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6.意外な告白

「もう駄目……。一歩も歩けない、動けない」


 机に突っ伏していると、隣の席に座っている老魔法士がなにかを机の上に置いた音がする。スーとする匂いが漂ってくる。


「まだ若いのに痛ましいことじゃ。ほれ、儂が愛用している湿布をあげよう。腰にピタッと貼り付くからいいぞ」


「ありがとうございます。でも、ただの疲労なので」


「遠慮するんじゃないぞ♪ リディア」


 老魔法士の語尾がなぜか弾んでいる。魔法士の中で腰痛は彼だけで、この苦労は儂にしか分からんと日頃から嘆いていた。きっと、分かち合える仲間が出来たと思っているのだ。でも、人の不幸を喜んでは駄目だろう。



「してません。疲労です」


 私は机に置かれた湿布を、ズズッと隣の机に押し返した。




 あの舞踏会から半月が経った。その間、一日も休みがなく今日に至る。


 魔法士の主な任務は要人の警護である。

 王族などが他国の使者と会うときに側に控えて、何かあったら防御の盾で王族の身を囲うのだ。

 発動時間や強度や囲える範囲は、魔法士の能力によって大きな差がある。でも、それは公表していない。暗殺者に手の内を晒すことになるからだ。


 ここ半月、各国の使者や王族の訪問が立て続けにあった。魔法士は人数が少ないから、寝る暇もないほど忙しかったのだ。


 今日の仕事を終えた私は、自分の机に辿り着くなり崩れ落ちた。外はもう真っ暗だ。いつもは寮にある共同の小さな台所で自炊するのだけど、もう気力は残ってない。


 ……このまま机になりたい。


 なぜ魔法士は防御しか出来ないのか。もっと有意義なことに使えたらいいのにと思っていたら、靴音が私の前で止まった。



「リディ、疲れているようだな。一緒に食事でもどうだ? 美味しいものを食べて元気を出せ」


 顔だけあげたら、ルークライが立っていた。私が突っ伏す前はいなかったから、今戻って来たばかりだろう。その顔に疲れが見えないのは、実力の差だ。


「行きたいな。……けどお金がないから」


 マーコック公爵家から援助は受けていない。お金で繋がる関係は嫌なので私から断ったのだ。一人暮らしをするにあたっていろいろ物入りだったので、魔法士になって一年目の私に金銭的ゆとりはない。


「俺の奢りだ」


「えっ、いいの?!」


「舞踏会での埋め合わせだ。だが、高いところじゃないぞ。それでもいいか?」


「もちろん。ありがとう、ルーク兄さん」




 ルークライが連れてきてくれたところは、王宮近くにある酒場だった。値段が手頃なのに美味しい食事を出してくれると評判のお店で、夜遅い時間帯にもかかわらず多くの人で賑わっていた。



「乾杯」


「かんぱーい!」


 葡萄酒が入ったグラスを合わせるのはたぶん、これで五度目だ。疲れが溜まっていたからなのか、今日は酔いが回るのが早い。

 目の前に座るルークライは同じ量を飲んでいるのに全然酔っていない。こういう人をなんて言うんだっけ?


 うーん……。そう、あれだ!


 

「ルーク兄さんはサルだよね」


「ふっ、それを言うならザルだろ?」


「ん? そうだったかな……」


 ケラケラと笑う私を、彼は楽しそうに見ている。何がそんなに楽しいのだろうか。そうか、私が酔っぱらいだからだ。どんな理由であれ、彼が嬉しいと私も嬉しい。

 

 ご機嫌のまま、私はグラスに入っている葡萄酒を飲み干す。

 注文しようと、お店の人を目で探すと、半月ほど前に会った人物――ケイレブと目が合った。彼は王宮文官として仕えていると話していた。仕事帰りに同僚と飲みに寄ったみたいだ。


