第十話:洞窟の主
じめっとした空気の中洞窟を歩き続ける。
4人くらいは並んで歩けそうな横幅で、どこまで続いているかはわからない。
松明をつけながら進むことが多いが、今回は入り口で目を慣らしてそのまま進んだ。
「洞窟って暗くて怖いですね。明かりとかつけないんですか?」
「普段は松明を使って進むことが多いよ。ただ、今回みたいに魔物が潜んでいることが分かっている場合は目を慣らしておくために使わないで進んだりする。あとは酸素が少ない場所とか、ガスがたまっている可能性があるところは今回みたいに進んでいく。」
様々な要因で洞窟は作られるが、その中でも山の洞窟は酸素が少ない。
ただ今回の洞窟は入り口がたくさんあるようで、酸素は十分ありそうだ。
実際に道を進んでいくと分かれ道が複数ある。
どの道からも空気の流れを感じるか、1つだけ明らかに嫌な気配を感じる道がある。
おそらく強力な魔物の縄張りにつながっている道だろう。
ここまでわかりやすいのは珍しい、近づかせないように威嚇しているようだ。
本来はただの山越えの移動中なので無理をする必要はない。
ただ、魔物を避けるとかなり遠回りになると聞いている。
距離感がわからない以上、食料や水分が持つか怪しいのでリスクは承知で突っ込むべきだろう。
「チェル、この3本道の真ん中は強力な魔物がいる道につながっている。なんとなく異質な空気が流れているのはわかるか?」
「具体的にわかるわけではないですが、この道だけは近づきたくない感じがします。」
「なるほど、戦闘経験のない人間が本能で避けたい道、想像以上に強い相手がいるみたいだな。すまないが他の道の長さがわからない以上、戦いを避けられない。もし俺が死んだら来た道をそのまま引き返してくれ。鞄の松明を使えば足跡がわかるはずだ。」
「私はウィルさんに助けてもらったおかげで生きてあの村を出ることができました。戻ったところでなにもできないでしょうし、覚悟はできていますよ。」
「最初に言っただろ、幸せを諦めるなって。生きてりゃ何とかなるから、頼むから逃げてくれ。」
「じゃあ、私が死なないためにもウィルさんは魔物に勝ってくださいね。」
「...まったく、頑張らないわけにはいかないな。」
空気の濃さと魔物の気配を頼りに分かれ道を選択してどんどん進んでいく。
段々と気配が強くなってきた、あと半日も歩いたらぶつかることになるだろう。
それなりに歩いたことだし、一度休憩を取ることにした。
「この辺で一度休憩がてら食事をとろう。」
「...食事もですが、トイレに行きたいのですが。」
「わかった、そうしたら次の分かれ道までまてるか?進まない道をトイレにしよう。」
「わかりました。...間に合うといいのですが。」
「見ないからその辺でしてもいいよ。」
「それは嫌です!」
なんとか分かれ道に間に合い、トイレを済ませる。
目的の道を少し進んだところで腰を掛ける。
乾燥肉はまだ作っている途中なのでそのままは食べられない。
危険ではあるが生肉を焼くことにした。
進む道で火を起こすのは危険なので、分かれ道まで戻る。
進む予定のない道を少し進み、そこで火を起こして肉を焼いた。
「どうして道を変えたのですか?」
「さっきの道は奥に強い魔物がいるだろ?焼いた肉の匂いで変に刺激したくないからな。本当はここでも肉は焼きたくないが、戦いの前は栄養補給しておく必要がある。」
「あー、こういう時のために乾燥肉って作るんですね。それにしてもじめじめしてなんだか気分が暗くなりますね。」
「そうだな。洞窟の依頼が好きな冒険者はほとんどいない。おっ、焼けたみたいだ。ささっと食べて向かうとしようか。」
焼いた肉に塩とスパイスをかけたものを食べ、付近を片付ける。
道を戻って魔物の気配がする道を進んでいく。
数時間ほど歩いた所で再び分かれ道にたどり着いた。
おそらくここが最後の分かれ道だろう、明らかに気配が違う。
チェルの方をみると体が震えていた。
本能がこの道を進むことを拒絶しているのだろう。
肩に手を置き声をかける。
「この先少し進むと魔物の縄張りだろう。かなり強い魔物だ。」
「さっきから震えが止まらないです。...本当に進むんですか?」
「ああ、だが勝てない相手ではないと思う。幸い一本道だから後ろからの強襲はないだろう。俺が先に進む、ここで待っていてくれ。」
