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第六話「お仕事」

 エリオは転生前の姿で両隣を両親に挟まれ、歩いていた。

 ああ、夢だな、エリオはそう思った。だからと言って、起きられるわけではない。夢だと確信しているのに、コントロールできないことはしばしばある。そもそも、エリオは起きるつもりがなかった。幻想のふれあいだとしても、今はいない両親の感触を一秒でも長く感じていたかったのだ。

 彼の家庭は極々普通の一般的なものだった。父親は厳しくも優しい公務員で母親はパートをしながら彼の面倒を見る穏やかな人だった。

 エリオは彼らからの多くのものを受け取った。それは教養であったり、常識であったり、道徳であったり、無条件の愛であった。何処の家庭でも教え、与えるような極々当たり前の事柄だ。エリオはそれらを受けてすくすくと育ったし、無限の愛を注いでくれる両親が大好きであった。だからエリオは彼らの言うことをよく聞き、よく学び、よく理解しようとした。 人に迷惑をかけていはいけない。人の嫌がることはしちゃ駄目。人を傷つけるなんてもってのほか。愛する両親の教えだ。間違っているはずがない。

 なのにどうしてだろう。

 彼らの言うことに従い、一つ実践するたびにどうしてこんなにも――


 枷を嵌められている気分になるのだろう。


 十歳頃の話だ。両親が交通事故で死んだ。

 当たり前のようにエリオは大いに泣いた。愛するものを失い悲しみに明け暮れた。しかしその涙の一方、彼は心のなかのどこかで――。




「うぅっ……ふああぁぁ」


 エリオはベッドの上で大きく伸びをした。小窓から入ってくる朝日が眩しい。


「なにか懐かしい夢をみてたような……」


 エリオは思い出そうとした。

 しかし、形になりかけたその時、エリオの部屋の扉が開けられた。

 夢の記憶は霧散していった。


「エリオ、朝よ。おきて」


 エミリアが櫛を持って入ってきた。


「あれ? もう起きてたの? 珍しいね」

「うん……」


 エリオはまだ眠そうにまぶたを擦り、ベッドの縁に座った。そのエリオの前にエミリアは立ち、寝癖であちこちに飛び跳ねた髪を当然のように梳かし始める。これが彼らの朝のスキンシップなのだ。


「エリオ、そろそろ髪をまた切ろうね。もうボサボサになってきてるよ」

「うん、わかった」


 転生前からエリオは散髪が苦手だった。正確には前髪が短くなることに不安を感じていた。転生前は瞳が鋭く、他人に恐怖感を与えるため前髪で隠していた。

 今は少年じみた好奇心旺盛そうな瞳だが、転生前の影響で今でも髪を切ることに抵抗を持っていて、髪がボサボサになるまで切らないということが頻繁に起きた。

 もともと毛量が多く寝ぐせがすごいため、エリオのみの世話好きであるエミリアはこうやって寝ぐせを梳かしにきているのだ。


「よし、これで男前。顔洗ったら朝食よ。もう少しでできるから早くね」


 エミリアが部屋から出て行った。エリオも着替えると、顔を洗いに部屋を出た。




 バリアーニの家は四階建てである。

 一階が居間、食堂、ベルナルドの書斎があり、基本的に家族だけの時は居間で過ごし、部下やお客がいるときは食堂で食事をとる。

 二階には来賓したものたちをもてなすため大きな客間があり、使われない時は、アントニオたちより下のものが寝泊まりする場所となっている。

 三階は家族の寝室でエミリア、エリオ、マリーナ、ベルナルドはここで寝起きしている。浴室もここにある。

 四階は屋根裏部屋みたいなものだが、アントニオたちが泊まった際に使われている。

 この家には地下もあるが、ほとんど倉庫として使われている。

 中立都市メムノーン全体を通して言えることだが、ほとんどの家は木造建築で横にも縦にも細長い造りになっており、他より階が多いだけでバリアーニの家も例外ではなく、他の家とほぼ似通った作りとなっている。

