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番外編『最果て荘のブランさん①』

本編の二人がイチャつくまで時間が掛かる。だったら番外編でイチャつかせれば良いじゃないってことで。番外編です。


これは日本のどこかにある都会というには人同士の距離が近く。田舎と呼ぶにはビルがある。長閑で、ゆるっとした空気の流れる街にある。

最果て荘という名のアパートに住む。なんだか個性が強め。はっきり言ってカルピスの原液なみに濃い住人に翻弄される田舎育ちの女の子のお話である。




私の名はブラン。日本生まれ日本育ちなのだけれども。両親が国際結婚した夫婦で。名前だけはイギリス出身の父がつけたので彼方のモノだが。私が生まれて直ぐに商社マンな父が海外に赴任していき。


日本のド田舎で母と祖父母と育ったせいか見た目、考え方、仕草なんかは完全に日本人なのでちょーっと名前負けしている感じがすること以外は平凡そのものな人間だと自負している。


そんな私は大学を卒業して直ぐに上京して入った会社が国内屈指のブラック企業で。五年間、上司のモラハラとセクハラのコンボに耐えるも。胃に穴が空いていると発覚したその日に辞職届けを出したが目の前で破られ。


そこで張り詰めていた糸が切れた私は上司のヅラを剥ぎ取って血を吐きながら高笑いと共にシュレッダーに掛けたところで倒れて病院に搬送された。


病室でやってしまったと頭を抱えていたら。見舞いに来てくれた昔から家族ぐるみでお世話になっているウーサーおじ様から。自分の所有する最果て荘というアパートの管理人をしてみないかと勧められ。


同僚や後輩が心配だったが。職場の人間全員で労基に駆け込んだから。お前は心配せずに地元に戻れと。同僚から教えられたことともあり。

ウーサーおじ様から預かる形でアパートの管理人を始めた。アパートの管理人なら胃痛で苦しむことも無さそうだと。管理人になったワケなのだが。


「んー。今日もブランは小さくて可愛いねぇ。腕に収まるこのサイズ感が良い。はぁ、思わずペロリと食べちゃいたいぐらいさ。ねぇ、ブラン。味見ぐらいさせとくれ。」


「イゾルデ先生。私を昔からよくそーやってからかうけど。いざ本命が出来たら困るのはイゾルデ先生ですよ。ほら、早く出ないと遅刻しますってば。それと小さくて可愛いって言われて喜べる歳じゃありませんから!」


ツンと唇を尖らせ。ブランはツレないねぇと渋りながら。ま、そーいうところが好きさと出勤していくスーツ姿の艶やかで美しい金の巻き毛の美女に。


もー、毎朝からかってくるんだもんなぁと私は最果て荘の玄関を箒で掃きながら嘆息する。

スーツの美女。もといイゾルデ先生は私の通っていた高校の英語教師であり。


イギリスの名門大学を出て。専門は知らないが幾つもの論文を発表している才媛らしい。貴族の御令嬢でもあるというイゾルデ先生が。なんでまた日本で英語教師をしているのかその理由はわからないけれども。


彼氏も彼女も途切れたことがなく。超絶にモテるイゾルデ先生を巡り。母国で洒落にならない修羅場があって。ほとぼりが冷めるまで日本に居るのだろうという噂がまことしやかに囁かれていた高校時代。


どーいうワケかイゾルデ先生は私を気に入ってくれているらしい。それはたぶん私がイゾルデ先生が顧問だった演劇部員だったからだろう。


そんなイゾルデ先生は最果て荘の住人の一人であり。朝、玄関の前を箒で掃いたり。アパート周りの掃除をしていると声を掛けてくれるのだけれども。私の反応が面白いのか。よくからかってくるので困りものだ。


十代そこらの頃にあの色気に当たられていたら。ちょっと道を踏み外してたかもだなーと。挨拶代わりに抱き締められたときの頭に乗っかった柔らかな感触に。ジッと思わず自分の胸を見る。


いや、悲観するほど小さくはないと思いたいと頭を振って雑念をはね除け。掃除の続きをしようとごみ袋に玄関前に溜まっていた枯れ葉を詰め。

集積所に行くと。通り掛かった黒のベンツの窓が開き。真珠色の髪を緩く結わえた琥珀色の瞳のスーツの青年が顔を見せた。


「ブラン殿おはようございます。」


「白蓮さんはいまお帰りでしたか。」


「ええ。少し店の方でいざこざがありまして。その処理をしていたらこんな時間に。」


運転手さんに一言、声を掛け。車を降りた高級なスーツに何故か赤い血を飛び散らせ。にっこりと微笑むたおやかな見た目の青年、白蓮さんを二度見したあと。


よーし。深くは突っ込まないぞぅと私が顔をひきつらせごみ袋をギュッと胸に抱えると。集積所に持っていくのでしたら私がと。抱えていたごみ袋を何気ない仕草で預かると集積所に向かう白蓮さん。


