第1話(その6)
「ま、魔王――!?」
ぼくは金色の狐少女の台詞に驚きの声を上げた。
「ええ。間違いありません。彼女こそ魔界が三大魔王の一人、妖魔王ヴァルヴリード。世界最強の魔力を有するといわれるお方です」
ぼくの呻き声にしれっと答えるマユリ先輩。
「なるほどな。通りであれだけの力……うむ。納得した!」
ぼくの隣でアルスラ先輩が妙にあっさりした表情で頷いている。
いいのかそれで?
なんでも魔王ヴァルヴリードは代々強力な魔力と魔法を受け継いでいるらしい。その中には天界や魔界にも知られていない彼ら独自――オリジナルの魔法もあるそうだ。
「なんで魔王がぼくのお姉さんになってるんですか?」
「さぁ、それは……」
マユリ先輩も首を傾げた。たしかに彼女に聞いても分かるはずがない。
おのれ父さん!! 今度帰って来たときにはきっちり問い詰めてやるからね!
「タイガーファング!!」
ザーラローズは両手を合わせると、まるで獣が顎を開くように構えた。魔力が収束し閃光が撃ち出される。
「その技は……西方将軍が得意としていた技ですね」
ひらりひらりと宙を舞い、撃ち出される魔力弾を回避するアリエステル。
「ええ、父に教えて貰ったのですわ! タイガークロー!!」
ザーラローズは腕を広げた。腕が一回り巨大化し、その爪が大きく伸びる。5指を束ねて長く伸ばしたその爪は、まるで剣か槍のようだ。
鞭のようにしなやかで鋼よりも硬く、高い魔力伝導率で切れ味は抜群に鋭い。
高速で襲来するタイガークローの斬撃を、アリエステルは次々と黒刀で捌き跳ね返す。
幸いなことに彼女は父親ほどまだこの技を熟練していなかった。この技の上級者ともなれば5本の指を自在に操り、全方位からの同時攻撃すら可能にする。そうなってはかなりの強敵だ。
「苦しそうですね、陛下」
そう笑うザーラローズもぜいぜいと大きく口を開け、肩で息をする。
頬を流れ落ちる汗を拳で拭い、ザーラローズは戦いが最終局面に入っていることを自覚した。自分の魔力もそろそろ限界だ、そう長くは持たないだろう。
自分でも分かっている。今自分が互角に戦えているのは彼女――魔王の身に施された封魔結界のお陰だということを。
彼女が本来の力を出せれば自分など数秒と持たない。
ザーラローズは自分の力をそこまで過大評価してはいなかった。もちろん魔王の力を過小評価もしていない。
彼女は魔王の娘だから魔王になった訳ではない。彼女は『王珠』によって後継者にふさわしいと、魔界最強の魔力の持ち主であると認められたからこそ魔王に選ばれたのだから。
反対派は疑っていたがザーラローズはその点に関しては彼女のことを信じていた。アリエステルは間違いなく正式な魔王として選ばれた、と。
だがだからこそ疑問に思うのだ。
そんな魔王の証である魔力を失ってまで、どうしてそうしてまで地上にいることにこだわるのか。その理由が分からない。
「……陛下はあの少年のことをとても大切に思っているようですね」
ザーラローズは流し目を送り地上を見やった。
木陰からこちらを見上げる少年――柊真琴。陛下の義理の弟に当たる人間。
「ザーラローズ、あなた……なにを!?」
アリエステルは訝しげに声を荒げる。
「大事な者を失う悲しみを――陛下も思い知ればいいですわ!」
身を翻すとザーラローズは闇夜を風のように駆けた。
慌てて追いかけるアリエステル。しかし初動の遅れは運動能力に秀でる獣人族に対しては致命的だ――間に合わない。
ぼくの目の前に突然金髪の美女が現れた。同じ金の色した髪でもアルスラ先輩とだいぶイメージが違う。先輩が光り輝く高貴な白金色だとしたら、こちらの女性は豪奢でド派手な黄金というイメージがふさわしいだろう。
「だ――」
誰?と問いかける暇もなくぼくはあっさり拉致られた。
後ろから羽交い絞めしたぼくを連れ、彼女は一気に夜空へと舞い上がる。
