第1話(その1)
「ほら、朝ですよ。起きてください真琴くん……」
チュッ――柔らかくも暖かい感触がぼくの頬っぺたに触れる。
ぼくは電流が走ったかのようにバチッと目が覚めると、慌てて跳ね起きた。
文字通り飛び起きるようにベッドから跳ね上がる。
「フフフ。やっと起きましたね。お寝坊さんですね真琴くんは」
そういってニッコリと微笑む銀髪の美少女。
透き通るような白い肌、髪の色と同じ銀色した長い睫毛。
まるで人形のような金色の瞳。ピンクの色した艶やかでつぶらな唇。
にっこりと天使の微笑みと甘い香りがぼくを優しく包み込む。
「お、おはようございますアリエステルさん……」
ぼくはベッドの上で、畏まるように正座すると深々と朝の挨拶をした。
まるで天使か女神のような柔らかな微笑を浮べた彼女は「はい、おはようございます」と流麗な日本語で朝の挨拶を返す。
アイロンのきっちりと利いた学生服――聖之杜学園高等部の真紅のブレザーの上から染み一つない真白い、可愛いらしいフリルがたくさん付いたエプロンを着ている。自然な着こなし振りだ。右手におたまを持っているところを見ると朝食の準備をしていたのだろう。
「もう朝食の準備は出来てますよ。早く降りて顔を洗って下さいね」
そういって甘い香りを残すと、彼女は部屋を後にした。
トントントンと階段を降りて行く音が聞こえる。彼女の気配が途絶えたところでぼくはハァーッと深く大きな溜息を吐いた。
思わず右の頬に触れてみる――柔らかなキスの感触。
ぼくは頭を左右に振って雑念を振り払った。
ダメだダメだダメだ、彼女は――柊アリエステルさんはぼくのお姉さんなんだぞ。
たとえどんなに綺麗でも、たとえぼくと血が繋がっていなくても、彼女がぼくの姉であることに変わりはない。
ぼくは自分でも理解不能な溜息を――盛大に吐くと、のろのろと制服に着替え始めた。
ぼくの名前は柊真琴。13歳。至って普通の、特にこれといった取り得のない、どこにでもいる普通の中学生だ。
親も平凡な外資系のサラリーマン――まぁ人様に自慢出来ることいえば、都内は文京駒込に30年ローンの一戸建ての自宅を持っていることくらいかな。
得意な科目は数学と社会。地理も好きだけど歴史はもっと好き。世界史や日本史の年表を見ていると、その時代時代でどんな人々がどう考え生きていたのか――どんな思いで歴史を積み上げてきたのか。そういったことを考えるとワクワクする。
運動やスポーツ、身体を動かすことも大好きだけど特定のクラブ活動はしていない。
小学生の頃はたまに友達のバスケチームやサッカークラブが試合をする際に助っ人を頼まれることも多かったけど。
でもやるのはその時だけ、特に何か熱中出来るものがある訳じゃない。
ぼくは運動神経が特別に良いっていうより――目が良いって言うのかな。動体視力がいいので球技とかスポーツとか、やれば結構そこそこ勝っちゃう。でも何だかそれってズルいでしょ? 一生懸命やってる人に悪いっていうか。
だからテレビゲームも好きだけど最近はあまりやってない。一人で遊ぶのもつまらないし。
友達と格闘ゲームとかレースゲームなんかの対戦ゲームをプレイしても簡単に勝ててしまう。まぁフレーム単位で『見えてしまう』んだから仕方ない。接待プレイでもしない限り負けることはほとんどない訳で。
負けない戦い(ゲーム)ほど退屈なものはないからね。
ちなみにジャンケンでも必ず勝ってしまうので、ぼくが何かを決める時は必ずアミダくじをお勧めしている。これなら動体視力は関係ないからね。
そんなぼくの生活はこの4月を境に大きく様変わりした。
まず一つはぼくが小学校を卒業して中学生になったことだ。
この春からぼくが通うことになったのは聖之杜学園という学校。都内のど真ん中、本郷通りの美しい銀杏並木通り沿いにあるこの学園には父さんの薦めで入学した。
なんでも死んだ母さんがぼくにぜひこの学校に通って欲しいと言っていた……らしい。
少なくとも父さんはそう言っている。あの父さんの言葉なので正直半信半疑なんだけどね。
