表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

第1話(その2)

「……そこから極銀の美姫と呼ばれるようになったのよ。今では伊織お姉様とアリエステルお姉様の二人が高等部内でも勢力を二分する程の存在になっているという訳で……」

 ぼくが長々と思い出に浸っている間もずっと奥寺さんは熱く熱弁を語っていたようだ。ごめん聞いてなかった。奥寺さんを放置してぼくは比良坂くんに尋ねた。

「ねぇ、ここにアリエステルさんの写真が無いのはどういうこと?」

「おおっ、そうだったそうだった。そのことで柊くんに一生のお願いがあるんだよ!」

 はて、これで何度目の一生のお願いだろうか。

「この比良坂浩介、柊真琴の親友としてお頼み申す!」

 比良坂くんはバンと机の上を叩いた。ところでぼくは一体いつ君の親友とやらにレベルアップしたのだろうか? そんなに経験値を蓄積した覚えはぼくにはないんだけど。

 身を乗り出す比良坂くんの勢いに押され、ぼくは腰が引ける。顔が近い近い。

「この写真のデーターはB組の長浜くんから提供して貰ったんだけどさ……彼が所属する写真部にもアリエステルさんの満足のいく画像が1枚もないんだよ! どんなに写真を撮っても、彼女のベストショットをカメラに収めることが出来ない! 嗚呼、なぜだっ!」

 ババンと講談調に机を叩く比良坂くん。

「どんなに隠し撮りしようとも必ず見切れてしまうっ! 摩訶不思議っ!!」

 隠し撮りは犯罪ですよ。

「……で?」

「だから弟の君にお願いしたいっ……出来れば素敵な笑顔のアリエステルさん、ベストショットの1枚を頂きたいのだっ! これは男子だけじゃない、我が校全ての生徒の願いでもある! ぜひに、ぜひにお願い申し上げるぅ~柊真琴殿、我が切なる願いをお聞き届け頂きたいのでござるぅぅ~っ!」

 最後には歌舞伎調になってる。

 ぼくは長浜くんとは面識がないけど、隣のクラスの生徒で寮住まいの比良坂くんのルームメイトなことくらいは知っている。

 なるほど、どうやらこの美少女コレクションの出所は写真部という訳か。中高一貫のこの学園では一部の部活動は中高合同で行われている。より技術を磨くために、ね。写真部や報道部はその代表格でもある。

 ぼくは無言で携帯電話を取り出すと内蔵の画像フォルダーを開いた。液晶画面にぼくとアリエステルさんが一緒に映った写真が開かれる。

 入学式のあと、父さんや義母さんに送るために撮った写真だ。

 赤面しているぼくと満面笑みのアリエステルさん。

 彼女が抱きついてきて、あまりに恥ずかしいこの一枚。でもアリエステルさんの笑顔があまりにも素敵すぎて眩しすぎて削除出来ないでいる一枚だ。

 もちろん見せてあげない。


「……でもさ、もうこれだけコレクションが揃っていればアリエステルさんの分がなくても十分じゃない?」

 ぼくは意地悪を言ってみた。

「何を言ってるのかね柊くん。全ての美少女をコンプリートしてこそのコレクション。画竜点睛を欠いてはならないのだよ!」

「ふふふ。だったらこのコレクションには欠けているものが他にもあるわね」

 比良坂くんに待ったをかける奥寺さん。

「な、なんだって!?」

「我がクラスが誇る美少女三羽烏、イサミ・ホア・エヴァの3人も含めるべきよ! なんたってイサミに至ってはあの伊織様の妹なんだし将来性は抜群っ!」

鴇島勇ときしま・いさみ嬢か……確かに素養は高い。だが今はまだランキング圏外だな。特に胸の辺りのボリュームが――」

 顎に手を置きウンウン唸りながらとんでもない発言をする比良坂くん。

「まだホアちゃんの方が将来性は高いな」

 ちなみにホアさんはベトナムからの留学生。長い艶やかな黒髪が魅力的な線の細い文学少女風の女の子だ。エヴァさんはカナダ人留学生、長身で明るく元気なスポ根少女。バスケットボール部の新戦力、助っ人外国人でもある。

