第四話『師匠直伝のおまじない』
拝啓、親愛なるイゾルデ師匠へ。時候の挨拶は省きまして。ぱぱっと本題から行きましょう。イゾルデ師匠、やってくれやがりましたね。
沢山の恋をするからこそ癒し手イゾルデたるアタシは人の悩みを解きほぐせる呪いを掛けられるのさというイゾルデ師匠の考えを否定する気はないけれども。
いま、目の前に。ぺそぺそと街の酒場の一角で女性が恐いとガクガク震えながら泣くこれぞ顔面国宝の若者が居て。
泣きながら金色の髪に翠緑色の瞳をした妖艶な泣き黒子の巫術師に大事なモノを盗られた(意味深)って言うんだ。
ねぇ、師匠。この凄まじく顔が良い美青年に一体ナニをしたのカナー!!
以上、ちょっと師匠の弟子を真剣に辞めたくなった白き手のブラングウェインより。
追伸。
絶対、どこかでみてるだろう性悪な師匠へ。私が言うのもなんだけどあんまりお酒は飲みすぎないでね。肝硬変になったら大変だし。ちゃんと三食きちんと食べて夜には寝ること。夜更かしはお肌の大敵なんだから。
それと煙草は嗜好品であって主食にも間食にもなりません。あと一日に一回は必ず日を浴びること。
最後に火遊びばかりしてると師匠がよく口にする哀しくなるぐらい鈍い子だって言う本命さんでも流石に勘違いされると思うよ。
師匠の言う本命さんが誰か私は知らないけれど。教え子としては此処等で本腰いれて口説いて。
本命さんを嫁か婿にとってイゾルデ師匠にはそろそろ落ち着いて欲しいと思うところです。いや、まあ。結婚してもイゾルデ師匠の放蕩が収まる気はしないけども!
私はブラン。元日本人の「わたし」の記憶と知識を持ち。この異世界ログレスでなりたくない職業ワースト一位に堂々輝いている巫術師をしている十七歳の田舎娘だ。
「わたし」の知識を生かした日本式の呪いで白き手のブラングウェインと呼ばれる腕利きの巫術師な私は。
五百年前、七つの国を滅ぼし。多くの種族を根絶やしにした無貌の魔王こと。パラメデスさんと旅をしている。
村ぐるみで開発した日本でお馴染みの固形シチューの素の製造と販売権利を巡り。
私の父と母が営む酒場で起きたヒーラック商会の横暴な商談が切っ掛けで私はパラメデスさんが無貌の魔王と知って。
友であるパラメデスさんに掛けられた不老不死の呪いを解く為に。コーンウォールの僻地にあることから“最果て”の村と呼ばれる故郷の村を書き置きを残してパラメデスさんと離れ。
不老不死の呪いを解く方法を探るために。呪いのことに掛けては右に出るものがいない。世界最高峰の巫術師である癒し手のイゾルデと謳われる私の師匠に会いに行くことにした。
馬車と徒歩でイゾルデ師匠の居る“竜”の国ウェールズに向かう道中。
西端にあるコーンウォールを上に進んで“鳥”の国サマセットのグラストンベリーという街に立ち寄っていた。
待ち合い馬車の荷台で揺られて三時間。旅慣れたパラメデスさんは疲れは見えないが。基本、巫術師はインドアとは言えども。
田舎の村育ちだから体力はある方だと自負していた私はくったくたのへにゃへにゃで早々に宿を取ることになって。一階が酒場になっている“唸る獣”亭という宿屋に泊まることになった。
「おや、兄妹かい。なら同室で構わないかね?」
「此処でもか!!」
宿屋のカウンターの前でぐしゃぐしゃと頭を抱えた私にパラメデスさんがおろおろと手をさ迷わせた後。ぽんぽんと慰めるように私の肩を叩く。
パラメデスさん。それはトドメなんだよなぁと。膝を抱え。宿屋の片隅で私は茸を生やしてどんよりと目を澱ませた。
さて、この異世界ログレスにあって。女性の平均身長はまあまあ高い。小柄な人でも165センチあると言ったら。日本人は先ず驚くだろう。
