第1話(その3)
「…真琴くん。今日は少し寄り道して帰りませんか?」
それは放課後の帰り道。校門を出たところで突然アリエステルさんは話を切り出した。
「寄り道ですか?」
鸚鵡返しに尋ねるぼく。
「はい。実は明日のお弁当、献立を少々変えたいな…って思いまして。ほら、もうすぐ5月ですし。5月といえば筍が旬でしょう?」
そう言ってはにかむように微笑むアリエステルさん。
彼女にしては珍しい――というか突然予定を変えたいなんて言い出すの、多分初めてかも。
アリエステルさんは普段からまめに予定をきっちり立てて行動するタイプの人だ。いつも冷蔵庫の中身を完全に把握していて献立も栄養バランスとかをちゃんと考えて作っている。
ぼくや父さんなんかは割と感覚で生きてるタイプ、死んだ母さんもやはり同じタイプだったので柊家には貴重な人材だと思う。
ちなみにアリエステルさんの話では、アリエステルさんの母親――つまりぼくの新しい母さんも感覚タイプの人らしい。家族が揃ったらアリエステルさんの負担が増えそうだ。
ところで普段柊家では毎週日曜日の特売に合わせ、駒込銀座商店街でまとめ買いするのが定番になっている。なのでぼくらが平日にする買い物なんて精々コンビニに立ち寄って飲み物やお菓子を買う程度だ。
でもたまには気分転換になるかもしれないな。
「いいですよ。どこへ行きます?」
ぼくに断る理由はない。学校帰りだとショッピングモール『グリーンコート駒込』地下にある大きなスーパーマーケットかな。あそこだとバスで途中下車する形になるけれど。
「ね、真琴くん。白山にある生協に行ってみませんか?」
アリエステルさんは少し考えるようにして呟いた。白山は隣町、その生協といえば学園と家のちょうど中間辺りにあるスーパーだ。待ち時間とかを考えると、バスを待つより徒歩で行った方が断然早い。
「別に構わないですけど……結構歩くことになりますよ?」
「たまにはお散歩がてら歩くのも悪くないと思いません?」
ふふっと微笑むアリエステルさん。
ぼくとアリエステルさんの二人はいつも登下校に都バスを利用している。二人一緒に登下校するのは毎日の日課になっている。
ぼくがアリエステルさんの弟だということはとっくの昔に学園中に知れ渡っているので今さら遠慮する必要もない。それにぼくが一緒にいることでアリエステルさんをナンパしたり、告白しようとする男子生徒を牽制することが出来る。いわばぼくは麗しきお姫様を護衛するナイト役といったところだ。
まぁ自分で言うのもなんだけど、騎士というより従者や小姓みたいな存在に見られてる気がしなくもない。
もしかするとアリエステルさんが普段からぼくに親密な態度を――ちょっとあから様なくらい親密にしているのもそういった考えがあるのかも。
ぼくが一緒にいれば男子生徒からの余計なアプローチを受けずに済むのは確かだ。ぼくが一緒なことを理由にすればデートのお誘いも断りやすいしね。
そんなことを考えながらぼくたちは青々と茂った銀杏並木を歩いていた。
ぼくらをすれ違う通行人は決まってこちらを振り向いて行く。もちろんぼくの存在は二の次三の次だけどね。アリエステルさんの表情を見るついでにちらりと見る程度。
彼らの表情を見れば一目瞭然だ。アリエステルさんの美貌とぼくの存在。二人との関係に関心を持っていることが一目で分かる。
絶対姉弟とは思ってないだろうな。でもぼくらじゃ恋人同士にも見えないから不思議がってる――そんな感じだ。 興味本位で見られるのも随分慣れてきた。
ぼくらの住んでいるこの文京区は学校が多く、外国人留学生も多いエリアだ。だから道を歩けば異国人とすれ違うことなど珍しくない。
それでもアリエステルさんほどの美女となるとやっぱり人目を惹く。
ま、そのこと自体は面倒臭いけど、嬉しくないかと聞かれればもちろんそんなことはない。
やっぱり綺麗なお姉さんと一緒にいられるということは鼻が高い訳で。
「そういえば真琴くんはどの部活動に入るか、もう決めたんですか?」
「いえ。まだ決めてません」