その横を小走りでついていくと。白蓮さんは何故か。ン゛ッと噎せ。顔を逸らしたので。

風邪ですか。最近、めっきり寒くなりましたもんねぇと話し掛けると。白蓮さんは風邪よりも厄介な病を患っていますと神妙な顔つきで頷いた。


この白蓮さん。香港出身の中英ハーフの美青年である。きちんと聞いた訳ではないが。ホストクラブのキャスト兼オーナーらしく。朝、高確率で帰宅していたところで出会すので。


挨拶をしているうちに顔を会わせれば会話をする仲になった。ちなみに白蓮が本名で源氏名は違うらしい。


秀麗な相貌、嫌味なく高級スーツを着こなし。その美貌から近寄りがたい雰囲気の白蓮さんは。物腰は柔く。案外、取っ付きやすい人で。他愛のない私の話をにこにこと聞いてくれる良い人なんだけども。


「ひょわっ!?」


「ああ、失礼。ブラン殿の首筋に枯れ葉がついていたものでして。」


首裏をなぞった体温の低い指に目を丸くし。どぎまぎしながら混乱していると白蓮さんは枯れ葉を一枚摘まんだ指先を私に見せた。言ってくれたら自分で取ったのにと。


まだ跳ねたままの心臓を宥める横で。白蓮さんが枯れ葉で口許を隠し。笑みを深くしてたことに私は気づいてはいなかった。


「なにか機嫌が良いですね、白蓮さん。」


「ずっと測る機会を窺っていたモノの寸法が分かりましたから。靴にしろ服にしろ。やはり身体にあったモノの方が着け心地が良いでしょうし。」


「あー、確かに高くても身体にフィットした服は着心地が違いますね。」


にこっと笑った白蓮さんに。何故だか首裏が酷くひりついたのはどうしてなんだろう。

集積所にごみ袋を置いた帰り。仕事の電話が入った白蓮さんの邪魔をしないよう。静かにその場を退散して。


最果て荘に戻り。管理人室で朝ごはんの準備をする。ちょっと作りすぎたかなという量の朝ごはんはこれから管理人室に来る人の為だ。


もうそろそろかなと扉の向こうに人の気配を感じて。卓袱台にお茶碗を置いてからインターホンが鳴る前に扉を開く。


おぉ、今日も見切れていると玄関の扉に収まり切らない大きな背丈のその人は。ひょいと扉の上枠を掴み。頭を下げて室内に入ってくる。


黒のパーカーのフードを目深に被った。檜皮色の肌に。銀砂の髪を乱雑にひとつに結った青年が小さなクリップボードを取りだし。お邪魔しますと丁寧に挨拶をしたので私はいらっしゃいパラメデスさんと笑顔で答えた。


彼、パラメデスさんは私が最果て荘の管理人を始めた頃に入居して来た青年だ。自販機を越す高い背丈で。パーカーを着ていても分かる鍛えられた体躯は厚く。


ともすればその威圧感で喉が締め付けられる錯覚さえするけれど。入居して始めて挨拶をしたときに。目線をあわせ。声を聞き取り易いようわざわざしゃがんでくれたりと細やかな気遣いを見せる人で。


やはり自分がアパートの管理人になって始めて受け入れた入居人とあって気になっていた時に。ただ、歩いているだけで頭上から鉄筋が降ってきたり。


トラックに轢かれかけたかと思えばマンホールに落ちそうになり。最終的に壊れた水道管でずぶ濡れになり。恐らく昼食に購入したらしい弁当の入った袋を手に哀愁を漂わせ。お腹の虫を鳴らしたパラメデスさんを見掛け。


思わず管理人室に連れて帰り。この手の災難によくあうと慣れた様子でクリップボードでこれまでに体験してきた不運過ぎる実体験を語るパラメデスさんに目頭が熱くなり。


日本のコンビニはすごいな。異物が混入している確率が低いと。なんだか嬉しそうに(クリップボードで)語るので。


せめて食事ぐらい。安心して食べさせてあげたくなってパラメデスさんを食事に誘っているうちにたまに長期の留守をするとき以外はこの管理人室でパラメデスさんと一緒に食事をしている。


