第1話(その4)
「勝負だ、柊アリエステル!!」
長い金髪を渦巻く風に靡かせて、アルスラ先輩は長剣を大上段に構えた。
蒼い瞳に宿る鋼のような強い意志――間違いない、彼女は本気だ。
「そうじゃないでしょ」
ポカリ!――突然先輩の脳天に容赦ない一撃が加えられた。
ぽかんと呆けるぼくらの前でアルスラ先輩は「あいたたた~」と頭を抱えてうずくまる。せっかくの美人が台無しだ。
「失礼しましたアリエステルさん」
アルスラ先輩の後ろに立っていた黒い髪の先輩が小さく会釈した。六華姫の一人、エキゾチックな小麦色の肌に彫りの深い大きな灰色の瞳。お下げ状に編み込んだ黒髪を肩から下げている彼女の名前はマユリ・チャンドラ・リルカーラ。インドから今年特進科に転入してきた留学生の一人だ。その切れ長の瞳とオリエンタルな透明感のある雰囲気で人気急上昇中の17歳。もちろん抜群の美少女である。
ぼくは彼女がこっそり後ろ手に隠した棒状の竿に気付いていた。あれは槍――しかも先端は銛みたいな細い刃ではなく、ハルバードと呼ばれる大きな鉾が付いた武器――完璧に戦闘向けな代物だ。当然日本国内では銃刀法にバリバリ抵触する一品である。
ちなみにアルスラ先輩をブッ叩いたのは後ろの柄の方でした。当たり前といえば当たり前だけど。
「ひどいじゃないか……何をするんだマユリ!」
涙目になって文句をブーたれるアルスラ先輩。ついさっきまでの威厳も貫禄もへったくれもない。
「落ち着いてくださいなアル。まずは彼女と話をしてからと決めたでしょう?」
黒髪の先輩はやんわりと、まるで子供に諭す母親のように微笑んだ。
「うっ」と言葉に詰まるアルスラ先輩。反論をしようと2~3言葉を探すものの、ニッコリ微笑んだまま微動だにしないマユリ先輩の威圧の前に――あ、やっぱり諦めたみたい。
クルリとぼくらの方に振り返ったアルスラ先輩は、ビシッとアリエステルさんを指差してこう言い放つ。
「答えてもらおうか、柊アリエステル!」
「……何をでしょう?」
アリエステルさんはツッコミもせず今までのやり取りをまるで見もしなかったかのようにニッコリ微笑んで受け答えた。答えようにも質問を聞いてないので答えようがない。
やっぱりアリエステルさんは優しいなぁ。
「……ゴホン。さっきのあれは時空間遅滞制御の高等魔術だな?」
「違いますけど」
「うむそうか……ってそんな訳あるか!」
勝手に納得しといて勝手に怒るアルスラ先輩。
「あなた方が認識している時間制御魔術とは違いますって意味ですけど。それにはいそうですと答えたところで結果は同じだと思いますが?」
アリエステルさんの言葉にアルスラ先輩は頷いた。
「確かにな。時の流れを操る魔術は未だどこの国も完成にはほど遠い、過去に誰も成功していない魔術式だ。ますますもって興味深い……貴殿はどこでそれを習得した?」
アリスラ先輩の目がすっと細くなる。
「時間制御魔術は天界や魔界でも未だ実用化されてない不完全理論体系のはずだが?」
「だから違うと言ってます。それに出所は秘密です」
フフッとアリエステルさんは笑って誤魔化した。
「笑って誤魔化すな! いざとなったら実力で喋って貰う形になるが?」
そう言って剣の柄をポンポンと叩くアルスラ先輩。意外と――いや、見た目通りやっぱり短気だなこの人。
「校内及び校外での生徒同士による私闘は校則で固く禁止されているわよ、アル?」
ポツリ呟くマユリ先輩。
「う、うるさい! 大体校外での魔術使用は校則で禁止のはずだっ!!」
マユリ先輩のツッコミに真っ赤になって答えるアルスラ先輩。
あれっ、結構可愛いらしいぞ?