アリエステルさんの質問にぼくは正直に答えた。
教室でも同じ話題が出たけど未だにどの部活動に入るか決めかねている。最近はいっそ帰宅部のままでいるという選択もアリだろうと思っている。
「あらそうなんですか? 伊織さんからは結構な数の部活からお誘いが来てるって聞きましたけど。小学生の頃はサッカーとかバスケットで大活躍してたって話も聞きましたよ?」
伊織さん――鴇島伊織さんのことか。
クラスメイトには敢えて話していないけど鴇島勇のお姉さんである彼女とはやはり古い馴染みの仲だ。妹と幼馴染、家もご近所となれば当然のことだろう。
ちなみにアリエステルさんは伊織さんと同じクラスに編入したそうだ。聖之杜学園高等部は普通科の2年D組。
伊織さんは昨年度まで特進科だったのだが部活動と生徒会の活動を優先するとかの理由で今年度は普通科に転科したらしい。
昔はぼくも彼女のことをイオ姉と呼んで懐いていた頃があった。
でもここ最近はお互い忙しいこともあって疎遠になってしまっている。鴇島勇とも仲が拗れちゃったしね。
だから逆に伊織さんとアリエステルさんの二人が教室で、ぼくの話題をしているなんて思いもしなかった。
「ええ…まぁ、と言っても助っ人でちょびっと活躍したくらいですよ」
ぼくはポリポリと頭を掻いた。ぼくが入部するともれなくアリエステルさんが応援に来てくれるかもしれない、それ目当てで勧誘を受けてるなんてとても本人には言えやしない。
「アリエステルさんはどこか部活に入らないんですか?」
「そうですね……料理部とか茶道部にはちょっと興味がありますね。手芸部とかも気になりますけど……」
「アリエステルさん程の実力があれば体育会系の運動部とか、あと演劇部辺りとかからスカウトが来たりしません?」
おっとりしてそうに見えて、これで結構アリエステルさんは足が速い。ぼくの日課――毎朝のランニングに平然と付き合ってくれている。
「そういえば来ましたね。他にもチアガール部とかからもお誘いを受けましたよ」
アリエステルさんは微笑んだ。
ぼくはチアファッションに身を包んだ彼女の姿を想像した――それは危険すぎる。他校の選手の注意を引くことは可能だが、自校の選手も試合に集中出来くなるに違いない。
「まぁ特に今はどこか特定の部に入るつもりはないですね」
ぼくの答えにアリエステルさんは残念そうな表情を浮べた。
「それはもったいないですね。全国大会に出たこともあるんでしょう?」
「まぁ出たことがあるのは事実ですけど……でもこれといってそんなにやる気があった訳じゃないですし。そんな人間がレギュラー取るのは本気でやってる人に失礼じゃないですか」
「あら。その口ぶりだとまるで中等部でも簡単にレギュラーを取れますよって言いたげですね?」
アリエステルさんはからかうように微笑んだ。
「え、ええっ? そんな風に聞こえましたか?」
大慌てでキョドるぼくにアリエステルさんはくすくすと微笑む。
「真琴くんは……何か、他にやりたいことでもあるんですか?」
アリエステルさんは遠い目をして、ふと尋ねた。
「うーん……それはどうなのかなぁ? どっちかって言えば熱中出来るものをぼくも探してるって感じですかね」
ぼくはふと思った。
ぼくのやりたいこと――今まで考えたこともなかった。いや、考えないようにしていたのかもしれない。
2年前のあの日から。
突然交差点の前でアリエステルさんが立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「……ね、真琴くん。ちょっとあの店を覗いてみてもいいですか?」
アリエステルさんは道路の対面側にある一件のブティックを指差した。小さな雑居ビルの1階に入っている、どこにでもある普通の女性服の専門店だ。
「……いいですけど?」
「じゃあ行きましょう!」
アリエステルさんはぼくの手を取ると信号を確認し横断歩道を渡り始めた。問答無用でぼくを引っ張って行く。
あれ? 何だかいつものアリエステルさんらしくないな。
ちょっと強引な感じがする。一体どうしたんだろう?