女性は170センチが普通だし。男性なら大体190センチもある身長。
ちなみにパラメデスさんは200センチ程。そんな中で私、ブラングウェインは150センチ。ヨーロッパ系統のなかでアジア系統の。というか日本人体型なのである。
そう、この世界。私からしたら誰も彼もが巨人である。分けてくれ、その身長と切実に願っている小柄のなかの小柄な私はこの世界の人からしたら子供に見えるらしくことあるごとにちっちゃい子扱いをしてくる。
たぶん、これ。異世界転生特典ってヤツだと私は睨んでいる。この日本人特有の容姿のお陰と。その大柄さ故か小さなモノには優しくしなさいと子供の時から教え込まれているこの世界の人たちはなんだか私に甘く。
買い物をすれば必ずオマケをしてくれるし。割り引きだってしてくれたりするけれど。反面、初対面では子供だからと侮られるだけじゃなく。酒場でお酒を飲めないのである。
ところで日本人の「わたし」はなかなかな呑兵衛だった。
前世は米所の出。県産のブランド米が幾つもあって。有名な日本酒の蔵元が幾つもあり。しかも山も海もある県だったのだけれども。
母方は農家。父方は漁業関係者。親類縁者には畜産業な方々が。ちなみに果樹園を営んでる親戚も居た。だからだろう。家には常に山の幸と海の幸が冷蔵庫に山程詰まっていた。
それが関係してか身の回りにも呑兵衛が居たので自然と「わたし」も呑兵衛となった。
酔うと身内認定した人にものすごーく甘え出すので。人と飲むときはほろ酔い程度に収め。
一人でも大勢でもお酒は楽しく。そして迷惑はかけず程ほどにをスローガンに酒飲みライフを送っていた。今世の私も酒好きだった。十六歳で成人なこの異世界。
やっと飲めるぞぅと勇んで珍しいお酒が沢山取り揃えられた街の酒場に繰り出したが。蒲萄ジュースを出されて帰された。あっちこっち。酒場を見つけてはお酒を飲もうとしたけれども。
お嬢ちゃんにはまだ早いと思うわとすべての酒場でお酒の提供を断られた。なんならアングラな酒場にも行ったけれど何故かお酒だけは出してくれなかった。
モラル、高いな。この異世界とアングラな酒場でグラマラスな夜の蝶なおねーさまがたにちやほやされながら混ぜ物なしのクランベリージュースを飲みながら私は黄昏た。
そんな訳で十七歳の私は小柄な日本人体型が原因で。常に子供扱いをされている訳だけど。そーいうお宿じゃない普通の宿屋は。大抵男女の同室はお断りしているところが多いけど。
大柄なパラメデスさんと並ぶと妹。下手すれば娘に見えることもあってあっさり同室が許可される。
いや、宿代が浮くし。同室でも別に困ることはないけれども。
なんだか複雑ぅと。膝を抱える私をパラメデスさんがひょいと腕に抱え。コツリと額をあわせ。私が同室では嫌だろうかと。特徴的な甘くて蠱惑的な声で問うので。
んぐっと呻き。私はそんなに信用ならないだろうかと。見るからに悄気てぺたっと折れた犬耳が見えるパラメデスさんに。
同室なのが嫌なんじゃないよと肩に手を添えて。ただ、子供扱いされるのが嫌なんだと口をもごもごさせて呟く。
「そう気に病むことはないと思うが。人間は若く見られたいものだと聞いている。それに私はブラン嬢を子供扱いしたことはないとは。あー、胸を張っては言えないな。私からすると大抵の人間は年下というかな。幼い子供の範疇に入るから。」
「oh、不老不死目線。ということはパラメデスさんからしたらみんなロリでショタってことになるんじゃ。え、パラメデスさんの恋愛対象はまさかロリかショタである可能性が···!?」
