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父親の勇姿は息子の誇り

作者: 漆峯 七々
掲載日:2026/04/18

 重々しい機械音が鳴り響き、鋼鉄の扉がゆっくりと左右に開いていく。

 赤黒いフラッシュライトが交差する中、スモークが足元を這い、禍々しいパイプオルガンの旋律が会場に響き渡った。

『さぁ、魔将軍様。思う存分、この世界を絶望のどん底に叩き落してください』

 耳につけたインカムから聞こえてくるスタッフの声が私を役へと集中させてくれる。普段は正義側。しかし、今日は悪役だ。その緊張感——正義を踏みにじる側として、観客の期待を裏切らないプロとしての責任感が、胸の奥底に重くのしかかっていた。

 私は大きく深呼吸を一度すると、禍々しい棘だらけの重厚な装甲を鳴らしながら、ゆっくりと一歩を踏み出す。



* * *

 目の前に広がるのは、ハリボテで作り出された都市の風景。この国の町並みを一部を くり抜いて作られた舞台のセットはどこか見覚えがあるものだった。

「フフ……アハハハハ!!」

 機械を通して響く私の声は、自分でも驚くほどの邪悪で野太い高笑い。

 私はゆっくりと歩みを進め、ステージの真ん中ほどに若い女性へと近づいていく。

 ブーツのカツカツという規則的な音が鳴り、その度に女性の顔に恐怖が広がり、今にも泣きそうになっている。

「この可愛らしい人間が今日の妾の食事ということか」

 私は女性の肩を掴もうと腕を伸ばしたその時。

「そこまでだ、魔将軍! 幼気な女性に手を出すことは、この私が許さない!!」

 赤と青のタイツスーツ。愛と平和の戦士『ピースメイカー』だ。

 正義を振りかざす、どこまでもまっすぐな言葉。

 私は心の中で、台本通りに事が運んでいく事に内心ホッと息を漏らすと、不敵な暗い笑みを浮かべる。

 両手を広げ、背中のマントをはためかせると、腹の底から絶望の宣言を叩きつける。

「来るがいい、この街のヒーロー! その正義感ごと、妾のこの手で握りつぶしてみせよう!!」

 私は女性との距離を取るためにゆっくりと後ろへと下がっていく。それを合図にピースメイカーは走り出し、私に向かって拳を振り上げた。

 ここで躱して私が反撃する。そして……。

 ピースメイカーの拳を身を反らしながら躱すと、その顔に今度は私が拳を叩き込もうと拳を振り上げる。

 この拳は受け止められる——はずだった。

 台本通り拳を振り抜いた私に対して、ピースメイカーは……殴られたように後ろへと吹き飛ばされた。


「さすが……えっ?」


 会場に緊張が走る。耳につけたインカムからは明らかに動揺が伝わってくる。倒れたピースメイカーは地面に伏せたまま動こうとしない。

(台本と違う。何してるのよ。依頼人さん!)

 会場はどよめき、女性もどうしていいのか戸惑っている。私は必死で頭を回転させると、ピースメイカーが女性から離れた場所に倒れていることに気づいた。

 そして同時に、依頼人の顔を思い出す。彼はプロの役者だ。無意識に自分の配置を考慮したに違いない。

「そ、そうか! さ、さすがピースメイカー。妾の好敵手。女性を逃がすためにワザとこの妾の攻撃を受けたということか。この策士め。その浅はかな考えを後悔させてやる」

 マントで隠れた腕で女性へ下がるように合図を送る。気づいた女性は小さな悲鳴を上げながら慌てて舞台袖へとかけていった。

 ゆっくりと時間をかけ、ピースメイカーへ近づいていく。

「さてどう料理してやろうか?」(早く次の指示を用意して!!)

