第四話「才能開花」
第八世界。
それは地球のある第三世界のように惑星の世界で、神様選定試験が行われている星はガイアと呼ばれていた。ガイアは四つの大陸から成り立ち、その中でもアイテールと呼ばれる大陸にエリオたちはいる。
アイテール大陸には四つの国がある。南東の広大な土地を持つデメテル王国、南西の強大な軍事力を誇るアリオン帝国、北西の豊富な資源と鍛冶技能を有すヘパイストス共和国、北東の卓越した魔術技術を持つ神聖エイレイ皇国である。しかしエリオたちが暮らしている街はこの四つのどれにも属していない。
各国が隣接するアイテール大陸中央部のエオス地方にその街はあった。
中立都市メムノーン。
三百年前、アイテール大陸は死の砂漠を挟んで隣接してる魔大陸から魔人の侵攻を受けた。
第二次人魔戦争である。
死の砂漠の出入口であるアリオン帝国は魔人の侵攻に死力を尽くして抵抗し追い返したが、魔人たちの力は凄まじく、一度の進軍でアリオン帝国は疲弊しきってしまった。その際、他の三カ国の思惑が一致した。魔人が自国に攻め込んできたらたまらないと。そうならないためにも、帝国を防壁として、魔人の侵攻を防いでもらわなければならない。
長年大陸中央にあるエオス地方の奪い合いをしていた各国が停戦を結び、エオス地方を緩衝地帯として中立地域と認定し、そこに魔人に対する前線であるアリオン帝国を支援するための中立都市メムノーンが各国の働きかけで建設された。
いち早く国を建てなおさなければならないアリオン帝国もこの話に乗った。
中立都市メムノーンの最初期の役割は各国の会談場所であり、アリオン帝国をサポートするための物資の集積所であったが、物が集まれば人も集まるもので、交易地点として賑わうようになった。そして国を追われたもの、国に失望したものなどの弱者や、食いっぱぐれたゴロツキなどが居場所を求めてメムノーンに流れつき、街の外にも集落が生まれ、それらも飲み込みながら、三百年をかけて更に街の規模は、家屋を無理矢理改築したように大きくなっていった。また、メムノーンが大都市に成長したのは、中立都市という特性上、各国に支部を持つ様々なギルドが本拠地をメムノーンに置くようになったのも大きな要因である。
そんな街にエリオ、エミリア、ベルナルド、マリーナのバリアーニ一家は暮らしているのだった。そして今、中立都市メムノーンの郊外の平野で、魔術の訓練を行うものたちがいた。
「激情を身に宿した灼熱の炎よ、嵐となりて全てを焼き払え、ファイアーストーム!」
真っ赤に染まった業火が、平野の空中に吹き荒れる。
異常な光景であった。
三歳を少し過ぎた子供が中級赫魔術を軽々と使いこなしているのだ。それを使いこなすまでに齢五十を超えなければならないものがいるというのに、たった三歳の子供がそれを成し遂げているのだ。ファイアーストームを使いこなせるということは、その子供は少なくとも赫魔術アビリティがレベル5を超えることになる。天才といえる才能であった。
そして、それを使いこなしてるのはエリオ……ではなく、エミリアであった。
半年前、彼女が魔術の練習を始めたとき、彼女は初めからやり方を知っていたかのように、魔素とマナを練り合わせ、詠唱を行った。『これで初級魔術はバッチリ! 初心者のための魔術本』の番外編に載っていた中級赫魔術をいきなりだ。
「なんか、唱えられる気がして……」
とはエミリアの談だ。
そこに居合わせたベルナルドやマリーナ、ジュリア、アントニオ、グレコはしばらくの間驚きで無言になった後、エミリアを天才だと讃え胴上げをした。親ばか、とはいえない。それほどまでに、三歳児が中級魔術を扱うということは偉業なのである。このまま素直にその才能を伸ばせば、アビリティレベルの最大値、レベル10へと届き得るかもしれない。現代のこの世界において、レベル10のアビリティをもつ存在は確認されていない。
「なるほどね~。あの子の『生まれ』は赫魔術師ね。それ以外に考えられないわ」
