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第五話「アビリティ判定」

 色歴八七六年。

 転生者たちがこの世界にきて五年が経過した。

 そしてそれは、エリオとエミリアが五歳となったことを意味する。

 この頃になると子供は一人で一通りのことができるようになる。エミリアに怪しまれないように抑えていた行動が、少しずつ解禁されていくのだ。自由に動けなかったという点で転生者として出遅れていたエリオであったが、先天性アビリティの探し遅れを取り戻すべく、様々なことに挑戦をした。

 ジュリアからは剣技を、ベルナルドからは武術を、グレコからは鍛冶と芸術を(グレコは彫刻家になるのが夢なのだ)、アントニオからは勉強を学んでいた。

 しかし、どれも初めから上手くいくようなものはなかった。後天性アビリティとして身につくものばかりで、先天性アビリティの発見には至らなかった。

 エミリアは更に魔術に磨きをかけるため、それを中心とした修練を行っていた。そのかいあって、更に魔術のレパートリーを広げ、威力を向上させていた。

 後天性アビリティが身につくので、エリオのこの修練が無駄にはならないとはいえ、エミリアと差が確実に開いていっているような気がして、エリオは心配でならなかった。だが、結局のところ『生まれ』が分からないのは五歳まで。

 そう、彼らはこの年、アビリティ判定を受けるのであった。



 中立都市メムノーンが初夏の暑さに包まれ始めたある日。

 エリオ、エミリア、ベルナルド、アントニオの四人はバリアーニの縄張りにある判定屋の前まで来ていた。判定屋とは判定アビリティを持つものが国に認可を受けて開業できる店である(メムノーンの場合は自治組織に認可を受ける)。五歳になれば誰でもアビリティ判定を受けるこの世界では、欠かせない職業である。そのため判定士は安定した収入を得ることができる。判定の先天性アビリティを持つ子供であれば、それだけで両親は大喜びするほどだ。また、判定士は国に判定した者たちの書類を出すことを義務付けられている。こうすることで才能が埋もれてしまわないようにするためだ。

 エリオの五歳の誕生日はもう少し先だが、どうせならエミリアと一緒に判定を受けさせようということで連れて来られた。

 リリーも転生者の先天性アビリティなら生まれた瞬間から保持してるはずだから、目覚めていないことはありえないわ。一緒に受けてきなさいよ。ということだったので、エリオは二つ返事でついてきた。


(さて、俺の『生まれ』はどんなものかな。できれば、逃げるのに役立つものであればいいんだけど)


 エリオのテンションは否が応でも高まっていった。約束された己の才能がわかるのだから、期待するなという方が無理な相談だ。

 エリオは神様選定試験では逃げ続けるという方針をとっている。

 地球に残した唯一の肉親である妹に会うという目標と、だからと言って、そのために誰かを殺すなんて許されるべきことではないという彼の常識。この二つを実現させ得る妥協点が逃げ続けるという選択であった。


「邪魔するぜ」


 アントニオが扉を開けて中に入る。エリオたちもその後に続いた。扉に付けられていたベルが連動して鳴る。

 そこは街の診療所のようなところで、待合室とカウンターがあり、そのとなりに診察室があった。今はちょうど空いていたようで、エリオたちの他に誰もいなかった。

 奥から丸鼻でっぷりとした人の良さそうな中年の男が出てきた。


「これはこれはバリアーニさん。お子様の判定ですか?」

「ああ頼む。おっとそうだ親父さん。腕の良い蒼魔術師の知り合いはちゃんといるか? いるなら予約しておいたほうがいいぞ。俺の子供の判定をしたら椅子から転げ落ちて腰を痛めるだろうからな」


 ベルナルドが自信ありげにそう言う。ただの親ばかだと言えないのがタチが悪い。エミリアのアビリティはそれほどまでに異常なのだ。


「はっはっは、ここを訪れる親御さんは皆そう言うんです。なのに、私は背もたれもついてない丸椅子を使い続けられている。まあもし椅子を替えることがあるなら、それは私の体重に丸椅子が耐えられなくなったときだけでしょうな」


