第十一話:魔力
仮眠のつもりが、がっつり眠っていた。
昼に寝て夕方に起きるという不規則な睡眠リズムを作ってしまった。
冒険者は不安定な場所の短時間睡眠で疲れをとる必要がある。
そのためにも夜以外の睡眠は長くても2時間以内には収めたかったのだが...。
コカトリスとの戦いで想像以上に疲れが溜まっていたようだ。
とりあえず蕩けた顔で寝ている小娘を起こす。
「チェル、そろそろ起きれるか?」
「へぇ...。あっ、私寝てました?もう朝なのですか?」
「うわぁ、なんか気持ち悪い寝ぼけ方してる...。おはよう、もう夕方だ。」
「ウィルさん...?おはようございます?」
「仮眠のつもりが思ったより寝入ってしまったようだ。本格的に夜になる前に野営地と川を探したい。急いで準備できるか?」
「わかりましたぁ...。」
寝起きの悪さだけはなんとか直さないとな。
いや、可愛いんだけど危なすぎる。可愛いんだけど。
10分以内に野営地を片付け出発する。
森を出て山を背に平野を歩いていく。
「さっきの場所で明日の朝まで過ごすのじゃだめだったんですか?」
寝起きの顔を帳消しにするかのような、涼しい顔でチェルが問いかけてきた。
「同じ場所に長く滞在すると魔物を呼び寄せる危険があるから駄目だな。」
「でもさっき魔物来なかったですよ?」
ごもっともな疑問だろう。
夜になると魔物が活発になるっている理由もあるが、それ以上に魔力の流れが影響する。
「んー、チェルは魔力についてどのくらい知っている?」
「魔力ですか?魔法を使うためのエネルギーってことは知っています。」
「それ以外に知っていることはないか?」
「うーん、自分には縁がないと思って気にしたこともありませんでした。」
「じゃあ魔力について話すとしようか。」
「村でチェルが言っていた"全身を生暖かい空気が巡る感覚"の正体が魔力だ。なんとなくわかっているだろう?」
「はい、あの時そんなような話をしたのを覚えています。」
「その感覚はかなり正しい。魔力っていうのは空気に由来している力なんだ。」
「空気、ですか。」
「空気は様々な要素で構成されている。俺たちは空気を取り込んで、その中で必要な元素、主に酸素を身体に巡らせて行動しているだろう?」
「はい、酸素を取り入れて二酸化炭素を排出、ですよね?」
「そうだ。実は俺たちは酸素だけではなく"魔素"と呼ばれる元素も取り入れている。魔素が体内でエネルギーに変換されたものの正体が魔力だ。」
「魔素...。初めて聞きました。」
「普通に生活していれば魔力を使うことなんかほどんとないからな。チェル村に魔法を使える人はいなかったのか?」
「少なくとも私は見たことはないですね。」
「そうか、まあ魔法や魔力は才能が全ての世界だからな。」
「才能が全ての世界...?」
「魔素から魔力を生成できるかは体質に依存しているんだ。先天的にしか身に着けられないから生まれで全てが決まる。」
「そうですか...。」
「さらに、生成した魔力を身体に蓄積できるかどうかも体質に依存している。」
「え。」
「そして、蓄積した魔力を活用する、つまり魔力を身体に巡らすことができるかどうかも体質に依存している。つまり、魔力を活用できるかどうかは才能の世界ってことだ。」
「才能の世界...。すごく嫌ですね。」
「ちなみにそれだけの才能を持っていて、さらに"魔陣"と呼ばれる生まれ持った器官に魔力を流すことで初めて魔法が発動できる。魔法を使える奴なんてほんの一握りしかいないんだよ。」
「私魔法は訓練すれば使えるものだと勝手に思っていました。」
「才能ある人間が訓練して初めて使えるものだな。俺は魔陣を持っていない、チェルは魔法を使っていたから才能はチェルの方が上だな。」
その言葉を聞くとチェルは少しうつむいた。
しまったな、考えなしに色々話してしまっただろうか。
「...私の方が才能は上...。ウィルさんよりも潜在能力は高い...?」
「あ、いや、そこまで言っていないけど。」
「ウィルさんのお役に立てる可能性があるだけで嬉しいです!」
「ありがとう、まあ、才能を生かすために自由に魔法を使えるように特訓はしないとな。」
「魔法の特訓ってなんだかワクワクしますね。」
心配をよそにチェルはなんだか嬉しそうだ、可愛いな。
「話を戻そうか。魔力の蓄積量は人によって異なるが、蓄積できる上限を超えて魔素は魔力に変換されない。魔力が一杯になったら魔素はそのまま体外に排出されるんだ。魔素が体内に入って出てを繰り返す、つまり、特定の空間の魔素の濃度が変わり続けるんだ。」
「ふーん。でも、それによってどんな影響が出てくるんですか?」
「魔物は本能的に魔素を認知しているんだ。空気中の魔素量が変動している、つまりそこに"生き物がいる"ことがバレてしまう。人間は一部を除いて生物の中では魔力蓄積量が少ない。まあ、そういうことだ。」