 呼んでもいないのに、彼は千鳥足で私達のテーブルにやって来る。


「シャロン嬢、奇遇ですね~」


 そう言うと、ルークライの隣に勝手に腰を下ろしてしまった。私以上に酔っ払っているようだ。


「聞いてくだしゃい! 僕はシャロンとなんて結婚なんてしたくにゃいんです」


 私だってしたくないと反論しようとすると、ルークライに手で止められた。


「シャロンってここにいるリディのことか?」


「だから、シャロンでしゅよ。リディア嬢なんて言ってましぇん!」


 ケイレブはお酒で口が滑らかになるタイプらしい。この機会に情報収集に励もうと、お酒を注文して彼に飲ませ続ける。


三十分後、思惑通りに上機嫌な酔っぱらいが誕生した。


「養女であるシャロン嬢のことを愛しているんじゃないのか?」


 呂律が怪しい私に代わってルークライが質問した。その隣で私はうんうんと頷いている。


「ラブじゃなくてライクれす。ただの幼馴染みれすからー。あっちもそうれすよ」


「だが結婚する気はあったんだろ?」


「ありましたけど、一年前くらいからシャロンの様子が変わったんれしゅよ。モウモウ困ったにゃんですよ~」


 よくぞ聞いてくれましたという感じで、彼は調子よく喋り続ける。そして、すべて吐き出し終わると、また千鳥足で元いた席に戻っていった。



 酔っ払いの頭で酔っ払いの話を理解するのは難しい。うーんと考え込んでいると、察したルークライが口を開いた。


「ケイレブとシャロンは貴族の義務として政略結婚に前向きだった。だから、周囲も彼らが愛し合っていると思いこんでいた。だが、彼女は一年前くらいから婚約に前向きでなくなったらしい。彼曰く、リディと婚約するように陰でしきりに勧めているようだ。口止めをしつつな」


 彼は様子を窺うように私を見る。話に追いつけているかどうか確認しているのだ。

 動物の鳴き声がないから、すっと頭に入ってくる。


 私が頭の上で丸を作ると、彼はふっと笑ってから続ける。


「政略を受け入れている彼としては、どっちと結婚しても構わなかった。だが、マーコック公爵家の事情に巻き込まれる形になってうんざりしてきている。立場上、口が裂けても言えないが、正直、この話を白紙に戻して平凡な政略結婚相手を見つけたいと思っている。以上だが、本当かどうかは分からん」


 うん、とってもよく分かった。


 でも、分かったことによって、分からなくもなった。


「シャロンは彼と婚約しないで、その後はどうするつもりなのかな……」


「一、もっと好条件の相手と婚約する。二、何もかも捨てて好いた相手と結ばれる。貴族の令嬢なら一が妥当な線だな」


 シャロンとの話は当たり障りのないことだけだった。なので、彼女がどう思っているかは分からない。


 ただ、二だったら素敵だなと思う。舞踏会での言動も、それが理由だったら許せる気がする。

 でも、きっとそれはない。彼女はマーコック公爵令嬢である自分に誇りを持っているから。私と違って……。



 頬杖をつきながらいろいろ考えていると、ゆっくりと瞼が閉じていく。もう起きていられそうにない。

 いつの間にか誰かが隣にいたので、ごめんなさいと心のなかで謝ってからその人の肩を借りた。誰かが優しく髪を撫でてくれている。とても懐かしい感じ。


 ああ、そうか、ルーク兄さんだ。



――彼は知らない。



 私の初恋は途切れることなくまだ続いていることを。


 ルークライは何度もこう言ってくれていた――『大切な妹だ』と。だから、私は妹のふりをするの。これからもずっと……ずっと……。




「おやすみ、リディ」


 子供の時から変わらない口づけが髪に落とされた。彼の吐息を感じる。

 さり気なく顔を少しだけあげて待ってみたけど、優しく髪を撫でられるだけだった。


 

 ……大好きよ、ルークライ……。


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