「ひじきごはんはまだまだあるから。良ければお代わりよそうよパラメデスさん。」


『ああ、頂けるかな。』


今日の朝ごはんは鮭の西京焼きに筑前煮。ほうれん草のおひたし。豆腐と油揚げのお味噌汁。ひじきご飯という和な品揃えで。


色々あってイギリス国籍だけど。中東出身のパラメデスさんからしたら。地味目な和食だけど口にあうだろうかと窺うと。パァッと雰囲気を華やかせ。


拙くあるけれども丁寧な所作で美味しそうにご飯を食べていたので胸を撫で下ろし。控え目に差し出されたお茶碗にひじきご飯を山盛りに盛った。


思えば料理なんて両親にしか食べさせたことはない。だから自分が作った料理をこんな風に美味しそうに食べて貰えるとなんだか口がにやけると私は口をむずりとさせ。


ところで私はパラメデスさんの顔を見ようとすると何時も絶妙な感じに逆光が差し。パラメデスさんの顔をきちんと見たことがなかったりする。

なんとなく顔立ちは整っている気がすると窓からの日差しで全貌が見えないパラメデスさんを眺めた。


洗い物を一緒に片付けているときにパラメデスさんは言った。


『今日の夕飯は私がなにか作ろう。ブラン嬢はレンズ豆のスープを食べたことはあるだろうか?』


「レンズ豆自体みたことがないよ。どんな料理なのかな。スープって言うからには煮込み料理なんだろうけど。」


『素朴な郷土料理だ。私の地元ではよく肉の付け合わせに出てくる汁物でな。各家庭で少しずつ味が異なり。普段、台所には立たない人間でもレンズ豆のスープならばどうにか作れる。私も一人暮らしを始めたばかりの頃はよく作っていたよ。』


「なるほど。レンズ豆のスープは御家庭の味なんだね。日本で言うところの味噌汁的な汁物か。」


お夕飯、楽しみにしてるねと笑ったブランにパラメデスは口許に柔く弧を描き。また夕方にと約束し管理人室を出たところで。大きな体躯を小さくさせて。屈めた膝に頭を埋め。フードを乱雑に下げて熱気を逃がし。震える息をそっと吐き出す。


「···今日もまた言えずじまいか。ただ一言。好きだと言うのにこれほど時間が掛かるとは。私は随分と意気地がなかったらしい。様子の可笑しいあの二人がなにかを仕出かす前に彼女の側に居て、彼女を守る理由を得たいものなんだがな。」


やや厚みのある形の整った口から零れたパラメデスの声は。この場に人が居たとすれば思わず聞き惚れる声音をしていたと興奮を持って証言したことだろう。


彼はパラメデス。イギリスを中心に活動する全員が仮面で顔を隠して活動する世界的なロックバンド。ラウンズ・ナイトのボーカルとして。その甘く響く心地よい低音の声で。数々の曲をミリオンヒットさせた立役者。


高いカリスマ性。すさまじい歌唱力。仲間とすら言葉を交わさない孤高の天才ボーカリスト。

一切のファンサービスに応じず。冷徹な眼差しだけを与える姿から付いた異名は無貌の魔王。


だが実際のパラメデスは単に人見知りの激しいシャイな人間だった。しかも極度のあがり症で歌っている時は仮面をつけているし集中出来るせいか平気なのだが。対面では緊張して上手く人と喋れない質だった。


バンド結成時。最後に加入した立場かつ既に他のバンドメンバーは名が売れた面々ばかり。

気後れし。まともに会話が出来ないままバンドデビューを果たしたところ。

気づけば孤高のカリスマとしてファンに崇められていてパラメデスは宇宙を背負った。


パラメデスはただ人見知りであがり症な為。親しい相手でもないとろくに話せなかっただけなのだが。バンドが有名になればなるほど孤高のカリスマとして知られるようになり。


気づけば修正が利かない域に達し。バンドメンバーですらも。パラメデスは最初から孤高の天才であると信じ。ライブの控え室がパラメデスだけ別室なことにも不思議がることもなく。


パラメデスは好きじゃないだろうと誘わなかった打ち上げでバンドのメンバーたちがライブやコンサートのあと楽しげに騒ぐ様子をSNSで上げたとき。


パラメデスは自宅で一人で何時も大量に作りすぎるレンズ豆のスープを食べていた。やけにレンズ豆のスープが塩辛く感じたのは気のせいか。


というか。確かに自分は人見知りで人が多いところは苦手だがバンドメンバーに誘われたら打ち上げぐらい参加する。なんなら余興だってするぞ。何時呼ばれても良いように練習したからなとパラメデスの目は死んだ。

 

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