真面目なトーンで話をする、チェルは少し考えた後に口を開いた。
「魔力の蓄積量が少ない生き物、餌になるような生き物がいることを教えてしまうってことですね。」
「理解が早くて助かるよ。夜から朝まで寝る間くらいは問題ないけど、1日以上滞在となると魔物が寄ってくる可能性があるから危険なんだ。」
「...村とか街って、かなり危険なんじゃないんですか?」
「うん。だから魔物が少ない土地を選んだり、入り口に兵隊を配置したりして対応している。王国の都心部は結界を張って対応しているらしいな。」
「なるほど...。色々勉強になりました。」
魔力について話しながら歩いているうちに、再び森の中に入っていった。
地面を見ると湿り気を帯びている、湖か川がありそうだ。
10分ほど歩いた所で目の前に湖が見えてきた。
「チェル、水場を見つけることができたな。今日はあの付近を野営地にしよう。」
「わかりました!なんだかすごく疲れました...。」
「お疲れ様。夜になる前に設営を済ませよう。」
湖の傍に野営地を設置する。
魚が泳いでいるのが見えたので、チェルに魚の捕獲をお願いする。
その間に火をおこし、食事の準備を始めた。
チェルが取ってきた魚を木の枝に刺して焚火で焼いていく。
食べられる野草もあまりなかったので質素な食事で我慢をしないと。
並行して湖の水を沸かして消毒して飲み水を確保する。
焼けた魚の腹を切り、内臓を取り出して代わりに塩で揉んだ野草を詰めてさらに焼く。
うん、美味しくない。
正直冒険者の食事なんてほとんど微妙だ。
食材や調味料は少なく、調理方法は限られている。
肉や魚を焼いてその辺の草を付け合わせる、美味しいわけがない。
「この魚、美味しいですねっ!」
チェルが嬉しそうに頬張りながら話しかけてくる。
「え、美味しい...?」
「はいっ!野草を詰めたから生臭さがなくて魚の身が甘く感じます!」
「そ、そうか。体力つけるためにもたくさん食べるといい。」
「はいっ!ありがとうございます!」
...なんていうか、この子にはこれからもっと美味しい物を食べさせてあげよう。
食事の後睡眠をとり、野営地を片付けて出発する。
途中で道を見つけたのでそのまま沿って歩いていくと、小さめの街に到着した。
王国を出てから村はいくつか経由したが街に着くのは久々だ。
少しの休憩と物資の補給を行いたい。
「ウィルさん!街ですよ!」
「ようやく少し休憩ができそうだな。慣れない旅で大変だっただろう、ちょっとだけ贅沢しようか。」
小さい街だがそれなりに賑わっているようだ。
様々な商店が点在し、冒険者もちらほら見える。
冒険者ギルドもあるみたいだし、滞在中には顔を出すようにしようか。
まずは疲れを癒すために宿屋に向かう。
「どうも、2部屋空いてます?4泊くらいしたいんだけど。」
「いらっしゃい、えーと、4泊ね、2部屋空いているよ。階段上がった一番奥2つ使ってくれ。」
「ありがとう、料金は先払いか?」
「お客さんたち初めてだね、そしたら先に払ってもらおうか。」
店主から言われた金額を支払い、部屋に向かう。
これで4日間は落ち着いて暮らせる、風呂にゆったり浸かれる。
「ウィルさん、何で2部屋も借りたんですか?」
「えっ、いや、男女一緒の部屋は気を使わない?」
「もしかして私を気にしてます?お金がもったいないですよ!」
なんで俺が責められているのだろうか。
そりゃ野営では一緒に寝ているが、部屋を一緒にするのは違うだろう。
まあ、とりあえず適当にごまかしておこう。
「あー、なんというか、ずっと一緒だと変な気も使うだろう?あの、その、自由な時間も必要だと思うんだ。」
「なんか変なこと考えてます?ウィルさんらしくない、どもってますよ。」
「いや、まあ、なんていうか、チェルも少しはプライベートな時間を持った方がいいよ。」
「んー、わかりました。でも4日間も放っておかないで下さいね、寂しいです。」
「大丈夫だよ、リラックスできるように寝る場所を分けるだけだから。不安だったら俺の部屋に来てもいいからさ。」
「...口説かれてますか?」
「あれ、俺の話聞いてた?」
なんとかチェルの説得に成功し、お互い別の部屋に入る。
1時間後に集合するので、荷物の整理と身支度をすませる。
ここの宿屋は値段は少し高いが各部屋にお風呂が付いている。
言い方は悪いがこんな地方で整った設備を味わえるとは思わなかった。
荷物の整理より先に風呂に入り、ここ最近の疲れを癒す。
風呂に浸かりながら今後の展望を考える。
と、思っていたが、風呂に浸かったら考えるよりも先に快感が体を走り抜ける。
あー、風呂っていいな。風呂っていいな。