レヴィ
三部構想でぼんやり考えてる作品の抜粋です。
そのうち膨らませます。第二部序盤ぐらいです。
クロウリー記念魔導研究所。
所長室のドアが、控えめにノックされた。
「どうぞー、開いてる」
軽い声に促されて扉が開く。書架と魔導機器に囲まれた部屋に、緊張で肩をすくめた男が一歩、足を踏み入れた。
「失礼いたします。アレイスター・ラインハルト所長でいらっしゃいますね。大魔導士レヴィ・ブラン様の精神医療責任者、ジェームス・クロフォードと申します。本日は、ご多忙のところお時間を賜りまして──」
「あーあーあー、ちょっと待った」
アレイスターは椅子の背にもたれたまま、片手をひらひらさせる。口元には、面白そうな玩具を前にした子どものような笑み。
「堅苦しいのは疲れるし、『所長』はやめてくれ。呼び捨てするのがしんどいなら『アレイスターさん』あたりで手打ち。『技術屋』でもいいぜ」
「……かしこまりまし、いえ……わかりました、アレイスター……さん」
一拍の間と、ぎこちない音の切れ目。ジェームスは、まだ言い慣れない呼び方を舌の上で転がすように確認してから、深く頭を下げた。
「本日は、レヴィ様に関する件で、爆発現象の映像を拝見いただきたく…… 私には専門的な知見がなく、状況の把握すらままならず……ご助力をお願いに参りました」
「レヴィ絡みなんて言われちゃ、そりゃ断れねえよな。座って座って」
アレイスターは机の前の椅子を顎で示し、ジェームスが座るのを待つと、モニターへと向き直る。
「で、言ってた映像ってのがこれだな?」
「は、はい。病院の屋上に設置されていた三百六十度防犯カメラの映像です」
「了解。んじゃ、早速見てみようか。こっちも気になってた案件だしな」
ジェームスが指先で軽く端末をタップすると、モニターの映像が動き出す。ロの字型の病院棟を見下ろすような視点。中庭を囲む屋上全体と、雲一つない昼の青空が映し出されている。
カメラの設置場所とは反対側の屋上、細かな輪郭こそ潰れているものの、女性の人影が一つ。
アレイスターは椅子を少し引き寄せ、身を乗り出す。瞳の色が、はっきりと「仕事モード」の光を帯びた。
「はいカット。もうわかった」
爆発が起きる直前、アレイスターはそう言って再生を一瞬だけ止め、にやりと笑った。
「え……もう、ですか?」
ジェームスは思わず聞き返す。アレイスターは肩をすくめ、思考が口からこぼれ出るように話し始めた。
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「まずな、この爆発は『爆発魔法』じゃない」
画面から目を離さずに、アレイスターは人差し指を立てる。
「純粋に、魔力の塊が空中に生じてるだけだ。高密度の魔力を生のまま出すと、空気や水の刺激で勝手に爆発する。そういう、ものすごく原始的な現象だな」
ジェームスが息を呑む気配にかまわず、アレイスターは手のひらを上に向け、ふっと意識を集中させる。
「基礎理論からちゃんと説明しようとすると、一週間集中講義コースを受けてもらうことになる。うちに就職希望じゃなけりゃ──」
口の端を上げる。
「『魔力は爆発する』で十分」
次の瞬間、アレイスターの手のひらの上で、ごく小さく「ぱちっ」と空気が弾けた。炎は出ない。だが、空気の密度が一瞬だけ乱れたことを、ジェームスでも感じ取れるほどの微細な衝撃。
「歴史的には、これが魔法の起源そのもの。ご先祖様が、『なんかグッと手に力入れたら爆発する時あるな』って気づいたのが、すべての始まり」
彼はその「グッと」の瞬間を、手のひらを握りこむ動きでなぞる。
「だからまず、この爆発は洗練された魔法じゃない。むき出しの魔力の塊が空中に浮いて、空気に刺激されて爆ぜてるだけだ」
映像内では、上空に淡いゆらぎが集まり始めている。
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「で、だ」
アレイスターはジェームスに手で促し、操作端末を受け取る。そのままアレイスターは画面中央を指さし、映像を次のフレームに進める。
