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第三話『無貌の王』

酒場の入り口に身体を向けた時だった。


最初にヒーラック商会の商人がテーブルをひっくり返し。村長に掴み掛かり。破落戸たちがパラメデスさんから少し離れた私にナイフを振りかざしたのだ。


私の腕を掴み。自分の後ろに隠したパラメデスさんの面布と外套のフードを。下から上にのたうつ蛇のような軌道を描いた破落戸のナイフが引き裂き。


最初に妖精銀。ミスリルのように艶やかな白銀の髪がフードの下から零れ。裂かれた面布が飴色に磨かれた酒場の床に落ち。

ずっと隠され続けたパラメデスさんの相貌が露になった。


そこにはあるべきものがなかった。口があるだけ。


窪みや張り出しこそあれど普通ならあるはずの目や目蓋と鼻がパラメデスさんにはなかったのだ。


その時、その名を誰が呟いたのだろう。ヒーラック商会の商人だったかもしれないし。破落戸だったのかもしれない。

偶々居合わせ。事の成り行きを見守っていた酒場の誰かだったかもしれない。


「───“無貌の魔王”。」


その一言が酒場を混乱の渦に落とした。狂騒、狂乱。そして恐怖が酒場に居た殆んどの人たちを飲み込み。パラメデスさんに敵意が向けられるなかで。たぶん、パラメデスさんは身を強張らせたのだと思う。


破落戸から庇う為に私の腕を掴んだままだった手から伝わる僅かな震えが。酒場に居る誰よりも恐怖を感じているのはパラメデスさんだと教えてくる。


だから私はそいやっと巫術師らしさを醸し出す為に着ていたヴェールをパラメデスさんに頭から被せて。

その顔を隠し。パラメデスを背に庇って勢いよくその場で知らず知らずに酒場に溜まっていた邪気を祓う為に柏手を打った。


ぐわんと酒場の空気が波打って。目をパチパチさせる全員に。何時もの声音、何時もの態度で。腰に手を当て。口を開く。


「みんな酔っぱらいすぎだよ。顔がないなんて普通ならあり得ないんだからさ。」


コーンウォール一の腕利き巫術師、白き手のブラングウェインが保証する。パラメデスさんは絶対に悪いひとじゃない。


「ちょっと人より不運なだけな優しくて強いひとなんだって。」


村長、パラメデスさんが場酔いしたみたいだから送っていくね。

役場のニックさんへの言伝ては別の人に頼んでとパラメデスさんの手を掴み。酒場から飛び出す。


「···パラメデスさんは無貌の魔王ですか。」


走って、走って。誰も追い掛けてはこないことを確認し。森のなかでやっとパラメデスさんの手を離す。息が切れている私とは違い。まったく息が乱れていないパラメデスさんは。口を開き。なにかを言い掛けて。諦めたように口を閉じて俯く。


一歩、身を守るように後ずさったパラメデスさんに。私は後ずさった彼とは反対に歩み寄り。俯くその顔に手を伸ばし。白き手のブラングウェインのとっておきのお呪いを見せてあげますと明るく笑って頬を撫でた。


「ちちんぷいぷい。御世の御宝。痛いの痛いの飛んでいけ!!」


きょとりとしたパラメデスさんに。顔がなくて表情がわからなくても。パラメデスさんがいま痛みを感じていることは長い付き合いだもの。わかるよ、私と苦笑する。


「だから痛いの痛いの飛んでいけ。どうかな。少しはパラメデスさんの感じてた痛みが取れた?」


パラメデスさんはくはっと噴き出し。ああ、貴女はすごいなと仄かに声を震わせて笑い。頬に触れていた私の手を掴み。私は無貌の魔王。

いや、無貌の民の王だったと語るパラメデスさんの白銀の髪を風が浚う。


「無貌の民というのは?」


「種族で言えば魔族になるが。優れた身体能力こそあれど。人間とさして変わらぬ種族だった。異なるのは私のように顔がなく。故に私たちは無貌の民と呼ばれていた。」


五百年前、肥沃な土地を有することから。無貌の民の国は七つの国に攻め込まれ、滅びた。無貌の民は声音がいずれも美しいことから。多くの無貌の民が捕虜とされたが。


心身共に弱るなかで過酷な環境下に置かれたことから捕虜とされた無貌の民は死に絶えた。僅かに生き残った無貌の民は七つの国を。滅びに荷担したすべての種族を憎み。無貌の民の王に。自分たちを滅ぼした者たちに復讐を託したが。


