったく余さず『食す』ということ。フェルには年の離れた弟がいたから、それで足りるだろう。どうやら、フェルを蘇らせるためには彼女の血縁者の血肉が不可欠らしい。理由なんて、フロイにとっては塵も同じであったが。

 フロイはナイフを構えると、目に入るすべての村人たちにナイフを突き立てていった。

「あははははは――」

 突き立てるたびに、今降りしきる豪雨に負けない勢いで紅い雨が吹きだす。その紅い雨が我が身に降り注ぐたびに、えもいわれぬ快楽を感じる。

「あはははッ、あははははははッ――――もっとだ。もっと」

 狂ったように笑いながらフロイは、逃げ惑う村人すべてをナイフにつきたてていった。男はもちろん、女も、そして生まれて間もない子供まで余さずすべてを。

 しばしの間、村には雷だけでなく大小さまざまな断末魔が響いた。




 ズル、ズル、と重たいものを引きずるような音が砂浜一帯に広がる。

 『それ』を運んできたのは、今や髪といわず、顔といわず、手といわず、全身を鮮血で紅く染めたフロイだ。

 相変わらず口元を醜く歪めたまま、フロイは波打ち際まで歩みを進めた。

『儀式の準備は出来たようね』

 ふと上を見上げると、そこには漆黒のドレスのようなものを着た女が宙に浮いていた。姿こそ始めて見たが、その声はあの夢の女そのもの。

 フロイトはにたりと口元を歪めた。

『これで準備はすべて整ったわ。さあ、早くそれを――――食べてしまいなさい。骨の一片も残さずね』

 その声に虚ろな目のままフロイ頷くと、しゃがみこんでそれ――フェルと大きく年の離れた十歳の少年の死体にかぶりついた。

 まずは右手の指。次は腕。思ったら反対側の指。そして、腕へ。

 ゴリュ、ボキ、ゴキュ、グチャ――ゴクン。

 ゴリュ、ボキ、ゴキュ、グチャ――ゴクン。

 一口一口フロイは丁寧にフェルの弟を口に運ぶ。

 指の骨を砕いたら、骨が幾つも砕け。左腕をすべて胃に収める頃には、顎が砕けた。

 しかし、そんな事はお構いなしに、まるで痛みなど感じていないかのようにフロイは、肢体を噛み砕く。

 両腕すべてを始末すると、フロイは今度は足に移った。

 ゴリュ、ボキ、ゴキュ、グチャ――ゴクン。

 ゴリュ、ボキ、ゴキュ、グチャ――ゴクン。

 両足をすべて食い尽くす頃には、フロイはもはやそれはフェルの弟の血なのか、砕けた顎の骨が肉を引き裂いた自らの血なのか。それすらもうわからないほどに、だらしなくあけられた口はどす黒く染まっていた。ここに至るまでの経緯はおよそ一時間。

『いいわよ。その調子で、すべてを食い尽くしなさい』

 宙に浮かぶ女の嬉々した声が、フロイに降りかかる。

 それに促されるままにルトは、今度は脇腹を噛み千切る。否、既に歯はすべて折れているため、折れた顎の力だけではらわたを引きちぎった。

 途端に、またおびただしい量の血が、より赤くフロイの顔を汚し、はらわたが穴の開いた脇腹から飛び出してきた。

 フロイは出てきた腸を掴むと、無造作に口に放り込んだ。と、噛みもせずそのまま流し込むように食べはじめる。そして、すべて流し込むと、胃、すい臓、大腸、肺、心臓と次から次へと口の中へ放り込んでいった。

 もはや、フロイの胴体は風船のようにはちきれんばかりに膨らんでいた。

 やがて、一番面積の広い胴体をフロイは五時間ほど掛けて食い尽くした。

 フェルの弟の頭を両手で抱える。そして、なんの躊躇も迷いもなくかぶりついた。

 頭部は時間こそ二時間そこそこだったが、一番熾烈を極めた。

 何故なら、頭部は噛み付きやすい部分がほとんどない上に、脳を護る頭部の骨も相当のものなのだから。

 だから、まずはフロイは耳を引きちぎり、鼻を正面からかぶりつき、両目を抉り出し、脳みそをすすった。

 それから本番。フロイは顎の関節が外れ、また砕けてしまっていたので、普通なら絶対に開かないほど口を大きく開けると、頭部の骨を食らっていった。唯一めんどくさかったのは、べとべとと血に濡れた髪だった。