衝撃波で吹っ飛ばされたアルスラさんとマユリさんが心配だけど――自分の身の安全を心配する方が先だよね、やっぱり。
「初めまして。そしてごめんなさい少年」
ぼくの体を押さえる女性がポツリと耳元で囁いた。
「私の名前はザーラローズ。貴方には恨みはないのですが……貴方には人質になってもらいたいのです」
「えっと……アリエステルさんとは顔見知りなんですよね?」
「あら。どうしてお分かりに?」
少女はちょっと驚いたようだ。
「何を喋ってるのかは聞こえませんでしたが、何となく雰囲気で」
「なかなか良い勘をしてらっしゃいますのね。ええ、古い友人……いえ、大切な幼馴染……でしたわ」
金髪の女性は空中にピタリと停止した。追いかけてきたアリエステルさんを待つ。
「ザーラローズ、真琴くんを離しなさい」
「あら陛下、お戯れを」
にやりと笑いザーラローズさんはぼくの頬に爪を当てる。
「動くとブスリ、といきますわよ?」
空いた方の片手を構える。あれはタイガーファングの構えだ。
ドンッ!――放たれた魔力弾がアリエステルさんの顔のすぐ脇を通り過ぎた。銀髪が乱れるもアリエステルは微動だにしない。
「いい覚悟ですわ陛下――出来ればその魔力防壁も止めて頂けますかしら?」
ザーラローズの言葉にアリエステルさんは静かに目を閉じ――ふわっと全身の発光が消えた。指示通りに魔力の防御壁を切ったのだろう。
ドンドンドン!――連続でタイガーファングを発射するザーラローズさん。
ドンドンドンッ!!――魔力弾がアリエステルさんに命中し、吹き飛ばされる。
「アリエステルさんっ!!」
衝撃でアリエステルさんの上着がバラバラに弾け、黒刀が手から滑り落ちた。
「どうしました? この地上界で魔界を救うために何かをするんじゃなかったんですか?」
ドンドンドンッ!!――アリエステルさんの手を、足を魔力弾が直撃する。一言も、悲鳴も呻き声も上げずなすがままのアリエステルさん。
「なぜ抵抗しないの!? 父を、国の民を見捨ててここにいる貴女がどうして!?」
ぼくの頬にピタリと何かが零れた。濡れている――これは涙だ。
ザーラローズさんの瞳から大粒の涙が零れ落ちていた。
そしてボロボロになりながらもアリエステルさんはそこにいた。
キッと鋭い眼差しをザーラローズさんに――いや、ぼくに向けている。
「真琴くんを離しなさいっ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
言葉にならない雄叫びをザーラローズさんは上げた。
魔力を振り絞り巨大なタイガーファングを放とうとする。
いけない!!――ぼくは必死にザーラローズさんの腕に噛みついた。
ギャッと悲鳴が上がり振り落とされるぼく。
当然ながら――ぼくの体は落下する。
と、アルスラ先輩とマユリ先輩が空中でもつれ合うようにぼくをキャッチした――急制動。地面に叩き付けられる。
「あいてっ!!」
落下した衝撃でぼくはしこたまお尻を打つ。でも先輩二人がクッションになってくれたお陰で何とか無事。
「行け、柊アリエステル!!」
アルスラ先輩が叫んだ。
もうその時既にアリエステルさんは動いていた。
両手を広げ、魔力を集中する。
「くっ、これは――『魔女の燐光』!?」
叫ぶザーラローズさん。
呪文の詠唱も魔方陣もなしに強力な魔法を使うのはアリエステルさんの十八番だ。
ズバババババババッ!!――アリエステルさんの両手から数十もの光の束が放たれる。
光線はまるで意思を持っているかのごとく縦横無尽に闇夜を駆け、逃げ回るザーラローズさんを追尾する。
バリバリバリッ!!――次々に着弾する光線。それは容赦なくザーラローズさんの魔法障壁を魔力ごと削って行く。
タイガークローで必死に叩き落すザーラローズさん。だが圧倒的な数を前になす術がない。右を迎撃すれば左から、左を斬れば右から。前から後ろから上から下から、同時に襲いかかってくるのだ。
