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弟1話(序章)

 3年後に世界は滅びる――それを知ったら君はどうする?


 嘆く? 悲しむ? 苦しむ? それとも全てを諦める?

 刻々と迫る破滅に怯え、あるいは絶望のあまり神を呪い、運命を憎んでやけっぱちとなって狂気に走る?


 それとも運命に抗う――?


 これはそんな確定した未来を変えるべく、世界の平和と安寧を守るために奔走する一人の少女の――ごく日常の物語。



【序章】


 その日ぼくは朝から憂鬱だった。

とても憂鬱だった。

 晴れた空。雲一つない良い天気。もうすぐ到来する夏の暑さを感じさせる、染み一つない澄み渡った青い空。

 眩しく輝く白い太陽。


 ああ、今日はこんなにも良く晴れたいい日なのに――ぼくの気持ちはこんなにもどんより灰色に染まっている。


 それもこれも、全ては目の前に広がるこの光景のせいだ。


 死屍累々――そんな言葉がピタリと似合う景色が今、ぼくの眼前に広がっていた。

 三百人以上もの討魔士が地面に倒れ、呻き声を上げている――まさに地獄絵図だ。


 たった一瞬の出来事だった。

 木曜日の午後1時15分、特別警報アラームが鳴り――戦いは始まった。参加は自由。そう、彼らは全員自らの意思で魔王に挑戦し、そして破れた。


 開幕と同時に三百人スリーハンドレットの戦士たちは一斉に襲い掛かった。

 ああ、でも彼らは指パッチン1回で全滅したのだ。さすがにこれはあんまりだ。いや彼らが弱すぎた訳じゃない、恐るべきは魔王の力と言えよう。


 魔界を支配する三大魔王――さすがにその異名は伊達じゃない。世界最強の魔力の持ち主であるとの触れ込みも本当のことだ。


「おのれ、魔王……っ!」

 鋭い、だが震えるような声がぼくらを呼び止めた。

 ぼくは思わずその声に振り返り、そして驚いた。

 そこにいたのは――竹刀に寄り掛かりながらも立ち上がっていたのは、ぼくの幼馴染だ。

「……どうして…?」

 ここにいるの?と聞こうとしてぼくは言葉を飲み込んだ。

 どうして?――我ながらバカなことを聞いたものだ。ここへ来たということは、魔王に戦いを挑みに来たに決まっている。

 魔王は『自分に勝ったら何でも一つだけ願いを聞き届ける』――そう宣言したのだから。

 それは余りにも魅力的な報酬だ。偉大な魔王の真名において富でも地位でも名誉でも、何でも願いのまま聞き届けてくれるのだから。

 魔王はけして嘘を付かないことを、皆良く知っている。


「……どけ、邪魔だ……そいつは……魔王は私が倒す!!」

 そう呻くように吐き捨てると、あいつはゆっくりと竹刀を構えた。

 もう体力の限界なのだろう、足の先から頭のてっぺんまでもうフラフラ、立っているだけでもやっとの有様だ。

 とはいえ魔王の即死魔法デス・ウィスパーをレジストしただけでも大したものだ。魔術の専門家である討魔士ですら耐えられなかったのに普通の人間のこいつが耐え切ったのだから。まさに奇跡に他ならない。

 あるいは日々の厳しい修練の賜物か――あるいは隠されていた魔導の才能が目覚めたか。


「……もうやめなよ」

 ぼくは無駄を承知で説得を試みた。

 だがあいつはぼくの言葉に小さく首を左右に振って答える――分かっていたことだけどね。あいつがぼくの言葉を素直に聞く訳がない。

「……残念だけど、ぼくと戦って倒さないと魔王とは戦えないよ?」

 この勝負の、たった一つの制限ルールがそれだ。

 ぼくの役目は魔王の前座。魔王と対戦を希望する者はぼくに一本を入れないといけない。つまり誰かがぼくを倒せば後はフリーに魔王へのお目通りが叶う。

 実に単純なルールだ。


 ぼくは大きく深呼吸するように息を吐くと、持っていた黒い警棒を正面に構えた。

 警棒が一際眩しい光を放ち、細い片刃の長剣形態へと変化する。

「……邪魔……だと言ったぁ!!」

 フラフラだったはずのあいつが凄まじい速度で竹刀を打ち込んできた。上段からの素早い一撃をぼくは剣を盾のように翳して受け止める。

「そうはいかないよ。悪いけどぼくも本気で行かせてもらうっ!!」

 この初撃は囮なのは分かってる。

 ぼくは竹刀の衝撃を受け流すと同時に半身を引いてあいつの二撃目を避ける。攻撃を見切られていることを悟ったあいつは更なる連続攻撃を諦め、体勢を立て直すべく一足飛びに離れて間合いを取った。