5分ほどウィンドー越しに店内を見ていたアリエステルさんはきょろきょろと周囲を見て、満足したのか大きな笑みを浮べる。
「もういいですよ。ありがとうございました」
ブティックを離れようとしたぼくらの前を大きなトレーラーが横切った。荷台のブルドーザーがガラガラと震えている。危ないなぁ。
「じゃあ行きましょうか」
そうして店を後にしたぼくたちだったが、そう簡単にスーパーへは辿り着かなかった。
本来なら白山の生協に着くまでわずか10分余りの距離だ。ところが今日は一体どうしたことだろう、アリエステルさんに珍しく集中力がない。
途中靴屋やら雑貨屋やら、何度も別の店に立ち寄ったり、道も普段使ってないような裏道を歩いてみたいと言い出したり。
今日は何だか様子がおかしい――具体的に何がどうおかしいとは言えないんだけど、いつものアリエステルさんとはテンションがまるで違う。らしくないって言うか。
それにまるでアリエステルさんは人気のいない方へいない方へと、わざとぼくを連れて行ってるみたいだ。
時折立ち止まり、何か考え事をするように遠い目をするアリエステルさん。
一体どうしたのだろう。何を考えているみたいだけど?
「アリエステルさん、どこか具合でも悪いんですか?」
ぼくは思い切って尋ねてみることにした。
彼女は一瞬きょとんとして――それから慌てたように取り乱すと、急に声を上げて笑い始めた。
「ど、どうしたんですか?」
「ふふふ、ごめんなさい。大丈夫です……ちょっと色々考え事をしていたので。真琴くんにもご心配をおかけしちゃいましたね」
笑いすぎて涙が出たのか目尻を拭うアリエステルさん。「ありがとうございます」と小さく微笑むと彼女は大きく深呼吸した。
なんでもちょっとぼんやりするのは考え事をしている時のアリエステルさんの『癖』らしい。そのくせ本人は全くの無自覚だったようだ。
考え事というとやはり昼間の、アルスラ先輩――六華姫の一件だろうか?
比良坂くんが心配していた。出る杭は打たれるというか、もしかするとアリエステルさんはイジメに遭っているんじゃないだろうか?って。
あの時はぼくも考えすぎだって笑ったんだけど。
「大丈夫ですよ真琴くん。ご心配なく。全然そんな心配じゃありませんから――いえ……むしろもっと切羽詰ってるかもしれませんけどね」
アリエステルさんは真剣な表情で小さく呟いた。
切羽詰る?
「大丈夫ですか? ぼくに出来ることならなんでも相談して下さいよ。協力しますから」
ぼくは真剣な表情でそう言った。
「……本当ですか? 本当に相談してもいいの真琴くん?」
真剣な目で質問を返してくるアリエステルさん。
「真琴くんはどんな事態に陥っても……私を信じてくれますか?」
「はい、もちろんです。そんなこと当たり前じゃないですか!」
「本当に?」
「本当です!」
「絶対に?」
「絶対に、です!」
「たとえ、命の危険があっても?」
「たとえ火の中水の中でもドンと来い、ですよ!」
なにか勢いでトンでもない一言を言ってしまった気がする。
アリエステルさんはまた一瞬遠くを見つめ、少し考え込むと「それじゃあ」と切り出した。
「真琴くんに協力して貰おうかな……?」
「はいっ。よろこんで!」
「じゃこっちに来てくれますか真琴くん」
そう言ってアリエステルさんは再びぼくの手を握る――暖かくて柔らかい指の感触。
数十m歩いただろうか。ぼくらはとある一本の道路の前に辿り着いた。
どうってこともない、至って普通のアスファルトの道。
ただしこれまで一度も見たことも通ったこともない、閑静な住宅街の裏道だ。
道路は歩道と車道の区別がない。道幅は結構広め。道路の右側は児童公園、左側には大きなマンションが建っている。
ただしマンションは解体工事中かそれともリフォーム中なのか、鉄パイプの大きな櫓が組まれ、全体を巨大な天幕が覆っている。
工事の音がしないので今日の作業は終わったのか今は休憩中か何かなのか。
「この道をまっすぐ進めばいいんですね?」
「ええ。そう」
ぼくの問いにアリエステルさんは短く、真剣な表情で頷いた。
どちらかといえば白山に向かうには遠回りの道だ。でもアリエステルさんが言ったからにはここじゃなければならない何らかの理由があるのだろう。
ぼくは彼女を信じると言った。その言葉に、男に二言はない。
「何があっても、私を信じて」