 心の中で願いながら、ピースメイカーの見下ろす位置まで来ると私はその場にしゃがみ込む。

「……依頼人さん。しっかりしてください。今日はあなたが主役なんですよ」

 会場に聞こえないくらいの小さな声でピースメイカー(依頼人)に呼びかける。呼びかけに応えるように、その場でバッと起き上がる。

「さすが、魔将軍。私の作戦に気づいたか。だが、女性の命を救うためなら、貴様の攻撃など恐ろしくもない」

 再び対峙した私とピースメイカー。

 やっと、私の耳へ新しい指示が飛んできた。その言葉に胸を撫で下ろした私は睨みつける。


 そこからはピースメイカーとの激戦を繰り広げた。最後には私はよろめき膝をつく。


「くっ……。やはり、侮れんな。ピースメイカー」

 息を荒げながら、立ち上がろうと頑張ってみる。

「人々の笑顔を守るためなら、何度でも私は貴様を倒してやる。受けてみろ! ピ――――ス・バスタァァァァァ!!」

 必殺のポーズをピースメイカーが取ると、照明が瞬き、眩い光線が私に向かって放たれ、胸へとクリーンヒットする。

「ギャァァァ!!」

 私が断末魔をあげると同時に舞台に再びスモークが焚かれた。私の身体を覆い隠すと背中につけられたワイヤーで大きく後ろへと引っ張られていく。



* * *

 特別講演を終えてスタッフ一同が片付け始めている。

 舞台の裏に用意されたスタッフの休憩室で、私はもらったジュースで喉を潤していた。普段これほどの厚着をすることがないせいで衣装の下の服は汗でグッショリと濡れている。しかし悪くない汗のかき方だ。たまにはこういう仕事も悪くないと思いながら、ぼんやりと撤収作業を眺めていた。

「今日はありがとうございました。私の代役の依頼を受けていただいて」

 何気ない仕草で後ろを振り返ると、そこには同じように全身汗だくで口から白い息をハァーハァーと吐き、呼吸を整えている中年の男性が立っていた。

 女性の後ろに立っているその姿。場所が場所なら完全に不審者だ。

「いえいえ、これも仕事なので」

 私は依頼人と正面に向かい合うように立ち、横目で出入り口を確かめていた。

 無意識で他意はない……はず。

「しかし、普段のクセというものは抜けないものですね。いつもやられ役を演じさせてもらっていると、殴られたフリをされると無意識に後ろに飛んでいましたよ」

 申し訳なさそうにハァハァっと笑う中年の男性は頭を掻いた。

 悪い人ではないのだ。依頼を出した時も息子のためにと意気込みと熱量はすごかった。

「長年続けてきた魔将軍の役。戦隊モノの役者も明日で最後だからと、今日いろいろな人に無理を言ってやらせていただいた主役がとんだ失態です」

 そう言えば、さっきまで撤収作業をしていた人に頭を下げている人がいたけど、依頼人だったのか。

「そうですか? 結果良ければ全て良しですよ。息子さんは喜んでいたんじゃないですか? 初めてなんですよね。観覧に来るのって」

「えぇ、今までは父親がやられ役なんて見せられませんでしたから。最後の日くらいは見せてやりたかった。もし仮にそれが嘘の役だとしても、父親として勇姿を見せられれば、息子の誇れる父親でいられる」

 そう言い残すと依頼料と共にもう一度お礼の言葉を残していくと、近くにいたスタッフへと近づいていった。その大きな背中には息子さんに見せるだけに考えた舞台の達成感に満ちていた。

「いいなぁ。あんな息子思いのお父さん」



 * * *

 休憩もほどほどに私は撤収作業をしているスタッフに借りた魔将軍の衣装を返すとその場を後にした。

 依頼料で潤った財布の紐を緩めながら、出店が立ち並ぶ一角で焼き立てのクッキーに迷うことなく代金を支払うと、暇つぶしとばかりにそのへんをブラブラと散策に出かけた。

 最後の一枚を愛おしそうに見つめながら、口に運ぼうとした時。


 バン!


 誰かが私のふくらはぎを後ろから蹴ってきた。

 大した力はない。が、その衝撃で前へよろめき、手にしていた最後の一枚が無惨にも地面に落ちて砕け散った。私は目を細め恨めしそうに後ろを振り返ると、なぜか、蹴った本人が痛めた足を押さえ蹲っている。

 なぜ?

 それは十歳前後の男の子だ。

 子どもに怒りぶつけるわけにもいかず、いちおう心配そうな素振りを見せながら目線を合わせるようにしゃがみ込むと。


 ゴッン!


 今度は急に立ち上がった男の子の頭頂部と私の顔面が激突した。

 今のは流石に痛い……。

 これがワザとなら、私になんの恨みがあるのか。

 鼻を抑えながらそれでも大人らしく心配そうに男の子を見つめると、今度は頭を抱えて呻いていた。

 忙しい子だ。

 痛みが治まってきたのか、涙目で睨みつけてくる男の子の顔には見覚えがあった。

(……どこかで見た気が……あっ! もしかして)

 その顔は依頼人が自慢げに見せてきた息子さんの写真に瓜二つ。どころか、本人だ。

「あ~、依頼人のお子さん。お父さんの舞台はどうだった?」

 私の演技の出来栄えを尋ねるように、私は鼻を押さえていた手を離し優しげに笑みかける。

「……だったのに」

「うん?」

「お父さんの()()()()()だったのに、どうしてお父さんの役を奪ったんだ!!」

 その両腕はワナワナと震えており、男の子の心からの叫びに私は冷水を浴びせられた。

 お父さんの役を奪う?