「くそっ!!」
ザーラローズさんは高速で地上まで降り光線を迎え撃った。
攻撃と防御を隙なく展開して次々に光線を潰していく。
全てを撃墜し終え、ようやくザーラローズさんは一息ついた――そしてアリエステルさんの姿がどこにもないことに気付いた。
ザーラローズは膨大な魔力が集中していることに気付き、ハッと夜空を見上げた。
遙か上空、闇夜の中に魔王陛下が立っていた。風が逆巻き銀色の髪が舞い踊る。
ボロボロの彼女は自分の顔の半面を片手で覆い、もう片方の腕を天高く掲げる。
「……遊びはおわりです」
彼女は告げた。
それはまるで死刑宣告のように。平静に冷徹に冷酷に――そして無慈悲に。
彼女の表情は声色と同じく冷たかった――それはあたかもあの頃のように。
即位したばかり彼女が『氷帝姫』と呼ばれてた頃のように。
アリエステルはパチン――指を鳴らした。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――地の底から、あるいは空の彼方から。まるで唸り声の様な震動が轟き始める。
「なんだ!?」
アルスラの眼前で空にパキンと大きくひびが入り、一気に砕け散った。
闇夜の空、割れたそこから突然巨大な岩塊が出現する――いや、岩と呼ぶにはそれはあまりにも大きすぎた。もはや島と呼んだ方が相応しいだろう。
つまりこういうことだ――闇夜の空に忽然と、空を割って空飛ぶ島が現われた。
「これは『王の私室』……やはりこちらに持って来ていたんですね」
ザーラローズの眼が現実を目の当たりにして驚きに開かれる。
普段はヴァルヴリード王国は王都上空にその異様を誇っている『王の私室』が、1ヶ月前忽然と姿を消した。
それを見て人々は噂した。「妖魔王は魔界にいない」のだと。
「あれが妖魔王の空中巨城、噂に名高いキャッスル・オブ・ラストダンジョンか……」
アルスラもその噂は聞いたことがある。
空中魔城、魔王の浮遊要塞――様々な名で呼ばれるそれは歴代妖魔王が愛用した移動式の個人邸宅だ。常に魔王と共にあり、魔王のいるところどこへでも現れる王の居城。
そう、この浮島は魔王の自室であると同時に魔王の最大戦力でもある。
その戦闘力は浮島1つで米軍の全戦力を遙かに凌駕し、魔王の大切なプライベート空間を完璧に守る。
文字通り無敵の城砦――この中には寝室・書庫・宝物庫を始め各種研究室が存在し、これまで歴代魔王が残した様々な魔界の魔法技術の粋が眠っているとされている。一流の魔導師・魔術師から見れば宝の山だ。
まさかアリエステルと一緒にこの最終機動兵器がこの地上界に来ていたとは。
驚くアルスラの前で浮島全体が光り輝き、呼応するかのようにアリエステルの全身も光り輝く。
浮島から溢れ出した魔力がアリエステルに吸収されているのだ。
「ホームを通常空間から隔離隠蔽するために使っていた魔力を回収しましたか。鏡面並行次元世界を維持するほど余裕がない、そういうことかしら? それとも私を倒すのに陛下自身の力じゃ足りないのでホームを使うと?」
「魔王を見くびらないで欲しいですね小娘。あなたを消す程度、私の力だけで十分です」
そういってアリエステルは両腕をバッと左右に広げた。
次の瞬間どこからともなく漆黒のガウンが現れ、彼女の身をくるりと包み込む。
制服の上から魔王のガウンを羽織ったアリエステルは両腕で天と地を指差す様に構える。
「あれが『至高の闇』……妖魔王の象徴か……」
アルスラは呟いた。
大きく翻るガウンの内側は、まるで闇を溶かした様な漆黒。夜空よりもなお暗いそこにはまるで星を散りばめたように光の粒が瞬いている。
それはさながら銀河を身に纏っているかのようだ。