 中年の男は自分の腹を擦り笑った。リッジョファミリーの幹部、ベルナルド・バリアーニも子煩悩なのだなと中年の男はほっこりとした気持ちになっていた。


「そんな冗談はさておきまして、それじゃあお嬢ちゃんから診察室に来てくれるかな?」「わかりました」


 エミリアは中年男の後に続いて診察室へと入っていった。

 ベルナルド、アントニオ、エリオは待合室の椅子へと腰掛けた。


「ありゃあ腰を痛めるぜ。銀貨一枚かけたっていい」


 アントニオがそう嘯いた。


「それじゃあ俺は二枚かけよう」


 ベルナルドがそれに応える。


「賭けが成立してないよ。それに僕だってお金を持ってたら腰を痛める方に賭けるもん。エミ姉のことを知ってるなら誰だってそうする」

「くっくっく、違いねえ。つーかエリオ、お前賭けのこと分かってんだな。誰がこんな悪どいことを教えたんだ」

「さあ?」


 エリオはとぼけた。誰にも教えられていないが、それを確かめる術はアントニオにはない。

 そこでベルナルドはエリオの前にしゃがみ込み、まっすぐ瞳を向けた。


「いいかエリオ。お前は賢い子だ。先天性アビリティがなくてもやっていける。それは俺が保証する。だからもし先天性アビリティがなくても自分を卑下するな。自信をもっていいんだ。血はつながっていいなくても、お前は俺とマリーナの息子なんだからな。ま、細かいことは気にすんな。お前が生きたいように生きればいいんだ」


 ベルナルドはごつい手つきでがしがしとエリオの頭をなでた。

 ベルナルドはエリオに血の繋がりがないことをエミリアを含めて昔から伝えていた。ベルナルドもエリオとエミリアが理解はできていないと考えていたが、育ちきってから衝撃的な事実を与えるより、小さな頃から慣れさせておこうと考えたのだ。もちろん、血の繋がりがなくても家族だということをなによりも強調して教えていた。彼とマリーナ、それに家族同然のアントニオ、グレコ、ジュリアの愛は大きかった。それは転生前のエリオが幼き頃に受けた両親の愛と何の遜色もなかった。

 ベルナルドはエリオがここ二年弱、先天性アビリティを探すために様々なことをしていたのを見ていた。しかし、アントニオとベルナルドの見立てでは彼は『無能者』なのだ。

 先天性アビリティはある程度遺伝するものだと言われている。

 エリオの母親は路地裏でぼろを着て死んでいた。『無能者』の地位は低くなりやすく、底辺の暮らしをしていることもままある。彼らはそこから、エリオは『無能者』だと判定されると考えているのだ。


(転生者だからそんなことはないんだろうけど、それを考えてこうやってフォローしてくれてる……この人達はやさしいな)


 エリオの中で第二の家族と言うべき人たちだった。もちろん第一は妹だが、この世界においてエリオが守りたい存在ができつつあった。

 ベルナルドに向けて、コクリと頷いた。


「よし」


 ベルナルドは破顔した。アントニオも横で優しげに微笑む。


 ガシャーン!


 そのとき、診察室から大きな物音が鳴り響いた。


「くくく、すごい音だな。腰だけで済めばいいがねえ」


 息せき切って中年男が診察室から飛び出してきた。


「な、何なんですかあの子は! おかしいですよ。有り得ない!」


 エリオを含めたベルナルドたちはニヤニヤと笑っていた。身内を褒められるのはやはり嬉しいものがある。しかし次の中年男の言葉に度肝を抜かれた。


「どうして初期レベル5のアビリティが三つもあるんですか!? 初期レベル5なんてもの自体初めて見るのに!」


 今度はエリオたちが椅子から転げ落ちる番だった。


(リリー!?)