「そちらに関してはご安心を」
アリエステルさんは小さく小首を傾げて微笑んだ。
「私、学園の校外魔術使用許可免状を頂いておりますので大丈夫ですよ。それに元々私のは魔術式ではありませんので学園規定には抵触致しません」
「貴殿……先天性魔導体質だとでもいうのか?」
アルスラ先輩を含め六華姫の間に動揺が走る。
言っている言葉の意味はさっぱり分からないけど、なんだか凄いことらしい。さすがアリエステルさんだ。
アルスラさんはじっとアリエステルさんの金色の瞳を見つめた。
「なるほど、これ以上話す気は無いと――そういうことだな? 交渉は決裂だ、いいなマユリ?」
「……仕方ないですね」
ハァとマユリ先輩が溜息を吐いた。結構苦労人だねあの人も。
「ならば柊アリエステル、貴殿の実力この場で試させてもらおう!」
ドン!――次の瞬間、大地が爆発すると同時に6つの風が飛び出した。
速い! 6人は同時に四方八方に別れ、圧倒的な速さで地面を移動する。
ぼくが悲鳴を上げる余裕もない。アリエステルさんはぼくの手を掴むと同時に引っ張り上げて――ぼくを庇う。
一体どこに持っていたのだろう? 六華姫の手にはそれぞれ鋭い武器が握られていた。アルスラ先輩の剣やマユリ先輩の槍と同様、全員大きな剣や長槍、斧を握っている。どれもこれも間違いなく銃刀法に引っ掛かるヤバい代物ばかりだ。
すばやく風に乗った彼女たちは一斉に襲いかかって来た。
ガキン!――6つの刃が絡み合う。それらがつい今しがたぼくらが立っていた場所に突き刺さっていた。
「いない!?」
「『蓮華』が避わされた!?」
赤毛の先輩が叫んだ。蓮華というのはどうやら今の技の名前らしい。彼女はハッと頭上を見上げ――そしてぼくと視線が交錯する。
あの一瞬の間にアリエステルさんはぼくを再びお姫様抱っこ、宙に飛び上がっていたのだ。
赤毛の彼女の驚きの表情、見開かれた目がやけにぼくの印象に強く残る。
今度はそう高くは飛んでない。精々10m程度の高さだ。アリエステルさんは何もない空中に僕を降ろした。驚いたことに何もないはずの空中にぼくは平然と立っている。
「あれは……空中浮遊の魔法?」
六華姫の誰かが叫ぶ。
「いや、呪文も魔力の発動もなかった。結界の応用か!?」
空中に立ったぼくは爪先で足元をコンコンと叩いてみた。硬い感触。まるでそこに見えないブロックが存在するかのような感じだ。
どうやらぼくらは見えないそれにただ乗っかっているらしい。
「封魔立体格子結界です。真琴くんはここでちょっと待っててください。すぐに終わらせて来ますから――」
去り際にアリエステルさんは一言呟くと、わずかな笑みを残して飛び降りた。
まるで何事もなかったかのようにフワリ――ストンと軽やかに地面に着地する銀髪の天使。
彼女は最後にこう呟いていた――「よく、見ていてくださいね」と。
「こちらも一つお尋ねしてよろしいでしょうか?」
地上に降り立ったアリエステルさんは風で乱れたスカートを直すと、にこやかな表情で首を傾げた。
「なんだ?」
剣を構え訝しげに答えるアルスラ先輩。
「先ほどのマンション事故の件です。あなたがたは犯人の姿を見ましたか?」
「いや……我々も柊の姿に注目していたのでな。残念ながら犯人の姿は誰も見ていない」
アルスラ先輩は少し驚いた表情を浮べている。
「……我々がやったとは疑わないのか?」
「その点についてはご安心を。皆さんが今日の放課後、私が教室を出た時からずっと尾行していたことには気付いていましたから」
さっぱりした表情で答えるアリエステルさん。
「あの妙な下校の様子はわざとか。全部知ってやっていたのか?」
「いえ、違いますよアル」
アルスラ先輩の横にいたマユリ先輩が口元を引き締め呟く。
「彼女は私たちのことなどこれっぽっちも気にも留めていません。最初からどうとも思ってないのです。彼女は柊真琴君のことしか『視て』いませんでしたから」
「あら……?」
アリエステルさんの声色と――表情が変わる。
表情は笑みのままだが、すっと目を細まった。それはまるで冷たい氷の仮面のような印象すら受ける。
「貴女は未来視の能力をお持ちでしたか?」
「……ええ」
マユリ先輩が頷く。
「私が垣間見た『未来のビジョン』では――『本来の貴女たちの未来』では、乗ったバスが爆発炎上……事故に巻き込まれるはずでした。十数名の乗客と共に」
――え?
