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第五話『今はもう誰も知らない歌を』

「おーい、パラメデスさんってば。か、固まるほど嫌だったのって。心臓が止まってるだと!?」


「うん、そこは腹部だから心臓はないんだブラングウェイン。あるのは胃腸だ。鳴りはしても脈は打たない。」


その、私は五百年前も親友と呼べるような仲の人間は居なかったから。なにが正しいかわからないのだが。


「当世ではこれが当たり前なのか。きょ、距離が近いというかな。友であっても接吻をするものか!?」


「え、これが此方では普通なんじゃ。うちの父も母も。師匠も。街のアングラなおねーさまがたも挨拶代わりに私の頬とか額にするし。イゾルデ師匠も仲の良い人にはキスぐらい気軽にするものなんだって言ってたから。」


硬直したパラメデスさんにそいやっと抱き着いて耳を当て。思わずパラメデスさんの心臓が止まったと慌てたが。


身長差からパラメデスさんの鳩尾の位置に私の頭があるのだから。よく考えたら心臓の鼓動は聴こえないかと得心しているとパラメデスさんが唸る。


「···ブラングウェイン。貴女の素直さは私としても好ましいが人をもう少し疑うべきではないだろうか。」


私の中で貴女の師に対する好感度が話を聞く度に底を目指して下降していくんだが。


「念のために確認させてくれないか。貴女の師は魔族だったりしないか。」


「精霊のハーフだって聞いたことはあるけど。魔族ではなかったはず。」


パラメデスさんの問いにキスは挨拶とイゾルデ師匠が言っていたと答えると。パラメデスさんは私の肩をがしっと掴み。なにか言いたげにしたあと。


そうだな、親友であるのだから。これぐらい普通だがそれは私とブラングウェインぐらい仲の深い親友でしかしないものだ。


頼むから今後は私以外にしないようになと。何故か威圧感を滲ませながら告げ。そーいうものだったのかぁと素直に頷いた。


「あ、お夕飯なんだけど宿屋のおかみさんが一階の酒場を利用するなら宿泊者割り引きしてくれるみたいだよ。酒場が開くまで時間あるから。少しベッドで休んでく?」


「そうだな。何故か疲労が一気に襲ってきたから休もう。···ブラングウェイン。まさと思うがそのイゾルデとやらと同衾したことはないか。」


「べろんべろんに酔っぱらったイゾルデ師匠を運んだまま。抱き込まれて抱き枕になったことならあるよ。イゾルデ師匠ってば力が強いんで。一度抱き着かれると身動き出来ないんだよねぇ。」


「やはり、魔族か。根絶やしにしたつもりだったが一匹始末しそびれていたらしい。狡猾さからして有翼族か。力の強さからして有鱗族の可能性もあるな。ああ、安心してくれ。いずれにしても今度こそ息の根を止めてやろう。灰も残さぬさ。」


「パラメデスさん。パラメデスさん。なんで無貌の魔王がひょっこり降臨してるのかなぁー!?」


「今なら無貌の魔王に戻ることも吝かではない。というより戻る必要性をひしひしと感じているが。ハハッ。なにかに殺意を覚えたのは久し振りだな。上手く殺意を抑えきれないなど私もまだ未熟ということか。」


「戻ってる!既に半分ぐらい無貌の魔王に戻ってる気がするよパラメデスさん!!」


「ブラン嬢。その暫定魔族が妬ましいと言ったら笑うか。」


「へぁ!?」


ベッドに腰掛けたパラメデスさんがひょいと私を抱えて横になる。これは間違うことなく抱き枕だなと。パラメデスさんに抱えられながら。今度は確り。胸に耳が当たっているから心臓の音が聴こえてきて。