 そんな彼女たちの未来について熱く語っていた二人の間に突然黒い人影が割って入った。

「誰がランキング圏外だコラぁ!」

 ポカポカッ――素早い電光石火のような一撃が二人の脳天に炸裂した。あいたたと頭を抱える二人。

「……やぁ……鴇島さん」

 ぼくは人影に恐る恐る挨拶した。

 竹刀袋を持った黒髪の少女――彼女が噂の鴇島勇。先ほど話題に出ていた極黒の天姫・鴇島伊織の妹だ。新入生ながら既に中等部剣道部のエースの名を欲しいままにしている逸材。

 黒髪を片方だけサイドテールに結い上げ、ワンポイントに蒼い水晶珠のついたヘアゴムを身に着けている。

 こうしてお洒落していると見違える。すっかり立派な女の子だ。

 彼女はぼくの唯一の『元クラスメイト』だ。同じ小学校から入った彼女とは幼稚園時代からの長い付き合いになる。

 つい先月までは半袖半ズボンだったのに、髪型を変え聖之杜学園中等部の女子制服を着ただけですっかり見違えてしまう。

 でも正直、ぼくには違和感しかないんだけどね。


「またお間抜けトリオが低俗な話題をしていたわね。自習時間って言ったって、別に遊んでいい時間じゃないんだからね」

 正論を放つ鴇島さん。とはいうもののクラスを見渡してもどこも似たような状況だ。他の生徒も思い思いに自由時間を満喫している。

 まぁ一番騒いでいるのが比良坂くんと奥寺さんであることに間違いはないんだけど。


「……ちょっと待って? お間抜けトリオって、ぼくもこの仲間に含まれるの!?」

「当たり前でしょ。あんたがしっかりこの二人を監督しなさいよ!」

「いや、この二人を同時には無理だよ……」

「どうせ何の部活もしないで暇なんだし、そのくらいやって社会に貢献しなさい! じゃなかったらとっととどっかの部にでも入ったら?」

「……言っておくけど剣道はもうやんないよ」

「分かってる。逃げ出した弱虫に帰ってこられちゃ逆にこっちが迷惑だっちゅーの!」

 プイッと顔を背ける鴇島さん。

「ねぇねぇ、どうして柊くんは部活入らないの? お昼前の体育の時間のサッカーでさ、ものすっごく活躍してたじゃない?」

「なんだ、見てたの?」

「うん。女子は走り高跳びだったから結構暇でね。男子はサッカーでしょ? 楽しそうでちょっとうらやましいかったなー」

 奥寺さんの言う通り今日の4時間目は体育の授業だった。中等部の体育の授業は男女別、隣のクラスと合同で行われる。今日の体育では隣のD組とサッカーの対抗試合を行ったのだ。5月に行われる球技大会の事前練習と選手選考を兼ねてのことだ。

 D組にはサッカー部所属の人間やつが3人もいた。ぼくらC組には部活加入者はおらずサッカー経験者もぼく含め若干名いるだけというかなり不利な状況だったが――けどまぁ、試合はなんとか3対2でC組の勝利に終わった。