 エリオは心のなかでリリーを呼んだ。

 エリオの肩辺りにリリーが光の中から生まれるように現れた。


「あー……聞きたいことはわかってるわ。こんなことあり得るのかってことでしょ? 極々低い確立だけどね。『生まれ』が決まっても各先天性アビリティのレベルは乱高下するの。それがたまたま高い値になったってことでしょうね……。頭いたいわよ……こんな敵が近くにいるなんてどうすればいいのよ!」


 リリーはたまらず叫んだ。


「それで親父さん、なんのアビリティなんだ!」

「ええ!? バリアーニさんも把握してないのですか!? これのことを言ってたんじゃ?」

「俺たちが把握してたのは赫魔術だけだ」

「と、とりあえず見てもらいます!」


 診察室からエミリアが出てきた。少し気恥ずかしそうにしていたが、どこか誇らしげでもあった。


「アビリティプレートを見せてあげて」

「は、はい」


 中年の男が促すと、エミリアは三センチ四方のプレートを手に載せ、魔力をそれに流し込んだ。すると、そのプレートは長方形に広がり、ノート程度の大きさになった。その上に文字が滲み出るように浮かび上がってくる。



名前:エミリア・バリアーニ

性別:女

年齢:5


アビリティ

先天性……思考レベル2(レベル2)

     赫魔術レベル6(レベル5)

     魔力運用レベル6(レベル5)

     杖レベル5(レベル5)

後天性……蒼魔術レベル2

     翠魔術レベル2

     無魔術レベル2



 アビリティプレートとは判定士が用いる魔道具で、特別な鉱石で作られている。使い方はこれに判定アビリティのスキル、『リンク』を用いてプレートと対象者を紐づける。後はプレートに対象者の魔力を流し込むとアビリティが確認できるようになる。またプレートは子供に与えられ、随時アビリティの成長具合を確認できるようになる。

 プレートにはエミリアの名前と性別、年齢、そしてアビリティが列挙されていた。

 アビリティの括弧書きは初期レベルである。後天性アビリティに括弧がないのは初期レベルが0だと決まっているからだ。

 先天性アビリティの思考は人間であるなら誰もが持つアビリティで、レベル2が普通だと言われている。レベル1だと馬鹿。レベル3以降は頭がいいと位置づけられている。

 魔力運用は魔素やマナの効率的な運用を実現するアビリティで、簡単に言うならば、魔術師のスタミナ、マジックポイントである。


「やっぱり『生まれ』は赫魔術士みたいね。それにしてもえげつないわね。アビリティだけでいうなら完全に優勝候補よ」


 リリーは参ったと言わんばかりに額に手を当て天井を仰ぎ見た。



 さて、アビリティ判定はエリオの番となった。

 前もってリリーと話し合っていたことがある。

 それは、判明した先天性アビリティの初期レベルの高さから、エミリアにエリオが転生者だと疑われる可能性があることだ。その可能性があるのなら、アビリティ判定は誰にもバレないよう一人で行かなくてはならない。家族を通して、エミリアに知られる可能性もあるからだ。しかし、リリーから判定の方法を聞いて、その必要はないとエリオは判断した。


「さ、エリオ君、このプレートを両手で持って」


 エリオは診察室に用意された小さな椅子に座っている。

 中年の男の椅子は丸椅子ではなく、背もたれと肘掛けのついた大きな椅子であった。エリオが診察室に入ったとき、奥から運び出してきたのだ。また転げ落ちたらたまらないからであった。

 診察室にはこの二人だけだった。


「うん」


 エリオは渡されたプレートを両手で受けた。

 中年の男は姉と年齢の近い男の子が姉弟であることに特に違和感を持たなかった。この世界では一夫多妻の家庭も珍しくはないし、養子という可能性もある。下世話な想像はいくらでも働かせられるが、バリアーニがそういう男でないことを彼は知っていた。


「よし、それじゃあやるよ『リンク』」


 プレートが光輝き、そこから紐のようなものがエリオの胸めがけて伸びていった。紐の先端がエリオの胸に到達した瞬間、その光も消えた。エリオがリリーから聞いていた通りだ。