 まだまだメムノーンは住宅の裾野を広げていくと考えられているため、少ないスペースでより多くの住宅を建築する必要があったのだった。


 エリオが近くの公共の井戸で顔を洗って帰ってきて、一階の居間で家族と朝食をとっていると、ベルナルドが話を一つ切り出した。


「エミリア、エリオ。お前らピッツォの回収に行って来い」

「え」


 ピッツォというのはヤクザでいうところのショバ代である。これを受け取る代わりに、その店で問題が起きた時、事態の収拾に全力で努めなければならない。間違いを恐れずにいうなら、ガラの悪い用心棒とそう変わらない。ベルナルドが所属する『リベリオ』と呼ばれる犯罪組織はこれを主な収入源の一つとしていた。

 こうして組織の仕事を任されるのは初めての事だった。


「大丈夫だ。お前たち二人だけじゃない。グレコをつける。ちょっと俺たちの仕事を見てもらおうと思ってな。昼飯もどっかで奢ってもらえ」


 ベルナルドはエリオを心配していた。

 アビリティ判定を終えてから、一年弱が経過していた。エミリアは六歳、エリオは五歳となっている。その間エリオは本に埋もれるように過ごしていた。『思考』アビリティの特性を調べるべく、活字を貪るように読み漁ったのだ。それに、転生者に劣る能力しか持たないエリオはせめて知識だけは勝っていなくてはならない。その知識が自分の命を救うことに繋がるかもしれないからだ。だからと言って、いきなり高尚な本を五歳児が読むのもおかしい。まずは書斎で冒険活劇ものなどの物語へと手を伸ばし、そこから魔術、風習に関わる本、アビリティ研究所に手を伸ばしていき、家族から不信感を抱かれないようにした。だが、『思考』アビリティの正体を知ることは出来なかった。

 今のところ不毛に終わっているが、活字中毒である彼には延々と本を読むことは苦しいことではなかった。むしろ知識として知っていた世界の点と点が繋がり、楽しくなっていた。

 本のたぐいは買ってきてるのかわからないが、ベルナルドが調達してきてくれていたため、手持ち無沙汰になることはなかった。

 しかし、そんなエリオを見て、ベルナルドやマリーナ、エミリアは心配になった。『無能者』であることにショックを受けて誰とも関わらないように引きこもっているのではないかと。

 そんなエリオのために、気晴らしを兼ねて、何かにつけて外に連れ出すことが多かった。エミリアは魔術の練習に郊外へと連れて行ったり、ベルナルドは武術で手合わせをしたり、アントニオは勉強を教えてたり、マリーナは一緒に料理をしたり、ジュリアは剣を教えたり、グレコは彫刻作業を一緒にやったり、みんながエリオを気にかけていた。

 今回のベルナルドの提案もそういう意味合いが込められているのだろうとエリオは考えていた。


「うん、わかった」

「私も」


 エリオとエミリアは二つ返事であった。エリオは心配をかけているのがわかっているため、せめてベルナルドたちの言うことを聞いて安心させてあげようと考えていた。

 エミリアはエリオの側にいれることが嬉しいようで弾むような声で返事をした。


「ちゃんとグレコさんのいうことを聞くのよ~。お仕事の邪魔をしちゃいけませんからね」

「はーい」


 マリーナはおっとりとした声で諭すようにいった。


「それじゃあ俺は行ってくる。グレコが迎えに来るから、それまで待っていろ」


 そういうと朝食を食べ終わったベルナルドはテーブルから立ち上がった。マリーナもそれに続いて立ち上がり、ベルナルドの頬に軽くキスをする。


「ふふふ、いってらっしゃいあなた」

「ああ」


 ベルナルドとマリーナの表情が幸せそうに華やいだ。

 この世界の夫婦関係ではそうしたキスは習わしのようなものなのだが、ベルナルド達の仲の良さは常に結婚して間もない新婚のようだった。


(見ているこっちが恥ずかしくなる)