 部に所属してるとはいえまだ1年、しかも入学して1ヶ月にも満たない訳で。それに昼食前のラスト授業、全員腹ペコだ。

 この要因は非常に大きい。試合の最後の方なんかみんなすっかり足が止まってたし。

 ちなみに3点中ぼくが1点を決め、残り2点もアシストした。まぁかなり活躍したと言ってもいいだろう。

「確か他にも野球部や陸上、テニス部やバスケット部からも勧誘受けてたわよね? 他にも水泳部とか吹奏楽部とかからも」

「詳しいね……」

 ぼくはハハッと苦笑を漏らした。確かに奥寺さんの言う通り、勧誘だけは多かった。

「あれだけ運動神経がいいんだからどっか入ればいいのに」

「はっはっはっ。わかってないなぁ~奥寺さんは」

 比良坂くんがふっと前髪を揃えるように撫で上げた。

「なにがよ」

 奥寺さんが言葉を荒げた。ちょっとムカッとしたようだ。確かにちょっとイラっとくる仕草ではある。

「今、柊くんに勧誘に来ている部活のほとんどはアリエステルさん目当てなんだよ? 柊くんがそうホイホイ話に乗るタイプだと思っているのかい?」

 へぇ。ぼくはちょっとだけ比良坂くんを見直した。

 軽いようでいて、実は意外と冷静に物事を見ている。

「なによ、そういうアンタはどうなのよっ!?」

「はっはっはっ。僕が柊くんと友誼を結んだのはアリエステルさんのことを知る前さー まさにこれこそ運命。天が導きし運命の繰り糸ー」

 今度はオペラかい。悪い奴じゃないけど激しくウザいのが玉に瑕。

「そういや比良坂くんは部活やんないの? 黙ってれば顔良いし、結構勧誘来てたでしょ? 演劇部とか」

 鴇島さんが疑問をぶつけてきた。けど何気にひどいことを言ってるな。

「僕は放課後知り合いの神社のお手伝いがあるからね。そんな余裕はノンノンノンなのさ~」

 パチリとウィンクを決める比良坂くん。彼が学校が終わった後いつも原宿に行っているのは皆周知のことだ。

 そこの神社に古い知り合いがいて、休みの日も含めて神社のお手伝いをすることが上京の条件だったらしい。


 でもぼくは彼の本当の目的も知っている。

 比良坂君の真の目的――それは原宿表参道で芸能事務所のスカウト待ちをすることだ。

 神社に行くのは実家と学校に対する理論武装カムフラージュに過ぎない。まぁ言いふらすつもりもないけどね。

「そういやこの金髪の人って確か今年転入してきた留学生のアルスラ先輩だよね?」

 ぼくは何か話題を変えようと、とりあえず頭に浮かんだ話を比良坂くんに振った。

「し、知っているのか雷電っ!?」

 誰だよ雷電って。

「うん、ついさっき……お昼に会ったんだ。こっちの人たちも一緒だったよ」

 ぼくは続いて5枚の写真を指し示す。そういえば全員留学生だったな。

「ほぉ~黒髪エキゾチックなこの人はインドからの留学生のマユリ先輩。緑の髪のこっちの先輩はニュージーランドから来たイングリッド先輩……むむむ、噂の六華姫ろっかひめと早速コンタクトしているとは、なかなか柊くんも隅におけませんねぇ~」

 ヘッヘッヘッと笑う奥寺さん。なんか厭らしい響きがする。

 黙っていれば結構可愛いのに、比良坂くんと同じく行動で損をするタイプだね。

「六華姫?」

 鴇島さんが首を傾げた。

「うん。高等部2年、特進科Bクラスの美少女留学生グループのことだよ。普通は1クラス定員32名しか存在しないはずの特進科が今年は特別にもう1クラス、24名増員された――しかも全て海外組だって話さ」

 比良坂くんが喜々として語る。女の子のことを話す時の彼は本当に楽しそうだ。頬もすっかり緩んでいる。この辺りがガッカリ王子と呼ばれる由縁だろう。

「ふーん」

 つまらなそうに呟く鴇島さん。

「でも意外。柊くんはこんな六華姫みたいなデーハーなのが好みのタイプなの?」

 奥寺さんが早速地雷を踏みに来た。おい、もう少し空気を読め。

 キッ――鴇島さんが鋭い視線でぼくを睨む。おいおい。

「いやいやいや。そんなことはないよ。お昼休みにアリエステルさんに突っかかってきたからさ。ちょっと気になっただけの話」

「お昼休み? 一緒にいたの? アリエステルさんと?」

 鴇島さんがぼくの発したキーワードに反応した。

「あ、うん。昼休みにアリエステルさんと弁当を食べてたんだ。その時彼女たちがやってきてさ……」

 そこまで喋って、ぼくは「あ」と呟いた。

「…なん…だ…と!」

「アリエステルお姉様とお昼ご飯を一緒に食べた…ですってぇっ!?」

 比良坂くんと奥寺さん、二人の絶叫が教室内にこだまする。

 しまった、このことはずっと中等部こっち側では内緒にしていたんだった。ついうっかり口が滑っちゃった。


 この学園では中等部に給食はない。高等部と一緒でお昼は弁当か学食、あるいは購買部でパンを買うことになる。

 まぁ中には敷地外のコンビニに出かけたり、近所の中華食堂やピザ屋に出前を注文する猛者もいるそうだが、ほとんどの生徒は学食棟を利用している。

 学食棟は中等部と高等部の中間に位置する大きな建物だ。建物一つが丸々テナントとカフェテラスになっており、洋食和食様々な店が軒を列ねて入居している。メニューも豊富で毎日献立を変えても半年は困ることはない。

