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第八話『昔語り③』

「拾った私が飼うのが筋というものだろうが。私はお前を飼うことは出来ない。私は酷く長生きでな。多くの人間を。生き物を。何時も見送ってきたよ。」


だが心を寄せたモノを見送るのは。何時までも慣れないままだ。お陰で。大事なもの。大事になりそうなものは手放せるうちに手放すことにしている。


「それがお互いの為になると。安心してくれ。必ずよい飼い主を見つける。一人、私には心当たりがある。巫術師をしている少女だ。彼女なら私よりもお前を可愛がってくれるだろう。」


嗚呼、この人は毛ほども気づいていないのだ。その声に押し固められた沢山の“寂しい”に。

きっと、その言葉の通りパラメデスさんは大勢の親しい人を見送ってきたのだろう。その度に叫んできたのだ。


自分を置いていかないでくれと泣いて叫んで。胸を掻き毟って。一人にしないでくれと願ってきたのだとその声が。笑みが語る。


「もしも私を憐れんでくれるのならば。この雨が上がるまでの間だけ。どうか私のモノで居てくれないか───。」


ややあって静かに寝息を立てるパラメデスさんの横で。人の姿に戻った私は面布越しにその額に口付け。雨の上がった外に出た。


目を擦る。ぺしりと自分の頬を叩いて。くるりと背中を向けていた小屋の扉に向き直り。わざと大きな声でパラメデスさんの名を呼び。勢いよく扉を開いた。


パラメデスさんがなんだか込み入った事情を抱えてることだけはよーくわかった。でもね、パラメデスさん。私、そんなに物わかりはよくないんだよ。はい、そーですかって大人しく頷いて。簡単に手放されてなんかあげない。


だって本当は寂しくて寂しくて堪らないのにやせ我慢してひとりぼっちで居るひとを一人にしたくない。豪快に開け放った扉の向こう。きょとんとするパラメデスさんに私は笑った。


「───こんにちわパラメデスさん。私と友達になってくれませんか。」


(なーんてこともあったよなぁ。押し掛け女房かってぐらい。森に通いつめて。どうにかこうにか友達になったんだよねぇ。)


