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第七話『昔語り②』

曾祖父の呪いによって家が栄える。その代わりに徴を顕した男児はいずれ猫に変じ。最後には曾祖父に殺された猫のように首が落ちて死ぬ。


「···三歳の時に私の伯父である睡蓮が猫に変じた末に首が落ちて死んだ日の夜にそれが己の未来の姿であると。何故に我が子が無惨な死を遂げねばならぬと気丈で何時も微笑んでいる姿しか見せない母の嘆き哀しむ姿で。私は嫌でも理解しましたよ。」


そうか、私はいずれ惨たらしく死ぬのだと。伯父が死んだ直後に私に顕れた徴が次はお前だと告げてくるなかで私はこの苦しみから解放されるのならば。それも良いかと思ったのです。


というのも当時、私は肺を病み。成人することは出来ないと医師に言われていました。常に床に伏せて熱を出し。肺の病は感染ると。ろくに人も訪れぬ部屋にひとりきりで。


「自分の咳だけが虚しく響く日々。そんな私の下に其れが現れたのは。伯父が亡くなり。私にこの耳が生えた直後でした。」


部屋の隅に一対の眼。怨みがましく。私を見るその眼で。


「嗚呼、きっとこれが我が一族を呪う猫だと直ぐにわかりました。そうか、何時もこの猫は。己が取り憑いた人間の苦しむ様を眺めていたのだろうと。」


部屋の隅。脅すでもなく。眼ばかりを光らせ。私が苦しむ様を見ている猫に。最初こそ怯えていましたが。広い部屋に。ひとりと一匹。なにをするでもなく一緒に居るうちに。


なんだか私は猫に親しみを持つようになったのです。徴を顕した猫憑きの男児は富をもたらす。加え私は跡継ぎであったので。それは大事にされていました。


「けれども。肺の病に蝕まれている上に一族の罪の証のような私を誰も彼もが疎んじていた。そう、まるで一族の守り神であり祟り神たる猫と同じように。」


言ってしまえば同情です。敬われながら疎んじられて。眼を背けられる。お前も私と同じなのだと親近感を持ち。私はこっそり食べ物を分けたり。話し掛けたりしたのです。


「最初は見向きもされませんでした。あの男の血を引く人間の施しなどいらぬとばかりに。ただ私は暇を持て余した子供でしたから来る日も来る日も飽きることなく話し掛けているうちにきっと根負けしたんでしょうね。」


ある日、熱を出して咳き込んでいると寝台によじ登って。控え目に端に丸くなりながら。じっと私を見詰めて来たんです。そのときのことを人に話すと苦しむ様を眺める為だと言いますが。


「それだけではなかったと私は思うのです。なにせ猫が側に居るときは咳も熱も引いてよく眠れ。身体も軽く。走り回れた。」


何時しか病は癒え。成人まで生きられなかった筈の私が交易の為に商船で飛び回るぐらいには人並み以上に壮健になった。


我が一族に取り憑き。呪い殺す筈の猫のお陰で私は今日まで生き長らえられた。今さら、猫になることも首が落ちて死ぬことも恐ろしいとは思いません。


「だが、もう。猫を自由にしてやるべきだ。私が死んだあと。生家では富貴を呼び込む道具として。猫の頭骨を他家に譲り渡すことで一族に降りかかる呪いを逸らすつもりであり買い手もついたと祖父は嬉々として伝えてきました。」


買い手は呪いのことも含めて利用価値があると踏んだと。私が死んだあとも猫は呪いの道具として使われ続ける。


「ならばいっそ猫に取り憑かれた私が頭骨を抱え。共に火に焼かれて灰にでもなれば。呪いは終わり。猫もこれ以上道具として使われることもなくなるのではと思いましたが。イゾルデ殿から言われました。」


“それはお前さんの言い分だ。猫からすれば堪ったもんじゃあない。猫にとっちゃ訳も分からず苦しくて辛い想いをさせられて呪いに使われ。良いように扱われた挙げ句。”


「“自分の意志に関係なくアンタの独り善がりの憐れみであの世へ道連れにされるなんざアタシならまっぴらごめんだね”と───。」


同時に言われました。呪いをアンタは軽く見すぎていると。動物を道具として扱う呪いは古今東西問わず山程ある。


だが指向性が正であれ負であれ。祀られてしまった時点で。その動物は最早、生き物としての枠から外れた存在になるのは共通している。

神霊、或いは悪霊。どちらにしても。祀ることで人は動物をこの世の理の外にあるモノに変える。


「人の手でこの世の理の外に弾かれてしまった存在がそうすんなり冥府に行けると思うのかと言われ。私はなにも言い返せなかった。確かに独り善がりの憐れみでしたから。嗚呼、私は猫からすれば曾祖父となにも変わらないのだと。」