それをみたリリーが仕切りにうんうんと頷きながらそう答えた。
つまり、エミリアの天才的な適性をもつアビリティは赫魔術アビリティだったのだ。そうであるなら、中級魔術を扱えることにも納得できる。
そしてそれから半年、エリオも魔術を練習して良い年齢、三歳となった。
そのエリオはというと……。
「ガーッとか、ぬおぉぉッとかわかんないよ!」
エリオの魔術適正は並程度のようで、魔力の発生の練習から行っていた。その練習にベルナルドとジュリアが付き合っているわけだが。
「おら、俺の息子ならもっと気合を入れろ! 多分ぬおおぉッ、じゃなくてうおおぉっだ!」
「待ってくださいよキャプテン。俺はガーッっていって、ズバズバっとなってドンッって感じだと思うっすよ」
「あー確かにニュアンスはそんな感じだな。でも、そこに辿り着くまでに丹田に力入れないと駄目だろ、うおおおぉって」
「ああそういえばそうっすね……慣れちまってたからかそこんとこ忘れてたっす。さすがキャプテン、初心者にも分かりやすい説明っすね! 坊っちゃん再挑戦っすよ!」
「いやわかんないよ! 全然わかんないよ!」
彼らの精神論にエリオは突っ込みをいれた。リリーと話す時とエリオの口調が異なるのは、三歳児を偽装しているためである。未だエミリアに転生者だと気づかれてはいない。
「もう……パパもジュリアさんもなにやってるのよ、エリオが困ってるじゃない」
見かねたエミリアが魔術の練習を切り上げ、様子を見に来てくれた。
彼女の顔は、誰が見てもこれからの成長で美人になることを予見させた。父親ゆずりの意志の強そうな大きな目に、母親からのスラリと伸びた高い鼻。薄い唇はなんとも愛らしげでそれらのパーツが狂いのない黄金比で理路整然と並んでいる。
そんな彼女から溺愛されているのがエリオであった。エリオ自身もどうしてこうなったのか理解できないが、エミリアはエリオの世話をしているときが一番幸せそうであった。 今でこそ、おしめはもう外れているが、彼女はエリオのおしめをよく替えていた。エリオはその度に性癖を……これはもういいだろう。
エミリアがエリオの前に立ち、手を握った。
「私が教えてあげるからねエリオ。ほら目を瞑って……」
「魔力を作り出す練習もしてなかったお前が教えられるのかあ?」
からかうように言うベルナルド。
「パパは黙ってて!」
一喝されたベルナルドは肩をしゅんと竦めて黙り込んだ。娘に怒鳴られたのがショックだったようだ。
「それじゃあエリオ、風を感じて……うん、そのまま神経を研ぎ澄ましていくと、暖かい光がみえるよね?」
エリオはエミリアの言う通りに集中を続けた。すると、目は閉じているのに辺りに点在する暖かな光を感じることが出来た。
「うん……感じる。いっぱいあるよ。赤、青、緑、すきとおってるのもある」
「それがマナよ。それが感じ取れたら、皮膚で……えと、身体全部で息をするようにマナを取り込んで。ちゃんとできたら体がぽかぽかと暖かくなるから」
「うん……」
エミリアに従い、マナを取り込む。驚くほど簡単にマナを体内に取り込むことに成功した。身体が暖かい。
「そこまで来たら後は簡単。その暖かさを体の真ん中にぎゅうっと凝縮……えと、小さくなるように固めていくの」
エミリアは三歳児にも分かりやすいように言葉を砕いて説明していく。
「それができたら魔力は完成。無魔術のレベル1の呪文を何か唱えてみて」
「うん……ライト」
エリオがそれを呟くと、エリオの指先から光球が生み出された。今は真っ昼間の外であるから意味は無いが、暗いところでは十分な光源となるだろう。
「はい、よくできました! エリオはえらいね。ちゃんと教えれば出来るんだから」
「ううん、 エミ姉のおかげだよ。ありがとう」
エリオはエミリアのことをエミ姉と呼んでいた。
エミリアはニッコリと微笑んだエリオを抱き寄せ、頭を優しい手つきで撫でた。エリオはされるがままだった。最近こうされることがよくあったし、エリオ自身もこの瞬間が嫌いではなかった。