「紐付け完了。それじゃあそのプレートに魔力を流してごらん」


 エリオは言われたとおりに魔力を流す。プレートが長方形に広がり、判定士がどれどれと顔を覗きこませる。今回の紐付け式だと、判定士もプレートに浮かび上がった文字を確認して、対象のアビリティを知ることになる。もちろん、対象者のアビリティを直接知る方法はあるが、プレートの補助を受けた方法が簡単で、何より数をこなせる。またこれが世界の一般的な方式になっていることも大きいだろう。

 エリオはすかさずそのプレートを胸に抱き込み、浮き出たアビリティを隠した。

 エリオはこの幼子の駄々のような行為でアビリティを騙くらかすことができると確信していた。


「ちょっとちょっと!? そんなので隠し通せるわけ無いでしょ! 自信があるみたいだったから信用してたのに。このままだとエミリアに疑われちゃうわ!」

(ま、見とけって)


 突如出てきたリリーがエリオの耳の近くでくせっ毛頭を掻きむしって騒いだ。エリオはそれに心のなかで軽く応じる。


「まいったな」


 中年の男はこの子もかと思った。

 この反応は両親が教育熱心な家庭で度々見られることがある。

 この頃の子供は、両親の期待に応えたいと思うのが普通だ。世界の中心が家族になっているのだから当たり前だ。また意識の高い両親も子供にそれを期待する。先天性アビリティは遺伝するのだから、両親自身が先天性アビリティを持つ場合、その期待は仕方のない事なのかもしれない。だが、現実は非情な場合もある。先天性アビリティを受け継がないことがもちろんあるのだ。

 そういったとき、子供はアビリティプレートを隠したり、見せないようにする。両親の期待を裏切ったと考えてそうしてしまうのだ。プレートを見せたくない一心で。

 今回は姉があれだけの才能を見せてしまったことが由来しているのだろう。自分も姉に続こうと考えていたのに先天性アビリティがなかった。賢い子供ならショックを受けるに違いない。中年の男はそう考えた。

 そして、その子供の心の傷をケアして、両親に伝え便宜を図るのも判定士の仕事だと彼は考えいた。


「エリオ君、君のお父さんは先天性アビリティがないくらいでがっかりするようなそんな小さな男じゃない。それは君もわかってるだろう?」

「う、うん……」

「それより今の君のように、何かを隠して逃げ続けるほうが嫌うんじゃないかな?」

「そう、だと思う……」

「よし、それじゃあプレートに何がかいてあったか教えてくれるかな。君はもう文字がわかるんだろう? まだ子供なのに勉強熱心で偉いね」


 中年男は無理矢理プレートを確認するようなことはしなかった。ここまできたら、あとは子供に読ませたほうがいい。隠すということは文字が理解できるということなのだから。先天性アビリティを盛った嘘をつくようなら、そのときにまたプレートを確認して嗜めればよいと考えていた。

 だがしかし、中年男は思いもよらなかったのである。書類に書かれる先天性アビリティを減少させるために子供が一芝居打ったのだと。

 中年男はエリオの想定通りに行動してくれたのだった。


「せんてんせいアビリティが思考レベル2、あとは全部こうてんせいです」

「ちゃんと言えて偉いね。それじゃあお父さんたちにも伝えに行こうか」


 中年の男は机の上の書類にペンを走らせながらそう言った。

 立ち上がった中年の男と一緒に診察室を出る。そして、彼は待合室にいたベルナルドの隣に立ち、耳元でぼそぼそと何かをしゃべっていた。恐らく、エリオが『無能者』だったことと、それをエリオが気にしていることを伝えているのだろう。

 エミリアもそれに気づいたようで、とことことエリオの前まで来て、ぎゅっと彼を抱きしめた。彼女は暖かかった。


「大丈夫よ……エリオは私がいつまでも守ってあげるから……」


 慈愛に満ちた彼女の声がエリオの耳をくすぐった。


「ガキがいっちょまえのことが言ってんじゃねえ。困ったことがあったら俺とかジュリア、グレコにも頼れよな。家族みたいなもんなんだからよ」


 アントニオが二人の頭をわしわしと撫でた。


「そうだぞ。それにエミリアがエリオを守ることなんて起こらない。俺がお前たちを守ってるからな。お前たちは細かいことは気にするな」


 続いてベルナルドがエミリアとエリオを二人同時に抱き上げた。力強く頼もしい腕であった。

 彼らはエリオが『無能者』であることを追求しなかった。プレートをみせてくれとも言われない。

 エリオの思惑通りだった。優しい彼らなら、エリオが『無能者』であった場合こういう反応をとるだろうと予想していた。

 エリオの心がチクリと痛む。騙しているのだと。この優しい家族たちを自分は欺いているのだと。彼らの優しさと罪悪感でエリオの心が軋んだ音をたてた。


(…………)