 ただしぼくはまだここを利用したことがない――なぜならアリエステルさんが毎日お弁当を作って持って来てくれるからだ。

 学食棟と同じように中等部と高等部の間にありながら、学食棟とはちょうど正反対の位置にある講堂棟。お昼にここを利用する生徒はほとんどいない。

 実はこの建物の屋上は人工芝を敷き詰めたオープン型の植物園になっており、弁当を広げるには最適のスポットなのだ。

 この植物園にある、とあるベンチはぼくら姉弟の専用昼食スペースとなっている。


「ど、道理で毎回お昼になるとすーぐどっか行ってるなーとは思っていたんだよな……くそっ、くそっ、チッキショー!」

「ひどいわ柊くん、私に黙って他の女の人と、しかもアリエステルお姉様と一緒にご飯を食べていたなんて!」

 絶叫する比良坂くんと奥寺さん。 

 クラス中の好奇な視線がぼくらに集まっている。半分はまたか、という奇異で冷たい視線だ。このことから見ても比良坂くんと奥寺さんのクラスに置けるポジションが伺えるだろう。

「ふーん……柊クンは綺麗なお姉サンと楽しく二人でお弁当食べてて、そこでこの美人の六華姫とやらに会ったってこと?」

 まるで汚いものでも見るような、冷めた視線がぼくを射る。

 とても幼馴染を見るような視線じゃないですよ鴇島さん。

「えっと、まぁ、そういうことです、はい」 




 お昼休みは過酷な戦場だ。チャイムが鳴ると同時に大勢の生徒が遙かな戦地目指して一斉に教室を飛び出して行く。

 ちらりと鴇島さんがこっちを見た。視線がぶつかる――フンと鼻を鳴らすようにそっぽを向く鴇島さん。

 中等部に入学してからというもの、さらに彼女の態度がよそよそしくなった。何か言いたいことがあるのならハッキリ言えばいいのに。

 かなりじれったいけど、こちらから聞きに行くのもなんだか釈然としない。負けた気分になる。

 小学生の頃から彼女は小生意気でつっけんどんで、よく横柄な態度でぼくらを困らせていたけど、ここ最近の態度の硬化は特に変だ――って、これはぼくが気にし過ぎるせいなのかもしれないけど。

 環境が変わりすぎてぼくの方が神経過敏になっているのかもしれない。

 次々とクラスメイトが教室を出て行く――ぼくは流れに身を任せるように席を立つと教室を後にした。

 

 ぼくが向かったのは校庭の外れ、校門に近い場所に建っている講堂棟だ。中等部と高等部のちょうど中間に位置するここは4階建ての大きな建物で、屋上は人工芝と植樹された樹木の並ぶ植物園になっている。

 この屋上は天気の良い日にはお弁当を広げるのに最適なスポットだった。幸いなことに学食棟から離れていることもあってか生徒の利用数はほとんどなく隠れた名所と言えた――ちょっと前までは。

「……真琴くん!」

 屋上のドアを開けたぼくを明るい声が出迎える。

 芝生の上のベンチに座っていた声の主はアリエステルさんだ。柔らかな銀の髪を風に靡かせながら微笑む彼女がぼくに向かって大きく手を振る。

 屋上には「予想通り」大勢の高等部の生徒が弁当を広げて歓談していた。だがアリエステルさんを中心に半径10mには誰も近付いてこない。

 これが噂の紳士協定という奴だ。


 ぼくがベンチに近付くと彼女は脇に置いていた重箱を膝の上に置きスペースを開けた。どうやら場所取りをしていたつもりらしい。誰も取ったりしないんだけどね。

 しかし今時緑と黒の唐草模様の風呂敷なんてどこで買ったのやら。オールドクラシック過ぎてむしろ新鮮だ。

 空いた隣にぼくが座ると――ああ、ピシピシピシと四方八方から突き刺さる視線が痛い。皆さんぼくが柊アリエステルの弟だということは知っている。知っていても嫉妬と言う名の憎しみの炎はそう容易くは消せやしないのだろう。

