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08+ライバルと覚悟

 キース隊長の弟くんが、離宮へやってきた。隊長と同じブロンドの髪にヘーゼルの瞳と、非常に見目眩しい美少年だった。隊長をちっちゃくしたら、まさしくこんな感じだろうな。瞳の色が違うくらいである。遺伝子つえーな。


「はじめまして。シーザー・コールドウェルと申します。皇子殿下の侍従として、これから誠心誠意尽くす所存です」


 めちゃくちゃしっかりしてるんですけど。わたしが知ってる十一歳って、孤児院で走り回ってるような子供のはずなんだけどな。ああ、彼はもう十二歳なんだ? しかしハンスといいシーザーくんといい、高貴な子供ってのは、大人じゃなくては勤まらないのだろうか。

 ちなみにシーザーくんは、お家の教育方針で本来は成人するまで子供は外へ出さないそうなのだが、今回は皇族の勅命ってことで召集に応じてくれたらしい。ありがとうございます。

 ただその妥協点として、彼は離宮に住み込み、というわけにはいかず、定期的に出仕してくれるらしかった。めんどくさいこと頼んでほんとごめんよ。

 さて、そのシーザーくんの実力だが、とんでもなかった。

 行儀作法もさることながら、歴史は教科書を丸暗記してんじゃないかってくらい、空でつらつら述べたかと思えば考察すらし始めて、算術はハンスが解いている横で先生と雑談を始めてしまうくらい計算が速く、社交的であった。

 おい、だれがハンスの自信をへし折れって言ったんだよ! もうちょっと普通の十二歳はいなかったのか!?

 そんな八百長よろしくな、黒い大人の考えそうなことを脳内で叫びながらキース隊長を睨む。眼を逸らされた。ムキーッ!

 次は剣術の稽古なので、広めの渡り廊下を移動している時だった。シーザーが空気も読まずに、にこやかに言う。


「皇族の方とお勉強なんて、付いていけるか不安だったので安心しました」


 こんの、イイ笑顔でぬけぬけとおおお!?

 違うから。ハンスってば今本調子じゃないからさ。普段はもっとできるのよ!

 むう、シーザーはいかん。こいつはわたしの敵だ。かわいい息子をバカにされて(それも貴族特有の遠回しな言い方で)黙っていられるかい!

 わたしがモンスターペアレンツ上等で鼻息荒く突っ掛かろうとしたら、なんとハンスに制止された。ハンスどいてそいつ殴れない!

 そんなわたしたちを見て、シーザーが鼻で笑った。


「なんですか? 侍女風情は下がっててください」


 シィイイザァアアア!!?

 この選民意識の高さ! ああもう、ますますもって鼻につく。顔はいいけど性格曲がってるぞ。そして今、君の言葉を借りると君自身も『侍従風情』だからね! ブーメランってのを知った方がいい。

 たしかに今のわたしは自前の法衣で下働き感満載だけど、ハンスのお母さんなんだからな! そしてあんまり侍女をバカにするなよ。マーシャまじですごいんだからな!


「口を控えろ、侍従が」


 あ、ブリザード。

 ハンスの皇子モードにスイッチ入りました。シーザーも驚いたのか眼を丸くした。怖くはないんだね。さすが貴族。わたしは自分が言われているわけでもないのに、怖いよ!


「わたしはたしかに未熟だ。認める。しかしこのひとには触れないでもらおうか」


 空気が凍りつく音の幻聴さえ、聞こえそう。こんなに静かに苛立つハンスを、わたしは見たことがなかった。

 この冷気のすべてを向けられながら、しかしシーザーはなおしたたかだった。


「何を言い出すかと思えば、皇子殿下が侍女をかばうんですか? ずいぶんご執心のようで。趣味のいいことですね」


 この子たち、いったいどんな修羅場くぐってきてるんだろ。間近にいるだけで、わたしは恐ろしくて卒倒寸前だっていうのに。

 そしてわたしのすぐ後ろから、小気味よいかすかな金属音がした。ガイア副隊長が剣に手をかけた音でした。彼は孤児院の一件から、ちょくちょくわたしに付いてくれるようになったのだ。

 うん、明らかに今わたしがバカにされたもんね。でもわたし、シーザーを見極めたかったから自己紹介してないんだよ。つまりシーザーはわたしのこと知らないから! 仕方ないから剣はおさめて!