「な~に泣きそうになってるのよ」


 様子を見守っていたリリーが口を挟んだ。


(べ、別に泣きそうになんかなってない)

「いいじゃない別に嘘ついたって、それで彼らに不利益があるわけでもないし。それでも我慢できなければ、いつか恩返しでもすればいいのよ」


 リリーは口をへの字に曲げてそう言った。

 この勝ち気な『案内人』はエリオを不器用ながら慰めているのだ。それに気づいたエリオは感謝をするとともに、その気遣いをさせてしまったことに恥じた。


(ありがとな)

「ふん……あんたのためじゃないわ。辛気臭い顔されてるとこっちのテンションが下がるだけ」


 彼女はそっぽを向いて自分のくせっ毛を人差し指でくるくると弄んだ。照れているのか頬が赤みがかっていた。


「まあ、それにしてもよくバレなかったわね。予想してたの?」

(多少はな)


 転生前の彼は人の顔色を窺うことが多かった。施設育ちの彼にとってそれは必須のスキルだった。相手がどんな言葉がほしいのか、どうしたら喜ぶのか、常にそれを考えた。そうして、波風立てないようにすごす彼なりの処世術なのだ。

 それを駆使していくうちに、彼は人が自分の言葉や行動によってどのように影響をうけるのかある程度予想できるようになっていったのだった。


「ふーん、ま、そんなことは置いといて、それで、どんなアビリティだったの?」


 リリーは期待に目を輝かせる。彼女は判定士に伝えた嘘ではなく、本来の先天性アビリティを聞いているのだ。

 エリオを心の中でぽつりと呟いた。


(思考アビリティ……)

「いや、それはもういいから。それでどんなアビリティだった?」


 エリオはもう一度ぽつりと呟いた。


(だから、思考アビリティなんだって……)

「えと……それって、もしかして……リアリー?」


 リリーの言葉が震える。嫌な想像が頭をかすめた。その影響でおかしな言葉遣いとなった。


(オフコース、イエーイ)

「オーーーーノーーーッ!!」


 それにしてもこの妖精、ノリノリである。とはいえない。こう見えて彼女は顔面蒼白となっていたのだった。

 エリオはアビリティプレートの内容をリリーに伝えた。



名前:エリオ・バリアーニ

性別:男

年齢:4


アビリティ

先天性……思考レベル5(レベル5)

後天性……剣レベル1

     格闘レベル2

     鍛冶レベル1

     算術レベル1

     赫魔術レベル1

     蒼魔術レベル1

     翠魔術レベル1

     無魔術レベル2

     気力運用レベル2


ユニークスキル

『ノットファウンド』……パートナー以外の『案内人』から転生者として認識されない。この能力は転生者が残り二十人になった時点で失われる。



 彼は転生者であるにも関わらず、先天性アビリティを『思考』しか得ていなかった。それなのに隠そうとしたのは、その初期レベル故であった。エミリアと同じく前代未聞の初期レベル5である。騒がれてもおかしくない。

 しかし、『無能者』には変わらない。この世界では『思考』以外の先天性アビリティを持たないものは『無能者』と分類されるのだ。その理由は『思考』アビリティの特殊性にある。