 エリオは内心苦笑いするが、二人が幸福そうなのを見て嬉しさが込み上げてくるのだった。




 時刻は昼前。

 エリオとエミリアはグレコに連れられ、ピッツォの回収をしていた。酒場や露天、服屋、宝石店、判定屋、雑貨屋、武具屋などなど、バリアーニが管轄する区画の店を回っていた。彼らはその内の一つの武具屋の前に来ていた。


「『四ツ首のケルベロス』?」


 エリオが看板に掲げられていた店名を読み上げる。

 ケルベロスという魔物は本来三つ首である。

 エリオが不思議に思っていると、グレコが喋り始めた。


「存在しないような希少なものを置いてますよって意味を込めてるんだってさ」

「へえ……じゃあここのお店の品揃えは良いんだね」


 エミリアがグレコに楽しそうにそういった。エリオと外に出てから常にこの様子であった。


「エミリアちゃん、希少なものも、じゃなくて、希少なものをって言ってるのがミソなんだよね。ここの親父さん、仕入れる商品の偏りがすごくてね……まあ、儲かっているみたいだからいいけどさ」


 そういうとグレコは店の扉を開き、中に入っていった。


「親父さん、儲かっているかい? なんと今日は嬉しい嬉しいリッジョファミリーのピッツォの回収日だ」


 グレコは店に入ると同時に、陽気にカウンターに居る武具屋の髭をはやした禿頭の親父に声をかけ、近づいていった。

 店の中は武具屋にふさわしい無骨な内装で、装飾なども着飾ったものは一切置いていなかった。所狭しと置かれた鈍色に輝く武器や鎧が眩しい。


「ああん? わしにベビーシッターの知り合いはいねえぞ。お前さんはリッジョファミリーの名を騙ってんじゃねえのか? そんな輩にピッツォはわたせねえ」


 六十歳を迎えそうな禿げた親父はニヤついて諧謔を楽しむようにそう言った。


「おいおいおい、親父さん冗談はよしてくれよ。それとも、ついにボケてしまったのかい? この知性に溢れたオッドアイの瞳、前衛的な芸術性を備えた体つき、そしてこのユーモアあふれるしゃべり! 僕がグレコ・ミケーレじゃなかったら、だれがグレコだって言うんだい!」


 グレコは身振り手振りをつけて大げさに禿げた男に訴えかけた。神聖エイレイ皇国人の血が遺憾なく発揮されている。


「はっはっはっ、そうだな、顔に似合わないオッドアイの瞳、縦に低く横に広い体つき、そしてその人を喰ったようなしゃべり、どれをとってもグレコ・ミケーレだ! ほら、持って行きな!」


 男は小さな麻袋をカウンターの上に置いた。この中にお金が入っているのだ。

 グレコはそれを受け取った。


「暴れる冒険者を取り押さえてくれてこの前は助かったぜ。ま、お前はなにもしてなかったが」

「仕方ないでしょ。そういうのはジュリアやベルナルドさんが専門なんだから」


 グレコが口をとがらせる。


「それで、そのガキどもはなんなんだ?」


 禿げた親父はエリオたちに目を向ける。


「エリオ・バリアーニです。よろしくおねがいします」

「初めまして、私はエミリア・バリアーニです」


 エリオたちは順に名乗った。


「ああ、バリアーニさんとこのガキか」

「そうそう、今ちょっと僕達の仕事の見学をしてもらってるんだよね。ま、勉強みたいなものかな」

「なるほど……いいか坊主ども、わしは『リベリオ』のことはわからんが、バリアーニさんはできた男だ。それはわかる。だから、あの人の背中を追っていれば、きっとうまく行く。がんばれよ坊主ども!」