 わたしが自分のことで怒るのはいい。でも、誰かがわたしのために怒ってくれるのってうれしいんだけど、慣れていないせいでなんか困る。わたしはおかげでちょっと冷静になれた。

 ハンスは、口の端を無理矢理持ち上げた。表情とは打って変わり、忌ま忌ましげに吐き捨てる。


「母上が何もおっしゃらない以上、わたしが彼女のことで、おまえを糾弾することはできない。母上の恩情に感謝するんだな」


 あ、ハンスはきっと調理場で権力を振りかざしたときのことを反省しているみたいだ。ちょっとうれしい。

 ちなみにしつこいようだけど、こいつら数え年で十二歳だからね。これもう十二歳がゲシュタルト崩壊起こしてるよ。


「しかしわたしは母上のようにはいかない。恥ずかしい話だが、下衆の勘繰りを受けて許してやれるほど、度量に余裕はないんだ」

「殿下はわたしを下衆だとおっしゃる?」

「剣を取れ、シーザー」


 ハンスは剣を抜き、胸の前でその剣をまっすぐ天に向かって立てる。一拍置いてから、その切っ先をシーザーへ向けた。

 け、決闘だ! たしかこの間、キース隊長に習ったんだよね。ヤバい、本物初めて見た。カッコイイ!

 シーザーも不敵に笑うと、慣れてるのかってくらい流れる美しい所作で返した。


「ではわたしが立ち会います」


 ずっと後ろで諦観していた、キース隊長が踊り出る。わたしはガイア副隊長に手を取られて下げられた。もうちょい近くで見たいけど、これ以上は危ないんだろうな。


「止めなくても?」

「へ?」


 ガイア副隊長がしゃべるなんて。なにか大事なことのような気がして心臓が早鐘を打つ。


「これは決闘です」


 わたしはさっき、バカみたいにはしゃいで喜んだ。でもひょっとすると、それは間違えたのかもしれない。

 決闘は不意に始まった。そして次の瞬間には二人の距離がなくなっていて、ハンスの剣が吹き飛んで決着が着いていた。シーザーに、ではない。なぜかキース隊長に弾かれていたのだ。

 ど、どうしてこうなった。

 シーザーは信じられないものを見たと驚愕の表情のままその場へ崩れ落ちるし、キース隊長は鋭い目つきでハンスを睨んでいるし、ハンスはつまらなそうにシーザーを見下ろしていた。

 わたしには速過ぎて二人の間に何が起こっていたのかわからなかったので、ガイア副隊長の解説を聞くことにした。

 先に動いたのは、シーザーだったらしい。一息でハンスの目前まで距離を詰めて、剣を下から上へ振り抜いたそうだ。剣が弧の軌跡を描くのが美しかったので、それはわたしにも見えた気がした。シーザーはその見た目同様、華やかで優美な動きが特徴の剣術を好むようだった。それは相手を殺すための実践的なものじゃなくて、圧倒して捕らえるために用いられる、貴族特有の演舞剣術だ。貴族のお坊ちゃんらしいといえばらしいけど、わたしにはちょっと意外に思えた。てっきりシーザーって、相手を完膚なきまでに叩き潰すのを好む、悪いやつのイメージを持っていたからだ。やっぱりひとって、見かけじゃないんだね。感心した。

 で。問題はハンスだ。こっちは鋭角的に研ぎ澄まされた、突きをメインにした戦法を取っているのだそうだ。剣ってのは構造上、払いより突きに向いた武器らしく、ハンスは正しくそれに則り動いた。シーザーの払いは威嚇が多いため、動きが読みやすい。ハンスは紙一重でそれをかわし、すかさず突きを繰り出したらしい。比較的捉えやすい剣術とはいえ、初見でここまで見極めたのはさすがです、とはガイア副隊長のハンスへの賛辞だ。

 ただ、ハンスの繰り出した一撃がよくなかった。切っ先を潰して切れない練習用の剣を使用していたとはいえ、ハンスの繰り出した威力だと、キース隊長が弾かないとシーザーは死んでいたらしい。ええええ!? まばたきしている間に、そんな命のやりとりがあったっていうのか。