この学園は中高大一貫教育を実践している私立の学校だ。最近はそう珍しくないけどこの学校はかなり自由な校風で知られており、パンフレットによれば政財界のトップや社会に貢献している数々の人材を輩出しているらしい。
結構そっち方面では有名な学校らしくて、見出しには未来のエリート養成校って書いてあったりする。
一貫教育なので一度入学さえすれば後はエスカレーターで大学まで行ける。高等部からは生徒の才能、進路に応じた細かい学科やカリキュラムが設けられ、様々な職能≪スキル≫を身に付けることが出来るという。
学科には普通科を始め、電気工学・建築・情報処理、それに特進科など多数が存在する。他にも芸能藝術科、音楽科といったものまである。
生徒の中には在学中からプロとして活躍する者やオリンピック強化選手に選ばれる者もいるらしい。
まぁそこまで行くとさすがにぼくとは全然別の世界の話なんだけどね。でも大学までエスカレーターで行けるってのは魅力的な話だ。
あと本人にやる気と才能、それに根性さえあれば単位を前倒しで習得したり、飛び級で進学することも可能。海外の姉妹校に留学しそちらでの単位習得もOKなんだそうだ。過去には14歳で大学を卒業したツワモノもいるらしい。
ぼく個人にとって最も魅力的に映ったのは、さっきもちょっと言ったけどこの学校の自由な校風だ。
この学園では生徒の自主性が重んじられており、校則もそこまで厳しくない。むしろゆるすぎるというか、学校の運営のほとんどを生徒の自治に任せているのはちょっとやりすぎのような気もする。
そして最終的な決め手になったのはこの学園の所在地だ。家から近いってことは最大のメリット、これは間違いない。
自宅から歩いて20分。バスや自転車を使えば10分で行ける距離にある。これは大きなアドバンテージだ。なにせこれから3・3・4の10年間はお世話になる訳なんだから。
ちなみに例のパンフレットによると聖之杜学園自体にはかなり充実した寮設備も準備されているらしい。
これは遠方からはるばるやってくる生徒や海外からの留学生を受け入れるためなんだけど。生徒には自由に伸び伸びと学園生活を送って貰いたい、との配慮らしい。全く至せり尽くせりな学校だ。
ぼくがこの学園の中等部に入学するに当たっての受験はそう難しいものではなかった。というか成績や内申が良好だったぼくはあっさり推薦枠が取れたのだ。
もちろん推薦受験としての筆記試験と面接はあったんだけど、思っていたよりずっとあっさり合格したので拍子抜けした。
そういった訳でこの春からぼくはここ聖之杜学園の中等部に通っている。
中等部の新1年生は6クラス全168名。その中の一人として明るく楽しい学園生活を送っている訳でして毎日が新鮮でとても楽しい。
私立なので新しいクラスメイトはほとんど初めての顔ばかり。もちろん学年全体でいえば何人かは同じ学区出身の人間も少なからずいるんだけど、顔見知りと呼べるような親しい人は残念ながら1人くらいしかいない。
でもまぁそれはあまり大きな問題ではなかった。
自分で言うのもなんだけど、ぼくは割と気軽に誰とでも打ち解けるタイプなので、すぐに新しい友人を作ることが出来た。
「いよっス!」
突然ぼくの頭に細い腕が絡みつくと――ギリギリとヘッドロックで締めつけられる。いや首に入ってるチョークチョーク。
ぼくが慌ててパンパンと腕を叩くと「悪ぃ悪ぃ」とにやけた口調で彼はヘッドロックを解いた。
「いきなりヒドいんじゃないかな、比良坂くん?」
解放されたぼくはケホケホと咳込みながら彼を睨み付けた。
彼の名は比良坂浩介くん、ぼくのクラスメイトでこの春聖之杜学園に入学するためにはるばる島根県から上京して来た新入生だ。
彼はたまたまぼくの後ろの席だった。まぁ名簿順で座っていたんだから「ひい」の次に「ひら」が来るのは当たり前と言えば当たり前の話なんだけど。
でもまぁその縁あってぼくの新学園生活における友人第1号となったのが彼だ。
「ごめんごめん、柊くんがぼんやりしてたもんだからついね」