「...わ、私もいっしょに行きます!こんなところで止まれないです。」
「だめだ、装備も揃っていないし面と向かって停止されたら困る。気持ちはわかるが、もうすこし経験を積むまでは我慢してくれ。」
「...わかりました。ウィルさん絶対戻ってきてくださいね。」
「なるべく頑張るよ。俺のとは違う足音が聞こえてきたら来た道を全力で戻ってくれ。」
チェルを分かれ道に残し、気配の強い道を進んだ。
少し進んだところで縄張りに入ったのだろう、奥で鳴き声がこだましている。
長剣を手に持ち、剣先を前に向けながら少し小走りで進んでいく。
進んでいくと少し開けた空間があり、そこには洞窟の主がいた。
大型鳥獣コカトリス。
空を飛ばない代わりに脚力がかなり強く、獰猛な性格をしている。
くちばしの中に毒を生成する器官があり、毒で弱った獲物を生きたまま捕食する恐ろしい魔物だ。
3mほどの巨体で繰り出すタックルと背後からの毒攻撃で多くの冒険者が死に至っている。
ガルーダとは比べ物にならない、国の特級指定モンスターだ。
平野の崖に巣を作っていることが多いが、なるほど、洞窟の中にもいるとは知らなかった。
相手は攻撃をしてくる様子はなく、羽を広げて最大限の威嚇を行っている。
もしやと思いコカトリスの後方を見てみると、巣の中に雛がいるのが見えた。
向こうから襲ってこない理由がわかったが、俺たちはここを通らないといけない。
...気は進まないが人間に危害を加える魔物、降りかかる火の粉として払うことにした。
長剣を両手で構え、腰を低く落として足に力を入れる。
こちらの攻撃態勢に気づき、コカトリスは少し上を向く。
首を振り下ろしながらくちばしを開き、毒液を吐きかけてきた。
低い姿勢を保ったまま右斜め前に進み、コカトリスの懐めがけて突っ込む。
しかしその動きは読まれていた。
コカトリスは左足を振り上げ踏みつけるように降ろす。
左手で剣を持ち刃を上に向ける。
コカトリスの足が剣先に触れると同時に、手を放して右に横っ飛んだ。
剣はコカトリスの左足を貫通し、甲高い悲鳴が上がる。
剣を抜くために左足に近づくが、コカトリスが左足で薙ぎ払ってきた。
避けるために後方に飛んだが、着地の際にバランスを崩して地面で頭を打った。
まずったな、メインの武器を失ってしまった。
コカトリスの足に剣は刺さったままだが、相手は右足だけで立っておりバランスも保っている。
向こうは遠距離の毒攻撃があるがこちらは短剣しかない、分が悪いな。
出方を伺っていると、コカトリスがこちらに突進してきた。
右足に重心を置いて左足は支え程度に使っている、幸いスピードは出ていない。
左右に避けるのではなく、一か八か右足が上がったタイミングで正面に転がって避ける。
ギリギリ股をすり抜けることに成功した。
コカトリスがこちらを見失い焦って振り返る。
その隙を見逃さず、振り向いたタイミングに合わせて短剣で右足を貫き、一気に手前に斬り裂いた。
先程と同じく甲高い悲鳴が上がり、コカトリスはその場に尻もちをついた。
長剣を抜こうと左足に近づいた所、毒液を吐きかけてきた。
このタイミングはまずい、回避が間に合わない。
遅効性の毒だから即死はないが、流石に顔からかぶったら動けないだろう。
死を覚悟したその時、感覚が極限まで研ぎ澄まされた。
時間が圧縮されたように周りの景色がスローに見える。
コカトリスに突き刺した剣を左手でつかみ、左足に魔力を集中させて爆発させる。
つかんだ長剣はコカトリスの左足を切り裂く、突然の勢いに身体がついて行かず、着地に失敗して転んだ。
振り返るとコカトリスはくぐもったうめき声をあげて目を閉じている。
このチャンスを逃さず、剣を前に突き刺したまま突っ込んでいく。
剣はコカトリスの背中に突き刺さり、コカトリスは短い悲鳴を上げて倒れる。
コカトリスの首元に近づく、かろうじて呼吸は残っているが瀕死の状態だ。
「...すまない、楽にしてやるから。」
両手を大きく振りかぶり、コカトリスの首を斬り落とした。
今回もなんとか生き抜くことができた。
亡骸を弔ってやりたいが、まずはチェルを迎えに行くことにしよう。
来た道を少し戻る。
「ウィルさん!無事でよかった...。すごい音がしたり悲鳴が聞こえたりすごく怖かったですっ!」
チェルが泣きそうな顔で怒っている、可愛い。
「心配かけてすまなかった、なんとか主は倒したよ。」