アリエステルさんはぎゅっと堅くぼくの手を握り締める。
その言葉にぼくは静かに頷いた。
ぼくらは手を繋いだまま、一歩ずつゆっくりと歩き出した。
1分1秒がとても長く感じる――風が止まり澱んだ空気が首筋をねっとりと這いずり回る。
じんわりと汗が滲む。喉の奥が乾きヒリヒリと痛む。
ギュッと握られたアリエステルさんの手の、暖かくも柔らかな感触だけがリアルに感じられる。
トクントクン――緊張のせいかそれとも他の要因なのか、ぼくの心臓が激しく早鐘を打つ。
心臓の鼓動がアリエステルさんに聞こえてしまうんじゃないか――そんなことを心配してしまう。
キン!――その時だ。遙か遠くで音が聞こえた。何か金属の弾けるような、そんな音だ。
何だろう今の音は? まずぼくが感じたのは激しくイヤな予感。
頭の奥で何かジーンと痛みが走る。
「真琴くん、そこを動かないで!」
アリエステルさんが叫んだ。これまで聞いたことのない鋭い声だ。ぼくの身体が硬直してピタリと止まる。
「えっ!?」
ぼくは悲鳴を上げた――がその声が聞かれる心配はなかった。なぜならほぼ同じタイミングでガッシャーンと轟音が雄叫びを上げたからだ。
上だ!――ぼくが見上げると遙か上空から巨大な鉄骨が降り注いでくるのが見えた。
これはヤバい。死んじゃう――マンションが崩れ、ぼくらの頭上に降り注いで来たのだ。
アリエステルさんはぼくと手を繋いだまま、もう片方の手を天高く振り翳した。。
パチン!――指を鳴らした音が響き渡った次の瞬間。
ドンッ!――ぼくの全身を凄まじい衝撃が包み込んだ。
なんだこれ!? 世界の色彩が一瞬にして変化した。いやそれどころの話じゃない、目の前で鉄骨が空中に漂っている。
いや、漂っているという表現も正しくない。鉄骨はまるでその場に固定したかのように『そこ』にあったのだ。
なにもない空中に、ただそこに静止している。
まるで魔法か何かのようだ。
「空間圧縮でこの一帯の時間の流れを通常の6万5536分の1まで遅くしたんですよ。私の手を離さない限り真琴くんは一切の影響を受けませんけどね」
アリエステルさんはそういって微笑んだ。
「えっ、えっ、えっ?」
「今は分からなくて結構です」
アリエステルさんは目を閉じると、振り上げた手でもう一度指を鳴らした。
パチン!――するとぼくらの周囲に小さな炎の塊が突然浮かび上がった。たちまちそれらがグルグルと回転しながら集まって、巨大な真紅の炎の柱へと変化する。
燃え盛る炎はさらにギュッと縮まり形を変えた。まるで真紅に輝く槍のようだ。幾本もの炎の槍が次々に誕生する。
トン――アリエステルさんは爪先で軽く地面を叩いた。
ぼくらを取り囲む炎槍が次々と打ち出される。その様は槍というよりまるでミサイルの飽和攻撃だ。
炎の槍は空中に止まっていた鉄骨に命中すると次々と蒸発させる。
「真琴くんはここから一歩も動かないでくださいね」
アリエステルさんが警告をそう再度発する。ぼくは驚きつつも黙って頷く。
急に全身に掛かっていた圧力が消えた。同時に色彩が元に戻り、空中に残っていた残骸――その破片が落ちてくる。
まるで時間が再び動き出したかのように。
グワシャーン!!――激しい轟音。
マンションの瓦礫が落ちた音だ。アスファルトに大穴が穿たれ、激しい土煙がもうもうと舞い上がる。
埃を吸い込みぼくはゴホンゴホンと大きく咳き込んだ。
アリエステルさんの警告通りぼくは全くその場を動かなかった。
マンションの残骸はぼくらを一切傷つけることはなかった。残骸はまるでぼくらを避けるように落ちたのだ。
「今がチャンスです。さぁ真琴くん、逃げますよ!」
アリエステルさんはぼくの手を強く引っ張るように走り出した。
「えっ、どうして逃げるの!?」
せっかく無事だったのに?
「警察沙汰になるとちょっとやっかいですからね。それにもういないみたいですし」
いない?――誰が?
「さぁ行きますよ。しっかり掴まっていて下さいね!」
そういってアリエステルさんは一気に飛んだ。
文字通り飛んだのだ。空へ。
「えーっ!?」
ぼくの悲鳴は風に乗ってかき消される。
アリエステルさんは空中でぼくの体を引き上げると、まるでお姫様抱っこするかのようにぼくの体を抱き抱える。
ぐんぐん地面が遠去かっていく。
ぼくは眼下を見た――信じられない、人が空を飛んでいる!?