悪びれない態度でアッケラカンと笑う比良坂くん。爽やかな笑顔に白い歯がキラリと光る。体は小柄だが意外に力自慢。栗色したフワフワでサラサラな髪に甘いルックス。これでも学年で1、2を争う美男子だったりする。
「底知れぬ悪意がこもっていたような気もするけど…?」
「ヤダナァ。ただのやっかみだよやっかみ。柊くんにはあんなに綺麗なお姉さんがいるんだよ? 思春期真っ盛りの僕らの劣情のはけ口になるのは仕方がないじゃないか。なぁ、そこで相談なのだが……週末ぜひ柊くん家にお邪魔したいっ!」
それが本音か。やれやれとぼくはため息を吐いた。
「お断り。大体もう何回目だよ、それ……」
「諦めません勝つまでは!」
いい加減諦めて欲しい。
ぼくはフワァと大きな欠伸をする。
「春は曙。柊くんの気持ちも分かるよ。こうも陽気の良い日に自習だと、ぼんやりの一つっもしちゃうよねぇ」
比良坂くんの言葉にぼくは頷いた。
「特に4時間目で全力運動やって、お昼ご飯を食べての5時間目。それが自習じゃね」
「……ところで柊くん。今回は君に重大な案件をお願いしたい」
フフフと意味ありげな笑みを浮べると、比良坂くんは上着の内ポケットから写真の束を取り出した。
机の上に広げられる写真の数々――十数枚はある。
「なんだい? この写真?」
ぼくはその中の一枚を適当に拾い上げた。そこに映っていたのは黒髪の凄い美人。
高等部の制服を着た長身の美少女だ。腰まで伸ばした長い艶やかな黒髪を颯爽と翻し、背筋もピンと、胸を張って歩くその様は可愛いというよりカッコイイといった方が相応しい。
ぼくは他の写真にも目を移した。金髪茶髪、赤髪に青髪。亜麻色に栗毛……様々な先輩がそこには映っていた。
どうやら主に高等部の女生徒が中心のフォトグラフィーのようだ。秘蔵の聖之杜学園美少女コレクションと言ったところか。
こうして見るとこの学園の留学生の多さがよく分かる。写真の半数が留学生だ。欧米を始め、東南アジアや中東、アフリカ、様々な国々から様々な人種がここ聖之杜学園に集まっている。
元々この学園は海外からの留学生を積極的に受け入れていることで知られていたが、今年は特に海外組が多いという話だ。入学してからぼくも知ったんだけど。
ぼくはちらと教室を見渡した。このクラスにも3人の留学生がいる。ベトナムとフィリピン、そしてカナダ人。慣れない日本の生活は大変だろう。ぼくも出来るだけ力になってあげたい。
「これ、高等部の鴇島先輩だよね?」
ぼくは最初の1枚を示した。長い黒髪のハンサムガールだ。
写真でも大勢の取り巻きの女生徒に囲まれており、彼女が凄い人気者であることが一目瞭然だ。まぁ彼女のことはこの学園の者で知らぬ者などいないだろう。
「おおっ、さすがは我らが聖之杜学園が誇る美女双璧。柊くんですら知っていたとは!」
「そりゃまぁね……って『ぼくですら』ってどういう意味さ」
「うんうん。彼女こそ我らが学園は高等部生徒会の副会長にして弓道部のエース。極黒の天姫の異名で呼ばれ、極星の双璧の呼び名も名高き鴇島伊織先輩だっ!」
「極黒とか極星とか、そんな呼び名初めて聞いたよ……」
なんだか厨ニ病っぽい。
「えーっ!? 知らないの柊くん?」
突然横からヒョイと女生徒が割り込んで来た。
「うわっ! と……奥寺さん?」
「なんだか面白そうな話をしてるもんだからさー聞き耳立ててたんだけど、つい反応しちゃった」
てへっと舌をぺロリと出してコケティッシュに笑う少女。
彼女の名前は奥寺由香里。当然ながらぼくらのクラスメイトだ。
両サイドでまとめた茶髪のツインテール。明るく元気で基本的には良い奴なんだけど……その、あれというか、噂好きというか。ゴシップ好きなのが玉に瑕。
入学してたった3週間あまり。既に3件もの大惨事を巻き起こしている。つまり週1ペースでクラスに爆弾を落とすトラブルメーカーな存在だ。
「意外だね柊くんが知らないなんて。学園高等部の極星の双璧――極黒の天姫と極銀の美姫。あの二人の通り名を知らないなんて、聖之杜学園の生徒にあるまじき不見識だよ?」
「そうだぞー柊くん」
