手放した音、立ち止まる足
多様性の時代なんてうそだ。
ぼくはこんなにも、生き辛い。
背があまり伸びず、色白で、大人しくて涙もろいぼくは、中学校のクラスの中でイジリのターゲットになった。
ようやく解放されて自由な高校生活と思いきや、イジリ主犯格も同じ高校に進学していて、イジリはイジメにエスカレートしていった。
唯一の居場所だった吹奏楽部も、もはや、いるべきではないだろう。
始まりは、コンクールにむけて目立つソロパートに抜擢されたことだった。1年生のくせに、今年が最後のチャンスの3年生もいたのにと、なぜか2年の反感をかってしまった。そこから、巧妙にでっちあげられた悪評が広がり、味方は誰もいない。きっとイジメの主犯格と手を組んだのだろう。
小学校からずっと続けてきたクラリネットは、ぼくにとって心の支えであり相棒だった。
きっかけは童謡だ。歌に出てくるクラリネット、実物がこれなのかと、初めての部活動見学で出会い小さく感動した。黒いボディに銀色に光るボタン、まろやかで優しい音色。
放課後も土日も、たくさんの時間を注ぎ込んで練習した。家の中では両親がギスギスしていたから、学校でずっと練習に打ち込めるのはありがたかった。
中学でも吹奏楽部に所属して、どんなに日中嫌なことがあっても、クラリネットに没頭できるのは助かった。
演奏が、大好きだった。でも…
ぼくは、強くない。
反論も、抵抗も、もう、できない。
好きなものを守れなかった。
昨日、吹奏楽部は退部してきた。
一つ手放せば、全部手を離してしまいたくなる。
どんなに辛くても、休まずに登校してきたけれど。
学校に向かう足取りが重い。
今朝の母さんは、いつもより調子が悪そうだった。
父さんと離婚してから、母さんは心身が不調の日が多くなった。
迷惑はかけたくなかったんだけどな。
ぼくは、
もう、
がんばれなさそうだ。
学校へ向かう足が、止まってしまった。
「もう、いいよね……。」