「怪我とかしていないですか?無理していないですか?」
「ああ、俺は大丈夫だ。片づけを少し手伝ってほしい。冒険者として避けて通れない、嫌な仕事が残っているんだ。」
チェルを連れて道を進む。
コカトリスの死体を見てチェルが小さく悲鳴をあげる。
「ひっ!こんな化け物鳥と戦っていたんですかっ!本当に大丈夫ですか?」
「うーん、致命傷は食らっていないよ。ただ魔力がすっからかんだ、ちょっとだけ疲れた。」
「無理しないでやすんでくださいね、食事にしますか?」
「この光景見て食事を提案するなんて...。やっぱり冒険者向きだよ。」
「褒められてるんですか?もうっ、辛かったら本当に言ってくださいね。」
「ありがとう。それより、この化け物、コカトリスの亡骸を弔いたい。穴を掘るのを手伝ってくれ。」
「わかりました。あれ、素材は剝ぎ取らないのですか?冒険者は素材を集めると聞いたのですが。」
「コカトリスの素材は日用品にはなるが冒険には役立たないからな。街で売ったらそれなりにはなるが、討伐したことがばれると面倒くさいからやめておこう。」
「どういうことですか?依頼を受けていない魔物の討伐は禁止なんですか?」
「いや、コカトリスは上位の冒険者が苦戦するような大物なんだ。それを俺みたいな下位の冒険者が倒したとなると、まあ、面倒くさいんだ。」
「そんなすごい魔物倒したなら正直に言って上位冒険者になればいいじゃないですか?」
「うーん、まあ、今回は目をつぶってくれ。とにかく面倒くさいんだ。」
「わかりましたー。じゃあ穴を掘りますね。」
チェルに穴を掘ってもらっている間にコカトリスの巣を調べる。
卵が4つと手のひらサイズの小さい雛が3羽いたのでチェルの方へ連れて行く。
「わあ、可愛い!こんな小さな雛が大きくなるなんて信じられない!」
「そうだな、あと2年もすれば俺が倒したのと同じくらいのサイズになるだろうな。...そうして人里に降りて人間の味を覚える。立派な害獣の出来上がりだ。俺の言いたいことはわかるか?」
真顔でチェルを見つめると、言いたいことを理解したのか少し下を向く。
「...はい。殺すんですね...。」
「ああ。まだ何もしていない小さな魔物を、生れたばかりの魔物を人間の未来のために殺す。」
「見逃してあげることはできないんですか?人がいない森に逃がすとか、私達で育てて人間を仲間だと覚えさすとか!」
「これから出会う全ての魔物にできるか?見た目の気持ち悪い魔物でも同じことができるか?...魔族の子供に対しても同じことがいえるのか?」
「っ...!それは...。」
「気持ちは痛いほどわかるが、冒険者として人間の未来を背負っている以上は必要な仕事だ。...穴を掘り終わったら向こうで休んでてくれ。」
「わかりました...。」
一緒に十分な大きさの穴が掘れたので、コカトリスを穴の中に入れる。
チェルには端の方で休んでてもらい、その間に卵を潰し、雛の首を斬り落として穴に入れる。
土をかけて埋め終わった後、最後に足で踏み固めて埋葬は完了した。
「ウィルさんは優しいですね。」
「ん?突然どうした。」
洞窟を進んでいるとチェルが話しかけてきた。
「冒険者として必要なことを、残酷なことを教えてくれるけど、手を下す部分はやらせないようにしてくれたじゃないですか。」
「...さあな、時間がなかっただけだな。」
「...ふふっ、ありがとう。」
休憩を挟みながらひたすら洞窟を進んでいく。
どのくらい歩いたかわからなくなったところで、少し先の道が明るさを取り戻している。
長い洞窟探検の末、ついに出口に到着した。
陽の光がかなり眩しい、どうやら丸1日費やしてしまったようだ。
「ん-っ!やっとでれたぁ!」
「お疲れさん、夜通し動いていたようだな。向こうの森の木陰で数時間仮眠をとるとしよう。」
近くの森を少し歩き野営地を設営する。
近くで野草を採集した後、残りの生肉とスパイスと一緒に水で煮込む。
即席のシチューを食べた後は仮眠を取ることにした。
最初の2時間はチェルを寝かせ、自分はその後寝ることにした。
チェルが眠りについた後周りを警戒しながら身体を休める。
なんとかアギューラ領に入ることができそうだ。
街に着いたら数日体を休めたいな、流石に疲れたな。
この先何も起こりませんように、そう願いながら目を瞑って意識を飛ばした。