それも驚きだったが、今のぼくの心境はそれどころじゃなかった。近い近い近いっ!――アリエステルさんの顔が近すぎる。風に乗って甘い香りがぼくの鼻腔をくすぐる。
「もう、暴れると危ないですよ?」
アリエステルさんは身悶えするぼくの体をぎゅっと抱きしめるとまるでスキップするかのように空を蹴って駆け昇って行く。
ぼくの頭を包み込む柔らかい2つの感触――うわぁぁぁぁぁ!
ぼくは必死に湧き上がる悲鳴を飲み込んだ。
アリエステルさんは高度をグングンと上げる。
たちまちビルを飛び越えて、空高く数10mの高さまで駆け上がった。道行く人、ビルやマンション、全てが遙か眼下に見える。
ものすごいジャンプ力だ。オリンピックに出たら金メダルは間違いないだろう。
「魔力付与による肉体強化の一種です」
アリエステルさんはうふふと微笑んだ。
「魔力使い《マジックユーザー》にとっては基本中の基本スキルですよ」
「ま、魔力使い? 一体どこへ行くんですか?」
「どうしましょう? そこまで考えていませんでした」
ちょっと困ったようにアリエステルさんは呟くとキョロキョロと周りを見渡す。
計画性がまるでない。行き当たりばったりにもほどがある。ぼくは内心アリエステルさんの評価欄を大幅に修正することにした。彼女はやはり柊家にピッタリの人材だ。
「そうですね、適当にほとぼりが冷める場所がいいんですが……あそこに降りましょうか」
そういってアリエステルさんは飛行軌道を修正する。
コンクリートジャングルの一画に緑と茂みの広がる場所がある。そこを目指してアリエステルさんは降下を始めた。
みるみる森が近付き、着地。
ストン――まるで低い跳び箱を軽々と飛び越えたようにアリエステルさんは難なく自然に降り立った。衝撃とか運動法則とか一体どうなっているのやら。
「あの……アリエステルさん降ろして頂けますか?」
ぼくは思わず言わずにはいられなかった。彼女はぼくを抱き抱えたまま、一向に放すつもりがなかったからだ。
「あっ、そうですね。今降ろしますね」
ちょっと残念そうな表情でアリエステルさんはゆっくりとぼくの体を地面に降ろした。
さてこの場所には見覚えがある。文京区は小石川にある植物園だ。
昔徳川幕府が小石川養生所を造った場所。現在は都の有料公園として利用されている。
夕方を過ぎて閉園しているのだろう。辺りには人の気配はない。
「ごめんなさい、驚きました?」
アリエステルさんが神妙な顔つきになっていた。
「でもあの場はああするしかなかったんです。出来るだけ被害を最小限に抑えるには」
「い、いいんですよ。ほら、ぼくもこうして無事だったんですし……それにしても魔法って一体どういうことなんです? それに被害を最小限に…ってどういう意味ですか?」
「それはですね……」
アリエステルさんが説明しようとして――ハッと後ろを振り返った。
「え――!?」
ぼくもアリエステルさんと同じ物を見た。遙か遠く空の彼方、夕暮れの空に瞬く6つの黒い影。
「真琴くん、下がってください」
アリエステルさんが腕を広げぼくを庇う。
次の瞬間ドンと激しい衝撃と共にそれはやって来た。
ぼくは思わず仰け反った。6つの黒い影が目の前に落ちて来たからだ。もうもうと立ち込める土煙。その中から彼女たちは姿を現した。
それは6人の少女たちだった。聖之杜学園の制服を着た彼女たちの姿にぼくは見覚えがある。
「……六華姫?」
ぼくは思わず呻いた。
そう、今ぼくの目の前に立っていたのは今日の昼に現れたあの先輩たちだ。
比良坂くんのコレクションに映っていた高等部特進科のエリート留学生たち。
その一人、金髪の先輩――アルスラ先輩がずいっと一歩を踏み出した。どこから取り出したのだろう、長大な鋼の剣――西洋風のバスタードソードを携えている。
そして彼女はこう叫んだ。
「勝負だ、柊アリエステル!!」
【つづく】