(エミリアって悪い人じゃなさそうなんだよな……それより面倒見のいい人っていうか……)
それでも転生者だと告げるのは躊躇われた。争いになる可能性がないとは言い切れないからだ。エリオは一身に愛を注いでくれるエミリアに家族としての親愛の情を抱き始めていた。
「ご、ごほん、あーここらで前から約束していたアビリティについて講義してやろう」
ベルナルドが咳払いをして注意を自分に向けさせた。子供たちに知識を披露することにより、父親の威厳を保とうとしているのだろう。いかつい顔にしては可愛いところがある。
「わかりやすく説明してね。さっきみたいのは駄目だからね」
「わかったわかった任しとけ」
エミリアがジト目でベルナルドを見つめる。それに対してベルナルドは自信ありげに応える。
「キャプテン、ファイトっす!」
ジュリアは説明する気がさらさらないようで、ベルナルドに丸投げしていた。
「アビリティというのはこの世界で最重要視される事柄だ。才能が視覚化されているから、その人物を評価する基準にしやすいんだな。例えば、弓アビリティレベル5を持つ人と弓アビリティレベル3を持つ人だったらどっちがより猟師に向いていると思う?」
「レベル5の人だと思う」
エリオが答えた。
「そうだ。アビリティレベルが高くなればなるほど、それに関する練度は増す。弓アビリティなら、数百メートルさきの小さな標的物を射抜くといった神業的なことも簡単にできるようになる。だから人はどんなアビリティを持っていて、どれほどのレベルなのかをとてつもなく気にする。そしてこれは正しい。まず間違いが起こらないからだ」
「間違いが起こらない?」
エミリアが尋ねた。
「同じアビリティを使って戦った場合、よりアビリティレベルが高い方がだいたい勝つ。レベルが2も離れていれば確実だ。立ち回りや経験でカバーできる範囲を遥かに超えている。まあ、相手の得意分野で戦うバカはくたばって……おっと、やられてあたりまえだがな」
ベルナルドは子供の前では粗暴な言葉を控えるようにしていた。意外にも教育パパなのだ。
「アビリティの習得方法だが、もちろん修練次第で普通に習得はできるし伸ばすこともできる。基本的にレベル2までなら一年ほどで習得できると思う。だがそれ以降が大変だ、全く伸びなくなる。一生を一つのアビリティに捧げたとしてもレベル5が限界だと言われているな。また、レベル5を迎えるまでに才能限界に達して、それ以上成長しなくなるアビリティもある。こういったアビリティを後天性アビリティという」
「あれ? 私は?」
エミリアはすでに赫魔術アビリティレベル5だと言われていた。ベルナルドの話ではエミリアのそのアビリティはもう成長しないことになる。
「そう。だからこそ先天性アビリティを調べて伸ばさないといけない。先天性アビリティっていうのは、五歳までに修練を行わずとも習得しているアビリティのことを指す。エミリアでいうなら赫魔術アビリティがそれに当たるな。先天性アビリティは後天性アビリティよりも格段にレベルが上がりやすいんだ。しかもそれは、先天性アビリティが発現した段階でのレベルに比例して成長スピードが早くなる。発現した際のレベルを初期レベルと言う。未習得だと初期レベルは0ということになるな。エミリアは最初から初期レベルが5だったから、天才と言っていい! いや親ばかじゃないぞ!」
ジュリアが横でうんうんと頷いていた。リリーが言っていた適性のあるアビリティのことなのだろう。転生者のアビリティは抜きん出て素晴らしい物があるようだ。
「それと先天性アビリティを持つものはほとんどがそれなりの地位を得ている。逆に後天性アビリティしかもたない人は『無能者』と呼ばれて、成功したりしなかったり、まあいろいろだな。と言っても『無能者』だからといって哀しむ必要なんてない。世界の大半の人が『無能者』だからな」
そこでリリーが現れてベルナルドの話をフォローする。
