第21話 のんびりしたかっただけなのに、懐かしい動画で魔王字の誘惑を解除してしまった件
魔王城最上階、玉座の間。
紫の燭炎が、呼吸するたびに揺れているように見えた。
壁一面に刻まれた呪文紋様は、視線を向けるたびに形を変え、ここが人の居場所ではないと無言で訴えてくる。
床に足を下ろすと、冷え切った黒曜石の感触が靴越しでも伝わってきた。
その冷たさが、じわじわと心臓まで染み込んでくる。
玉座に座るラスフェルは、まるでこの空間そのものだった。
白銀の髪、血のような赤い瞳。
九百年前、ルゥの家族を奪い、ミユウの時間を止めた存在。
その隣に立つ少女を見た瞬間、胸の奥が音を立てて軋んだ。
ミユウ・ネフェルト。
同じ顔。
同じ背丈。
なのに、決定的に違う。
赤く濁った瞳は焦点を失い、感情の温度が感じられない。
黒いドレスに包まれた小さな体は、誰かの意思に操られる人形のようだった。
「……龍夜くん……」
甘い声。
けれど、それは“寄り添うための声”じゃない。
喉が詰まった。
怒りより先に、恐怖が来た。
このまま呼びかけても、もう届かないかもしれないという恐怖。
「ミユウ……」
名前を呼ぶと、彼女は微笑んだ。
嬉しそうで、どこか空っぽな笑み。
「龍夜くんを……ラスフェル様のところへ……」
伸ばされた小さな手。
爪は黒く、鋭く、俺の心臓まで届きそうだった。
「龍夜、下がれ! 」
ルゥの声が、鋼のように響く。
でも、俺は動けなかった。
――下がれない。
ここで離れたら、もう二度と追いつけない気がした。
「下がるのは、ルゥだ」
声が震えそうになるのを、歯を食いしばって堪える。
「俺はミユウを傷つけない。戦わない」
剣も、魔法もない。
俺が持っているのは――
ポケットから取り出した、スマホ一つ。
ラスフェルが嗤った。
「それで何ができる?」
「俺たちの時間を、思い出させる」
画面をタップする。
聞き慣れた、少し間の抜けた声。
意味もなく、理由もなく、笑っていた頃の映像。
ミユウの動きが止まった。
「……? 」
赤い瞳が、わずかに揺れる。
俺は続けて動画を流す。次も、その次も。
ふざけた声。
どうでもいい出来事。
それでも、確かに“生きていた時間”。
ミユウの肩から、力が抜けていくのが分かった。
「……これ……」
その声は、迷子みたいに不安定だった。
俺は一歩、近づく。足音が、この静まり返った空間にやけに大きく響く。
「覚えてるだろ。何も考えずに笑ってた時間。俺の隣で、眠そうにしてたこと」
ミユウの指先から、黒い色がゆっくりと薄れていく。
「……龍夜……くん……? 」
その呼び方を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
まだ戻りきっていなくても、確かに“彼女”だった。
ラスフェルが苛立たしげに声を荒げる。
「思い出など幻想だ! 」
その言葉に、ミユウの体がびくりと震える。
俺は迷わず、最後の動画を再生した。
――静かな声。
陽だまりの中で、安心しきった顔。
ミユウの瞳から、赤い光が抜け落ちた。
「……あったかい……」
小さな手が、俺の胸に触れる。
その温度が、直接心臓に伝わってきた。
もう、我慢できなかった。
俺はそっと、彼女を抱き寄せる。
壊れないように、逃げないように。
「大丈夫だ。ここにいる」
ミユウの指が、俺の服を掴んだ。
離れまいとする、必死な力。
「……怖かった……」
「うん。
もう一人じゃない」
彼女は小さく首を振り、俺の胸に顔を埋める。
「……龍夜くん……」
その声は、迷いがなく、温度があった。
背後で、ルゥが一歩前に出る。
「龍夜、ここは俺が引き受ける」
俺は頷き、ミユウを腕の中に収めたまま下がる。
彼女の手が、さらに強く掴んでくる。
「……離れないで……」
その声に、胸が締め付けられた。
「離れない。お前の居場所は、ここだ」
そう言った瞬間、はっきり分かった。
俺が彼女を救ったんじゃない。
この世界で、俺が立っていられる理由は――
最初から、ミユウだった。
今回もお読みいただきvery very thanks‼︎です。少しでもおもしろいと思われましたら是非評価、ブクマ、感想くださると泣いて喜びます。




