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竜血の愚者  作者: INAKA
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第一話:運命が動いた日

父親に背中を押される夢を見た。

正義が淘汰され悪に支配された世界。

そんな世界を変えるために、周りの反対を押し切って旅に出る。

父親だけが味方だった。

やりたい事なら好きなだけやればいい。

言い訳はやらない理由ではない、諦めの宣言だ。

悪意に満ちた世界で悪意に流されるのは簡単だ。

悪意に抗うのは力が必要で、おまけにしんどい。

だったら、善意という名前のお前の"悪意"で世界を汚しちまえよ。


...久しぶりに見たよ、会ったことのない父親に背中を押される夢。

孤児だった俺は父親だけではなく母親も知らない。

孤児院代わりに教会で育ち、16の時に冒険者としてこの街に出てきた。

あれから10年、小さいころに抱いていた立派な考えは消え失せていた。

立派な冒険者になって世界を平和に導きたい、勇者になりたいと。


希望に満ちた眼差しは現実を前に数年で曇っていった。

魔族と人類は対立はしているけどお互い不干渉、基本的には平和だ。

冒険者の役割は魔物退治がメインの何でも屋、日銭稼ぎがいいところだ。

のらりくらりと好きなように生きていく、別に進みたい道なんて特にない。


そんな日常が突然崩れ、魔王が魔王が人類に対して侵攻を宣言したのがつい先日の事。

平和が崩れる音を前に、心の奥底に眠ってた気持ちが夢に出てきたのかもしれない。

まあ、今更世界平和のために冒険者をやるつもりはない。

魔物を狩って、その日の金を稼いで、飯食って酒飲んで女を抱く。

今まで通りの日常をこれからも送るつもりだ。


いつも通り冒険者ギルドに向かい、魔物討伐の依頼を受ける。

数匹の魔獣を狩り、依頼料を受け取って酒場に向かう。


「あら、今日は早いのね、ウィル。」

「街の近くで魔物が見つかったからね、とりあえず酒と肉よろしく。」

「はーい、いつものやつね。」


注文の品物を待っている間、街で配っていた新聞に目を通す。

人類をまとめ上げる中心国家、プローリッシュ王国についての記事が目に入った。

各国の騎士と上位冒険者を招集して結成した最強組織の活躍について書かれていた。

"対魔迎撃騎士団:通称ADK"。

前線での魔王軍幹部の足止めと魔王討伐の任を与えられている人類の希望。

ADKのリーダーはピナー・グラードとかいう天才剣士で、勇者の称号を与えられている。

魔族の国の領土を一部占有することに成功したらしい。


「天才剣士でイケメンね、そして貴族の血縁ですか。気に食わんね。」

料理と酒を運んできたウエイトレスにぼやいてみる。

「あら、ウィルだって真面目にやれば並ぶものがいない最強の剣士でしょ。天才剣士ラウジディー・ウィルギス、あなたも志願してみたら?」

「はっ、頼まれたって国の犬っころにはなりたくないね。」


これは本音だ、国に仕えたらどんな命令も断れない。

プローリッシュ王国は人類が支配する5つの国の中心、唯一の王族がいる国。

俺は冒険者を引退するまで、このブライロリー共和国の地方都市でゆるゆると暮らしたいんだ。


「まあ、ウィルにいなくなられたら困るんだけどね。冒険者がみんな王国に連れて行かれちゃって魔物が増えているのよ。この付近に大型の獣が出たなんて話も聞いているし。」

「ほー、王国を守るために地方の街は切り捨てているのね。ADKとやらはいいご身分のようですなぁ。」


その日はいつものように晩酌を済ませ、宿に戻って眠りについた。

この世界は選ばれた人たちが何とかしてくれるだろう。

俺は今後も自分と自分の周辺だけを助けて生きていくんだ。


それから数日後、仕事を探しに冒険者ギルドに向かった。

「あ!ウィル、呼びに行こうと思っていたの!」

「なんだ、緊急の依頼か。」

「ええ、近くの森にガルーダが出現したの。巣でも作られたら大変だから、早めに討伐してもらえないかしら。」


ガルーダは鳥型の大型肉食獣で、速度とパワーのある手ごわい敵だ。

"国に選ばれず"今残っている程度の冒険者じゃ束になっても敵わない。

本来は上位の冒険者に依頼する、もしくは王国に対処を依頼する必要がある。

だけど、俺は何度かガルーダの討伐経験がある。


本来は大型魔獣の討伐は王国への報告義務があるが、通常の半額で依頼を受けるからと、無理を言って報告を止めてもらっていた。

王国から目を付けられると色々と厄介だ。

名指しの依頼程度ならいいが、王国召集なんかされたらたまったもんじゃない。


「わかった、すぐに向かうよ。」

何かしら依頼を受けるつもりだったから準備はできている。

街を出て目撃証言のあった森に向かった。


森に入って1時間ほど、少し先から悲鳴が聞こえてきた。

悲鳴に交じって甲高い声が聞こえた、ガルーダだ。

「ちっ、商人でも来ていたのか?...間に合ってくれ。」


ガルーダはどんな動物も捕食する。

巨体を維持するために1日に多くの食事を取る。

脂がのっていて数が豊富な人間の味を覚えたガルーダは、群れを成して街を襲うだろう。


冒険者がいない街にガルーダの大群、被害は甚大だ。

目の前の被害、将来の被害を防ぐため、走る速度を上げる。


悲鳴の上がったあたりに到着すると、馬車がガルーダに襲われていた。

「おい、冒険者だ!大丈夫か!」