 フロイがすべてを食いつくし、一息ついた頃には闇はすっかりと晴れ、また熱線を放出する太陽が徐々にその姿を現しているところだった。

 フロイは、およそ二倍になった体をゆっくりと起こす。立ち上がったその場には、おびただしい量の血があるだけで、どこにもフェルの弟がいた形跡は見つからない。

『お疲れ様。あなたはよく頑張ったわ。さっ、次はいよいよあなたの婚約者を蘇らせましょう。さあ、こっちへ』

 女の言葉に従い、小さく頷くと血を口元から滴らせながら、フロイは早朝の光に照らされ、キラキラと宝石のように光り輝く海の中へ入っていく。

『そこまででいいわ』

 その声にフロイは静止する。

『さあ、今度は今食べたすべてを――吐き出して』

 抵抗するでもなくフロイは頷くと、片手を飲み込む勢いで口の奥深くへ突っ込んでこねくり回した。

 そして、激しく嘔吐。宝石のようだった海面を、次から次へとどす黒い赤色に染められていく。

 フロイがすべて吐き出しきったのを見計らうと、女はなにやら呪文のようなものを唱えだした。

 それを聞きながら、無感動な空っぽの目でフロイは海面を見つめる。

 と海底から不意に見えてきた二本の百合のような白い腕を見た瞬間、フロイのその顔に生気が戻った。

 現れた二本の腕の左薬指で輝く指輪。間違いない。これは、フロイがフェルに婚約のしるしとして贈ったものだった。

「フェ……ル……」

 戸惑いながら、フロイはその海底から生える二本の百合を掴んだ。

 すると、その白い百合もきゅっとフロイの手を握り返してくれた。

「フェル!」

 フェルが生き返ってくれた。その事実があまりにも嬉しくて、フロイは海底に生える二本の白い百合を強く引っ張った。――途中、百合の片方がすぽ抜けたような気がした。

 フェルを引っ張り上げたフロイが最初に感じたのは、臭いだった。鼻が曲がるほどの酷い腐敗臭。そして、片手が掴んでいるものの正体。

 フロイは我が目を疑った。

 目の前にいたのは、確かにフロイが愛したフェルだった。間違いようのない、その顔立ちに流れるような銀色の髪に、フロイと同じ蒼い瞳。目の前にいる人物は、フェルだった。

「――ッ!」

 フロイは喉もとて引きつったような声をだした。

 目の前にいたフェル。それは生前と似ても似つかない姿だった。

 銀色の髪は半分ズル向け。体中の皮膚が腐食し中には魚に食いつぶされた箇所もたた見受けられる。蒼穹の瞳は片方存在してなく、右手は肘の部分からごっそりと引きちぎられたようにそこになかった。

 フロイは自分の左手に掴んでいるものを見る。

 それは、まぎれもない彼女の右腕だった。

「うわああぁぁああぁぁぁああ!」

 それをフロイはすぐさま海に投げすぎた。

「――うシテ」

 注意しないと聞き流してしまいそうな声で、フェルは呟いた。

 そして、次の瞬間、腐りきった片腕を振りかざしフロイに襲い掛かった。

「どうシテ、ワタシヲ生きカエラセタリした!」

 そんなフェルに掴まれ、フロイは絶叫を上げた。



 彼らを眼下で眺めながら、女はさも面白そうにくすくすと笑っていた。

「ふふ。バッカね。誰も“元の姿のまま”蘇らせるなんて言ってないのに。そもそも死んだ人間は、生き返らないっての」

 そういうと、女はまた笑った。

 眼下では、相変わらずフロイとフェルが取っ組み合いを続けていた。

 フロイはひたすら悲鳴を上げて、あんなにも渇望していたフェルを引き離そうとし、フェルはそんなフロイを殺そうと、ほとんど取れた歯をむき出しにしている。そこには、互いに愛し合っていた面影は一切存在していない。

「さてさて。どちらに軍配が上がるのかしいらね――――お?」

 どうやら軍配はフロイに上がったらしい。一瞬のスキをついて村人たちを散々殺しまくったナイフでフェルの首から上をはねたのだ。

「おおー」

 と女は一人呑気に手を叩く。

 フェルを、今度は自らの手で再び殺してしまったフロイはただぼんやりと海水の中に座り込んでいた。

 しかし、急に片手で顔を覆うと、狂ったように笑い出した。

 そしてもはやとても言語とは思えない奇妙な叫び声を上げながら、不意に立ち上がって、砂浜へ向かって走り出した。

 どうやら、遂にどこかがおかしくなってしまったらしい。

 何かを大声で叫びながら無茶苦茶に駆けずり回るフロイ見ながら、女は本格的に腹を抱えて笑い出した。

 ひとしきり笑い終えると、女は涙を拭いながら、しみじみといった感じで口を開いた。

「ふふ。それにしても、あの子達にしてホントに正解だったわ。うん。今後少なくとも三百年は見れないような、ホントに最高の茶番ファルスだったわ」

 本当に、心の中から愛し合っている二人を壊すのはたまんないわ、と含み笑いを浮かべると、女はここじゃないここを見つめ、にんまりと笑った。

「また面白そうなの見っけ。今度はなにして遊んであげよう、かな」

 すぐに女はその者たちのもとへ行こうとしたが、思い出したかのように宙で居ずまいを正すと、もうここにはいない、二人の登場人物た上品に礼をした。

「おふた方。短い間でしたが、わたくしのためだけに愉快な喜劇を演じてくださり、誠にありがとうございました。それでは、よい余生をお過ごしくださいませ」

 それを最後に、女は忽然とその姿を消した。

 彼女が何者で、何の目的を持って、何処に現れるのかは誰にもわからない。

 ただ今回は、人が皆血の海に沈んだ村がまた一つ増えた、ということだけは、はっきりとわかった。



最後まで目を通してくださり、ありがとうございました!!


そして、主催者様、異界アルバムで僕の構想を読まれた方々。


本当に申し訳ありませんでした。


非常に勝手ではございますが、色々と諸事情のため、構想を変更させていただきました。

混乱を招くような事を書いてしまい、誠に申し訳ありませんでした。



今作の僕の目標は『テーマをしっかりと持たせた作品を創る』でした。

ストーリを変更してしまいましたが、少なくともそれだけは妥協したつもりはありません。ですので、今作を読んでくださった皆様の心に、何か残るものが書けていたいいな、という希望半分不安半分といった心情でございます。


なにはともあれ、最後までこんなにも長い短編を読んで下さり、ありがとうございます。

ちょっといたことでも構いません。一言でもいいので、何か読んだ感想等をいただければと思います。

ではでは、これにて失礼します。

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[一言] 初めまして、「異界アルバム」に参加している森といいます。 今回、企画がご一緒になったということで感想書かせてもらってます! ホラー専門にしてないので、評価なぞはできませんでした; 四頁目が…
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