 小柄な身体のせいで一撃の膂力には欠ける。しかしそれを補う圧倒的な打ち込みの速さがあいつの持ち味だ。お互い手の内はよく知っている。

 でも長年の修練に裏付けられた実力の厚み――剣捌きの腕前はぼくよりあいつの方が数段優れている。

 さすに昨年の全国大会で優勝を掻っ攫った実力者だけのことはある。僅かな隙も見せられない。

「っ……やっぱり強い……とても2年のブランクがあるとは思えないっ!」

 舌をちろりと出してあいつは笑った。

 昔みたいに笑った。

 そうだった――昔はよく一緒に素振りしてたっけ。

「ぼくが強いんじゃなくて君がへばっているせいだよ。もう諦めなよ」

 ぼくは頭をポリポリと掻いた。

「いっ、やぁぁっ!」

 それは掛け声なのか、それともNOの意味だったのか――あいつは一際大きな声で叫ぶと、渾身の突きを放った。離れた距離から一瞬で間合いを詰める。超駿足の高速剣。

 と同時に鋭い突きを喰らわせる必殺剣――名付けてその名も『無影突き』。あいつの父さんが得意とする必殺技だ。

 だがこれは剣道の試合なんかじゃない。

 ぼくはあいつの技発動と同時に大きく身を引き――同時にコマンドを唱えていた。構えていた剣が瞬時に形を変える。

「ごめん、ユウちゃん」

 ぼくはためらいなく銃爪トリガーを引いた。


 ズキューン!――もはや立っている人間の誰もいないグラウンドに、乾いた銃声だけがむなしく鳴り響いた。




 ウゥゥーッ――校内に鳴り響く特別警報アラーム

 本日2度目のこれは試合終了を告げるサイレンだ。

 試合の結果は一目瞭然。挑戦者側の全滅である。

「……さすがは魔王陛下ですね。十六重積層聖魔封印結界をその身に施されてなお、これだけの魔力を行使出来るとは。恐れいりましたなぁ」

 校舎の屋上からグラウンドの様子を見守っていた黒い背広姿の男は息苦しそうに首元のネクタイを緩めた。

「……監察官、貴殿は今回のプロジェクトのことをどこまで知っているのだ?」

 少女の凛とした――非難混じりの声に背広姿の男は困ったような表情を浮かべ振り返る。

 男の背後には長い黒髪の――腰まで長く伸ばした、艶やかな黒髪の女生徒が立っていた。

「計画のことは国家機密――いえ、広域次元機密漏洩に当たりますよ巫女天使。いや、それとも極黒のなんちゃら様とお呼びした方が宜しいですかな?」

 黒髪の少女は顔をわずかにしか めると、プイと視線を反らす。

 彼女は実に美しい少女だった。長身でスタイルもいい。だがそれはどこかまるで人形めいた美しさを感じさせる。

 人あらざる者なのだから仕方ない。


「それにしても若年層とはいえ世界代表の次世代討魔士ネクストジェネレーション、三百余人が一斉に襲い掛かって3分持たないとは。しかし流石は魔王陛下も認めた勇者候補ですね。よもや最後まで残るとは大したものだ」

 黒服の言葉に少女は唇を噛んだ。なにが『流石だ』だ。最初からこうなることは分かっていたくせに。

 いかに天使十六人による強力な封印を施されているとはいえ、魔王の力は並の討魔士三百人のそれを軽く凌駕する。

「それにしても今回のバトルには例の彼女たち参加していない様ですね。敵前逃亡とはちょっと意外ですな」

「……既に彼女たちは一度魔王に挑み破れている。だから敵前逃亡でもなんでもない。研究も策もなく闇雲に突っ込むのは愚か者のすることだ」

「あらら。もしかして怒ってます?」

 黒服の男は意外そうな表情を浮べた。

 この天使娘がこうも感情的になるのはこの2年で初めてだ。以前政府転覆を図った魔法テロリストどもを大量滅殺する時ですら彼女は無表情にやってのけたのに。

「……別に貴殿に対して怒っている訳ではない」

「でしょうね。聖属の連中は魔王陛下の追い出しにやっきになっていますが……まぁ無理からぬことでしょう」


 現在この学園では大きく分けて2つの勢力が争っている状態だ。

 一つは魔王の入学を認めるグループ。むしろ魔王の配下になりたいグループというべきだろうか。今では魔属――つまり魔力使マジックユーザーいや獣人、妖怪連中を中心に魔王の親衛隊ファンクラブすら存在している。

 もう一つは魔王の入学を認めないグループだ。こちらは聖属と呼ばれる、いわゆる神力使リリックユーザーいを中心とするグループ。聖職者や祓魔士エクソシストを中心に反発を強めている。それに人間世界は人間が守る――そういった保守的な意識を持った者も少なからずいる。


 少女たちが通うこの学園は世界にも数少ない特殊な学校だ。

 魔属聖属を問わず広く人材を募集し、非人間の魔属は人間社会に適合するために社会常識を学び、聖属は己の能力を研鑽し伸ばすために日々勉学に励む。

 相反する異なる種族が相互理解を深め、共に人間世界を守る存在となり社会平和を構築する――それがこの学校の教育理念だ。


 だが現在の状態はどうだ? 異常事態ではないのか?