なんと神々しい――魔王の名に恥じないいでたちであろうか。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
アリエステルは拳を正面に繰り出した。たちまち全身を覆う魔力の波が光となって現れる。
それはまるで陽炎のように巨大化し、彼女の背後に鋼の巨人の姿となって現れた――巨人の腕だけが、まるで蜃気楼のように出現したのだ。
「させるか!!」
ザーラローズは超瞬速で接近した。だが遠い。この魔法は完成まで時間のかかるのが欠点であることは彼女もよく知っている。
くそっ――ザーラローズは歯噛みした。先ほどの『魔女の燐光』から全て計算ずくだったというのか。
アリエステルは拳を振り上げ、突き出した。
ドンッ!!――凄まじい勢いで超巨大な鋼の腕がパンチを繰り出す。
「このぉっ!!」
あまりに巨大でとても避けられそうにない。ザーラローズは魔力盾と魔力障壁を同時展開、完全防御を図る――だが数mを超える鉄の拳を防ぐことなど出来る訳がなかった。
ドゴッ!!――盾も障壁も粉砕し、鉄拳はザーラローズを地面に打ち衝けた。
がはっと圧倒的剛力に押し潰されるザーラローズ。全身の骨が軋み血反吐を吐き出す。
大地にめり込んだところで鉄の拳が霧散した。
地面に押し潰され大の字にめり込んだザーラローズだけがその場に残される。
「……あれが究極の魔力物理攻撃『装甲巨神』!!」
驚嘆の声をあげるアルスラ。
魔力こそ強いが魔属とて肉体的には生身の人間とそう大差はない。
むしろ竜魔王や獣魔王に比べて肉体的には貧弱な部類に入る妖魔王が彼らと並んで三大魔王として讃えられる理由、それがこれだ。
数いる妖怪魔族の長として君臨するには『力』の証明が必要だ。何者も恐れる圧倒的な破壊の力を示すことで魔王は魔王として畏怖され、魔界に君臨する――あらゆる魔法防御を無効化し、悪鬼邪神すら叩きのめす究極の物理攻撃魔法がこれだ。
文字通り叩き毀しすり潰す。究極の滅神魔法。対個人魔装兵器としては最強の部類に入るだろう。
アリエステルは空中からジャンプした。トドメと言わんばかりに飛び蹴りをブチかます――流れるような美脚の背後に出現する超巨大な鉄の脚。
ドン!――空気の壁を破ってマッハの勢いでアリエステルは降下した。超巨重飛び蹴りが炸裂する寸前、ザーラローズはすばやく転がって回避する。
ドカン!――地面に突き刺さる鉄の巨脚。
「あら」
意外そうにアリエステルはザーラローズを見つめた。
たしかに意外ではあった。完全にトドメを刺すつもりでいたのだから。
大きく転がったザーラローズは勢いを利用して立ち上がる。もう髪も服もボロボロだ。
「……さすが陛下ですわ。相変わらずの魔力闘法――対勇者殺法は冴えておりますわね。でも飛び蹴りのような大技はなかなか決まりにくい……そう申し上げたはずでしてよ」
そういってザーラローズはゴシゴシと――唇の端からこぼれる血を拳で拭った。
アリエステルはさっと髪を掻きあげた。風にガウンがひらりと翻る。
「……そうでしたね。昔もこうしてあなたとは何度も模擬戦をしましたっけ」
アリエステルは思い出した。
先代魔王の娘として生まれた彼女は魔宮の奥で育ったため、ほとんど同年代の友人がいなかった。数少ない例外がザーラローズだ。
四天将軍の一人、西方将軍ザーラウッドの娘だった彼女は特別に魔宮に入ることを許されていた。
彼女はアリエステルの数少ない同世代の友人であり、幼馴染であり、親友であり――そして姉妹同然に一緒に育った仲だった。
そう、あの日が来るまでは。
6年前――先王ヴァルヴリード23世が亡くなった時、全てが変わってしまった。
わずか11歳のアリエステル姫が新たな――第24代魔王に選ばれ即位し、ザーラローズはただの臣下の娘となった。
その日を境に二人の立場は王と臣下に別れてしまった。
あの頃のことは全て遠い昔の日のことのように思える。