 わたしはとにかくハンスが心配で走り寄り、彼に飛びついた。わたしより低いハンスはよろめくけど、いつもどおり受け止めてくれた。


「ハンス、ハンス! 大丈夫だから! 隊長のおかげで殺してないよ。シーザーは無事だよ!」


 一生懸命声をかけると、ハンスはようやくシーザーから視線をこっちへ向けてくれた。そのアイスブルーの瞳が潤んでいく。


「殺して、やりたかったのに……」


 ハンスの押し殺したような声に、シーザーの肩がびくりと跳ねる。いや、落ち着いてシーザー。ハンスが言いたいのはそんなことじゃないから。


「皇子でいられない僕は、死んでもよかったのに。だから決闘を挑んだのに、シーザーはそんなことなくて、拍子抜けして……止まらなかった」


 シーザーも、キース隊長も固まってしまった。

 そうだった。ハンスは冗談が通じないっていうか、めちゃくちゃ不器用なやつだったよ。

 決闘だったから、ごっこ遊びのつもりで持ち掛けたわけじゃないんだ。

 ハンスは文字通り、命を取り合う覚悟で挑んだのか。

 わたしもそうだし、シーザーも、隊長も、ハンスを知らず知らず侮っていたんだ。それは許されざる不敬なことだった。言い訳もできない。


「ハンス、皇子でいられない、って、誰かそんなこと言った?」

「言ってないけど、みんな思っているでしょう? 勉強もできなくて、剣技も未熟で、皇帝だって、僕を見てくれない。こんな僕は、皇子にふさわしくないでしょう?」


 ふさわしい、ふさわしくないで言ったら。


「めちゃくちゃふさわしいよ!」

「レナ?」


 わたしは泣きたくなりながらひしりあげる。


「皇帝の息子以外で、誰が皇子になれるっていうの!?」


 ぜったい切れない、不変の絆を持ってる。それだけじゃ不満だっていうならハンスは贅沢だ。わたしがそんなものを持っていたなら、どんな手段を用いてでも皇帝に擦り寄ってみせるのに。いや、これは嫉妬だ。息子にまで嫉妬するとは、わたしも大概情けない。

 そうか。わたしがハンスに皇帝と仲良くしてもらいたいのは、ハンスが皇帝に愛されてほしいと思う気持ちはもちろんあったけど、ハンスをわたしの代わりにしていたところもあるのかもしれない。

 わたしじゃ望みが薄いからって、ハンスを応援していたのだ。嫌な自分を知らされて苦しい。けど、それを思い知らせてくれるのが、この子でよかった。わたしはこれからは曇りない眼で彼を見て、今以上にもっとハンスを大事にできる。むしろ、気づけて良かった。


「ねえハンス。わたしたちは、きっとよく似てるんだ。顧みられない、皇后と皇子」


 ハンスがごくりと息をのんだ。


「レナが、そんなこと考えてたの?」

「そうだよ。わたしは皇帝を敬愛してるから」


 これを口にすると、わたしはもうお飾りの皇后で甘んじていられない気がして、怖くて言えなかった。心ではずっと皇帝の傍へ置いてもらうことを望んでいるくせに、おくびにも出さなかった。

 それは都合の良い皇后として振る舞うことで、保身に走っていただけなのだろう。

 自分をさらけ出すのは、ほんとうに勇気のいることだ。でもハンスが命懸けで皇子の座を望んだから、わたしも誠意を見せなくてはいけない。


「ハンス、わたしたちはきっと一蓮托生なんだよ。だからハンスが泣いてうちひしがれるなら、わたしが手を引っ張って促してあげるよ。代わりにわたしが皇后でいるのを諦めるようなら、殴ってでも止めてほしい」

「……レナが言うことは、めちゃくちゃだね」


 僕がレナを殴れるわけがないのに、なんて言いながらも、そのアイスブルーの瞳には決意の火が点っていた。

 わたしたちの一連のやり取りを見ていたキース隊長とシーザーは、うやうやしく臣下の礼を取った。それは皇族に対する、最上位の敬意をあらわした礼だった。


「わたしたちの剣は、皇后陛下と皇子殿下のもとへ」


 その日以来、キース隊長は以前にもましてハンスをびしばしとしごくし、シーザーは熱心なハンスの太鼓持ち要員と化した。どうしてこうなった。

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