空から状況を静かに見守っていたぼくは思わず息を飲んだ。なんだって!?
「ですが『その未来』は起こりませんでした。その後も……トレーラーの横転事故、ガソリンスタンドの爆発、そしてマンションの崩落事故――今日だけで貴女……いえ、柊真琴君は4回は死んでいたはずでした」
「………」
アリエステルさんはじっと目を閉じ、押し黙って聞いている。
「私の能力、『巫女の水晶眼』は近似時の、しかも断片的なビジョンしか視ることが出来ません。たとえ未来がハッキリ視えてもそれがいつどこで起こるか分からない。未来事象を変えることなど不可能……そう思っていました。ですが――」
マユリ先輩の目に畏れの色が浮かんでいる。
「貴女にはそれが出来る。いえ……起こりうる未来事象の可能性の中から貴女は最も最良なものを選んでいった。そうですよね、柊アリエステルさん」
マユリ先輩は畏れを振り払うかのように長槍を構える。
「そんな超常的な未来視能力を持つ者を……私は一人しか知りません!!」
「……さすがは六華姫です。勇者候補生の中でも逸材と呼ばれているだけのことはありますね」
アリエステルさんはやれやれとばかりに肩を竦めた。
「その話だけは真琴くんには特に聞かれたくなかったのに。ですが聞かれたのであれば、まぁ仕方ありません」
ふうと溜息を漏らす。
「分かりました。いいでしょう……今回だけ特別にお相手をして差し上げます」
目を開いたアリエステルさんは口元に笑みを浮べ、同時に少し残念そうな表情になった。
「マユリさん、これでも私……もう少し日本での女子高生ライフを楽しんでみたかったんですよ?」
寂しそうに、そう微笑むアリエステルさん。
「それは……申し訳ありません」
マユリ先輩は目を伏せた。
「謝ることはないぞマユリ。お前が柊のことについて何をどこまで知っているのか知らんが、こちらも奴の事情に構っている暇はない。これにはこの世界の命運が懸かっているのだ。我々は早く世界を救う勇者とならねばならん。1日たりとも無駄にする時間はないのだ!」
そう言ってマユリ先輩を慰めるアルスラ先輩。意外とちゃんと気が使える人のようだ。
「……やる気は買いますが、焦っても良い結果は出ませんよ?」
アリエステルさんは2人のやり取りを見てふぅと溜息を漏らす。
「アルは直情的で考えなしで短気で頭は良いくせに鈍感バカですが、直感力は我々の中でも最も優れています。それに貴女の未来視は余裕を与えれば与えるほど先まで視えてしまうはず。私たちが強襲する未来を『視ていなかった』のがその証明――ならば、早目に勝負を仕掛けるという彼女の選択も悪くはないはず――私もその意見に賛同しました、ハッキリさせなければ先には進めませんから!」
「よく言ったマユリ。さすが私の親友だ!」
喜色満面の笑みを浮べ頷くアルスラ先輩。
えっと、喜んでいるみたいですけどマユリ先輩、あんまり貴女のことを褒めてなかったみたいですけどねアルスラ先輩?