「どうしてなの……」
ザーラローズは呻いた。
「国を捨て、民を捨て……、あなたはここで何をしているの? 魔界が、ヴァルヴリード王国が今どんな状況になっているのか知っているの!?」
「もちろん知っています」
アリエステルは静かに答えた。むしろ冷酷ともいえるほどに。
「ならばなぜ国を治めないの!? 国は内戦で混乱の極みなのよ! あなたが魔王の力を皆に示せば混乱は収まるのに……」
「収まりません」
アルエステルは小さく首を振った。
「……なにを言ってるの?」
ザーラローズは呻くように声を振り絞る。
「今のままでは3年後魔界は滅びる。その運命を変えることは出来ません。このことはいずれ単純な予知見が出来る能力者でも誰でも知ることになるでしょう。そして魔界は揺れる。皆が事実を知り、恐れ、嘆き、悲しむ……結局は自暴自棄になった魔属は我先にと相争いを始める。それがこれから魔界に訪れる末路です」
「それを分かっていて、あなたはこんなところで!!」
ザーラローズは吼えた。王の責務を放棄し、義弟とイチャイチャするだけの毎日――彼女はそんな魔王陛下の姿など見たくなかった。
父が忠誠を尽くしたのは、命をかけたのはこんな愚かな王のためじゃない――
「だから、なのです」
アリエステルは静かに告げた。
「なん…ですって……?」
「魔界を滅亡から救うには、その根本となる原因を排除するしかない。それが可能なのはこの地上界でだけなのです」
アリエステルは力強く言い切る。
「残念ですが、反乱した皆さんには信じて頂けませんでした。それは若輩者たる私の不明。ですから私は私の信じる道を最後まで貫き通します!」
アリエステルは拳をギュッと固めた。
自分を信じて送り出してくれた母親に義父、多くの臣下たち――それに今は亡き西方将軍に報いるために。
今なお魔界で魔王のために戦っている大勢の人々を、大切な臣下を守るために。
そして――新しく出来た家族。愛する義弟を守るために。
たとえ相手がたった一人の親友でも、彼女の往く手を阻むのなら、けして容赦はしない。
魔王アリエステルの金色の瞳に迷いはない。
その意思が鋼の拳に宿る。
ぼくはふと地面に落ちていた黒い棒に気がついた。
あれは――アリエステルさんの使っていた武器だ。
黒刀が元の棒状態に戻ったのだろう。ぼくはそれを拾い上げる。
全長15cmあまり。自転車のグリップみたいな形状をした不思議アイテム。
ずっと彼女の戦いを見ていたのでなんとなく分かる。これは思い通りに形を変形させることの出来る魔法の武器なのだろう。
黒い棒を持ちぼくは今まさに対決の時を迎えようとする二人を見た。
地上に降りたアリエステルさんとザーラローズさんはいよいよ最後の一撃を互いに繰り出そうとしている。
きっと、もう二人とも自分では止められないんだ。
でもこのままじゃアリエステルさん、本当に友人を自分の手で殺しちゃうことになる。
それはダメだ。絶対に。ぼくは黒棒をギュッと握りしめた。
ピカッ――その時、一瞬だけ黒い棒が光り輝いた。
もしかして……これ、ぼくにも使えるのかな?
ぼくはアリエステルさんの見様見真似で黒い棒を握りしめてみる。
黒い棒は輝きを強め、手の中でゆっくりと形を変え始めた。あ、ダメだ元の形に戻りそう。
「剣になれ!」
ぼくが必死でそう願うと、一瞬元の形に戻りかけた黒い棒は再び輝きを取り戻し――短い漆黒のコンバットナイフみたいな形態になる。
おおっ、やった。
やっぱりこのアイテム、願った形の武器になるのか。
二人は今まさに最後の瞬間を迎えようとしている。
互いに必殺の構えを取る二人。
鉄巨人の圧倒的剛力で相手を粉砕するアリエステルさん。
両手の爪を構え、必殺の斬撃を繰り出すザーラローズさん。
ぼくの目の前でかつて友人同士だった二人は今最後の咆哮を唱える。
――やっぱ止めなきゃ!