ただいま宿屋にてパラメデスさんの抱き枕をしている私。どーして昔のことを反芻しているのかと言われたら頭には猫の耳が。腰からは尻尾が生えているからである。


思いの外、パラメデスさんの腕の中が心地好くて気が抜けて生えてきてしまったのだ。

パラメデスさんが起きる前にどうにか引っ込めないだと唸っていると背中に回っていた腕が下に降り。ぽんと大きな手が尻尾の付け根を叩いた。


驚き、固まるまま。撫でるように尻尾の付け根を叩かれ。漏れでる声に口を咄嗟に両手で覆う。

大変、まずい。尻尾の付け根を触られると力が抜けるというか。得体の知れない感覚がゾクゾクして我を忘れるから。


どーにかこの手を止めたいのに。ガッチリ抱き締められてるせいでどーにもならない。目をぐるぐるさせ。苦し紛れにパラメデスさんの首を噛み。

ようやく止まった手の動きにへにゃりと耳をへたらせて。ぐったりとパラメデスの胸に凭れて意識を飛ばした。


「抵抗の仕方も愛らしいな。ブラン嬢は。」


腕の中。力が抜けた柔い身体を抱え直し。私は小さく笑う。無貌の民に目はないが。人の判別に困ることはない。


声や足音を聞き分けるというのも個人の判別には役立つが。生き物にはそれぞれに固有の音を持つ。その音を魂の鼓動と無貌の民は呼び、個人の識別に用いた。


例え、姿形が変わったとしても魂の鼓動だけは変わることはなく。途中で気づいてはいたのだと。ブラングェインの頭に生えた耳に触れた。


嗚呼、この猫はあの巫術師の少女だと。


そうと分かっていて弱音を吐いたのは同情を誘う為。この優しい少女を雨が降り止むまで。己の側に繋ぎ止めておきたかったのだ。


この雨が止むまでの僅かな合間で良い。どうか私をひとりにしないでくれと。嗚呼、だが。ブラングェインは私の想像を越えて優しい少女だった。


雨が降り止み。小屋を出ていったブラングェインに。物寂しさを噛み締めていると。遠ざかっていく筈の足音が聴こえないと気がつき。そして小屋の扉を開け放たれ。


友になろうと差し出されたその手に息を詰まらせ。私は口を引き結んだ。そうしなければ胸から溢れ出たモノが。叫びとなって喉を震わせるとわかっていたからだ。


私はこの手を手放すことなど出来ない。いや、手放すことなどしたくない。そう強く想ったことを貴女は知るまいと。


隠せているつもりなようだが。私と居るときは大抵、猫の耳が生えているとブラングェインの旋毛に口付ける。


ああ、しかし。猫は尻尾の付け根を叩くと喜ぶと聞いて試してみたは良いが。どうやら怒らせてしまったらしいと。僅かにひりつく首に触れる。


痛みはない。けれどもそこには痕があるのだろうと考え。何故か喜んでいる自分に気づき。私は被虐趣味でもあったのだろうかと思わず首を傾げた。


「お腹、空いたし。ご飯食べに行こうパラメデスさん。」


アイム、ハングリーとぺしぺし私の胸を叩いて主張するブラングェインに目を覚ます。ああ、もう夕刻かと。気づけばまた寝ていた私は抱えていたブラングェインごと身体を起こす。


おお、力持ちと目を輝かせるブラングェインに名残惜しいなと。その頬を曲げた指の節で撫でるとじゃれるように噛みついて。


今ならパラメデスさんも美味しく食べれる気がすると呟き。ジッと光のない目でお腹を鳴らしながら私を見てくるブラングェインに。そこはかとなく久しく感じていなかった命の危機を真剣に覚えた。


「魚のフライとチーズリゾット。それからシードルだったね。自慢じゃないがうちで出してるシードルは美味いよぉ!!」


なにせ醸造所から直に仕入れてるからねとウィンクし。宿屋“唸る獣”亭一階。テーブル席でそわそわ待っていたところに女将さんがパラメデスさんの前にシードルを。私の前には林檎ジュースを置いたので。


女将さんが立ち去ったところでいそいそとシードルと林檎ジュースをパラメデスさんとこっそり交換した。


「パラメデスさん、お酒は一滴も飲めませんもんねぇ。」


「そういうブラン嬢は反対に酒に強いな。」


「シードルぐらいなら酔わないよ。あ、ほんのりと酸味がありつつ爽やかな甘味。これ、かなり美味しいよ。流石醸造所からの直仕入れ。」


「···私も酒を楽しめたら良いのだが。」


「こーいうのは体質もあるから。無理にお酒を飲む必要はないよ。」


「だが貴女と同じモノを分かち合いたいんだ。それが時間であれ。喜びであれ。私は貴女と共有したい。この世でたったひとりきりの親友と同じモノを。うん、やはり私もこの酒を飲んでみようと思う。」


「そ、そーいうことをさらっと言えちゃうんだもんなぁパラメデスさんってば。よし、女将さーん私にも林檎ジュースお願いしまーす!」


「ブラングェイン?」


「お酒は受け付けない人はとことん受け付けないからパラメデスさんに無理はさせられない。それに親友と飲むなら林檎ジュースでだって酔えるよ。」


あ、笑ってくれた。全身で嬉しいと。直ぐにわかるぐらい。パラメデスさんの雰囲気がぽやぽやと明るくなって。にこーっと笑うパラメデスさんに可愛いひとだなぁと私もふへっと笑みを溢し。


「いま、パラメデスと仰有られたか!?もしや貴公は我が友サー・パラメデスではありませんか!!!!」


爆音。いや、すさまじい大声が炸裂し。パラメデスさんが耳を押さえて床に倒れて苦悶の声を上げる。

私も耳鳴りがするなかパラメデスさんに駆け寄れば。耳が良すぎるパラメデスさんは。頭をふらふらとさせながら私に訊ねた。


「ブラン嬢。すまん。身構える暇もなく爆音で耳をやられたらしくなにが起きたかわからないのだが。いったい何事だ?」


「ええっと。とーとつに声も顔面も喧しいヒトが絡んできました。ちなみにパラメデスさんの知り合いとかじゃ。」


酒場のカウンターで酒瓶を山積みにしていたやたらにキラキラした酔客に絡まれた。ハチャメチャに美男だった。


顔面国宝かとばかりに美麗な相貌をしたその青年はダバダバと涙を流して。パラメデスさんを友と呼んだのだけれども当のパラメデスさんは困惑している。


「いや、私には一切の心当たりがない。身に覚えが無さすぎるのだが。」


「サー・パラメデス。貴公はお忘れか。このトリスタンを!!僕と貴公は共にアーサー王の騎士であり。同じ女性に恋をした者同士!時に剣を交えた仲であろうにッ!!」


「それは誰の話をしている。確かに私はパラメデスを名乗っているが。私はお前など知らん。これまで誰ぞに仕えたこともないし。まして恋などしたこともない。それは私から最も遠いものだ。」