 アリエステルさんは嬉々と風呂敷包みを開け、今日のお弁当を広げ始めた。

 3段重ね漆塗りの和風な重箱にはぎっしりと中身が詰まっている。まず1段目は主食。俵結びのおにぎりが均等に並んでいる。塩むすびとのりで巻いたもの、それに薄焼き玉子で巻いたものの3タイプ。

 塩むすびの中身は何もなし、これはぼく好みの味だ。のり巻きにはおかかと玉子巻きには鮭フレークが入っている。ちなみに梅干は未使用。アリエステルさんが苦手なので入っていない。

 重箱2段目はおかずの段だ。唐揚げに玉子焼き、たこさんウィンナーが並んでいる。本日のメインディッシュはミニハンバーグとミニマカロニグラタン。ちなみに昨日は回鍋肉ホイコーローだった。

 3段目はデザートとサラダ。敷き詰められたレタスの上にポテトサラダとスパゲッティサラダ、そこにミニトマトが和えてある。アルミケースに小分けされたスペースにはデザートにミニサイズの苺のチーズタルトが並んでいる。これもアリエステルさんのお手製だったりする。

「はい、真琴くん。これもどうぞ」

 アリエステルさんはにっこり微笑むとカップを差し出した。

 水筒から注いだのは熱々の煎茶。九州は鹿児島産の美味しい緑茶だ。見た目の色はとても薄いがコクがあってとても美味しい。口当たりがさっぱりしていてお弁当には最適の一杯だ。

「それじゃ、いただきます!」

「私もいただきますね」

 お昼休みは短い。ぼくはためらうことなく急いでお弁当の処理に取り掛かった。

 この学園に入って3週間。お昼は毎日大体こんな感じ。慣れた……と胸を張って言い切るところまではいかないけれど、周囲の好奇や羨望の眼差しには大分耐性が付いて来たかな。

 そもそもアリエステルさんが全く気にしていないのだから、ぼくが気にするのもおかしな話だ。普通に接していればいいだけのことである。ぼくらは姉弟なのだから。

「今日の午前の授業はどうでしたか?」

「4時間目が体育でしたからね。お腹がペコペコになりましたよ」

 食事をしながらの家族の団欒の試行錯誤。ぼくもアリエステルさんも一人っ子で片親生活が長かったせいか正直まだぎこちない。まだまだお互いに歩み寄りが必要だ。

「そうですか、でもあまり食べ過ぎにも気を付けて下さいね。午後の授業で眠くなってしまいますよ?」

 でもアリエステルさん、これだけの量を用意しておいて食べすぎに注意しろって言うのはナンセンスだと思います。

「あ、でも今日の午後の授業は多分自習になりますよ。良かったですね真琴くん」

 アリエステルさんはウフフッと微笑んだ。彼女はたまに不思議な言動をする時がある。予言というか予報というか。まるで先の未来が分かっているみたいに言ったことがバッチリ当たるので不思議なくらいだ。



「――おくつろぎのところ失礼する」

 突然朗々とした声が植物園内に響き渡り、同時にぼくらの前に人影が現れた。

 目の前に立っていたのは豪奢な金の髪をした、一人の美しい女性だ。

 長身で腰まで伸ばした長い金髪。英国旗ユニオンジャック柄の大きなリボン。通常の高等部の制服ブレザーなのに白い裾の短いケープとシルクのスカーフをあしらって、まるで貴族の衣装のように着こなしている。

 キリリと一文字に結ばれた桜色の唇と鋭い視線がこもった蒼い瞳。強烈な個性と確固たる意志を感じさせるその女性はぼくらの座るベンチまでやって来ると軽く一礼した。

 堂にいった挨拶。まるで映画に出てくる軍人――というか時代がかっているので騎士か何かと言うべきかな?