「そうですか……では、私も少しだけ本気を出すことにしましょう」
そう呟いてアリエステルさんは両拳を構えた。
くいっくいっと誘うように指を動かす――挑発している。あれは昨夜TVでやっていた古いカンフー映画の物真似だ。
「行くぞ、全員で包囲斬撃滅殺陣だ!!」
アルスラ先輩の号令と同時に6人が動き出した。まさに電光石火の早業だ。
3人と3人、2つのグループに別れた六華姫は一斉にフォーメーションを取る。
金赤黒髪の3人が縦一列に並び、アリエステルさんのリーチのギリギリ外を時計周りに走る。
残り3人のグループはその外周、均等の間隔に散り、3方を取り囲むように配置する。内周を走る3人とは逆回転、渦を描くように回り始める。
大小二つの包囲網に取り囲まれるアリエステルさん。空から見れば見事な連携であることが分かる。
「ゴー!!」
合図と共に内周グループが突撃を敢行。先頭を走るアルスラ先輩はアリエステルさんを串刺しにせんとばかりに突きの連打を放つ。
「喰らえ、スプラッシュブレード!!」
アルスラさんは片手で長剣を構え、凄まじい連続攻撃を繰り出した。
ハハハバババッ!――鋭い突きの高速連打。まるでマシンガンの銃弾のように放たれる高速剣だ。突きの猛弾幕で相手の防御を削り取る、力任せの必殺技だ。
この陣形はたとえアルスラ先輩の攻撃を左右に避けたとしても、彼女の背後――アリエステルさんには死角になる部分から残り2人が追撃が行えるフォーメーションだ。
上空や背後に逃れても周囲を取り囲んだ3人が追撃する陣形だ。よく練られている。数の有利を生かした見事な必殺フォーメーションだ。
「アリエステルさん!!」
ぼくの悲鳴に「大丈夫です」とアリエステルさんは笑顔で応えると無数の突きをひょいひょいと回避した。
さらに襲いかかる長剣を軽く摘むように――軽く掴んだ。
ひょい。まるで子供が振り回す玩具の剣のように軽々と持ち上げたアリエステルさんは「えいっ」と後方に放り投げた。
もちろん剣を握ったままのアルスラ先輩も一緒に、だ。
「な、にィッ!?」
アルスラ先輩の悲鳴。
さらに放り投げる前からアリエステルさんは既に次の行動に移っていた。金髪先輩を持ち上げると同時に彼女のいた位置――ポッカリ空いた空間に滑り込み、空いたもう片方の手で赤髪先輩の剣を掴む。
これまたヒョイと脇へと逸らす。
重心移動の途中で動きを止めることが出来なかった赤髪先輩は逆にその勢いを加速させられた。そのままくるりと180度回転――外へと放り出される。
ポイッ、ポイッ――金髪先輩を投げ、赤髪先輩をうっちゃったアリエステルさんはさらに空いた空間へと滑り込んだ。さっきまで赤髪先輩のいた場所だ。この間約1秒。
マユリ先輩にとっては突然目の前にいた2人の姿が消え、アリエステルさんが現れたように見えたことだろう。
アリエステルさんはマユリ先輩に近付くと彼女が構えていた槍をグイと掴んだ。槍を握った手ごとホールドし、そこを支点にくるりと黒髪先輩の身体が半回転する。
悲鳴を上げる間もない、空に投げ出される黒髪先輩。
アリエステルさんが避けたり逃げたりすることは想定していても、仲間のいる位置に割り込んで来るとは思ってもいなかったのだろう。驚きとか動揺するとか以前の問題だ。あっさりと内周グループは全滅した。
一言で表現するとズン!ドン!バン!――こんな感じだろううか。全く手も足も出なかった。内周グループの3人は満足な攻撃はおろか、防御も回避も受身を取ることすら出来ず背中から地面に叩きつけられたのだ。