「この魔力量で爆発魔法なんて発動したら、辺り一面焼け野原。下手したらクレーターになってる」
映像上、爆発は横一列に並んで起きている。屋上の端から端まで、線を引いたように。
「見りゃわかるとおり、爆発が横一列に並んでるだろ。あれな、巨大な魔力塊を空中で十五個に分割してる。十五等分、ってほどキレイじゃなくて、ちょっとムラがあるけどな」
指先で画面の爆心位置を一つずつなぞりながら、アレイスターは淡々と数えていく。
「いち、にい、さん……よし、十五。きっちりじゃなくても、分割そのものは間違いねえ」
「分割……ですか?」
「魔力の分割はな──」
今度は、空中に四角形を描くように両手を動かしながら、アレイスターの口が滑らかに動く。
「板状に圧縮した魔力を用意して、それを、空中にある魔力塊に『縦にぶつけて』切り分ける作業だ。包丁でゼリーをスパッと切る、みたいなもん」
手刀のように片手を立てて、空中の見えない塊をすっぱり切る仕草。
「塊のまま爆発したら、病院がまるごと消し飛んでる。魔力塊の規模は、上級魔導士なら干からびて死ぬレベル」
「……干からびて、ですか」
ジェームスが小さく反芻する。アレイスターは頷きながら、視線は画面に固定したまま。
「そう。魔力を全部吸い取られてな。死体がないなら、出どころは特級魔導士か大魔導士の二択だ」
そこで初めて、アレイスターは椅子の背にもたれ、ほんの少しだけ視線をジェームスへ向ける。
「それに、切り分けがやたら鮮やか。少なくとも、切り分けた人間は大魔導士確定」
彼は画面上の分割線をなぞるように、細かく指を走らせる。
「あと、他人の魔力を切り分けると、断面が荒くなって刺激で爆発が早まるんだ。だから、魔力塊と切り分けに使った魔力の出どころは、同一人物の可能性が極めて高い」
一拍の間。アレイスターは肩で笑い、結論をあっさりと放り出した。
「もう答え出てるだろ。全部レヴィだよ」
「……すべて、レヴィ様ご自身の魔力、ということですか」
「そういうこった」
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「さらに言うとだ」
アレイスターは再び動画を少しだけ進め、爆発の瞬間をコマ送りにする。
「切り分け後の爆発も、防壁で防がれてる」
画面上、爆炎の外縁に、透き通った箱のような形が一瞬だけ浮かぶ。極薄の輪郭。
「防壁は防御魔法じゃない。切り分け用の魔力板を隙間なく立てて作る直方体だ」
アレイスターは両手で箱の形を示し、その側面を指でトントンと叩くような仕草をする。
「魔力板は紙と同じで、面で受ける干渉に弱い。紙をたくさん積んで、紙束の側面で衝撃を受ける、あの感じをイメージしてくれ」
指先で本の小口を示すようにしながら、続ける。
「圧縮魔力を整形した魔力板は、それ自体が物理的攻撃力も持つ。今回、もしも魔力塊が地上にあったら、切り分けの段階で魔力板が病院を切り刻んで、爆発するまでもなく大惨事」
ジェームスの喉が、ごくりと鳴る。
「つまり……あの位置で起きたこと自体が、まだましな結果だったと?」
「そう。屋上の上空っていう位置取り込みで、ギリギリ人間社会に優しい地獄、ってとこだな」
口調は軽いが、その目は笑っていない。
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「で、ここからが本当におかしいところ」
アレイスターは楽しげに身を乗り出す。完全に技術屋の顔になっている。
「今回の切り分け十四連射や、敷地全域を覆う防壁は、大魔導士でもギリギリできるかどうかの超絶技巧」
画面上では、連続して発生する爆発を、それぞれ別個に包むように防壁が展開されているのが、かろうじて読み取れる。
「もっと言えば、順番もおかしい」
指を一本立てて、空中に時系列を描く。
「普通なら、まず切り分け作業を行ってから、防壁を展開する。だが、レヴィは違う」
もう一本、指を立てる。
