はじまりー幸せな記憶の忘却ー
広大な光の空間。心地が良い。ずっと、ここに居たいな…。
…ズ、スズ、スズ!
「…んん…。」
「スズ起きてってばー!」
小人たちが、懸命に私を起こす。
「…ん、ん。」
「スズったら、本当に起きない!もー!スズのために、おいしい食材もらってきたのにー!」
「ん…、分かった、ありがとう、…おはよう。」
まだ眠たい…。
「やっと起きた!朝ご飯、全部食べちゃうからね!」
小人たちは勢いよく走っていく。
みんな朝から元気だなぁ。
私の家は穏やかな森の中にある。木製の家具や光でできたふわふわのソファー、星を集めて造られた丸形クッションに雲でできたもこもこのテーブル。
小人たちが森で集めた新鮮なお野菜に、キャノル様がくださった甘いカラメルソースを加えて、おいしい朝ご飯を準備してくれた。
はぁ、幸せだなぁ…。
「ごちそうさま!」
「お家に行って遊んでくるー!」
「ずるいー!僕も行く!」
「連れてってー!私も!」
わー、わー、言っているうちに、みんな外へ行ってしまった。
うーん、私はどうしようかなぁ。
ドンドン!
誰?
ド・ド・ド・ドン!
あ!カイ!
「スズ!おはよう!ちゃんと、起きてるね。実はさ、キャノル様が今すぐ宮殿に来てほしいって!」
「え?何かあったの?」
「うーん、俺もよく分からないんだ。でも、急ぎだって!もう、行ける?俺のペガサスに乗って行こう!」
「分かった、ありがとう!」
カイは私の手を取り、愛ぺガ、ロロの背中に私を乗せた。
「あれ?その耳飾り初めて見た!前からしてたっけ?」
「ううん、キャノル様がご褒美にくれたの!」
「スズは、いつも頑張り屋さんだからなぁ、スズ、とっても似合ってるよ。」
「えへへ!嬉しい、ありがとう!」
「あとさ、その…、頑張り屋さんだから、もっと俺に頼れよ?」
「うん、ありがとう。」
照れくさそうに笑うカイが、とっても可愛いかった。
「お、おう!じゃあ、宮殿に行くぞ!しっかり、掴まれよ!」
「うん!」
ロロに乗れば、宮殿までひとっ飛び。宮殿は光の美しい門が辺りを照らしていて、星でできた城壁に、お庭には神秘的な流星群湖。その空中では、妖精たちが虹色のすべり台で遊んでいる。
この世界は、温かくて細かい粒子でできた光の空間。時間による制限はなく、上下関係もない。皆が自由に生きていて、誰もが無限の可能性を持っている。唯一、皆が崇めているのは、この世界のキャノル様。私たちが安全に楽しく暮らせるように、この世界全体を守ってくださっている。ここはまるで、光の桃源郷。
「スズ、着いたよ!」
「わー!キャノル様に会える!」
早々と宮殿の中に入って行った。
宮殿内では、たくさんのメイドたちが料理を用意したり、魔法使いが新しい洋服をデザインしたり、作家たちが社交ダンスをしていたり…。
とにかく何でもアリな世界。
「カイ、私もあっちでダンスしたいな、カイ…と。」
「社交ダンス…、あ、あとで用事が終わったらな!」
「やったー!用事早く終わらせる!」
キラキラした舞台。私はカイと早く踊りたくて、うずうずしていた。カイを置いてキャノル様のお部屋まで走っていった。
「スズ!俺もー!」
カイと私は、宝石でできた広い廊下をかけて行った。
「キャノル様!何か、ありましたか?」
「スズ、…やっと、追いついた!」
少し遅れて、カイがキャノル様の部屋に入る。
「カイ、スズを呼んできてくれてありがとう。スズ、今回も頼みがあってね。」
キャノル様のお美しい顔が、優雅に微笑んだ。
「スズ、いつものようにこの世界の3年後の未来を透視して欲しいの。」
「分かりました!」
私は生まれつき未来を見る透視能力がある。今まで何度もこの世界の未来を見ては、幸せな空間が続くことを予見してきた。
眉間に力を込める。深呼吸をして、目を瞑った。
暗くて、何も見えない。いつもなら、光で溢れている。もう一回、力を込める。
あれ?何も見えない。
「キャノル様、ごめんなさい。何も見えないです…。」
もう一度、力を込める。やっぱり、何も見えない。
「大丈夫か?スズ、一回やめよう、疲れちゃうよ。」
「でも、キャノル様のお願いだから…。」
カイが私を心配するも、私は何度も試す。
「スズ、もう休みましょう。…、今日はゆっくり休むのよ。来てくれたことが嬉しかったわ。」
そう言って、キャノル様はお部屋を出て行った。ほんの少し、思い詰めた表情を見せた気がした。
カイは、首を傾げる。
「キャノル様、何か変だな。いつも、もっと優しいし、お土産もくれるのに。」
「やっぱり、私が透視できなかったから…。」
「それで気分を悪くするほど、器の小さい方じゃない。スズ、最近眠りが浅いのかもよ?透視は体力削られるから。」
「今日も、いっぱい寝たけどなぁ。」
カイが、私の手をとる。
「ダンスはやめて、お家に帰ろう。」
「えー!やだ!でも、キャノル様にも申し訳ない…。」
「じゃあ、お家の近くの野原でゆったりダンスしよう。」
カイが、優しい目を向ける。
「うん!」
私はカイの手を強く握り返した。
私の家の近くにある野原。光の世界に自然が大好きな私のために、キャノル様が用意してくださった楽園。美しい花々と、ゆったり流れる川。光と水が混ざった艶めく噴水に、虹のアーチ橋。
「やっぱり、綺麗だなぁ。カイ、連れてきてきてくれてありがとう!」
何やらカイは、ごそごそと手を動かしている。
「できた!」
私の頭にお花の冠を乗せた。不器用ながら、顔の前には鈴蘭の花が見えるよう工夫されていた。
「ありがとう!かわいい…。カイ、いつの間に、作れるようになったの?」
「…まあね。」
少し得意げに笑って、私の手を掴んだ。
「スズ、踊ろう!」
「うん!」
私は、満面の笑顔を返した。
私たちはずっと踊っていた。光に包まれたこの世界は、暗くなったら帰るなんて概念はない。眠くなったら寝て、食べたくなったら食べる。その繰り返し。透視能力を持つ私は、皆んなより疲れやすく、多くの睡眠が必要だった。
私は疲れて光の粒がなる木の下で、カイとくっついて座っていた。
「スズ、もう眠たそうだね。」
「うーん、少し。でも、もう少しここに居たいなぁ。」
私は、カイともう少し話していたかった。
「カイ、この前歌ってくれた子守唄、歌ってほしい!」
「スズ、寝ちゃう…。それに、歌、上手くないし…。」
「上手い下手とかじゃなくって、カイの歌声がいいの、お願い。」
「分かったよ…。」
恥ずかしそうに歌うカイ。カイは歌うのがとっても上手なのに、気がついていない。澄んでいて心地が良く、少し甘くてセクシーな声。
…月、…空、…呼吸…美しくなった
…長すぎた、…冷たい夜…
僕の絶望…、幸せしか…、果てが見えたらもう一度
いつの間にか、私はすやすやと眠っていた。