よもや内周グループが正面から潰されるとは思ってもいなかったのだろう、外周グループは全くアリエステルさんの動きに追いて行くことが出来ないでいた。
だがそこからの意識の切り替えは早かった。さすがは六華姫と呼ばれるだけのことはある。
動揺を瞬時に抑えると外周組はそれぞれ持っていた獲物を握り締め、ほとんど同時に襲い掛かった。
雄叫びを上げながらの3方からの同時攻撃。だがそれは無策の特攻に過ぎない。もし相手がアリエステルさん以外だったら成功したかもしれないが――彼女が包囲陣形の円の中心から移動していたことで、完全な同時攻撃のタイミングを逸していたのが失敗の大きな原因の一つだ。
もし彼女たちがわずかにでも冷静だたら、結果は違ったものになっていたのかもしれない。
先に左右からの攻撃が決まる。六華姫の茶髪先輩と金髪ショート髪先輩の同時攻撃。
ガキッ!!――まるで硬い何かにぶつかるような衝撃音が鳴り響く。とても刃が切り裂くような効果《SE》音ではない。
アリエステルさんの両側から襲った剣の先っちょを、彼女は2本の指だけでそれぞれ抑え込んでいた。人差し指と中指の2本を立ててその間に刃を挟むだけで――まるでどこぞの拳法漫画のようだ。
そういえばあの漫画、確か父さんが大事にコレクションしていた愛蔵版が書斎にあった。いや、まさか。読んでいたのアリエステルさん。
たったそれだけなのに全く身動きの取れなくなる茶髪と金髪ショート2人の先輩。しかし2人を押さえ込んだことでアリエステルさんの背中もガラ空き同然になる。
そこへやや遅れて駆けつける最後の六華姫。
「取ったぁぁぁぁッ!!」
外周組の3人目、最も離れていた場所にいた最後の一人――栗色の髪をした先輩が背後から槍を構えて襲いかかった。
空高くジャンプした彼女は振り被った槍を、身動きの取れないアリエステルさんの背中に向けて突き立てる。
「甘いですね。コージーコーナーのジャンボシュークリームより激甘ですよ!」
アリエステルさんはトンと小さく地面を爪先で叩いた。
ボウッ!――彼女の周囲で炎が揺らめき、それが実体となって光の輪を形成する。さっきの崩落事故の時にもみたあの現象だ。
「やはり予備動作も詠唱も魔方陣もなしに魔術を使える!?」
「なんて強力な魔力!?」
抑え込まれた茶髪先輩と金髪ショート先輩が悲鳴のような声を上げた。
ズドンッ!!――発射したのは炎の槍じゃなかった。炎の輪は一つに集まるとまるで爆発したかのように巨大な一つの奔流となって噴き上がったのだ。
まるで火山の噴火のような光景だ。
炎の奔流は空にいた先輩を容赦なく飲み込み吹き飛ばした。
悲鳴、そして絶叫。モロにカウンターとなる一撃を喰らって栗毛の先輩は吹っ飛ばされた。
グシャァァァ!!――たちまち顔面から石畳に激突、もんどり打って転がる栗毛先輩。
うわっ、今のは受身も取れなかった。かなり痛いだろうな。
「せいやっ!」
アリエステルさんは両脇にいた二人を気合と共に弾き飛ばした。それまでまるで磁石に吸い付けられていたように、指先に絡められていた刃先がパキンと砕け、今度は逆に反発するかのように2人の体を大きく吹っ飛ばす。
「…なん……だと……」
大きく肩で息をしてアルスラ先輩は立ち上がった。わずか数秒の攻防。一方的にやられまくっている。
ぼくはそれを全て空の上から見ていた。
空から戦場を見ればその全体の様子が良く分かる。
六華姫はたしかに凄い実力の持ち主だ。集団戦のスキルも高い。
でも決定的なものが欠けていた。多分それは冷静にならないと見えてこない、分からないだろう。
このままでは六華姫に勝ち目はない。