「ブラングウェイン。私でも怒ることはあるんだぞ。あと文脈の前後でロリとショタがなにか察したからな。···生憎と私は恋人が居たことはない。」
元々、私は情には酷薄な質だったが。無貌の民の王になったときは既に他国から戦を仕掛けられていた。
「ろくに城にも戻らず戦場に居て恋などする暇はなかったし。恋人や伴侶を必要とは感じていなかったからな。」
宿屋、二階。旅装を解いて。ブーツを脱ぎ。硬いけど清潔なシーツが敷かれたベッドに腰を下ろすと背伸びし。カチコチに固まった身体を解し。
窓の開閉具合を確かめてから。窓下の路地を眺めると。万が一宿屋から逃げ出すような不測の事態に備え。
窓から飛び降りたらどこに身を隠すか思案していたパラメデスさんに話の続きを私はねだった。
「でも。王さまには後継者問題が付き物なんだって。コーンウォール王のウーサーおじさんがぼやいてたけど。」
「無貌の民の国において王とはあくまでも民の代表に過ぎない。血筋はあまり気にされず。知恵であれ武勇であれ民の代表たるに相応しい力を示し。」
過半数の民の賛成さえあれば誰でも王になれたんだ。確かに王の子供が次の王になったことはあったらしいが歴代の王はみな民に選ばれて王となった。
「そんなことが出来たのは無貌の民が一を全とし。全を一と考える共同体としての意識が強かったことや数の少なさからだろうが。実力主義なところがあったせいでもあるだろうな。」
無貌の民に留まらず魔族は強い者に従うという意識。風潮がとても強かったとパラメデスさんは語る。
私はパラメデスさんから聞くまで魔族というモノを知らなかった。魔族はパラメデスさんが滅ぼした種族だったからだ。
パラメデスさんが言うには五百年前には沢山の潜在的に膨大な魔力を持った種族が居たという。
有翼族、有角族、有鱗族という三大魔族を筆頭に多くの種族がいて。まとめて魔族と呼んだと。
「魔族とは力あるものが力なきものを虐げても良いと。魔力の強さを絶対の価値観として蟻をいたぶる子供のように弱き者を踏み潰しそれをなんとも思わないような傲慢で最低な種族だった。」
温厚なパラメデスさんは憎しみを言葉に滴らせて吐き捨て。同じ魔族という種族であれど。身体能力こそ優れていても魔力は低く。身体の強度も私たち人間と同じだった無貌の民が。
他の魔族から厭われ、蔑まれ。虐げられてきた歴史があったこと。無貌の民の国の滅亡に他の魔族が関わっていたとパラメデスさんは教えてくれた。
無貌の民の国を攻め落とした七つの国。そのうち三つは。有翼族と有角族族、そして有鱗族が治める国であったのだと。
五百年間、生き残りを探し続けたと面布に隠されていない口許に弧を描いたパラメデスさんは怒っているようにも泣いているように見えた。
だから私は魔族の生き残りを探してどうしたのか聞けなかった。同族殺しの罪を贖わせる為に殺したのか。それともパラメデスさんこそが多くの同族を殺したことの許しを乞うたのか。それは分からないけれど。
どちらにしろ。パラメデスさんの怒りは。後悔は。彼の胸のなかで。五百年経とうとも。消えることなく燻り続けていることだけは私でも分かるのだ。
パラメデスさんの声音は嘘をつかない。声に想ったことが出るから。顔がないパラメデスさんだけどそのときになにを感じているのか分かってしまう。
魔族のことを語るパラメデスさんの声音は恐しくて。心臓が竦み上がるぐらい冷たい。いや、冷たいと感じるほどに熱い怒りに染まっていた。
自分に向けられたモノではないとわかっていても奥歯がカチカチ鳴って勝手に涙が滲んでくるけれど。
パラメデスさんの声に感じるのは恐さだけじゃない。怒りに震える声にはどうしようもない自己嫌悪が紛れていて。