 魔界でも名高き三大魔王の一人『妖魔王』本人がこの地上界に降臨し、あまつさえこの学校に通っているのだ。

 『地上界保護のための多元汎世界不可侵条約』、通称サクラ条約の履行はどうなっているのか――というか、そもそも『魔王が転校生としてやって来る』なんて話が成立する方がそもそもおかしい。

 魔王ほどの異世界の重鎮が勝手に地上界に来ることなど有り得ない。というか許されるはずがない。

 この人間世界を取り巻く他の異世界の重鎮、割と甘い天界の天使長や妖精界の女王はともかく、魔界の他の魔王や死神界の死王、冥界の悪魔王、鬼獄界の鬼姫らが納得し許可を与えるはずがない。彼らは皆虎視眈々とこの人間世界の利権を狙っている。

 そう。有り得ないのだ――妖魔王にだけ、そんな特例を認めることなど決して。


 魔王が日本にいることについて、日本政府は存在そのものを公にしていない。だがこうして政府の人間が魔王の動向を監視しているところを見れば明らかだ。

 これは政府が魔王の滞留を正式に認めているという逆説的な証明に他ならない。一体どんな裏技を使ったというのか。


「そもそも、この地上世界アスワルドはサクラ条約によって守られているんじゃなかったのか?」

「まぁ……サクラ条約にも様々な抜け道がありますからねぇ」

 肩をすくめる黒服。

「それに我々奉行所の『星見』の間でも3年後にこの世界が滅ぶ確率は99パーセントと出ています。地上世界の壊滅は三千世界の崩壊――結局我々は魔王陛下の計画に乗るしかないんですよ」

 魔界でも最強の魔力使いと呼ばれるのが妖魔王だ。

 魔王はその力ゆえに未来を見通し、未来に起こる出来事――事象すらも操ることが出来るとさえ言われている。

 しかも当代の妖魔王は歴代のそれを遙かに凌駕する強大な力を秘めているらしい。

 だがその力を持ってしても魔界を含めた三千世界の滅亡を防ぐことは出来ない。だから魔王はこの地上界にやって来た。

 三千世界滅亡の発端となる人間世界壊滅。その未来を回避するために――と本人が言っていたのだからその事に間違いはないのだろう。

 魔王はけして嘘を言うような人物ではない。それは少女が一番良く理解している。魔王が信頼に足る人物であることを。


「どうするんですか、次は貴女も闘いますか巫女天使?」

「私の活動権限は私自身にない。私には決められん」

 少女は吐き捨てるように呟いた――そうでなければこんなところでじっとしてなどいられない。

 少女がどんな気持ちで戦いを見守っていたのか、黒服の男だって知らないはずは無いのだ。

「そうでしたね……貴女は奉行所の備品。我が日本で唯一の『正天使』なのですから」

 ふむ、と鼻を鳴らすと黒服は胸ポケットから一通の書状を取り出し少女に手渡した。

「なんだこれは?」

「遅くなりましたが今回の『勇者育成計画』への日本政府の参加許可証ですよ。本日只今の時刻を持って、貴女は寺社奉行の備品業務から解放されます」

「……いいのか? 本当に?」

 少女の表情が大きく変わった。瞳を大きく見開き驚きに満ち溢れた顔になる。氷の仮面が剥がれた瞬間だ。さっきまでの感情を押し殺した表情とはまるでうって変わって別人のようだ。

「もちろんですよ。どちらにせよ後3年もすれば世界は滅ぶんです。お役所仕事なんかしてるより、大いに青春を謳歌した方がトクじゃないですか」

「蘇我監察官……」

「ほら。早く妹さんのところへ行ってあげたらいかがです?」

 黒服の男の言葉に少女は無言でペコリと一礼すると――風のように走り去って行った。

 普段はクールで冷徹――疑り深い性格のくせに、妙なところで素直で正直なのが可愛らしい。

「ま、魔導兵器としてお国のミリタリーバランスの一部になるより、恋に勉強に大いに励んだ方が年相応ってもんですよ、姫」

 そう呟くと黒服の男は手摺にもたれ、ポケットから煙草を取り出し火を着けた。


 誰も見ていない校舎の屋上で男は校則違反と服務規程違反をゆっくりと満喫するのだった。



【つづく】


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