ぼくは食い入るように空から戦場を見つめた。
ぼくの体はまるで不思議な力場に包まれてるようで、何も遮るもののない夜の空の中にあっても肌寒くなる様子がない。
それどころか風すら感じない。どうやらこれも魔法的な何かのお陰なのだろう。
ぼくにただ今出来ること――それは空から戦いを見守ることだけだ。
だからぼくはそれに集中した。
「クソッ、ここまで実力差があるというのか!? 私の魔力が少ないというのか!」
アルスラ先輩は剣で体を杖のように支えると立ち上がった。闘志未だに衰えず、再びアリエステルさんに立ち向かう。
「アル、一人では無茶よ!!」
叫ぶマユリ先輩。
「…その認識は正しくはありませんね。魔力が大きさが直接の戦闘力の差ではありません」
ガキン――アルスラ先輩の剣攻撃を片手で受け止めると、アリエステルさんはひらりと身を引きながらアルスラ先輩を受け流すように放り投げる。
まるで古武術の当身投げを見ているかのようだ。
「魔力の有効活用をしているかしてないかの違いです。それに相手が武器を持ってないからといって容易に接近戦を仕掛けるのは愚かなことですよ。バッテンです」
「『魔法決闘』の基本は近接戦闘にある。この人造聖剣《カリバーンⅣ》はそのために鋳造された武器だ!!」
膝をつき大きく息を吐くアルスラ先輩。
アリエステルさんは小さく首を傾げると、溜息と共にポケットから黒い棒のようなものを取り出した。
「では特別に、貴女がたに本当の魔法決闘をお見せ致しましょう」
「本当の魔法決闘……だと!?」
アリエステルさんは右手に黒い棒を構えた。
長さ15cmほどの黒い棒が一瞬輝きを放ったと思うと、光は形を変え長さ1mほどの剣へと変化した。片刃の漆黒の刀の姿だ。
「くっ!!」
アルスラ先輩は長剣を上段に構え、一気に振り下ろした。
アリエステルさんへ袈裟斬りに斬りかかる。
キンッ!――アルスラ先輩の剣は黒刀に阻まれた。剣身を巻き込まれた長剣は上方へと弾かれる。アルスラ先輩の胴ががら空きになる。
「くっ、我が身を守れ、魔法盾よっ!!」
光り輝く魔方陣がアルスラ先輩の眼前に現れた。
黒刀がキンと魔方陣に跳ね返された。今のは魔法の防御壁なのだろう。
にやりと笑うアルスラ先輩。
しかしアリエステルさんは流れるような動作でくるりと黒刀を逆手に持ち返ると、間髪入れず2撃目を放った。
スッ――今度はあっさり黒刃が魔方陣に食い込んだ。
「なんだと!?」
ザンッ!――黒刀はアルスラ先輩の魔方陣を真一文字に切り裂いた。がら空きだったアルスラ先輩の太股部に黒い刃が深々と突き刺さる。
ザンッ!!――アリエステルさんは容赦なく黒刀を振り抜いた。
ぼくは両脚が吹っ飛ばされたアルスラ先輩の姿を想像した――が、アルスラ先輩の足はくっついたままだ。
どうやらアリエステルさんの黒刀はアルスラ先輩の身体を摺り抜けただけみたいだ。彼女の足には傷一つ付いていない。
「なんだ今の攻撃は……」
ガクンと突然力を失い、崩れ倒れるアルスラ先輩。
ウンウン唸っているがまるで全身に力が入らないようだ。倒れ伏せたアルスラ先輩はまるで芋虫のように地面の上をのたくたと這い回っている。
「これは…一体、どう……なって…いる!?」
「お分かりになりませんでしたか?」
アリエステルさんは黒刀を翻すとトントンと自らの肩を叩いた。
「一撃目であなたの魔力を吸収精査、2撃目で同調した魔方陣を破壊したのです。そして肉体にではなく直接あなたの魔力回路にダメージを与えたんですよ」
アリエステルさんはひゅんと黒刀を振り真横に翳す。