身長も体格も種族も違うけど。心臓の音は私となにも変わらないんだなぁと笑みを零して頬を寄せた。少し高い温度の。優しい温もりに眠気を覚え。目蓋は自然と閉じていく。


完全に目蓋が閉じきる前に。パラメデスさんの口許が柔く弧を描き。優しい旋律の歌をパラメデスさんが紡いだ気がした。


腕のなか。小柄な少女が安心しきった穏やかな顔をして寝ていることを手で触れて確かめ。私はこの小さな友を抱き締める腕に力を籠める。


子供にしか見えない容姿を気にするブラングウェイン。


私には物を見る為の目がないのでブラングウェインが実際のところ子供に間違われる容姿をしているのか判断はつかないので気にすることはないと言いたいところだが。


ブラングウェインが愛らしい容姿をしていることは分かる。世間一般的に言えば。ブラングウェインは確かに子供に間違われやすい体格であることも。


それを私が知っているのは無貌の民だからだ。


無貌の民は優れた聴覚を持ち。足音だけで相手の身長と体重を割り出すことも。性別と性格を見抜くことも出来る。鋭敏な者は趣味嗜好まで足音だけで判別してみせた。


また無貌の民からすると声は情報の宝庫だ。総じて特徴的な声を持つ種族である無貌の民は人の声にも敏感で。


その声さえ聞けば無貌の民は相手の感情の機微を細やかに察するだけでなく。相手の隠し事の有無さえも把握し。時にはその隠し事の中身すら当てた。


それらは無貌の民が他の魔族に厭われ、排斥された幾つかの要因のひとつだった。

私たち無貌の民は有翼、有角、有鱗族という三大魔族と幾つかの魔族たちと比較し。温厚であり争いを好まない。


だが一度大事にしているモノを踏みつけられたとき。その温厚な性質は反転し。ありとあらゆる手段を用いて敵と定めたモノを滅ぼすまで止まることはない。


誰も彼もが穏和な顔の下に。敵の喉笛に噛み付く為の牙を隠し持つ。そういう民だった。

その無貌の民は他の魔族からすれば異端だった。


魔族は実力主義。力強き者が弱き者を淘汰することをよしとし。強ければ生き。弱ければ死ぬだけだと主張し。野の獣ですら持つ情を魔族は持ち合わせてはいなかった。


親が子を。子が親を殺すことは魔族からすれば当たり前。


弱き者と定められた者は徹底的にいたぶられ。玩ばれ。襤褸切れのようにされて殺されることなど日常茶飯事。


そんな中で一を全。全を一として共同体としての意識を強く持ち。長年に渡って決して弱き者を集団から取り零さない仕組みを整えてきた無貌の民は魔族からすれば異質過ぎたのだろう。


人は己と異なるモノを潜在的に拒み、厭う。それは魔族も変わらない。いや、情を持ち合わせず生存本能だけが肥大化した魔族からすれば同胞と言えど自分たちを脅かしかねない無貌の民は最早排斥すべき対象でしかなかった。


最初に無貌の民の国を攻めたのは過半数が人間で占められた三つの国。王になったばかりだった私は小国であった国を守るため。有翼、有角、有鱗族と同盟を結んだ。


だが有翼、有角、有鱗族が人間たちの国々と裏で手を結んでいたと私が知ったのは。人間の国に捕虜にされて連れ拐われた筈の無貌の民たちが。魔族の三つの国で奴隷となっているという情報を掴んだ時だった。


奴隷にされた無貌の民は無惨な姿をしていた。


無貌の民は顔がないことから声に頼ったコミュニケーションを取る。無貌の民の男は総じて美しい声音を持ち。一生に一度だけ伴侶にしたいと望む相手にだけ。無貌の男にのみ伝わる特別な歌を捧げて求婚する。


その歌を。無貌の民を辱しめる為だけに無理矢理歌うよう強要され。拷問を受けながらも拒み続けた末に心身を衰弱し。辱しめに抗うように奴隷とされた無貌の民は舌を噛みきり、死んでいた。


亡骸は見せしめのように風雨に晒され。鳥がその死肉を啄んでいた。そのとき胸を貫いた怒りや憎悪といった激情で初めて無貌の民らしからね酷薄な質の私が。

確かに自分も無貌の民だったのだと実感出来たのはなんとも皮肉めいていたように思う。


私は無貌の民の母と傭兵だった人間の父との間に生まれた。口こそあれど顔が無い無貌の民が異種族、それも人間と結ばれることは滅多にないことであったらしく。


夫婦になるまでは幾つもの難題があった父と母は。しかし周囲を説き伏せて夫婦になった。そんな愛情深い二人の間に生まれたにしては人と関わることに必要性を感じない酷薄な質で。それでいて人よりも臆病だった。


痛いことや苦しいことは嫌いだ。辛いことなどもしたくはない。

だから我が身を守るために知識を蓄えて。身体を鍛え。己の為の研鑽を続けている私を何故か慕う物好きたちが大勢居たことで。


未だにどうしてそうなったのか分からないが私は民の代表たる王に選ばれた。

総じて情が深く勇敢な無貌の民らしからぬ酷薄で臆病者な私が王など柄ではない。


だが、既に他国からの侵略に晒されていた無貌の民の国と疲弊する民を前に王であることを投げ出す訳にはいかなかった。

私はただひたすらに国と民を守るために戦場を駆け回った。


思うに私はこんな私を王に選んでくれた民たちの想いに報いたかったのだろう。変わり者の私を王と慕った民たちを守りたかった。命に代えても。


嗚呼、だが私はしくじった。しくじってしまったのだ。あれほどに守りたかった民は気づけば誰一人生きてはいなかった。


戦場で致命傷を負い。生死をさ迷っていた私が意識を取り戻したとき。洞穴に偽装された急拵えの祭祀場に私は横たわっていて傍らには干からびた神官や民の亡骸。


訳もわからず洞穴から飛び出せば跡形もなく破壊され尽くされ。荒廃した国の姿があった。 ただ一人生き残ってしまった私には復讐しか残らなかった。


その復讐を成し遂げ。これでようやく民たちの許に行けると自害しようとして。私は不老不死と化していたと知った。神官たちによって無貌の民の呪詛が私の身体に宿ったことで。生死をさ迷った私は生かされた。