「『無能者』にも先天性アビリティが一つだけあるわよ。思考アビリティっていう頭を働かせるアビリティがね。でも人間なら……というか知的生命体なら誰もが持っているアビリティだから関係ないか」
(まあどちらにしろ、この世界は才能の世界なわけだ。先天性アビリティがないものは無能の烙印を押されて、フィルター越しに評価されるということか)
「そうね。その把握で間違ってないわ。だからこそ高レベルの先天性アビリティを必ず持つ転生者はこの世界で活躍できるわけ。前回、前々回の選定試験で歴史に名を刻んでいる人もいるわよ。あんたも早く先天性アビリティを見つけなさいよね。これは戦いに直結してくるわよ」
(そうだな)
これからのエリオの方針としては多くのことに手を出し、自らの先天性アビリティを探りながら、汎用性の高そうな魔術の練習を続けようと決まった。
「ま、アビリティについてこんなところか。ついでに『スキル』の解説もするぞ」
父親風を吹かせながらベルナルドが『スキル』の解説に移った。
「アビリティレベルが上がった際に技を覚えることがある。それが『スキル』だ。『スキル』はどれも強力で戦いにおいて切り札になる。そして、『スキル』は二つに分類される。『アクティブスキル』と『パッシブスキル』だ。『アクティブスキル』は選択して発動するスキルで、『パッシブスキル』は常時発動型のスキルだ」
「魔術の呪文はどうなるの?」
エミリアが小首をかしげる。
「呪文もれっきとした『スキル』だ。さっきエミリアが使ったファイアーストームなんかは赫魔術アビリティレベル5で習得できる『アクティブスキル』だ」
「どうやって使うの?」
今度はエリオが尋ねた。
「発動条件を満たしていれば、『スキル』の名前を唱えるだけでいい。例えば……」
ベルナルドが周りに視線をやっていると、彼らがいる場所から三十メートル先の場所に炭の色をした兎が現れた。
ブラーザラビットだ。人に対する警戒心が薄く、こうして目と鼻の先に現れることが度々ある。中立都市メムノーンの郷土料理にもよく使われる食材で、煮込み料理と相性の良い食材であった。
エリオやエミリアもブラーザラビットの煮込み料理は好物であった。
「お、ちょうどいいところに獲物がいるな。ジュリア、あれを『スキル』で仕留めてくれ」
「はい、キャプテン!」
手持ち無沙汰になっていたジュリアは喜び勇んで懐からナイフを取り出した。彼女の相貌は好戦的で犬歯をにっとむき出しにした。とても聡明なエルフの血が流れているとは思えない。
彼女は取り出したナイフの柄の部分に人差し指と中指を添えるように当て、親指で挟み込んだ。
「スローイングキル!」
その言葉とともにジュリアは野球でいうところのオーバースローでナイフを放った。
そのナイフは空気を切り裂く音さえ置き去りにして、ウサギの脳天に直撃した。
ジュリアがそれが当たり前の結果だというように、ウサギの元へと歩き出していた。
「とまあ、今のが短剣アビリティレベル3で覚えられる『アクティブスキル』だ。発動条件はナイフを持っていること。あとは『スローイングキル』と言えば発動する。そうするだけで、ナイフを自由自在に投擲することができる。これが『アクティブスキル』だ」
(自由自在って限度があるだろ……地球で言う一流アスリートの能力を軽々と超えてるぞあれは……)
「ま、第三世界での物差しで考えないほうがいいわよ。こっちの世界に順応していかなきゃ!」
三十メートル先の物体に気づく暇を与えぬ速度で投擲物を当てた。それは人間の能力を軽々と超えている。『スキル』とはそういうものなのだ。
それを見送ったベルナルドが言葉を続けた。
「逆に『パッシブスキル』だが、これは常時発動型の『スキル』だ。例えば、戦士系のアビリティのレベルを上げると『心眼』と呼ばれる『スキル』を習得するんだが、これは相手の目線や筋肉の動きを脳内で勝手に処理して、次の一手を先読みするっていう『スキル』だ」
(うへえ……聞くだけでやばそうなスキルなんだけど……)