「先にギッチギチに作り上げた防壁を敷地全域に張り巡らせておいて、そこから必要最低限の十四枚だけを、切り分け用に抜き取って飛ばしてる」
アレイスターは、紙の束から一枚だけつまみ上げるような身振りをしてみせる。
「失敗しても、最低限、防壁が機能して少しでも被害が減るようにした工夫だ。紙束から真ん中の一枚だけ飛ばすようなもん。人間やめてるレベル」
苦笑混じりに肩をすくめる。
「これの完コピは、俺でもたぶんミスる」
「……アレイスターさんでも?」
まだ呼び慣れない呼称を使いながら、ジェームスは恐る恐る確認する。
「ああ。創始者が理論値出す、前代未聞の競技だよ」
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アレイスターは再度、爆心を指でなぞりながら説明を続ける。
「で、切り分けのムラが、そのまま爆発の大小の差になってる。一番大きい爆発が防壁をぶち破ったのが、病院棟半壊の原因だね」
画面を止め、最大の爆発箇所を拡大する。
「ムラがある理由は単純。上空の魔力がじゃがいもみたいに、少しいびつな形をしていたから。正確な計算が難しすぎる」
「……つまり、完璧ではなかった、ということですか?」
ジェームスは思わず口をはさんだ。アレイスターはすぐさまそちらを向き、わざとらしく眉を上げる。
「状況考えろ」
彼は机の上のペン立てから、ペンを一本抜き取り、それを包丁に見立てて振ってみせる。
「いきなりじゃがいも目の前に置かれて、ノータイムで包丁振り下ろして、『十五個に切れ』って言われてるようなもんだ」
指で空中に、いびつな芋の輪郭を描く。
「十五個だいたい同じぐらいに揃ったってだけで、十分奇跡だよ」
ジェームスは、少し息を吐いて目を伏せ、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど……そういう意味でしたか」
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ふと、アレイスターの表情が変わる。画面の再生位置に、何かひっかかりを覚えたようだ。
「この映像、爆発のちょっと前から再生してたけど……再生時間が途中だな」
彼はシークバーに視線を落とし、眉間に軽くシワを寄せる。
「爆発前も映ってるの?」
「映像はありますが……」
ジェームスは、アレイスターの顔色をうかがいながら続ける。
「ご多忙でしょうから、爆発から見ていただいた方がお時間をいただかずにすむかと……」
「いいよいいよ」
アレイスターは即座に制した。口元には、明らかに愉快そうな笑み。
「せっかく珍しいもん見てんだ。せいぜい三十秒ぐらいだろ?じゃ、爆発前に巻き戻すぞ」
シークバーを指で戻し、再生。しばしの無音ののち、アレイスターが「ああ、ここだ」と呟く。
画面には、中庭に立つレヴィの姿。次の瞬間、彼女の身体が矢のように上へと跳ね上がる。
「……中庭にいたレヴィが、屋上に飛び上がる場面、だな」
アレイスターの声色に、かすかな戦慄と尊敬が混じる。
「全力で加速して、急減速して、正確に屋上にとどまってる。マジモンの戦術機動、超怖え」
彼は椅子から腰を少し浮かせ、両手で加速と急制動の動きを身振りでなぞってみせる。
「これをできるのは、レヴィとグラジオ以外にいない。俺がレヴィに首根っこつかまれて、この動きに付き合わされたら、急制動で確定で死ぬ」
乾いた笑いとともに、自分の首元をつまむ。
「大魔導士が移動だけで死ぬってなんだよ」
ジェームスは唖然としながらも、その比喩の異常さをなんとか飲み込もうとする。
「……その、戦術機動は……レヴィ様は、何を警戒して……?」
問いきる前に、アレイスターが画面を止め、静かに言う。
「魔力を吐き出してることも踏まえると、蒸発現象を警戒した可能性が高い」
「蒸発現象というと……」
ジェームスは、ごくりと唾を飲み込む。
「大魔導士の秘技と言われる……」
「秘技なんて大層なもんじゃねえよ」
アレイスターは苦笑しながら首を振る。