 まず初期レベルに関わらず、誰もが持っていること。希少度が限りなく低いのだ。

 そして、いくらレベルが高くてもそれを能力として捉えるのが非情に難しい点も問題だった。戦士系アビリティなら動きで、魔術系アビリティなら覚えている呪文で、職能系アビリティなら技術で判断することができるが、思考アビリティはそのどれにも属さず、習得スキルも現在まで発見されていない。またこのアビリティを鍛える方法が見つかっていないことも原因の一つだ。剣や魔術は修練に励めば自ずとレベルアップするが、『思考』は滅多なことではレベルの上下はしない。唯一、人間の成長に伴ってレベルアップする時があるだけで、他の方法は発見されていない。それによりレベル6以上の存在は確認がされていないのである。

 ごく僅かな『思考』アビリティレベル5を持つ人たちも、それが自分にどのような影響を与えているのか理解していない。比較すると頭の回転が他人より早いと感じる部分はあるが、人外じみていると言うわけでもない。他のアビリティのように人間の限界を超えた現象を起こさせるわけでもないのだ。結局は常識の範囲内に落ち着いてる。

 これらのことがあり、『思考』アビリティは少なくともアイテール大陸では、なんだかよくわからないものという扱いを受けている。アビリティの研究機関でさえ匙を投げているのだから仕方がない。

 気力運用は戦士系アビリティを習得すると得られるもので、戦士系のスキルを使用する際に用いられる。魔術師のマジックポイントのようなものだ。


「おわった……あたしの神様選定試験おわったわ……まさか『生まれ』が『持たざるもの』だなんて……次の試験は何百年後かな、あははは」


 リリーは光のない瞳で遠くを見つめていた。

 『持たざるもの』とは『無能者』と変わらないアビリティを持つ『生まれ』である。神様選定試験で大外れと言われる『生まれ』だ。


(でも逃げまわるにはちょうどいいユニークスキルだ。俺たちの予想通りだったな)


 エリオが予測していた『案内人』に気づかれないユニークスキルというのはあたっていたのだ。


「アビリティが予想外すぎるわよ! こんな訳の分からないアビリティで残り二十人切ったらどうやって戦っていくのよ」

(さあ? そんときはそんとき考えよう。今はただその時のために力を蓄えないとな。それとこの思考アビリティで戦っていくすべも見つけないと)


 もちろんエリオも人の子であるため、思考アビリティしか先天性アビリティが書かれていないプレートを見た時は気落ちした。

 しかしエリオは微塵も諦めていなかった。結局はどんな人生でも配られたカードで戦っていくしかないのである。それは転生前の人生でよくわかっていた。

 それに、妹のためなのだ。諦めることだけは決してしてはならない。それは彼にとって妹を裏切ることと同義なのだ。


(そういえば、エミ姉のプレートを見た時、ユニークスキルの項目がなかったな)

「あれは本人にしか見えないの。神様が他人にユニークスキルは極力ばれないようにしててね。ゲームの肝だからって」


 そこでエリオは思い出した。転生直前に神様がエリオに言った言葉、「キミはなかなかいい読みをしてたし、説明の進行を促してくれたから、特別な『生まれ』を与えてあげるね」という言葉を。それをリリーに伝えた。


「はあ……」


 リリーは盛大な溜息をついた。


「あの人は面白ければそれでいいって感じの人だから、あんたに普通の『生まれ』とユニークスキルを与えたら、簡単に試験が終わっちゃうと思ったのよ……。ランダムだって話なのに、あんの野郎……!」


 神様は野郎であるらしい。いや言葉の綾なのかもしれない。

 案内人に気づかれないユニークスキル、『ノットファウンド』。強力なスキルだ。なにせ『案内人』に気づかれないということは不意打ちを仕掛けることができるのだ。しかし、才能の塊のような転生者に『無能者』であるエリオの不意打ちが通用するのであろうか。相手は天才と呼ばれるべき存在で、こちらは凡人のような能力だ。返り討ちに合うのが関の山かもしれない。

 二十人になるまでほぼ確実に逃げ続けられるスキルでもあるが、それ以降はどうするというのか。成長しきった転生者を前にして、『無能者』であるエリオが対抗できるとは到底言えない。

 転生者とはいえない能力だから、このユニークスキルなのか。それとも、このユニークスキルだからこそ、『無能者』なのか。どちらにしろ、勝者とはなるには大きすぎるハンデをエリオは既に背負っていた。


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