「そんな筈はない。貴公は間違いなくサー・パラメデス!僕が親友である貴公を間違うものか。」


「ちょーっと待った!いまの発言は聞き流せないぞ。パラメデスさんの親友は私なんだからな!」


パラメデスさんになんだか掴み掛かりそうな感じの美青年に。私は頭から生えた猫の耳を横に伏せて。尻尾をぼわぼわさせながらパラメデスさんを背に庇って威嚇する。


私を差し置いてパラメデスさんの親友発言。怒ったぞ。怒ったからなぁと唸ると。美青年、トリスタンさんはポカンとしたあとに。


もしや、ブラングェイン殿ではと何故か顔を輝かせ。ガバッと私を抱き締めて。そうか、貴女も此方にいらっしゃったのかとくるくると回りだす。


「幼い姿でいらしたので直ぐに気づかなかったことを謝ります!!私ですよ、トリスタンです!まさかブラングェイン殿にまで会えるとは。あ、すみません。吐きます。」


ハイテンションなシベリアンハスキーを思わせるはしゃぎようを見せたトリスタンさんはスンと真顔になり。

不穏な気配を察したパラメデスさんが私を奪取した直後。おろおろと吐いた。

その瞬間、私とパラメデスさんは同じことを思った。


この男、残念な美形ってヤツだなと───。


後に知る。この青年がマジモンの円卓の騎士であると。唸る獣によってこの異世界ログレスに連れてこられたアーサー王物語屈指の美形で有名な悲劇の主役。

そう、あのサー・トリスタン本人であることを。



【ブランのメモ帳②】

絹の国

東の大陸にある国。「わたし」の前世の知識を当て嵌めると東の大陸は古代中国のそれに似た文化圏。


絹の国は陸路と海路に独自の貿易ルートを持ち。東西の異なる文化が集約されて文化的にも経済的にも非常に栄えている大国である。


絹の国は貿易が盛んで絹糸を始め。陶磁器や美術品。茶葉や工芸品を他国に輸出し。他国からは金、象牙、織物、香辛料、砂糖などを輸入している。


絹は勿論、陶磁器は私が居る西の大陸でも評価が高く。市場では高額の値が付いていて。主に王家や貴族が絹の国の陶磁器を好んでいる。


近頃、コーンウォールで絹の国の陶磁器にも負けない陶磁器を作る為に。各国から職人を呼び寄せて。幾つもの工房で国産の陶磁器作りが始まった。

ティーカップやソーサーなどを他国に輸出したところ。高い評価を得たらしい。

コーンウォールで作られる陶磁器は美術品というよりも生活品。割れ難く、頑丈。使いやすくて長持ちが自慢。何故か春になると需要が高まるので。春にそれを祝ったお祭りが出来た。


獣人

身体のどこかしらに獣の特徴を持つ人たち。身体能力に優れている為。騎士や傭兵になるものが多く。戦場で華々しく活躍する彼ら、彼女らに憧れる者は多いが。反面、混ざり者(獣人の蔑称)と呼んで忌み嫌う者も居る。


絹の国における猫とは

絹を主産業としている関係から。蚕を食べてしまう鼠から守ってくれる猫は崇敬の対象で。猫を祀る寺院が各地にある。


また古くから大事にされてきた猫には数多の縁起話が残されていて。最も絹の国で有名な話は皇帝が翼竜狩りから帰る道すがらに雨が降り出し難儀していると寂れた屋敷の前に一匹の猫がいた。


門前で手招く猫にこれもまたなにかの縁かと皇帝は寂れた屋敷で雨宿りをすることにしたのだが。その寂れた屋敷には年老いた夫婦と一人娘が暮らしていた。


その一人娘の美しさは目を見張るもので。皇帝は一目で恋に落ちると後宮に娘を召し上げたところそれまで皇帝は男児に恵まれなかったのだが。娘が待望の男児を産み。その男児は後に絹の国中興の祖と称される優れた賢君となったというもの。


話のなかで猫は長年大事に自分を飼ってきた飼い主に恩を報いようと。皇帝を手招いたのだと語られている。屋敷の跡地には猫の忠孝を讃えたお堂が建立され。

白蓮さん曰くこの猫の似姿を型どった置物が各家の玄関に必ず飾られてあるんだそうな。ようはまあ、異世界版の招き猫である。

 

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