エリオは内心で嘆息した。なぜなら、普通であれば、それは経験によって習得されうるべきものであるはずだからだ。そういったものがゴロゴロしていると考えると、転生前にこれといった才能をもっていなかった彼はやるせない感情で支配された。
この世界では圧倒的なまでに努力より才能なのだ。だからこそ、ベルナルドが言ったようにアビリティで人が判断されるのだろう。
「それと『スキル』はアビリティレベルに強く影響を受ける。対応するアビリティレベルが高ければ、それだけ『スキル』は強い効果を発揮するようになる」
ダメ押しであった。才能才能アンド才能であった。才能のオンパレードだ。こうして持つものと持たざるものの格差は広がるのだろう。
「ま、あんたは転生者なんだから心配する必要はないわよ。何かしらのとっておきのアビリティを持ってるんだから」
リリーがあっけらかんとそう言った。
「よし! 勉強はここまでだ。今日はこんなところにして切り上げるぞ。今日の夕飯はマリーナのブラーザラビットの煮込み料理だ。はやく帰らないと夕飯をあいつが作り始めてしまうからな」
煮込み料理が楽しみなのかベルナルドは満面の笑顔でそういった。
しかし、エリオもそれは同じであった。それほどまでにブラーザラビットの煮込み料理は美味しいのだ。
「キャプテン、近くの小川で血抜きしてくるっすー!」
遠くからジュリアが叫ぶ。
「毒ウサギじゃないか確認したかー!」
「もちろんしたっすよー! 当たり前じゃないっすかー!」
そう言うとジュリアは近くの小川に向かって歩き出した。
「毒ウサギって?」
エリオが尋ねた。エリオはこの世界の風習や文化でわからないことがあれば何でもすぐに質問する。
「毒ウサギってのは満月草という薬草を主食にする森に生息する魔物なんだが、その薬草を食べることで体に毒を帯びるウサギなんだ。厄介なのがブラーザラビットと見分けがつかないとこだ。噛まれたり、食っちまったやつはひどい頭痛と吐き気で数日間失神を繰り返す。老人や子供が毒に罹ったとしても、死にはしないが、相当な苦しみらしい」
「見分けがつかないってどうするの?」
今度はエミリアが尋ねた。
「唯一安全に調べる方法が無魔術の『アナライズ』を使うことだ」
『アナライズ』は無魔術アビリティのレベル1で習得できる魔術で、効果は言葉通り、対象を分析するのだ。レベル1の『アナライズ』はせいぜい名前がわかる程度のものだが、大抵の場合これで十分なのだ。
「と言っても、『アナライズ』しないことも多いがな」
「そんなの危ないじゃない」
「まあそうなんだが、捕まえられる時点でそれはブラーザラビットなんだ。毒ウサギは警戒心の塊みたいな動物でな。滅多なことがなければ、視界に入ることもほとんどない。それに、食料としても毛皮としてもブラーザラビットで全て事足りちまうから、噛まれる奴もいなければ、捕まえる奴もいない」
「それでも噛まれちゃったら?」
「数日間安静にしとくしかないな」
「え、薬とかは?」
「あるにはあるらしいんだが、材料が貴重で製薬すると毒ウサギの毒にしか効かない解毒薬になってしまうらしい。だから市場に出回ることがないんだ。まあ、考えてもみろ、誰が死なないような毒のために、貴重な材料を使うっていうんだ。それに死にもしない毒で誰が高価な薬を買うっていうんだ。こういうのを需要と供給がつり合ってるっていうんだ」
ベルナルドは胸を反らして自慢げだ。彼の中では父親としての威厳を守れたようだ。可愛い父親である。
そう、彼はエリオ達の父親なのだ。しかし今でもエリオは違和感を感じていた。
前世の記憶を持った転生者であるからしかたのないことだ。しかし、エリオはベルナルドたちに感謝はしていた。ここまで育ててくれたことに、守ってくれたことに。
転生前の父親はエリオが幼い頃に亡くなっていたため、あまり記憶がない。もし生きていれば、こういう思い出をもっと得ることができたのだろうか。エリオはふとそう考えてしまった。