「はい!」


 エリオとエミリアは元気よくそれに応えた。身内を褒められているのだ。悪い気がするはずもない。

 その後、グレコは禿げた親父と二、三言葉を壊した後、エリオたちを連れて『四ツ首のケルベロス』から出て、次の店へと向かった。


 先ほどの武具屋でも感じたが、意外にもバリアーニたちの受けは良かった。地球でのマフィアと呼ばれる組織(本来はシチリアの犯罪組織のみを指す言葉であるが)は、恐怖と暴力で人を支配し金銭を稼ぐため、忌み嫌われる存在である。しかし、犯罪組織が、とは言わないが、少なくともバリアーニたちは受け入れられていた。

 中立都市メムノーンでは、中央部以外の地区、外地区は、各国の人間が流れついて勝手に住み着き出来上がっていった歴史を持つ。それは混迷した時代であった。諍いも起きれば、土地を巡っての争いもあった。それを中央部は知らぬ存ぜぬを決め込み、取り合おうとしなかった。その中央に代わり、流れ者の土地を統制して管理したのが各国の犯罪組織であった。外地区の人間は犯罪組織を頼りにして、自衛に努め大きくなっていったため、自立精神が高いのだ。

 そういった経緯もあり、外地区では中央からの衛兵よりも、『リベリオ』などの犯罪組織を頼りにしていることも多い。また、実際問題、行政では対処できないことを犯罪組織は解決することができる。それは裏取引の立会であったり、専属の用心棒であったり、密売であったり、不法入国であったりだ。そういった役割の需要が地球より高いということもあるのだろう。


 しばらくグレコについて歩くと、『兎の頬』亭という酒場についた。


「ここでは面白いものが見れるよ」

「面白いもの?」

「正確には、僕が面白いものかもしれないけどね。ま、すぐわかるよ」


 グレコはそういうと、観音開きの扉を押して中に入っていった。エリオたちもそれに続く。

 中は昼間にも関わらず、各テーブルは人で埋まり賑わいを見せていた。兎の頬亭は酒だけでなく、食事にも力を入れている。そのため、昼食をここでとる客も多いのだ。


「いらっしゃいませ! ってグレコ……!」


 元気よく挨拶をしてくれたのは、ここの制服であるふりふりのウェイトレス服に身を包んだ短髪のボーイッシュな女の子であった。というかジュリアであった。

 挨拶した相手が彼らだと気付き、ジュリアの顔が渋面になる。


「それに、坊っちゃんたちまで、なにしてるんすか……」

「ぼくたちはピッツォの回収で……それよりジュリアこそ何してるの? ウェイトレスの格好は似合ってるけど」

「うんうん。ジュリアさん可愛いね!」

「よかったねジュリア。エリオ君たちがその格好似合ってるって」

「俺はこんな格好したくなかったんすよ! でもどうしてもってここの女将さんがいうから!」


 ジュリアが喚く。女の子らしい服装を見られるのが居心地悪いようだ。

 その様子を見ていたのか、奥から恰幅のよい女が現れた。


「いやージュリアちゃんには助かってるよ。もしいなかったら店は回ってなかったね。それよりピッツォの回収だろ? 店も落ち着き始めたし、どこかに座って待っててくれないかい。ついでに腹ごしらえしてもいいんだよ」

「悪いね女将さん奢ってもらっちゃって」

「奢るとはまだいってないんだけどね……はあ、まあしようがないね。その分グレコ、あんたにはやってもらいたいことがあるんだ。それで、そっちのちびっ子たちは……」

「はい、エリオ・バリアーニです。よろしくおねがいします」

「初めまして、私はエミリア・バリアーニです。これから宜しくお願いします」

「へえ、あんたがエミリアちゃんかい! 前代未聞の天才赫魔術使い! 受け答えもしっかりしてるし将来が楽しみだねえ!」


 エミリアの噂は知れ渡っていた。

 別段隠してもいないため当たり前だ。あれだけ盛大に郊外で魔術の練習をしているのだから、見かける人も当然いる。武具屋の親父は知らなかったようだが、今日回った店でこのような反応を示したのは女将だけではなかった。