「危ない、柊弟!!」「真琴君、危ないです!」
アルスラ先輩とマユリ先輩の制止する声を振り切ってぼくは走り出していた。
「姉さん!!」
ぼくは必死に叫んだ。
目の前で拳を突き出すアリエステルさん、同時に刃を突き立てようとするザーラローズさん。彼女たちを止めるには――ぼくは黒い手錠を思いっ切り全身全霊を込めて投げつけた。
無意識のうちにナイフは手錠の形へと変形していた。
手錠、そう手錠だ。
投擲した手錠は空中でみるみる巨大化すると――真正面から激突し合うアリエステルさんとザーラローズさんの体を捉えた。
ガチャン!ガチャン!――2つの金属音が同時に鳴り響く。
そして戦いは止まった。
まさに両者が激突するその瞬間、二人の身体をそれぞれ手錠がロックしていた。
一体どういう効果だろう。手錠に捕らえられた瞬間二人の動きが完全に停止していた。鋼の巨大拳も鋭利な虎爪も、お互いわずか数mmの距離を残して、突き刺さる寸前で硬直している。
「これは……」
「どういうことですの?」
アリエステルさんもザーラローズさんも困惑の声を上げた。
二人とも意識はあるものの、身体が完全に止まり動かない状態になっている。
次の瞬間、わずかに――鉄拳と虎の爪がピクリと動き、お互いの身体に触れ合った。
カッ!!――アリエステルさんとザーラローズさんの身体が眩く光り輝く。二人の身体の間に溢れ出た光の奔流がまるで風の渦となって溶けるように混じり合う。
「一体何が起こったんだ!?」
アルスラ先輩が呆然と呟いた。
「二人の魔力回路が……あの手錠を通して繋がったんですわ」
ぼくの背中でそう優しくマユリ先輩が呟いた。
そしてザーラローズは視た。
それは唯一の魔界救済の可能性――世界が滅亡しない、たった一つの可能性のシナリオ。
地上界は来訪した災禍の王によって破壊され、蹂躙され、壊滅する。それにより全人類の97%が死に絶え、地上界の資源に依存する天界魔界冥界地獄界――全ての三千世界の管理体制は崩壊する。
たとえ災禍の王を倒すために異世界同士が結束しても結果は大きく変わらない。災禍の王と異世界連合軍の戦いの余波に巻き込まれた地上界は壊滅する。そして同様に三千世界は崩壊する。
運命の終着駅は変わらない。
地上界の壊滅により三千世界の同盟は崩壊する。残り少なくなった資源を巡ってあまねく異世界は仲違いをし、その混乱の中で狂乱と戦乱が巻き起こり、互いを滅ぼし尽くすまで止むことはない。
それが――残酷な我らの世界の未来。こうなってはもう取り返しがつかない。
しかしアリエステルの未来史編纂能力は異なる未来、世界の破滅を回避する唯一のルートを導き出した。
それは災禍の王と――柊真琴を会わせることだ。
理由は分からないが遙か遠き異世界の彼方から訪れる災禍の王と柊真琴は運命因子を共有している。世界でただ一人、彼だけが災禍の王に対する運命特異点を持っている。
だが同時に彼は常に死する運命にあった。本来の未来線の中で彼は災禍の王と出会うことはけしてない。
なぜなら、彼はこれまでもそうだったように、これからも常に殺される運命が待ち受けている。
彼に待っているのは死ぬ未来。様々な死亡フラグが彼を待ち受けている。
災禍の王はけして柊真琴と出会うことなく地上界を訪れる。そして地上界を破壊する。
だがもし仮に柊真琴が全ての死亡フラグを回避し、災禍の王と出会えれば――そうすれば地上界滅亡は避けられる。同時に三千世界や魔界の崩壊も防ぐことが出来る。
たった1つのハッピーエンド。世界は滅びない。それがアリエステルの目指す可能性の未来。
ただし、その未来の彼方に訪れるもう一つの因果の結末をザーラローズは視た。
柊真琴が災禍の王を退け、地上界も魔界も救われたその先で――
その未来の果てに、柊アリエステルは柊真琴に殺されるのだ。
「どうして……」
アメジスト色の瞳から雫が零れ落ちた。
「どうして……そんな……」
豪奢な金髪が零れ落ちる。頭をがっくりと落としザーラローズは泣いていた。
「見ちゃったんですね……」
アリエステルはゆっくりと、大きな溜息を吐いた。
「なんで!? あんな未来が待っているのにどうして……アリーは!!」