「大魔導士が魔力を完全解放すると、その余波で周りの人間が蒸発する。必殺奥義みたいなもんじゃなくて、単にそういう現象」
机の上で指を弾き、そこにあった紙片をふっと払う。
「大魔導士はなんともないけど、それ以外で耐えられるのは特級だけ。規模はコンディションでも変わるけど、ざっくり数百メートル」
ジェームスの顔色が、わずかに青ざめる。
アレイスターは、再び映像を滑らせる。レヴィが中庭から、ほとんど残像を残さない速度で飛び上がる様子が、コマ送りで映される。
「咄嗟に上空千メートルぐらいまで飛び上がって、自分を隔離するつもりで加速してる。蒸発現象を、地表から引きはがす気だったんだろうな」
画面に映る軌跡を、指でなぞりながら続ける。
「で、飛び上がりながら、離脱が間に合わないと判断した。だから魔力を空中に向けて吐き出して、そっちがギリギリ上空に浮くように出せたから、急減速して屋上に踏みとどまり……」
指先が、上空に漂う塊の位置で止まる。
「浮かべた魔力を、下から切り分けた。ってところだな」
「……つまり、あれでも、最悪を避けるための行動だった、と」
ジェームスは、言葉を選びながら呟く。アレイスターは小さく頷いた。
「大魔導士が魔力全部吐いたら、こんなもんじゃすまない。俺でも全部出したら爆発で一面更地になる。だから、魔力が溢れるギリギリのラインまで捨てた感じだな」
アレイスターは、椅子の背にもたれて天井を一瞥する。
「ということはだ」
指を組み、軽く鳴らす。
「魔力のコントロールができなくなってた可能性が高い」
「……レヴィ様が、ですか」
「そう。あのレヴィが、だ」
彼はモニターを指さし、苦い笑みを浮かべる。
「さっきから気になってたんだよ。なんで防御魔法ではなく防壁を選んだんだって」
アレイスターは手をひらひらさせながら、言葉を続ける。
「魔力を目的ごとに最適化して出力するのが魔法だ。だから、魔法のほうが効率的」
机の上に置かれたペンを一本摘み上げ、それを「松葉杖」の代わりに掲げる。
「足の骨を折ったら、ただの拾った木の枝より、ちゃんと作った松葉杖がはるかに便利だろ。最悪、木の枝を杖代わりにはできるけど、泣きたくなる」
ジェームスは、思わず小さく笑ってしまう。緊張がわずかに緩む。
「防御魔法も同じ。防壁より防御魔法の方が硬い。わざわざ木の枝を選ぶ理由なんて、普通はねえ」
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「防壁が防御魔法に硬さで勝てる場面は、一個だけある」
アレイスターは今度は、空中にいくつもの矢を描くように指を動かす。
「全属性混合弾が飛んできて、どの属性の防御魔法でも弱点属性で突破されます、みたいな地獄シチュ」
肩を竦める。
「これを撃てたのは、人類史上でグラジオ一人。しかも肝心のグラジオが強すぎたから、防壁はそもそも強度不足で使い道ゼロ」
乾いた笑いをひとつ。
「他に、防壁が硬さで勝てる場面は真面目に一個も思いつかない。だから硬さ目当てで防壁を選ぶやつなんか、まずいない」
「……では、レヴィ様は硬さ以外の理由で防壁を……?」
「そういうことになる」
アレイスターは、机の上にぺたりと手を置き、軽く叩く。
「防壁の優位性は、魔力さえあれば作れて、発生が早いことだ。さっき見せた爆発と一緒で、この辺は全部、魔法のご先祖様だから、最適化を挟まず、そのまま使える」
指で先ほどの小爆発の位置を指し示す。
「松葉杖は作るのに時間かかるけど、枝は拾うか折れば一発で手に入るだろ。レヴィの使い方なら、数を揃えて切り分けにも使い回すから、発生速度は段違い」
そこで一瞬、言葉を切り、画面を睨む。
「だけどな」
彼は身を乗り出し、指先で防壁の欠けた部分をなぞる。
「そもそも、防壁から何枚かだけ引っこ抜いて飛ばす、って発想がすでにイカれてる。こんなん見たことない」
空中からカードを抜き取るような動き。
「そんな無茶するなら、どう考えてももっとマシな魔法がいくらでもある」
