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04+中庭で遊ぶ!

 パラソルをさして、バスケットを腕に提げて、扇子なんかも持っちゃって。

 お姫さまのピクニックスタイルに悦に浸りながら、わたしはハンスと並んで歩いた。

 計算された植物の配置に、感嘆のため息を漏らす。

 この中庭は、先々代皇帝の曾祖母さまのさらにお祖母さまの頃から力を入れていたらしく、かなり見応えのあるものだった。

 素人だからよくわからないんだが、マーシャの解説を聞く限りは、ほんとすごいところなんだと察する。そっちの業界のひとたちがこぞって観覧許可願いを出しているけど、なかなか離宮という性質上叶わぬ夢となっているらしい。

 マーシャの話でわたしがわかったことといえば、この中庭をすべて見て回るためには、一月がかりになるらしいということだ。おまけに季節によって見ごろも変わるため、毎月毎日入り浸っても新しい発見があるらしい。すげえな。お散歩にはもってこいなので、これからはちょくちょくピクニックに来ようと思う。

 ハンスは最初こそ「僕がバスケットを持つよ!」って張り切っていたけど、蝶々やらてんとう虫なんかを見つけるたびにすっ飛んでいくので、わたしがあずかった。中身がシャッフルされてしまう。

 今は小川の(中庭に流れてるんだよ。池もあるらしい)小魚に夢中である。


「レナ! ほら、見て、あそこ! あ、あっちもなんか跳ねた!」

「けっこういるね。すくってみたらごっそり捕れそう」

「え、いいのかな」

「すぐに返せば大丈夫じゃない?」

「そうじゃなくてさ」


 なにやらハンスがためらっている。なので首を傾げて促してやる。


「えと、お行儀悪いでしょう?」


 ああ、そんなことを気にしていたのか。わたしはにっこり微笑んだ。


「バレなきゃ平気でしょ!」


 わたしはバスケットとパラソルをマーシャに預けて、手袋を外した。咎められるかと思ったけど、マーシャは相変わらず涼しい顔をしていたので、これをわたしはゴーサインと受け取っている。

 小川のほとりに膝をついて、そーっと手を浸した。ハンスが息を詰めてわたしを見守っている。ギャラリーがいるとがぜん燃える。わたしは意を決して、一思いにすくい上げた。水しぶきが、きらきらと光を弾いている。でもわたしの手の中には、一匹も小魚は入っていなかった。


「むう、すばしっこいな」

「僕もする!」


 ハンスが勢いよく手を水へ突っ込む。冷たい! って言って慌てて手を引っ込めていた。からからと笑って楽しそうだ。わたしも楽しくなってきて、夢中で小魚を追いかけた。

 浅瀬だったので、ハンスなんて靴まで脱いで小川へ入り、彼がばたばた走るたびに飛沫が上がって冷たい。テンションの上がりきったわたしたちは、そんな些細なことも楽しくてずっと笑っていた。

 仕切りを作って魚を閉じ込めようとしたり、じゃあそんな仕切りのために探していた石が丸いことに気づき、より丸い石を探したり、逆にひらべったいのを探して積み上げて高さを競ってみたり。キース隊長から教わって、葉っぱで小船を作って浮かべ、競争させたり。

 なかなか飽きの来ないわたしたちだったが、マーシャがタオルを持ってやってきたので一旦切り上げることにした。敷き布を広げて、そこにハンスを座らせて足を拭いてやる。


「わ、すっごく冷えてる。大丈夫? 寒くない?」

「大丈夫! まだ入っていたいくらいだよ」


 でもこの辺りでやめておいて、よかったのだろう。体調を崩してからでは遅い。さすがマーシャである。わたしももっと、気を配ってやらないとなあ。

 十歳を超えた子供なら子守なんていらないと思ってたけど、けっこう無茶をするので見ていてあげないといけない。ハンスは外面がほんとよくできた子なのでわかりにくいけど、今まで保護者と関わってなかった反動か、中身は甘えたい盛りの男の子なのだ。

 もちろんわたしは甘やかし担当なのだが、そればっかりにかまけないよう気をつけよう。

 ついさっき朝ごはんを食べた気がするが、もうお昼になっていた。

 楽しみにしていたお弁当の時間だ。

 ハンスはベーコンの具が入ったパンへ、勢いよくかぶりついた。おいしそうだ。無我夢中でたべている。なのでわたしも、ハムのはさんであるパンを食べる。思っていたより肉厚で香ばしい。スパイスもきいてある。いくらでも入りそうだ。ちゃんと野菜も入っているのでバランスは良好である。