 それを受けてエミリアは気恥ずかしげにエリオの後ろに隠れた。女将に悪気はないのだろうが、エリオは眼中にないようだ。


(大抵の子供なら拗ねるだろうな、この状況)


 年も離れていない姉ばかりが褒められるのだ。小さな子供には面白く無いことだろう。



「それにしてもボンターデさんのところの息子も天才剣術使いらしいし、リッジョファミリーは将来安泰だね。つい最近、前の通りで荒くれ者三人を相手に大立ち回り、五歳の子供とは思えない動きだったよ」


 ボンターデとは兎の頬亭の前の通りを挟んで向こう側の地区を担当する、ベルナルドと同じくリッジョファミリーの幹部である。

 それを聞いたエリオはすかさずリリーを呼んだ。


(リリー! 転生者か?)

「私の感知能力にはエミリア以外引っかかったことはないけど、その可能性は十分にありえるわね。ま、この世界では才能が全てだし、子供が大人を圧倒することは度々起こるから、絶対とはいえないけど」


 リリーはボンターデの息子が転生者である可能性を示唆した。


「どんな子供だったの?」


 エミリアがすかさず質問した。


「うーんとそうだねえ。子供なのに目つきがギラギラしてて、ちょっと怖い印象を受けたね。それと、戦いのことはわからないけど、なんか遊んでるような、痛めつけるような……まああんまり良い印象はもたなかったねえ」


 それ以上の情報はなかった。神様選定試験を勝ち残るためにも、ボンターデの息子については今後調べていく必要があるだろう。


「おっと、私も忙しいんだった。この店のオススメ、ラグーザラビットのステーキを主人に腕によりをかけて作るように言っておくから、空いてる席に座って待ってておくれ」


 女将は用意していたピッツォを取りに、奥へと引っ込んでいった。

 ジュリアも他の客の注文を取りに遠くのテーブルに行ってしまった。グレコ達の前に長居をしたくなかったのだろう。

 エリオたちは近くにあったテーブルへと腰をおろした。テーブルの真中には、料理のアクセントにするための粉状の調味料が容器に幾つか入れてあった。

 グレコがジュリアのウェイトレスの格好をしている理由を話しはじめた。


「『リベリオ』は……というか僕を含めたバリアーニさんのところの部下は、裏の仕事がないとき、積極的に担当地区の店の手伝いをしたり、困り事を解決しにいくんだよね。もちろん僕たちだけでってわけじゃないよ。僕、アントニオ、ジュリアのようにソルジャーと呼ばれる構成員の下に、アソシエートと呼ばれる準構成員もいるんだ。今日裏の仕事が無いジュリアはたまたまここでウェイトレスをしてたってわけ」


 犯罪組織の幹部であるバリアーニの人望が店から高いのもそういう点があるからかもしれない。

 『リベリオ』の組織体系は強大な力をもつあるファミリーの下に、多くの他のファミリーが従っている。リッジョファミリーも従う側の一つだ。ファミリーはピラミッド構造となっており、ボスをトップとしてその下に若頭のアンダーボス、幹部キャプテン、ソルジャー、アソシエート、と続いている。しかしアソシエートは組員とは認められていない。日本でいうところのチンピラのようなものだ。ヤクザが顎でチンピラを使っているのを想像してくれるとわかりやすいだろう。


「グレコ、ピッツォを持ってきたよ。それと、こいつを直せるかい? 最近調子が悪くてね」


 奥から小さな麻袋を右手に持って戻ってきた女将さん。その左手にはフライパンのようなものが握られていた。やってもらいたいこととはこれのことだったのだろう。

 グレコはフライパンを受け取った。それを色んな角度から点検する。


「うーん、どうやら記述が途中で破損してるみたいだね。これなら簡単に僕の魔記術で直せるよ」


 そういうと彼は手の平に魔力を集中させ、フライパン柄に嵌めこまれた赤い石に当てた。


「エリオ、魔記術って何か知ってる?」


 エミリアがエリオに尋ねた。


「えと、物体に呪文を書き加える技術のことだったはず。マナを取り出せる魔石に書き加えることが多くて、そうすることで、習得していない魔術でも魔力を記述に流して唱えるだけで発動することができるんだ。そういった魔記術を書き込まれたもののことをアーティファクトって呼ぶんだって」