 彼女の後を同じようなケープを肩に掛けた5人の少女たちがまるで従者のように付き従い、同じように一礼した。

「……なんの御用でしょうか。アルスラ・オリオンフィートさん」

 箸を置き、身を正すとアリエステルさんは静かな口調で尋ねた。どうやら彼女のことを知っているような素振りだ。

「ほう……違う学科の私の名前を覚えておいでか。光栄なことだ」

「ええ。アルスラさんのことは知っていました。今年の転入生の中でも首席の成績で入学した……そう、指折りの優等生と覗っております。先ほど張り出されていた先週の実力テストの成績表にも貴女の名前がありましたからよく覚えていますわ」

 優しく微笑むアリエステルさん。

 アルスラさんは「そうか」と小さく自嘲するかのように笑みをこぼした。どちらかといえば怖そうな――今にも取ってガブリと喰らいつきそうな、そんな感じの笑みだ。

「これでも初めての実力テストで1位を取るつもりで猛勉強していたのだがな。残念ながら2位だった」

「それはそれは……誠に残念なことですね」

 アリエステルさんは心から残念そうな表情を浮べた。

「ああ……そこで1位だった貴殿、柊アリエステル殿に伺いたい」

「どうぞ、なんなりと」

「お前は一体何者だ?」

 うわっ、ズバリ単刀直入に聞いてきましたけど、この人。

「何者か、と仰いますと?」

 アリエステルさんは小首を傾げた。

「自分は若輩ながらこれでも大英帝国の聖騎士パラディンである。それになぜテストで1位を取れるほどの実力者が『普通科』などにいる?」

 アルスラさんの蒼い瞳がじっとアリエステルさんの金色の瞳を見つめる。その目は表情ほど笑っていない。それにしてもアリエステルさんがテストで学年1位だったって話には少なからずぼくも驚いた。勉強が出来るとは聞いていたけど。

 アルスラさんの疑問はもっともだ。この学校では成績優秀者は特進科という一種のエリート養成コースに集められる。転科は入学後でも成績次第で自由に行われるので学年1位なら転科の話は当然の流れだろう。

「普通科など……ですか」

 アリエステルさんはクスッと微笑んだ。

「なにがおかしい?」

「その必要がないからです」

 何事もなかったとばかりに澄まし顔でアリエステルさんはススッとお茶を飲んだ。その動きは自然すぎて緊張も気後れも、一切の澱みがない。

「必要がない……だと?」

「はい。私にとってはこの学校の普通科に通えることだけでも十分に満足なんです。むしろ幸せというべきでしょうか。それに優秀な成績を取るだけでしたら別にどの学科にいようと関係ありません」