しかし呪詛によって老いることも死ぬことも出来ず。常に肉体は最善な状態を保つことから忘れてしまいたい凄惨な記憶を忘却することも出来ず。


無貌の民たちを死に追いやったすべてに吐き気を催すような憎しみと怒りを。そして私自身に抱く自己嫌悪に苛まれ続ける日々を送ることになる。それが民たちを。国を守れなかった私に対する罰であったかのように。


そして五百年、私は誰にも理解されることのない孤独だけを抱え。あるかどうかも分からない不老不死の呪いを解く方法を探し続けた。


五百年の年月ですっかりと命を奪い奪われることに嫌気が差していた私は無貌の魔王を。私を倒す為に。

神託によって勇者となった人間が居ると偶々立ち寄った街で聞き。久しく感じていなかった痛みを胃に覚えた。


王だったときは常に感じていた痛みだなと嘆息して。勇者について聞き込めば。勇者には優れた巫術師の幼馴染みが居ることを知った。五百年も生きていれば巫術師に巡り会うこともあった。


だがいずれも不老不死の呪いを明かすに当たり。無貌の魔王と知れば腰を抜かし。止める間もなく逃げられた記憶しかないなと思い出す。


しかし呪いを扱う巫術師ならば私に掛けられたこの呪いを解けるかもしれないと。

最果ての村と呼ばれる僻地に居るというその巫術師に会いに行くことにした。


例えその巫術師が私の呪いを解けずとも。無貌の魔王が勇者の生まれ故郷に居るとは思わないだろうから。身を隠すには打ってつけの場所だと思っての判断だった。


そしてコーンウォールの端。最果ての村で私はまだ幼い子供だったブラングウェインと出逢ったのだ。


ブラングウェインは私が無貌の魔王と知ってなお恐れることなく友と呼んだ初めての人間だった。


それがどれだけ私には衝撃的だったか。ブラングウェインは知らないだろう。すべてを覚えている代償のように。五百年の月日のなかで本当の名前を無くした無貌の魔王たる私を。


ブラングウェインがパラメデスという人間にしてくれた。ブラングウェインにとって私は何故だかよく小さな不幸に見舞われるだけの。少し手の掛かるパラメデスなのだと。

ブラングウェインの伸びやかで真っ直ぐな声音が教えてくれる。


私も無貌の民。声に滲む想いや感情を探るのは得意だが。敢えて探ろうとする必要性がないほどにブラングウェインは私が大切なのだと隠すことなく声にも態度にも示すし。私を無邪気に好いてくれるものだから。


私は己の人生のなかで初めて得たこの小さな友が堪らなく愛おしくて仕方がないというのに。


『···詰まらない話なんかじゃない!!パラメデスさんにとってはまだそれは生傷のままの。今日に地続きの昨日のことなんでしょう。』


痛いならちゃんと痛いって言わないと私はパラメデスさんの傷に気づけなくてパラメデスさんにお呪いをかけてあげられない。


『慰めの言葉すら紡いではあげられない!痛くて苦しいなら。ちゃんと親友である私には言ってよ!!』


この小さな友は。ブラングウェインは私を喜ばせることばかりを言うものだと笑みがこぼれた。


私が無貌の魔王と知れば誰も彼も怯え。憎悪や恐怖を抱きこそすれ。私に寄り添おうとする人間など居なかった。

ただの一人も居なかったというのに。


ブラングウェインはどこまでも自然体なまま。私の手を当たり前のように取り。私が抱え続ける傷に。痛みに触れて私の感じる苦しみを和らげようとしてくれる。貴女のその優しさに私は何度も救われるなと口は弧を描き。


『パラメデスさんの抱えてるすべての傷に。痛みが飛んで行くお呪いをかけてあげるから。貴方の傷に口付ける許可をちょうだい。』


指先に感じた柔らかな熱を思いだして。声にならない声を口から溢しながら。落ち着いてきた筈の感情の昂りが戻ってきてまたじわじわと顔が赤らみ出すのを自覚する。


私に友と呼べるものはいなかった。だからなにが正解かわからないが。親友という間柄で接吻はしないと思うのだ。いや、口ではなく指先ではあったが。


指先に柔い熱を感じた瞬間。身体を巡る血が沸騰したように熱くなり心臓が跳ね回った。


リップ音を立てブラングウェインが指先から唇を離してやっとそこで正気戻ったが。接吻を。キスをされた指先は熱いままだと。


腕のなかで安心しきって健やかに寝息を立てるブラングウェインの頭に顎を乗せ。抱き締める腕に力を籠めながら。何故、そうしようと思ったのか自分でもよく分からないまま歌を口ずさんだ。



「貴公は間違いなくサー・パラメデス!僕が親友である貴公を間違うものか!!思い出してくれないか。貴公がこの僕、トリスタンの親友だと!」


「ちょーっと待った!いまの発言は聞き流せないぞ。パラメデスさんの親友は私なんだからな!」


二時間後、宿屋一階酒場にて。見知らぬ男とブラングェインに挟まれ。修羅場か、修羅場だなと見物客に見られながら。私は何故こうなったのかとそこはかとなく胃を痛めることになるとこの時の私は知るよしもなかった。

 

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