ガルーダと人間の気を引くためにわざと大きな声で叫ぶ。


襲われていた人達は一瞬の安堵の後、再び絶望の顔を浮かべた。

そりゃそうだ、助けではなく"餌"が増えただけにしか見えないのだから。

この辺りに残っている冒険者なんてお察しの通りだからな。

まあ、弱そうに見られたのはちょっとむかつくが。


腰から長剣と短剣を引き抜き、擦り合わせてガルーダの気を引く。

ガルーダが地面から足を話した瞬間を見逃さない。

短剣をガルーダの足に投げつけ、一気に間合いを詰める。

右足に短剣が刺さり、ガルーダが悲鳴を上げる。

それと同時に左羽に剣を振り下ろし、体を捻りながら今度は右羽へ振り上げる。

体制を立て直し、両手で剣を握って大きく振り上げる。

バランスを崩したガルーダの首めがけてそのまま振り下ろし、首を斬り飛ばす。


ガルーダは臨戦態勢に入られる前に仕掛ければ容易に倒せる。

流れるような一連を呆然と眺めていた商人たちに近づいた。


「大丈夫か?けが人がいたら手当をする。」

身なりの整った男に声をかける。


「あ、ありがとうございました。馬車以外の被害はありません。それにしても、あなたは何者ですか?」

「この辺でしがない冒険者をやっているものだ。」

「冒険者...?ガルーダを難なく倒せるほどの手練れがまだこの辺りに?」

「まあ、運が良かったといったところかな。あんたらは商人か?」

「いえ、我々はアギューラ共和国の使節団です。」


アギューラ共和国、南方にあるこの世で最も安全な国。

人類の食糧生産を担っており、"代表"と呼ばれる豪商が国を治めている。

国民の9割が農業や食品加工業を行っており、飢えと無縁の国とも呼ばれてる。


「アギューラの人たちがわざわざブライロリーに何の用だ?」

「鉱物と武器の買い付けに来ました。国民のほとんどが食糧生産に従事していますので、他国への備品調達も我々使節団が兼任しているのですよ。」

「なるほどね、そいつはご苦労なこった。首都の方にに行きたいんだろうが、馬車がないと少し危険だ。とりあえず近くに街があるからそこまで送ってやるよ。」


使節団と共に街に帰り、まずは騎士団のもとに行った。

「こんにちはー。団長さんいる?」

「ああ、冒険者ギルドの者か。何の用だ、要件を言え。」


相変わらず高圧的だが、無理はない。

冒険者には国営の騎士団と民営の冒険者ギルドが存在する。

国家から直接命令できる騎士団に対し、冒険者ギルドへは依頼形式でしか命令を出せない。

仕事を選べず命令に従うしかない騎士団にとって、好きな仕事だけ選ぶ冒険者ギルドは嫌いみたいだ。

まあ、騎士団は入団条件は厳しい代わりになってしまえば好待遇だ。

日銭稼ぎの俺らからしたら待遇良いんだから文句は言うなよ、とは思う。

要するに、騎士団とギルドのメンバーは仲が悪い。


「アギューラ共和国の使節団が外でガルーダに襲われていた。首都の方に行きたいらしいが馬車が壊されたみたいでな。騎士団でどうにか面倒を見てもらうことはできないか?」

「なるほど。ではこちらで詳しく話を聞くとしよう。使節団の皆様、身分を証明するものは何かありますか。」


身元確認と共に色々と話が始まったようだ。

ここからは冒険者の仕事ではない、ギルドに報告に行くことにしよう。


冒険者ギルドに戻り、受付嬢に討伐完了の報告と出来事の概要を説明した。

「...そんなわけで、使節団は騎士団に引き継いでおいたよ。」

「そうでしたか、重ねてお礼を申し上げます。」

「他国の使節団に何かあったら国家間の問題になるからな。」

「そう、ですね...。」

「ん?何か気になることでもあるのか?」


少しの沈黙の後、受付嬢は再び口を開いた。


「ウィルさん、今回の件はちょっと覚悟した方がいいかもしれないです。」

「ん?ガルーダ討伐して他国のお偉いさん助けただけじゃないのか。」

「討伐したこと、使節団を救ったことは問題ありません。ただ、ガルーダを討伐できる冒険者の存在がばれてしまったことが問題です。」

「あー、王国への報告を意図的に隠してもらってたもんな。流石に今回の件は報告しないとまずいか。」

「ただの討伐ではなく、容易に討伐したことを見られたのがちょっと...。ガルーダは王国では"指定肉食獣"に分類されています。指定肉食獣の討伐は上位冒険者になるための必須条件です。ADK結成の際に重視していたとの話も聞いているので、場合によっては追加調査や招集が行われるかもしれません。まあ、ガルーダは指定肉食獣の中でも弱い方なので大丈夫な気はしますが。」

「そうか...。まあ、上手い事ごまかすよ。それより隠してもらって申し訳なかった、王国から何か言われたら正直に話してくれ。」

「いえ、ウィルさんが残ってくれて助かっていたのが正直なところなので。」


酒場で報酬をもらい、宿に向かう。

魔族との戦争に向けた上位冒険者を召集している王国に対し、実力を隠して招集を逃れている冒険者がいるのは確かに問題だ。

まあ、冒険者ギルドに対して王国は命令権を持たないから何とか言い訳できるだろう。


「とはいえ、しばらくはおとなしく過ごしますか。」

ベッドに寝転びながらつぶやく。


この時は楽観視していたが、この出来事が大きく運命を変える。

"立派な冒険者になって世界を平和に導きたい"

まさか不本意な形でこの夢が実現することになるとは、考えてもいなかった。

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