それに触れた私はパラメデスさんを抱き締めて胸に抱えたくなった。
パラメデスさんが一番に憎むのは。民を。国を守れきれなかった自分自身だと声が雄弁に語るのにパラメデスさんだけがそのことに気づかないままでいる。
身を竦めて。泣くまいと口をへの字にしていた私を見て。慌てて歩み寄って。パラメデスさんはすまない、ブラン嬢を怖がらせてしまったかとおろおろと狼狽えて。
ぎこちなく私の頭を撫で血生臭く詰まらない話をして怯えさせてしまったと落ち込むものだから。
私の背丈だとパラメデスさんのちょうど鳩尾に頭が来るのを利用して無言で頭突きを繰り出したけど。
悲しいことにダメージを負ったのは私のおでこだけだった。パラメデスさんめ。体幹が良すぎてビクともしない。そして筋肉は硬いという今後役に立つかイマイチ分からない知見を得た私である。
鋼鉄でも仕込んでるのかというぐらいパラメデスさんの腹筋は硬かった。
じんじん痛むおでこに涙目になりながら。パラメデスさんの服を掴んで揺する。
「···詰まらない話なんかじゃない!!パラメデスさんにとってはまだそれは生傷のままの。今日に地続きの昨日のことなんでしょう。」
痛いならちゃんと痛いって言わないと私はパラメデスさんの傷に気づけなくてパラメデスさんにお呪いをかけてあげられない。
「慰めの言葉すら紡いではあげられない!痛くて苦しいなら。ちゃんと親友である私には言ってよ!!」
パラメデスさんの抱えてる、すべての傷に。痛みが飛んで行くお呪いをかけてあげるからと。
私を落ち着かせる為にさ迷っていたパラメデスさんの手を掴み。貴方の傷に口付ける許可をちょうだいと。その指にキスした。
イゾルデ師匠の直伝のお呪い。其の十五「患部にキス」をイゾルデ師匠から習ってから初めて人に披露したなと。パラメデスさんの指先にキスしたまま。そろっと上目使いで様子を見る。
普段、日本式の呪術。お呪いを使う私だけども。この世界のお呪いだってきちんとイゾルデ師匠に習っていたのだ。
イゾルデ師匠曰く。怪我をした患部にキスをすると痛みがてきめんに無くなるらしい。ついでに上目使いで目を潤ませれば何故か更に効果があるんだとか。
この世界のお呪いのことはイゾルデ師匠が一番詳しいから。確かに効果のあるお呪いなのだろう。
よく二日酔いのイゾルデ師匠に頼まれて痛むという額にこのお呪いをしたし。きっと効き目があるお呪いな筈だ。
ちなみにお呪いの台詞は見本を見せてくれたときのイゾルデ師匠の『愛しい人、アンタに口付ける許可をアタシにくれるかい』という台詞をアレンジしてみた。
このお呪いの台詞。酔っぱらうとイゾルデ師匠は何故か私に言いながらキスしてくるんだよなぁ。
そーいうのは本命さんにやってあげて欲しい。それはともかく。
五年の付き合いでパラメデスさんは傷を負ったら隠すタイプだってことは把握している。痛みを感じていても自分から申告はしないだろう。
でも親友である私には傷を隠さずに治療させろーっと意味を込めてわざとリップ音を出してパラメデスさんの手を離したら。
檜皮色の肌のパラメデスさんが一目でわかるぐらい赤面していた。二人きりのときは外套のフードを外しているからまるっと見えてしまうのだが。
妖精銀。美しいミスリル色の髪の合間から覗く耳は真っ赤で。首筋は更に赤く。うっすら汗を掻いていて。
はくはくと面布に隠されていない口が開閉し。声にならない声を出しながら悶絶していた。
おかしい。思っていた反応と違う気がする。押しに弱いパラメデスさんのことだから。
まったく仕方ないな、ブラン嬢はと苦笑しながら治療を兼ねてお呪いをさせてくれると思っていたんだけど。