 ウフフッとアリエステルさんは微笑んだ。

「要は本人のやる気の問題ですわ」

「……そうか。せっかくの昼休み、突然割り込んですまなかったな。弟殿にも失礼した。御無礼赦されよ」

 アルスラさんはアリエステルさんだけでなくぼくにも向かって律儀に一礼すると、クルリと踵を返して立ち去った。

 付き従っていた5人もそそくさと立ち去っていく。

 それはまるで一瞬の、嵐のような出来事だった。




「とまぁ、こんな感じだっという訳さ」

「ほへーそんなことがあったんだ……」

 奥寺さんは目を丸くして呟いた。極星の双璧の一人と六華姫、新規転入組同士の対立――彼女に取っては実にエキサイティングで興味尽きない内容だったのかもしれない。

 ただ実際のところぼくにもなにがなんだかわけわかめ。判断のしようがない。

 とにかく情報不足だし、あの六華姫の人たちが何を考えているのか、今後どうしたらいいものかまるで分からない。

「うはっ、やっぱり綺麗な薔薇にはトゲがあるって本当だな~東京こえぇぇぇ~」

 比良坂くんはアルスラさんの写真を取り上げプルプル震えている。

「でもやっぱりアリエステルお姉様は凄いっ! 普通科にも関らず、特進科を抑えて学年首席なんて超サイコー!」

 悶える奥寺さんと比良坂くんを無視してぼくはちょっとだけ思い出していた。

 お昼の別れ際、アリエステルさんは「気にしないで。大丈夫ですよ」と笑っていたが、やはり気になってしまう。

「ふーん、柊クンは美人のお姉サンにすっかり夢中って訳ね。仲がよろしくてずいぶん結構なことで」

 いちいちトゲのある言い方をするね、鴇島さん。

「そういうば鴇島さんのお姉さんは? 極黒の美姫様って成績はどうなのかな?」

 興奮状態から我に返った奥寺さんが尋ねる。

「イオ姉はテストの成績は大体いつも学年10位から20位くらいだったかな? 生徒会やってるし、弓道部も忙しいから」

「ま、どちらにせよ鴇島サンとは雲泥の差ですよね」

 ここぞとばかりにぼくは反撃した。鴇島さんのことはよく知っている、伊達に長年幼馴染をやっていない。彼女の成績は下の中より下。よくこの学園に入れたものだと思うくらいの成績である。

 まぁ彼女の場合スポーツ推薦の一芸枠なんだけどね。

「そうなんだよなー中等部もゴールデンウィーク明けに中間テストあるんだよね~」

 比良坂くんが深々と溜息を漏らした。

「なに弱音吐いているのよ比良坂くん。君だってあの厳しい入試をパスしてきたんじゃない。もう少し頑張んなさいよ!」

 元気だけは有り余っている奥寺さんが元気付ける。

「あ、二人は一般入試組なんだ?」

 ぼくはそう気軽に尋ねた。

「……一般入試組?」

 比良坂くんの顔色がみるみる変わる。それどころか教室内が一瞬ザワッとざわめき――まるで水を打ったような静けさになった。

 周囲の視線がぼくらに集中しているような錯覚すら感じられるくらいだ。

「今の話聞き捨てならないな。どういうことだい?」

 そう言って立ち上がったのは長身に銀縁眼鏡をかけた男子生徒。このクラスの委員長をやっている安部野切人あべの・きりひとくんだ。

 彼はぼくらの席の前に来るとクイッと眼鏡の鼻頭を押さえる。

「興味深い一言だ、柊真琴」

「どういうことも何も。一般入試で入ったんじゃないかって聞いただけなんだけど…?」

「あのね柊くん。今年の国内推薦枠は大量に留学生が入ってきたせいで相当に数絞られたったって話なんだよ……」

 奥寺さんが小声でフォローする。それは初めて聞いた話だ。知らなかった。

「聞こえているぞ奥寺由香里。柊は知らないようだが今年の中等部1年、日本人の推薦入学者は僕が知る限り数人もいない」

「じゃあ……ぼくと鴇島さんは相当に運が良かったんだね」

 ぼくも鴇島さんも推薦入学組だ。

「剣道の全大で優勝経験を持つ鴇島勇はともかく、柊真琴……お前も推薦入学者だと? 信じられん話だ」

「まさかも何も本当の話だってば」

 正直そこまで否定されるのは心外だ。

 ぼくと安倍野くんの間でバチバチと視線の火花が飛び散る。

 妙な空気になっちゃったな。ぼくが次のアクションに窮していると、横から奥寺さんが「ねぇ、そういえばさ」と別の話題を切り出してきた。サンキュ-奥寺さん。

「みんな知ってる? 高等部の間で妙な噂が流れているって話」

「妙な噂?」

 比良坂くんが話題に喰いついた。

「うん。なんでも今年の新入生の中に『魔王』がいるって噂があるのよ」

「……魔王?」

 極星とか六華とか来て次は魔王と来ましたか。これはまた厨ニ病全開な気もするけど。まぁ分かりやすくていいかもしれない。

 多分、番長とか暴走族のリーダーとか、そんな感じのちょっと怖い人物に与えられた呼び名なんだろうけど。

 いささか時代錯誤アナクロ気味な印象も受けるけど、今でもたまにテレビの特番で暴走族の特集は見るし、ぼくもいわゆるヤンキー喧嘩漫画は嫌いじゃない。ああいったステレオタイプの不良になってみたいと思ったことは一度もないけどね。

