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7.秘めたる想い〜ルークライ視点〜

 眠るリディアを起こさないように慎重にベッドに下ろす。ベッドが軋んでギギッと大きな音が鳴る。


 くそっ、安物が。


 俺――ルークライは寮に備え付けのベッドに対して心の中で舌打ちした。酒場で眠ってしまった彼女を起こさないようにしてここまで運んできたのに、最後の最後でこれとは。 


 聞き慣れているからなのか、それともずいぶん酔っていたからなのか、起きる気配はない。ほっとしながら、ベッドの上にいる彼女を見下ろす。


 窮屈な制服を脱がしてやりたいが、さすがにそれは出来ない。せめて首元だけでもと上のボタンを三個だけ外して緩め、ついでに高い位置でひとつに括っている髪を解いてやった。


「……う…、ぅん……」


「リディ、起きたのか?」


 身動ぎしたので声を掛けたが、すやすやと寝息を立てている。


 それにしても……。


 横を向いた拍子にボタンがもう一つ外れてしまったようで、胸元が少しはだけている。子供のころとは違う丸みを帯びた体。なのに、無防備な寝姿は幼かったころのまま。


 普段はあどけないのに、意識を手放すと途端に内に秘めている色気が表に出てくる。

 

 まったく、人の気も知らないで……。


 俺は深く息を吐きながら天井を仰いだ。



 いつからリディアを愛しているか覚えていない。


 お互いに子供だった時は、面倒をみるべき年下の子と思っていた。『ルークお兄ちゃん』と俺に懐く彼女は可愛いかったが、それは小動物に対するような思いだった。


 俺は十五歳の時に養い親の家を出た。彼女は泣いて見送ってくれたが、その時の俺はそれどころではなくて言葉も返せなかった。


 そして、魔法士見習いとなった彼女と俺は再会した。彼女の姿を目で追うようになるのに時間は掛からなかった。きっと俺はずいぶん前から惹かれていたのだろう。


 十五歳の時、もしあの時に普通の別れを出来ていたら、俺はその時点で自分の気持ち――淡い恋――に気づいていたと思う。



 しかし、遠回りしてしまったから、俺は兄ではなくなる機会を逃した。



 家族と上手くいかなくて葛藤するリディアを見守っていた。彼女の状況が落ち着いたら、自分の気持ちを伝えようと俺は思っていたのだ。


 ……だが、その日は来なかった。



 家族と距離を置くことを選んだ彼女は『家族になりたかった……』と泣きじゃくった。


 俺と違って実の親を知らなかった彼女は、家族というものに強い憧れを抱いていた。五歳のときには『家族になってください、ルークお兄ちゃん』と無邪気に言ってきたのを覚えている。あの時の俺はまだ九歳だったから、上手に言葉を返せなくて泣かせてしまった。



 マーコック公爵家に迎え入れられたリディアは、弱音も吐かずに一年間本当に頑張っていた。平民から公爵令嬢になるというのは、傍から見れば羨ましいものかもしれないが簡単なものではない。

 お茶会に参加すれば、礼儀作法が拙いと陰で嘲笑されてもいたようだ。だが、家族と本物の家族になりたい一心で彼女は努力し続けた。

 

 それなのにマーコック公爵家はリディアに居場所を与えなかったのだ。



 ルーク兄さん、ルーク兄さんと俺の胸で泣き続けるリディア。彼女が欲しているのは家族――兄である俺だと分かった。


 兄だと慕う俺が告白したら、彼女から兄を奪うことになる。


 それでいいのかと俺は自分自身に問いかけた。いや、それは絶対に駄目だ。あいつ――アクセル・タイアンと同じようになる。


 彼は自分の想いを優先し俺の母を死に追いやった張本人だった。

 母を愛していただと? 俺に言わせれば自分のエゴを押し付けただけだ。そして、今は俺と関わりを持つことで贖罪を果たそうとしている。相手のことを考えないどこまでも身勝手な想い。


 ……俺は奴とは違うっ!



 そう思いながら、 強く抱きしめようとしていた自分の腕から力が抜けた。

 絞り出せた言葉はたった一言だけ――『よく頑張った』と。俺は兄を感じさせる優しい抱擁をリディアに返した。

 

 これでいいんだ、これで……。



 俺は彼女が求める俺でいることを選択した、笑って欲しかったから。



 ――後悔はしていない。

 




「これはまずいな……」


 リディアのあられもない寝姿と狭い部屋に充満する彼女の香りで、俺の中の雄が反応してしまいそうになる。


 ここが王宮に仕える者達の独身寮で良かった。

 男女別に建てられているので、異性が部屋に入る場合は十五分間という時間制限がある。そろそろ退出しないと、真面目な管理人が確認に来るはずだ。


 そうじゃなかったら、俺はきっと……。


 部屋を出ようとドアノブに手を掛けたところで、俺は踵を返した。


 部屋の中は寒くはないが、朝方は冷えるだろう。胸元に目がいかないように背中側に回って、足元にあった毛布を彼女に掛けていく。肩までくると、俺の手が止まった。

 いつもなら詰め襟で隠れているうなじが目に入り、引き寄せられるように俺は彼女に手を伸ばす。


 ベッドの上に散らばっている亜麻色の髪をすくって、そっと口づけを落とす。これくらいは許してくれ。


「愛している、リディ」


 眠っている彼女は答えない。……だから言えた。



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