熱弁を語る奥寺さんにウンウンと頷く比良坂くん。何となくこの二人はタイプが似ている。そういえば奥寺さんは将来マスコミ志望、比良坂くんはアイドル志望なんだったっけ。どこまで二人が本気なのかは分からないけど。
「ところで銀なんちゃら姫って誰のこと?」
「……柊くんのお姉様のことに決まってるじゃない。柊アリエステル様以上の美少女が、この学園にいると思ってんの!?」
ズバシと水平チョップ――激しくツッコんでくる奥寺さん。「ああ」とぼくは頷いた。写真の束を見ていてなんとなく感じていた違和感。その正体はそれか。
学園美少女写真コレクションと言う割には重大な何かが欠けてるような気がしていた。ここにはアリエステルさんの写真が無い。
そう、ぼくのこの春からぼくの生活が大きく変わった最大の点。それはぼくにこの春から新しい家族が出来たということだ。
ぼくは朝のことを思い出して思わず頬に触れた。
「どうしたの柊くん?」
「い、いや、なんでもないよ」
奥寺さんの問いにぼくは顔を真っ赤にして答える。
この春、父さんが再婚してぼくに新しい家族が出来た。新しい義母と美しい義姉の二人だ。
彼女――柊アリエステルさんは父さんの再婚相手の連れ子だ。
容姿端麗、清楚で気品溢れる、まるで絵本から飛び出したお姫様のような女性をぼくは初めて目の当たりにした。
長い銀髪と金色の瞳を持つ彼女と出会ったあの日のことをぼくは一生忘れないだろう。
薄紅色の桜吹雪の舞い散る中、ぼくらは桃源郷のような山の中で出会い――あれから同じ屋根の下で一緒に暮らしている。
一緒に暮らしていること自体はまぁいいんだ。父さんの再婚話にはぼくだって大賛成だったんだし。
ただ一つだけ問題があったとすれば、それは現在あの家にはぼくとアリエステルさんだけしか住んでいないということ――つまり二人っきりで暮らしているということだ。
新しい母さんは母国で仕事が残っていて、まだ日本に来られる状況じゃないらしい。アリエステルさんを連れて一時帰国した父さんも急遽会社から電話がかかってきて、緊急の用事が出来たとか何だでほとんどトンボ帰りで海外に旅立ってしまった。
そういった訳で現在ぼくは美しすぎる義姉と二人っきりの新生活を送っている。
これまでのぼくは父との二人暮らし。海外出張の多い父は留守がちでどちらかといえば一人暮らしのような気軽な生活を送っていた。
だけどさすがに若いお姉さんと一緒では今までのようにはいかない。大体いきなりこんな綺麗で美人な姉と朝も昼も夜も一緒の生活なんて――まぁ昼は学校なんで別々なんだけどね。
ぼくだって13歳、思春期真っ盛り。立派な男の子。ドキドキしない方がどうかしている。
アリエステルさんはどこで勉強したのか日本語を完全にマスターしていたのでコミュニケーションの不安は全くなかった。予め日本の習慣や文化風習も母国で学んでいたそうなので、こちらの生活に慣れるのにもそう時間はかからなかったし――とはいえ完全にトラブルがゼロだった訳じゃない。
妙に偏った知識を学んでいたせいもあってか、それとも母国との生活習慣の違いからなのか、来日当初は予想外のアクシデントも頻発した。
特に着替えとかお風呂とか洗濯とか。思い出すだけでもラッキー……あ、いや。これはもう記憶から消去している。二度と思い出すことは無いだろう。
そんなこんなでアリエステルさんが来日して早1ヶ月が経とうとしている――学校が始まって3週間余りが過ぎ、ようやく色々と新しい環境にぼくもアリエステルさんも慣れてきたところだ。
彼女はこの春からぼくの通っている聖之杜学園の高等部に転入している。なんでも父さんが転入手続きをしていてくれてたらしい。
個人的にはちょっと意外だったりする。てっきり外語学校かどこかに通うものと思っていた。
ただし初めて制服に袖を通したアリエステルさんの姿を見て、ぼくは確信した。
そしてその予感の通り――というか予想を遙かに超える勢いでアリエステルさんはあっという間に学園のトップアイドルとなった。
なにせあのルックスだ。仕方のない話だろう。