少しの沈黙のあと、アレイスターは指を一本立てた。
「ここから考えられる、仮説がひとつ」
軽く息を吸う。
「魔法が使えなかった可能性がある」
ジェームスの目がわずかに見開かれる。アレイスターは、その反応を横目に見ながら続けた。
「魔法は最適化の過程だから、精神が壊れかけてたら、まともに使えない。下手したら、魔力のコントロールすら失う」
先ほど浮かべた小さな爆発地点を、指先で示す。
「それだと、魔力そのままぶっ放すしかない。だから、身体から吐き出して、防壁を出して、切り分けにも使おう、みたいな展開になる」
彼は、胸から外へ向けて何かを吐き出すような動きをしてみせる。
「十分頭おかしいけど、魔法を全部使える中で、わざわざ自分からハンデをつけるよりはまだ筋が通る」
ジェームスは、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「まさか、何者かがレヴィ様の精神に攻撃を……?」
アレイスターは即座に首を横に振った。
「いや。大魔導士に精神操作魔法なんて通るわけないから、外から誰かがちょっかいかけてる線は捨てていい」
きっぱりとした口調だった。
「それに、ちょっと慌てたぐらいで、こんな事態にはならねえ。朝寝坊したとか、財布落としたとかで、いちいち人間蒸発させるわけにいかないからな。そのへんは、ちゃんとコントロールしてる」
わずかに視線を落とし、静かな声で続ける。
「本人の心の中になんかある、ってとこまでは言っていいはずだ。けど……こっから先は技術屋の領分じゃねえ」
ジェームスは、小さく息を吸い込み、真剣な面持ちで頷いた。
「……承知しました。そこから先は、私の領分です」
まだ少しぎこちないが、「アレイスターさん」に対する敬語は、さっきより柔らかく響いていた。
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アレイスターは、再び映像へ目を戻す。
「真面目に言うとだな」
先ほどまでの軽口とは少し違う、落ち着いた声。
「レヴィの動きには、自分の身を守る要素が皆無だ」
画面では、中庭から屋上へ、そして上空へと跳躍するレヴィの軌跡が描かれている。
「病院の人間を守るためだけの動き。自分のこと、一ミリも考えてない」
アレイスターは、机の上にあったメモ用紙を手に取り、それを板に見立てる。
「魔力板なんて、普段はまず使わない。大半の魔術師は訓練もしてない。こないだ、傘持ってないときに夕立が降ってきたから出先で魔力板使ったけど、まわりはみんな走ってたな」
メモ用紙を片手でピンと伸ばして見せる。
「高度というより、原始的すぎるんだ。石器時代は知ってても、ふだんの暮らしでその辺の石から石斧を作ろうとするやつがいないのと同じ」
紙片を石斧に見立て、軽く振る。
「レヴィは、石斧の作り方を知ってるから、大急ぎで三十分で百個作って、熊と戦いました、みたいな無茶をやった」
ジェームスは思わず、想像してしまう。石斧百本と熊。比喩であるにもかかわらず、その光景が妙に具体的に脳裏に浮かぶ。
「周囲を守るためにな」
アレイスターは、紙片をそっと机に戻した。
「……何とか、理解できそうです」
ジェームスは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
理解が及ぶこと自体が、どこか怖い感覚を伴っているのを、自分でも自覚しながら。
アレイスターは、苦笑を交えた溜息をひとつ吐く。
「理解できちまうのが、怖い話だけどな」
椅子の背にもたれ、天井を一度見上げる。
「レヴィ、今は先生の患者さんだろ?」
視線をジェームスへ戻し、まっすぐに言う。
「よろしく頼むよ。俺たち技術屋に、心は治せねえ。頼りにしてるぜ」
ジェームスは、背筋を正し、深く頷いた。
「……はい。アレイスターさん。お任せください。レヴィ様の心は、私が責任を持って、お預かりいたします」
緊張はまだ残っているが、その声にははっきりとした決意が宿っていた。