「なんだ……それならうちのクラスにも一人いるじゃない?」

 誰もが思っても、けして口にしなかったことを比良坂くんが平然と口にした。その場にいた全員の視線が――ちらりと教室の一点に集中する。


 そこにいたのはだらしなく机の上に足を放り出す一人の男子生徒だ。黒髪の一部を金髪メッシュに染め、まるで激しく自己主張するようにピンピンとおっ立てている。

 あれ……毎朝セットするのすごく大変だろうな。


 彼の名前は壬生谷修みぶたに・おさむ。大阪からやってきたコテコテの関西人。ボンタンズボンに短く切り詰めた上着――わざわざヤンキー仕様に改造した学園制服を律儀にも着ている。

 この態度からもお分かりの通り、彼は他人とコミュニケーションを取る気が一切ない。

「あいつは違う。なぜなら――あいつは高校デビューだからな」

 銀縁フレーム眼鏡の鼻頭を押さえ、安倍野くんがボソッと呟いた。

「なっ……なにくっちゃべっとんねんキリ!」

 壬生谷くんがギラリと睨み付けた。吊り目の三白眼はかなり強烈なプレッシャーを与える。でもこの距離で今の呟き声が聞こえたのか。凄いな。

「壬生谷、いい加減その時代錯誤なファッションはやめたらどうだ? 宗家に対する反抗にしても見苦しいことこの上ないぞ?」

「べっ、別にええやろ! このガッコに指定制服はあっても何着ても自由なんやし!」

 確かに壬生谷くんの言うことにも一理ある。留学生の多いこの学園では基本的な指定学生服は存在するものの、校則で厳しく着る衣装を定められている訳ではない。

 服装自体は生徒の自主性に任されている。

 これは国ごとの習慣や宗教的な配慮も兼ねてることも大きい。特例ばかりでは結局校則自体が無意味になってしまうからだ。であればいっそ生徒の自主性に委ねた方がいいとの判断なのだそうだ。

 それでも中等部や高等部、特に女生徒に指定制服の着用者が多いのは、この学園の制服デザインが有名ブランドデザイナーの手によるもので衣装自体の魅力が大きいからだ。

 この学園の制服はお洒落な制服として、可愛さやカッコ良さが広く認知されている。この制服を着るためだけに聖之杜学園を受験する女生徒もいるらしい――そんな都市伝説がまことしやかに流れているほどだ。


 壬生谷くん程じゃないにしても制服を独自改造する者は結構多い。襟元や裾、ネクタイやリボンを自己流にアレンジして、オリジナリティを出している生徒は特に人気者に多く、それらを真似する生徒も出てくる。一種のファッションリーダーのようなものだ。先ほど話した六華姫もそうだった。

「委員長は壬生谷くんと友達だったんだ?」

「誰が」「こんなヤツと!」

 ぼくの質問に二人は息もピッタリに答える。やっぱり仲が良いなこの二人。

「……壬生谷は大阪出身だがほとんど京都寄りだったからな。実家の関係で2、3度会ったことがあるだけだ」 

 フンと鼻を鳴らして安部野くんは答えた。

「けっ、面白くねぇ」

 壬生谷くんは席を立つ。立ち上がると細身でありながらもかなりの巨漢であることが分かる。知らなければ高校生といっても通じるだろう。

「どこへ行く壬生谷。自習時間は教室の外に出てはいかんぞ」

「うっせぇな、トイレだよトイレ」

 ガラッとドアを開けると肩をいからせながら去って行く壬生谷くん。

「彼、イライラしてるね」

 比良坂くんは肩を小さくすくめた。

「ここ3週間、入学してから何のアクションもないからねぇー退屈してるんじゃない? 最近自習が多いのもそのせいっしょ?」

 奥寺さんがフフヒッと妙な声で笑った。

「ねぇところで。噂の魔王の正体、みんなは気にならない?」

「……ぼくは気にならないかな」

 ぼくは溜息を吐くとそう呟いた。


 その時は、本心からそう思っていたのだ。



【つづく】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