 フルーツのはさんであるやつは、デザート感覚で食べた。うん、ジャムもおいしいんだけど、ごろごろした果肉がいいんだよね。満足である。

 もちろんスープも飲んだ。さすが魔法瓶、あったかかった。

 今はマーシャの入れてくれた紅茶を飲んで、一息ついている。ちなみにマーシャとキース隊長は、わたしたちの邪魔にならないよう、離れたところで昼食を摂ったらしい。言ってよ。一緒に食べたかったよ。


「あっという間に無くなっちゃったね」


 ハンスが遠い眼をして寂しそうである。よほどおいしかったと見える。


「また作ってもらおうね」


 眩しい笑顔で頷いてくれた。

 初めはもっと冷たい印象の男の子だったけど、実はハンスはよく笑う太陽みたいな子だと思う。銀の髪とか、アイスブルーの瞳が、彼を冷たく見せる要因なのかなーと邪推する。

 そこで皇帝のことを思い出す。

 かの方もまた、凍りついたような美貌の御仁だった。よく聞く話だが、最愛の皇后を亡くされた時点で、心を凍てつかせてしまったらしい。容姿にともない、そういった心的概容も滲み出ているってことだろうか。ひょっとしたら皇帝も、皇后さまの前では、ハンスみたいに朗らかに微笑んだのかもしれないね。


+ + +


 午後からはバードウォッチングで楽しんだ。

 ありとあらゆる植物が植わってあるここでは、さまざまな渡り鳥もまた立ち寄っていってくれるのだ。めずらしいやつを見かけたら、走って追いかけた。インドアだと思ってたけど、わたしはどうやらアウトドアもすきらしい。ドレスはよれよれだし、汗もいっぱいかいた。ハンスなんて、ジャケットを脱いでる。いいな。わたしはこれ以上、脱げないもんな。

 慣れない靴のせいでちょっと足が痛いけど、そのつど癒しの術をかけてごまかす。ほんと教会出身でよかった。

 こうして無我夢中に遊び倒していたせいで、くたくたになっていたから油断した。なんとわたしがさしていたパラソルが風で舞い上がって、木の高いところへ引っ掛かってしまったのだ。


「どうしよう!? あのパラソルって高いんじゃない!?」

「レナ、落ち着いて」


 あろうことか、ハンスが木に登りはじめた。ちょ、危ないって!

 止めようと思ったけど、キース隊長がすかさず傍に来てくれた。キース隊長やマーシャは、どうやらわたしたちのやることに口出しはしないけど、ちゃんと見守ってくれているようである。なんだろ、すごく頼もしいし、嬉しい。

 キース隊長がうまい具合にサポートしてくれるので、ハンスがどんどん登っていく。ついにパラソルが引っ掛かった枝まできたので、ハンスが強く揺さぶって落としてくれた。こういう冷静なところに感心する。わたしだったら迷わずパラソルまで特攻して、もろとも落ちてしまうだろう。賢い子って、日常からして賢明に生きてるよね。

 わたしはふわふわと降ってきたパラソルを掴んで、ハンスを見上げた。親指を立てたら、同じく返してくれた。

 すると周りから一斉に拍手が上がった。木々の間や茂みから大勢の使用人が顔を出したのだ。びっしりとわたしたちを囲うようにくまなく人がいたなんて、まったく気がつかなかった。

 代表なのか、一人の男のひとがわたしに寄ってきた。ハンチング帽を被ったチョビ髭の彼は、庭師のヘンリーと名乗った。


「このたびは皇后陛下と皇子殿下をお迎えでき、光栄の極みでございます!」


 実は最近の皇族は庭の散策なんてしてくれなかったらしくて、わたしたちは五十年ぶりの皇族になるらしい。そんなに? まあわたしもマーシャに言われなきゃ来なかったけど。

 そして庭師一同、わたしたちのはしゃぎっぷり遊びっぷりに、感銘を受けたらしい。とくにハンスが登った木は樹齢百歳を超える、この庭の御神木とよばれる大樹だったということが発覚する。そんな豪気な皇族は例を見なかったそうだ。うん、ハンスは腕白坊主だと思う。

 ひょっとして、わたしたちってずっと見られてたのだろうか。いろんなひとの眼に触れるって、こういうことか。だからわたし、こんなおめかしされたのね。今さらながら恥ずかしくなってきた。かなり奔放に遊び倒していたからさ。


「庭師一同、お二人の次の再来訪を、心よりお待ちいたしております!」


 いい笑顔に見送られ、わたしたちは中庭を後にした。

 遊び疲れていたけど、日課の剣術の稽古をかかすつもりのないハンスに付き合い、もう一度汗をかいた後(ハンスは鍛練で、わたしは冷や汗)、お風呂に入ってソッコーで寝た。充実した一日だった。

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