 魔石とは山岳地帯の多い北西にあるヘパイストス共和国でよく産出されるもので、魔石の色に応じたマナを溜め込んでいる。ここから取り出したマナは一日もすれば元に戻るため、魔術師たちは自分の得意とする魔術に対応する魔石を所持していることが多い。エミリアも例外でなく、最近の魔術練習は必ず赤い魔石を持って出かける。周辺の赫マナだけでは足りないのだ。なお、周辺のマナを消費し尽くしたとしても、一定時間もするとまた元に戻る。

 魔力の扱いはこの世界の住人であるなら、誰もが子供の頃に学ぶ技術であるため、アーティファクトを扱えない人間はまずいない。

 アーティファクトの利点は最初から方向付けされた限定的な魔術であるため、魔力の消費が少なく済む効率性。魔力を流せば誰でも扱えるという利便性にある。

 逆に刻々と状況が変化する戦いでは、自由に魔術の規模や性質を変えないといけないため、アーティファクトでは使い勝手が悪いとされている。しかし、武具に施される場合は多々ある。戦士系のものが魔術に対する耐性を上げるためであったり、苦手な魔術をお手軽に行使するためだ。

 このフライパンの場合、柄の場所に『ヒートアップ』の魔記術を施された赤い魔石が嵌めこまれている。この魔術は物体を加熱するもので、赫魔術アビリティレベル2で覚えられる使い勝手のよい魔術である。


「へえ、エリオは物知りですごいね」


 エミリアは感心するように聞いた。

 一年弱書物を読み漁った効果が出ている。こうしてエリオがエミリアに何かを教えることがここ最近多くなった。


「よし、これで完璧! うーん我ながらいい仕事だね!」


 魔記の修復を終えたグレコがフライパンを女将に渡した。


「ほお、やるじゃないかい。それじゃあこっちに来な。やって欲しいもんはまだまだあるんだ!」

「ひ、ひとつじゃないのかい!?」

「メシ代を奢れっていったのはそっちだろ? それとも自分から約束をやぶるのかい?」

「うぐっ、くうぅ……タダより高いものはないね……エリオ君、エミリアちゃん、ご飯食べながら待ってて……」


 そう言ってグレコは諦めたように女将にズルズルと引きずられていった。

 ふとエリオが隣を見ると、エミリアがニコニコとエリオのことを見ていた。


「エミ姉楽しそうだね」

「そう? こうしてエリオとどこかに出かけるの久しぶりだからかもしれないね」


 エミリアの顔が一層はなやぐ。

 そこにジュリアがやってきた。


「グレコはどっかに行ったっすか?」

「うん、アーティファクトの修理をしに行ったよ」

「ふう……ほんと勘弁して欲しいっすよ。あいつ、この店のヘルプに入ったら、必ずからかいに来るんすから。どっから情報を仕入れてるんだか」

「でもほんとに可愛いよ。ね、エミ姉」

「うん、いつももっと女の子らしい服装してもいいのに」

「や、やめてくださいよ! これでも恥ずかしさで死にそうなんすから。この店の客、顔見知りが多いからずっとからかわれっぱなしなんすよ!」


 ジュリアがかっとほほを染めて抗議をした。エリオはこれはからかいたくなるなと思った。ジュリアの反応は嗜虐心をそそられるのだ。


(よし、もう少し褒めて、からかってやろう)


 エリオがそう思った瞬間――。


「おい、大丈夫か! 全員メシに手を付けるな! 毒が入ってるぞ!」


 男の怒号が響き渡った。

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