「これが本当の魔法決闘の近接戦闘――対戦相手の魔力回路、つまり魂そのものを破壊する戦技です。神や天使、悪魔や魔王を殺すための技術ですね」
アリエステルさんはにっこり微笑んだ。
そうか――ぼくがこの戦いで六華姫たち、彼女に何が欠けていると感じていたのか、それを理解した。
魔法的な防御能力を超えて相手にダメージを与える力、魔法使い同士の戦闘の経験だ。
六華姫の運動能力や攻撃力は確かに常人離れしている、しかしそういった物理的な力だけでは最終的にアリエステルさんを押し切ることが出来ない。
目に見えない防御能力――彼女が持つ魔法的な何かを超える力、経験と技量を持たなければ六華姫はアリエステルさんに傷一つ与えることが出来ない。
アリエステルさんは黒刀をヒュンと一振りすると元の棒状に戻しポケットに収めた。
「魂を直接傷つけたといってもほんのわずかです。少し痺れたくらいですよ。しばらくすると回復します」
「これが……本当の『魔法決闘』……勇者が魔王を倒すための闘法か……」
アルスラ先輩は唇を噛んだ。
「はい」
アリエステルさんは頷いた。
「地上界の住人は魂魄の概念を知ってはいても、感覚的に理解していません。あなたがたはたしかに素質と才能に優れているかもしれまんが魔力回路の形成も未熟、使い方も未熟。そして何より対魔力使いの闘法を身につけていません」
アリエステルさんは残念そうに目を瞑った。
「でもそれはあなたの責任ではありません。地上界の『最後の勇者』が失われて約600年あまり――勇者の誕生を不要とした全ての者の責任です。ですからあなたがそこまで気に病む必要はありませんよ」
アリエステルさんはにっこり微笑んだ。
「知らないなら覚えればいい、分からないのなら聞けばいい、弱いのなら強くなればいい……ただそれだけの話です」
アルスラ先輩は地面に大の字になると、くそっと叫んだ。
「弱い……か。たしかに我々は柊の魔力障壁を貫くどころか傷つけることさえ出来なかった。これで勇者を目指すというのもお笑い草だ……」
「ハイハイ歩きする赤ちゃんにフルマラソンをさせようとする人はいません。だから気に病む必要はありませんよ」
「そういう訳にもいかんのだっ!!」
叫ぶとアルスラ先輩は気合を込めて立ち上がった。
「ならばこそだ! これしきのことでそう簡単に引き下がる訳にもいかんのだ……! 私の気が済むまで付き合ってもらおうか、柊っ!」
アルスラ先輩はニカッと笑みを浮べた。破れかぶれかもしれないがいっそ気持ちの良い笑顔とさえ言える。
でもいい加減しぶといなこの人。さすがにこれ以上は無駄過ぎる。
「今日はもう止めた方がいいと思いますよ」
そう言ったのは――ぼくだ。
空の上から思わず口を出してしまった。もうこれ以上はさすがに見ていられない。
「なに!? 邪魔をするな柊弟!」
「いやいやいや。ずっと上から見てましたけど……本気を出すとか言っていましたけど、アリエステルさん全然本気じゃないですよ? 今のままじゃ先輩たち何十回挑戦したところで全く勝てる見込みはありません」
ここは正直に思っていることを言おう。そっちの方が先輩のためになる――多分。
ぼくは洗いざらい思っていることをぶちまけた。
「先輩たちにどんな理由があるかは知りませんけど……どうせ戦うなら、きちんと相手を研究して、対策と戦略と戦う手段をを練ってから、多少でも勝算が上がるやり方を目指した方が理に叶っていると思いますけど」
あれっ、これじゃまるでぼくはアルスラ先輩の味方をしているみたいじゃないか? ぼくはアリエステルさんの味方だぞ!?