 いや、待て。この子は——。

 私は息子の涙ぐんだ目をじっと見つめる。その瞳には純粋な怒りが燃え上がっている。

「ちょっと待って。君はいつもお父さんがどんな役を演じているのか知っていたの?」

「当然だろ!! いつもヒーローにやられる怪人・魔将軍だ」

 ……知ってたんだ。

 お父さんが隠してはいたが、男の子は本当はなんの役をお父さんが演じているのか知っていたのだ。それなのに、依頼人であるお父さんはその事実に気づいていない。

 いや——。

 男の子はお父さんがどんな役を演じているのか、教えてくれない事に子どもながら、その気持ちを汲み取って今まで隠れてその姿を見て、その姿に誇りを持っていた。

 なのにお父さんから最後の舞台に誘われて、期待に胸を膨らませて見てみたら、あの有様だ。

 お父さんはヒーローを演じ、お父さんの本当の役を私が演じていた。それは恨まれて当然なのかも知れない。

「お父さんの演技はすごいんだ! 本当にヒーローにやられてしまったように演じるんだ。それなのに……それなのに……。お父さんの最後の舞台だったのに……」

 痛みと怒りで潤んでいた瞳は悲しみで溢れかえる感情を表すかのように、ポロポロと涙を流しだした。それは次第に嗚咽がまじり始める。

 周りの行き交う人々は訝しげな目を向けながら通り過ぎていく。

 困り果てた私はない頭をフル稼働させて、どうにか男の子をなだめようと試みた。

 しかし、全て火に油。

 役を奪ってしまった私がなにを言っても逆効果だ。

 諦めた私は男の子をベンチまで引っ張っていくとそこに座らせ、時間が解決するのを待つことにした。

 待つ間、私は依頼人がついたもう一つの嘘について頭を巡らせていた。

(依頼人が息子さんに話さなかったこと。私から話してもいいかしら……)

 男の子が泣き止むまでグルグルと考え続けていると依頼人の奥さん――男の子のお母さんが慌てた様子で迎えに来た。私に何度も頭を下げると男の子を連れて帰っていった。



 * * *

 次の日。

 男の子が私を恨むほど見たかった依頼人の本当の役を見たことがない。そう思い出すと最後の舞台を観たい衝動に襲われた。

 依頼人に見つかるのは気恥ずかしいと思いから、私は舞台が見える物陰を探した。

 いくつもある物陰から一番遠い場所を選ぶと私はそこに身を潜め、舞台が始まるのを今か今かと楽しみに待っていた。

 舞台が始まったと同時に見せる魔将軍の演技は私が演じたものとは雲泥の差だ。

 言葉の一言一言が不安感を掻き立て恐怖させる。

 身振り一つで観客を威圧し、会場に静けさをもたらす。

 そんな不穏に満ちた静寂を打ち破るように現れたヒーローに立ち向かう魔将軍の戦う姿は本当の死闘を目の当たりにしているようで息を呑んでしまうほどだった。

 最後の迎え、拍手喝采で見送られる役者たちに気づくと私も盛大な拍手を送っていた。

 もっと早く知っていれば何度でも見たくなる素晴らしい舞台だったのに、これで最後なんて……。

 今更の後悔に胸を締め付けられるなか、私と同じように物陰から拍手を送られていることに気づき、何気なく、視線をむけていた。


 そこには見たことのある男の子が一心不乱に拍手を送り、周りのことなど目に入っていない。目を爛々と輝かせる男の子の顔を愛おしそうに撫でる母親の瞳は舞台に釘付けだ。

 舞台の上の依頼人は、プロとして完璧で、父親として最高だ。

 私はそう思いながら、改めて拍手を送った。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!

長い作品になってしまいましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?

もし、今回読んで「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークはもちろん、ぜひ↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして、作品に愛の評価をください!

皆様からの応援が、物語をより良いモノへと作り替えて行き、最後には最高の作品になるでしょう。

また次話で、お会いしましょう!

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