ビター・スウィート
初めて作ったチョコカップケーキはほろ苦かったけど、ほんのりと優しい甘さが私の口の中を満たしてくれた。普段と変わらない通学路は鞄の中に入っているチョコカップケーキせいで、なんだか緊張した。まるで爆弾でも隠し持っているように思えた。私の胸が爆発しそうなのだけれど。ただ、渡すだけ。そう思えば想うほど、色々と欲深くなってしまう。ちゃんと受け取ってくれるだろうか。美味しいと言ってもらえるだろうか。笑顔を向けてくれるだろうか。私の気持ちに答えてくれるのだろうか。ただ、渡すだけのはずだったのに。
私の席は毎回一番端っこで最後尾。渡瀬かおりという名前は出席番号順だと大体そうなってくる。「またお前が後ろかよ」そう言いながらプリントを渡してくる彼は、吉野たくと。クラスが一緒だと大体そういう席順。最初はこの席が寂しい気もしたけど、今はこの席が大好きだし、安心できる。
「そんなに嫌なら改名すれば?」
「いやいや、お前がしろよ」
他愛の無い会話だけどクラスが一緒になるたびにそんなことを笑いながら言っていた。まだ私が渡してもらう側だった頃の話だ。そんな私達を見て親友の美羽にいわれた一言。
「たくと君のこと好きなの?」
美羽の一言に私は動揺した。
「好きって恋愛的な…?」
私の問いに静かに頷く美羽。
「…うん」
私は大袈裟に身振り手振りで答える。
「そういう意味では好きではないよ」
「じゃあどういう意味で…」
「友達としては…」
「…そっか、わかった、ありがとう」
私と美羽の間に少しの隙間が空いた気がした。鈍感な私でもわかるよ。美羽はたくとのことが好きなんだ…。それを知ったとき私は自分の気持ちに蓋をした。それからも美羽は変わらずに私と遊んでくれたし、色々なお喋りもした。だけど、それが私には辛かった。今まで通りってどうしていたんだろう。
私のお母さんはパティシエをしている。チョコカップケーキの作り方を教えてくれたのもお母さんだ。その日に向けて作り方を教わりながら私は勇気をだして聞いてみた。
「変じゃないかな…?」
私は親友にも話せないことをお母さんに初めて話した。お母さんは少し驚いた様子だったけど優しく答えてくれた。
「そんなことないよ、でも心無いことを言われたり悲しい気持ちになるかもしれないけど、お母さんはかおりの一番の味方になってあげるから」
その日作ったチョコカップケーキは少しのしょっぱっかったけど、優しい甘さが私を安心させてくれた。
私の鞄の中のチョコカップケーキは本当の爆弾のように思えてきた。今日これを渡したら爆発してしまいそうだ。むしろそうなってくれたほうがいっそ楽なのかも。私はタイミングを伺っていた。美羽がたくとにチョコを渡すのを知っていたからだ。私はそれを見守る約束をしていた。結果がどうなろうと一緒に帰る約束を。正直、私はどちらに転んでもよかった。私はただ、渡したいだけなんだから…。でも、それは恐ろしかった。私のエゴを押し付けるだけの行為。だけど、私が私を肯定させなきゃいけない。そうしないとこの先の私は私じゃない気がした。
美羽は無事に渡せたみたいだ。笑顔で私のもとへ駆け寄ってきた。
「どうだった…?」
「ちゃんと渡せたよ」
笑顔の美羽は涙ぐんでいた。
「…好きな人がいるんだって」
そう言いながら私に抱きつく美羽。私は軽く抱き返す。
「美羽、ごめんね…」
私がそう言うと不思議そうな顔をする美羽。
「なんで謝るの…?」
私は美羽をぐいっと体から引き離すと鞄から爆弾を取り出した。
「これ…」
「カップケーキ?」
「うん…」
「かおりが作ったの?美味しそう、私に?」
そう笑顔で答えてくれる。
「今食べていい?」
「うん…」
「ほろ苦いけど、優しい甘さ…美味しいよ」
私は小刻みに震え泣いてしまっていた。押し殺していた気持ちをこのタイミングで爆発させてしまった。
「私はずっと美羽のことが好きでした、ごめんね…」
「えっ…?」
私は美羽の顔を見ることができずに、うなだれるしかなかった。それから私達は立ちすくし、抱き合いながら2人で泣いた。暫く泣くと色々2人で話した。本当に色々な話を、今まで話したことのない本当の私の話を。私達は歩き出した。私が初めて作ったチョコカップケーキは、ほろ苦いけど、優しい甘さ。私はその味を忘れることはないだろう。
完