アリエステルは小さく首を振り、ザーラローズをぎゅっと抱きしめた。戦う意思が無くなった途端身体が動くようになった。この手錠にはそういった効果が付与されていたのだろう。
黒い棒――このMAV-Ⅲは人の想像力を形にする武器だ。あの手錠は二人を止めたいと願った真琴くんの思いがこもっていた。彼らしいといえば彼らしい武器である。
「いいんですよ私のことは。王は臣民のために力を尽くす――それが王の責務なんですから」
「でもっ……」
「それに、私は私の都合で真琴くんを利用しようとしているんです。彼の運命を勝手に捻じ曲げて。たとえそれが世界のため、多くの人々のためとはいっても――だから私、彼に殺されても仕方がないんです」
アリエスエルはにっこり微笑んだ。
「だから、ごめんなさい。私、ロージィの願いを叶えてあげることが出来ないんです。私の命は、私の全ては全部真琴くんにあげるって決めちゃいましたから」
アリエステルはそう寂しそうに微笑んだ。
「このこと、真琴くんには黙っていてくださいね」
そう呟いてアリエステルはザーラローズの唇に人差し指を押し当てた。
彼女の決意は固い――ザーラローズは黙って頷くしかなかった。
「姉さん、大丈夫ですか!?」
ぼくはアリエステルさんの元に走った。巨大な手錠にロックされたままの二人はへたり込んで涙を流しながら抱き合っている。
今まで命のやり取りをしていたとは思えないほどに仲の良さそうな雰囲気だ。
「ナイスでしたよ真琴くん。お陰でロージィを殺さずに済みました」
グッと握り拳に親指を突き出してサムズアップのポーズをするアリエステルさん。
「えっと、無我夢中だったんですけど……良かった、なんとかギリギリ間に合って」
ぼくはほっと胸を撫で下ろした。
「それに真琴くん、やっと私のこと姉さんって呼んでくれましたね!」
ウフフッと微笑みアリエステルさんがぼくに抱きついて来た。
「うわっ、抱きつかないでくださいよアリエステルさんっ!」
柔らかい感触と甘い香りがぼくを包み込む。すぐに抱きつくスキンシップ癖はちょっとなんとかして欲しい。
「いやですだめですお断りしちゃいます。ほらほら、もう一回姉さんって呼んでくださいなっ! さぁ早くっ!!」
「い、言えませんよっ! 恥ずかしくて言えませんっ!!」
「えーっ!? 言ってくれるまで私真琴くんを離しませんからねっ!!」
「やれやれ、なんなんだこのバカ姉弟は……」
呆れたようにアルスラ先輩が肩を竦めた。
「あら。仲がよろしくていいじゃありませんか」
その隣でクスクスとマユリ先輩がクスクスと微笑んだ。
こうして今回の事件はひとまず幕を閉じた。
それから色々あって結局アリエステルさんが魔王であることは学園中のみんなにバレてしまうことになる。
でもまぁ、あんまりみんなのアリエステルさんへの評価が変わることはなかったんだけどね。
学園のアイドル・極星の双璧・極銀の美姫であることに変わりはなく、柊アリエステルはぼくのお姉さんとして聖之宮学園高等部に通っている。
もちろん魔王の通学に反対する人も少なからずいる。まぁそれは個人の主義主張、仕方のない話だ。この日本には表現の自由と思想の自由が認められている訳で。
いずれ分かってくれますよってアリエステルさんは笑っている。
そして、かねてから密かに進行していた勇者育成計画――そのメインイベントの一つが明らかとなり、対魔王模擬戦がはれて開催されることになった。
毎週木曜の午後、舞台は総合グラウンド。
対戦するのは魔王軍とその他挑戦者の大軍団、勇者候補生の皆さんは自由にパーティーを組み、レイドイベント方式で大バトルロイヤルを行う。
1回目の対戦は実にひどかった。何せ302人対2人。魔王軍なんてアリエステルさん以外はぼく一人だけという有様だもの。
とはいっても、まぁほとんどアリエステルさんが瞬殺したのでぼくの出番なんてほとんどなかったんだけどね。
多分これからも色々あるんだろうけど、ぼくは魔王でお姉ちゃんなアリエステルさんと元気でやっていくつもりだ。
世界を救う立派な勇者が大勢誕生して、早くのんびり出来るようになるといいね――お姉ちゃん。
【つづく】