銀髪の物凄い美少女が転入したとの噂は初日のうちにたちまち学園中に響き渡った。彼女の姿を一目見ようと大勢の生徒がクラスに押し寄せたらしい。
翌日にはアリエステルさんのファンクラブが結成され、そこには高等部のみならず、中等部や大学、男子生徒だけでなく女子生徒や先生たちも入部したともっぱらの評判だ。
アリエステルさんの人気は外見の美しさだけではない。彼女の仕草の一つ一つが気品に満ち溢れており、雰囲気は華麗かつ荘厳、まさに『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』を体言しており、一部の信者には地上に降り立った天使とか女神とか呼ばれているそうだ。
日本語もスラスラと喋れることからも分かる通り、頭の回転も早く鋭く知識も豊富。学業優秀で運動神経も抜群。まさに才色兼備という言葉は彼女のためにある。
誰にでも優しく親切丁寧。なお家での振る舞いもほとんど完璧だ。共同生活を送って1ヶ月、彼女のだらけた姿をぼくが見たことは一度もない。
あまりに隙がなさすぎて、ぼくはちょっと心配になってくるほどだ。こんな完璧超人が果たして本当にこの世に存在していいのだろうか?
彼女の優秀さは家事でも遺憾なく発揮されている。
我が家の食事事情はアリエステルさんの来日と共に大きく改善した。
ほぼ毎日コンビニ弁当かスーパーのお惣菜だったぼくの食事は全て彼女の手作りとなり、そのメニューは洋食だけでなく和食や中華、タイ料理やベトナム料理といった多彩なレパートリーを誇る。しかもどれも凄く美味しい。そんじょそこらのレストランに負けない一流シェフの味だ。
現在二人だけで生活し、毎日アリエステルさんの手料理を食べているなんてファンクラブの人間に知られたら――それを考えると背筋が凍る。一体どんな酷い目に合わされるのか分かったものじゃない。
誤解を招きかねないので一応言い訳をしておくと、最初に一応食事は交替で当番をするって話だったんだ。
まぁ結局のところ最終的には全てアリエステルさんが当番することに落ち着いたんだけど。
これは少し申し訳ない気持ちがあるのでその他の部分での家事は出来る限りの協力をしている。お風呂掃除とかゴミ出しとか。
あ、でも洗濯に関しては、ほら――下着類とかもあるのでアリエステルさんに担当して貰っている。
実際何度かぼくが食事を作ったこともあるんだけど――そのたびにアリエステルさんが少し悲しそうな表情でこっちを見るので、結局のところぼくが折れた形。だってしかたないだろう?
彼女は自ら望んで喜んでやっている様子だし、まぁだったらこれはこれでいいんじゃないかな。だって家族なんだし。
今はぼくもそう自然に思ってる。家で家事をやっているアリエステルさんはなんだかとても楽しそうだ。
最近は環境に慣れてきたのか、掃除や洗濯、料理などをテキパキこなす片手間よくリビングで週刊誌やファッション誌を読んでいる姿を見る。
アリエステルさん来日以来父さんからはまだ何の連絡もない。連絡がないのはいつものことだし、再婚した母さんもあっちで一緒のはずだからあまり心配はしていないんだけどね。
商社で働いている父さんは海外営業の係長で現場をあちこち飛び回っている。今いるのはアリエステルさんの母国。なんでも現在あっちの国では大きな内乱が起きて色々物騒な状況らしい。
父さんの超簡易な説明によると、アリエステルさんを日本に寄越したのはこの内戦を避けるといった意味合いもあるそうだ。
別れ際父さんはぼくに彼女の言うことをしっかり聞いて、そして彼女を守りなさいと言っていた。
でも父さんに頼まれたからじゃない。ぼくはぼくの意思でアリエステルさんを守ってあげたい。彼女は綺麗で優しくて強くて賢くて――でもどこかいつも寂し気だ。
内戦の母国、幼い頃に亡くした父――きっと彼女はこれまで色々大変な人生を送ってきたんだと思う。そんな彼女に弟であるぼくに一体何が出来るのか、それはまだよく分からないんだけど。
出来る限りのことはしてあげよう。彼女はぼくのお姉さんなのだから。
【つづく】




