7,神秘的な月の夜
「おはよう、カイル。」
カイルは、隣ですやすや寝ていた。私はやっぱり眠れなかった。今になって、少し眠くなってきた。
「おはよう、スズランは寝てない?」
「うん。」
「スズラン、眠そうな顔…。ここ眩しいね、移動しようか。」
スズランや花が咲いている浜辺の横は、直接日光が当たる。昼間に眠るには眩しい。近くの木々の下、日陰へ移動した。
「ここ、涼しいね。気持ちよく寝れそう。」
「そうだね。ゆっくりおやすみ。」
「私が眠っちゃったら、今日、カイルはどうするの?」
「ずっと、スズランの隣にいるよ。なるべく、1人にしたくない。」
「そっか…、ごめんね、ありがとう。」
彼は、私の頭を優しく撫でた。
温かい手。安心した私は、いつの間にか眠ってしまっていた。
今日は月が見えない。雲に隠れてしまっている。
「…ん。」
寝返りをする。手がカイルの背中にぶつかった。
「…ん、カイル、何してるの?」
カイルは何やら私に背を向けて、手を動かしていた。
「カイル?」
「…わ、おはよう。起きてたんだね。」
彼は、数本のスズランを抱えて花々を結び、一つの輪を作っていた。
「それは…?」
「これは…、スズランにあげたくて、でも、まだ完成してないよ。」
「スズランの花冠?」
「…うん。」
彼は少し顔を赤くして、目線を逸らした。
…照れてるの、かわいい。
「…かわいい、とか思うなよ?」
「ごめん、心読まないでよ。」
細長く器用そうな、綺麗な手。花々が均一に編まれていく。
「心の声、聞こえちゃうから。…できた!」
彼が私の頭の上に、スズランの花冠をのせる。
「…すごく似合ってる。」
「本当?ありがとう!」
カイルが私を見つめる。
「どうしたの?」
「…かわいい。」
彼が、ぼそっと呟いた気がした。
私は嬉しくなって、「ありがとう。」と言う。
「え?ありがとう?」
「う、うん、かわいいって言わなかった?」
「言ってないよ。」
「聞こえた気がしたんだけど…。気のせいか、恥ずかしい。」
嬉しくて舞い上がっちゃった。言われてもないことを…、恥ずかしい。
「ごめん、気のせいじゃない。心の声、もれちゃってたかもな。…すごくかわいいよ、スズラン。」
「…ありがとう。」
顔をさらに赤くした彼。彼を見ていたら、私もどんどん恥ずかしくなって…。
月が雲に隠された夜。太陽の光が降り注ぐ昼間よりも、ずっと熱くて甘い何かを感じていた。
夜が明けて、淡いオレンジ色の空が朝を告げる。こんな朝方に、カイルは出掛ける準備をしていた。
「今日は、宮殿に行っちゃうの?」
彼は、寂しそうな顔をして私の手を握る。
「うん、今日はもう行かなきゃ。」
「…そっか。」
彼の大きな手に、そっと握り返す。
「夜にまた、会いに来るね。ここの区域は宮殿から離れているけど、一応、宮殿が管理している海なんだ。だから、宮殿関係者しか入れない。昼間、寝ていても大丈夫だよ。でも、何かあったらすぐにヒレのピンで僕を呼んでね。」
「うん、ありがとう。」
彼はもう一度、私の手を強く握った。
「カイル、待ってるね。」
「…うん。」
彼は小さく手を振って、宮殿へ向かって行った。
穏やかな風。緑の豊かな木々。
太陽が昇る頃、私はまたゆっくりと目を閉じた。
夜になった。海面に映った月が揺らめいている。今日は一段と、月が神秘的に見えた。
カイルが会いにきてくれる。彼は嬉しそうに私を見る。
最初こそ、少しぎこちなかった私たち。いつしか冗談を言い合って、綺麗な貝殻を見つけて、星を見ながら穏やかな波の音を聞いていた。
時に陽だまりのように明るく、時に幽玄のように切なく咲いているスズラン。
そんな夜を何度も繰り返していた。
「じゃあ、今日も行ってくるね。」
「うん、頑張って!」
「ありがとう、おやすみ。」
「おやすみ。」
カイルが、私の頭を撫でる。温かくて優しくて安心して、毎日が幸せだった。久しぶりに私の心が、体が恋のときめきを感じてた。
早く夜にならないかな…。
カイル、待ってるね。