項垂れながら絞り出すように語り終え。白蓮さんは。ならば私はどうすれば良いのだろうかと道を見失い迷子になった子供と同じ顔をして。


取り合えず他家に渡らないよう家から掻っ払ってきたのだと足下にあった荷物から取り出した骨壺をゴトッとテーブルに置いた。


「え゛ずっと骨壺を持ち歩いてたんですか。」


「ええ。何故か呪いの道具とは知らない筈の人間が。骨壺を見ると強奪しようとするので。それならいっそ持ち歩いていた方が安全かと。」


私はこれでも武術の心得があるのです。皇帝の御前試合にも出たことがありまして。最終的に近衛兵百人を倒して優勝し。褒美に剣を賜りましたが。


「もしや骨壺にもなにか呪いが施されていますか?」


「あぁ、いえ。骨壺自体はただの上品な陶器の壷です。人の手に渡ろうとするのが猫ちゃんの意志みたいですよ。もう貴方を呪うことにも飽きたんだって言ってますね。」


「···ブラングェイン殿、よもや適当なことを言っている訳では。」


「尾が二又に分かれた綺麗な三毛猫ですね、この子。しかも男の子だ。」


眼鏡を掛けて骨壺を見ると。二又に分かれた尾で不機嫌そうにぺしぺしとテーブルを叩き。うみゃうみゃと捲し立てる三毛の猫。猫は確かに賢くて執念深い生き物だ。


でも愛情深い生き物でもある。病に伏せ。ひとりぼっちで苦しむ小さな子供を見て。つい絆だされてしまうぐらい。


手を伸ばし。喉元を擽ってやると元の姿なのだろう。滴っていた血が消えた美しい三毛柄の毛並みを見せ。猫はゴロゴロと目を細めて機嫌よく喉を震わせると。


一度、白蓮さんの膝に飛び乗って頬に頭を寄せて一鳴きし。なにを思ったのかひょいと私の頭に乗っかり。


頭の天辺がむず痒くなったと思えばぴこーっと耳が生えた。猫のお耳が。私に。

oh、そう来るのかと。いや油断してた私が悪いなと思わず情けなさから顔を両手で隠した。マジか。


「知ってますか?金蚕とか犬神って祀らなくなると障りが出るものでして。しかも与えられた富みに見合う対価を払えなくても障りが出ます。」


にも関わらず与えられる富みはどんどこ大きくなっていき。大体は憑きモノを抱えきれなくなってその家は終わります。よくて没落。悪ければ一家絶滅。


「まあ、その命でツケを払わされるってことでしょうね。命より価値のあるものなんてありませんから。」


唯一、憑いてるモノを他家に譲り渡せば元の家は没落しないままなんだとか。多少は傾くかもしれませんが。少なくとも一家絶滅だけは免れる。


「····ということを三毛猫さんが考えてのことってワケじゃなくて。本当に。ただ単純に。もう呪うのにも飽きたから。いい加減他所に移りたかったんだー的なことを私の頭に乗っかりながら言ってますね。うにゃうにゃと。うーん、理由がとってもお猫ちゃん!!そこでどーして次の宿主に私を選ぶのかなーッ!?」


機嫌よく頭の上に収まる三毛猫に白蓮さんは驚きながらも苦笑して。推測になりますがと語る。


「生粋の女性好きなんです。その猫は。雄猫だからなのか。或いは持って生まれた気質なのか。祟る対象から女性を外すぐらいには女性好きです。だからきっと。もう呪う必要がないのなら女性の所に居たいのでしょう。」


「そーいうことなら仕方ないですね。巫術師が呪いを貰ってしまうなんて師匠には笑われそう。」


嘆息し。まぁ、困ることはないから良いかと。長年、呪いによって変質していった肉体はそう簡単には戻らないのか。まだ猫の耳が生えたままの白蓮さんに。


この呪いは私が預かりますと頭から肩に降り。襟巻きのように巻き付いて喉を鳴らす三毛猫の頭を撫でる。


「“お前のことは嫌いじゃなかった”って三毛猫さんが言ってるんです。」


白蓮さん。貴方は確かに三毛猫さんのことを思い、行動した。自分を苦しめ。いずれ死に至らせる呪いを前に。それでも貴方は恐れるのではなく、理解を示した。手を差し伸べた。