「それに今のままじゃ先輩たちの経験にもなりません。大怪我をするだけ損ですよ」
「なっ……損だと!?」
「ええ。ハッキリ言って時間の無駄です」
あ、やばい。ちょっとガツンと行き過ぎたようだ。アリスラ先輩はうつむき、全身ワナワナと震えている。
「む、無駄…だと……!?」
声を荒げたアルスラ先輩にぼくはペコリと頭を下げ、素直に謝った。
「言い過ぎましたごめんなさい」
空中からペコペコと謝るぼくの姿がよっぽどおかしかったのだろうか、突然アルスラ先輩はゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。
あまりに突然のことでその場の一同全員がポカーンとアルスラ先輩を見ている。
「ハハハッ……いやすまない、悪かった柊弟。確かに貴殿の言っていることは正しい。これは我々の判断ミスだ。我々は貴殿の指摘を甘んじて受け入れるとしよう」
そう呟くとアルスラ先輩は大きく深呼吸して息を整えた。
手に持っていた剣を腰に収め――するとあのどでかい長剣がまるで虚空に消えるように姿を消した。まるでマジックだ。いやこれも魔法なのか。
「私は勇者になることにどうやら焦りすぎていたようだ。相手の力量を把握もせず、闇雲に当たって砕けるのは騎士の誇りある戦い方とは程遠い。そんなことでは真の勇者になどなれぬ……そうだな?」
アルスラ先輩を見てアリエステルさんがフフッと微笑んだ。
「ようやく気付いたみたいですねアルスラさん。でも目下の者の意見を素直聞き入れられるのは王者の余裕、勇者の資質ですよ」
言い聞かせるように優しく告げる。
「今のあなたに必要なのは成長する時間。蛮勇ではなく知性を伴った勇気。養わなければならないのはいつでも冷静な判断を行う鋼の思考とそれを導き出す叡智の泉です」
アリエステルさんの言葉を聞き、アルスラ先輩はようやく自然な笑みを浮べた。
「そうだな……そう簡単に勇者になれるはずない。魔力戦闘のイロハも知らぬ、咄嗟のアクシデントにも対応出来ぬへっぽこ剣士のひよっ子だったと自分を認めよう」
自嘲するアルスラ先輩。ちょっと自虐すぎる気もするけど。
「自分の弱さを認めることも勇気の一つですよ」
アリエステルさんの言葉に頷くアルスラ先輩。
良かった、どうやらこの場を納める気にはなってくれたらしい。本当に良かった。
「一つ聞いてもいいか柊アリエステル?」
「構いませんよ」
「これだけの実力差があれば我らを一瞬で病院送りにも出来たはずだ。お前の魔法の実力ならな。だがなぜそうしなかった?」
アルスラ先輩は優しそうな表情で目を細める。
「わざわざ我らの挑戦に付き合ってくれたこと、それ自体には感謝をしているのだが」
その質問にアリエステルさんはちょっと意外そうな、驚いた表情を浮べる。
「あぁ……その。特に深い意味はありません。初回限定のラッキーチャンスみたいなものですから」
「ラッキーチャンス?」
「ええ。せっかく同じ学校の生徒同士なんですし、最初の一人目くらいにはチャンスを上げたくなるじゃありませんか」
一体なにがどんなチャンスなんだろう。
それに実際は六人相手でかなり大盤振る舞いだったんですけどね。
「それに……」
突然口篭るとアリエステルさんはじっとぼくの方を見上げた。
「戦いは見るのもとても勉強になる……昔、私の師匠がそう言っていたんです」
アステル先輩もぼくの姿を見た。
「……なるほどな。やれやれ、我々はとんだピエロを演じさせられた、という訳か?」
「いえいえ、そんなつもりは……」
アルスラ先輩は小さく肩をすくめると、笑顔でアリエステルさんに手を差し延べた。
「これからもよろしく頼む、柊アリエステル」
「ええ。こちらこそよろしくお願いします。未来の――勇者さま」
二人が握手しようと近付いた――その時。
ゴォウッ!!――生暖かい風が吹いた。ぼくのすぐ脇を、大きな黒い闇が駆け抜ける。
「アリエステルさん!!」
ぼくの絶叫が風の悲鳴にかき消される。
ザンッ!!――激しい衝撃と共にバッと銀の髪が大きく広がり、赤いものが飛び散らばる。
ぼくの目の前で、アリエステルさんが倒れた――
【つづく】