「貴方の優しさは決して独り善がりではなかったし。ちゃんと三毛猫さんに貴方の想いは届いていましたよ。白蓮さん。貴方を呪いから解き放ったのは他ならぬ貴方自身です。」


巫術師、白き手のブラングェインが貴方を蝕んでいた呪いが確かに解かれたことを保証します。

そう笑った私に白蓮さんは目を見開いて。私も猫も。自由なのかと泣きながら笑った。


“───私は家を出て旅をしようと思います。私は知らないことが多すぎると分かりましたから。旅をして。知識を深め。


必ず、私と猫を自由にしてくれたブラングェイン殿の呪いを。今度は私が解くと誓いましょう。絹の国の男は。いえ、私は受けた恩義は返します。”


白蓮さんは呪いから解き放たれた。その代わりに呪いは私に移り。私は猫憑きになってしまった訳だ。私に取り憑いた時に呪いは変質して。


気を抜くと猫のお耳や尻尾が生えてくる程度で死ぬことはないのだけれども。白蓮さんはこれからも呪いのこと。そして呪いを解く方法を学び続けると語り。いずれまた会いに来ることを約束し旅立っていったワケだが。


呪いの影響でなにかに驚いたりすると人間から猫になってしまうことに気がついたのはその直後のことだった。


『あ、しかも戻るのに時間が掛かるタイプと見たぞ。』


観光客の人たちに村を案内していたときに。勝手に牛の放牧地に入った人が居て。子牛に悪戯して親牛を怒らせ。それに釣られ。他の牛たちも暴れだし。


放牧場の柵を壊して、暴れまわる牛たちに遭遇し。吃驚して猫に変身してしまったのだ。人間の時とは勝手が違う猫の身体。逃げなければと思うのにまごついていると暴れ牛が駆けてきて。


あ、跳ねられると身を竦めた時だった。暴れ牛が私を跳ね飛ばすその間際に。牛の角を掴み。押し留めた人が居た。黒い外套、フードを目深に被り口から上を面布で隠した背の高いその人は。


特に力を籠めている訳でもないのに。片手だけで成牛の。しかも雄牛を簡単に押し留め。完全に動きを止めてしまっていた。


村の人たちが牛に縄を掛けて。引き離すと。腰を抜かしてしまった私を手に掬い上げ。土埃を払うと怪我はないようだなと薄く口元に弧を描き。


牛が暴れたときに壊れたのか近場にあった貯水槽から溢れ出た水に横から襲われずぶ濡れになったその人、パラメデスさんはポタポタと水を滴らせながら哀愁を全身で漂わせ。まあ、肥溜めに落ちた時に比べればどうということもないと呟いた。


そっかぁ。肥溜めに落ちたことがあるんだね、パラメデスさん。


近くに居た人にこの子猫の親猫は居ないかと聞きこみ。居ないと知ると。パラメデスさんは私を連れて森に戻り。布を詰めた籠を暖炉の前に置き。私をそのなかに入れると。


パラメデスさんは水を含み、重たくなった服を着替え始めた。小屋のなかを籠の中からキョロキョロ眺めていた私はパラメデスさんが外套とブーツを脱ぎ。


短剣を吊るした腰のベルトを外し。黒地の襟口と袖口に細かな刺繍が施されて。胸に弾帯のポケットが付いた詰め襟の丈のあるコート、長着を。そしてその下に着ていた肌着を脱ぐ。


鍛えられた肉体を露にしたところでピャッと鳴いて籠のなかに慌てて頭を引っ込めた。見てはいけないものをみてしまった気がするぞと。


暫くして何時の間にか寝ていたらしく。暖炉の薪がはぜる音で目を覚まして。籠を抜け出し。

室内に張られた紐に掛けられた服の帳の下を歩き。寝台に腰掛けているパラメデスさんの許に向かう。


雨が叩く窓を見ていたパラメデスさんは襟のないシャツに脚の形が分かるズボンを着ていた。足下で小さく鳴いた私に気がつき。ベッドに上げ。寄り掛かって香箱を組んだ私にくつくつと笑う。


「大抵、どの動物も私を怖がるものだが。お前は私を恐れないのだな。」


パラメデスさんの指が顎の下を柔く掻き。自然と鳴る喉にちょっと気恥ずかしくなる。毛繕いをして誤魔化しているとパラメデスさんはベッドに身を横たえ。


雨が上がったらお前の飼い主になってくれる人を探さなくてはなと私の頭を撫で。胸元に引き寄せて抱え込む。私に触れるその手は優しく、温かい。

 

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