「無貌の王は。私は長い戦いの最中で既に死に体。生きていることが異常な程の姿をしていた。しかし民たちの恨みが。呪詛が死の淵にあった私を生かした。」


神官らによって民たちの呪詛が練り上げられ私の肉体に宿り。私の負傷を癒した。私は民の願いを叶える為に七つの国を。多くの種族を根絶やしにし。


「そこでようやく民たちの跡を追って死のうとしたが死ぬことは出来なかった。ッ私は民たちの呪詛によって不老不死になっていたからだ···!!」


ブラン、私は。守るべき国を無くし。愛した民も失い。不老不死の呪いだけを抱え。五百年、死ぬ方法を求めて彷徨ってきたんだとパラメデスさんは息を詰まらせながら語る。


「この村に来たのは。優れた巫術師が居ると聞いたからだった。千年に一度の逸材でありあの勇者の幼馴染みだと耳にして。その巫術師ならば私に掛けられた不老不死の呪いを解けるのではないかと。それが白き手のブラングウェイン。貴女だった。」


私は不老不死であることに疲れきっていた。あるかどうか分からない。呪いを解く方法を探すことにも。疲れ果てて。なにもかもどうでもよくなっていたなかで貴女に出会ったんだ。


「噂の巫術師がこんなにも幼い子供であったことに驚いたし。本音を言えば落胆もした。こんな幼い子供に私に掛けられた呪いは解ける筈がないと。勝手に期待し。勝手に失望していた。」


そんな貴女とこんなにも親しくなったことは。私にとっては想像すらしていなかったことだった。屈託なく私に笑いかけてくれる人間が居るなど思いもしていなかった。


「ブラン、貴女と過ごした日々は木漏れ日のように温かで満ち足りていた。貴女が居たから私は不老不死になって初めて明日が来ることを心から楽しみに思えた。」


貴女が私を無貌の魔王からパラメデスという一人の人間に変えてくれた。ならばそれで。私はもう十分だ。それ以上を望むことは贅沢だろう。


「ブラングウェイン。私は今日にでもこの村を出る。」


無貌の魔王が現れたとあればこの長閑な村は騒がしくなる。また私が無貌の魔王と知らずとも親しくしていたとなればなにかしら咎めがあるかもしれない。


「それは私としても本意ではない。世話になった人々に恩を仇で返したとあればきっと民たちにもひどく叱られよう。」


そう、なにもかも諦めたように笑うパラメデスさんの頬を私は思いっきり引っ張った。おお、意外にも柔らかい。よく伸びるなーと堪能しながら頬を左右に引っ張る私にパラメデスさんは困惑を滲ませた。でも、止めてはあげない。


だって私は怒っているのだ。私ではパラメデスさんの力になれないと言外に言われたことも。

そして私程度の巫術師では彼を苦しめる呪いを取り除くことは出来ないと言われたことにも。


「私は白き手のブラングウェイン。世界一の巫術師、癒し手のイゾルデの秘蔵っ子であり。師であるイゾルデにいずれこの世界に名を刻むとお墨付きを与えられた腕利きの巫術師!!その私に解けない呪いなんてない!」


「ブラン嬢、」


「無貌の王。いえ、パラメデス。貴方に掛けられた呪いは必ずこの白き手のブラングウェインが解いてみせる。」


だから私と契約をしませんか。パラメデスさんに掛けられた呪いが解けるまで。私たちは運命共同体として常に行動を共にすると。


「ようはパラメデスさんが村を出るなら。私もパラメデスさんに着いていきます!不幸体質なパラメデスさんを一人にしたら絶対にアクシデントに巻き込まれるでしょうし!」


「何故、ブラン嬢はそこまで私を気に掛けてくれる。私は人ですらなかったというのに。何故、貴女の私を見る眼差しは変わらないままなんだ?」


「────友達だからだよ。大事な友達が困っているのなら助けたいって思うのは当然のことだもの。」


この友情はクーリングオフはさせないんだからと私は笑ってパラメデスさんの両手を握った。

パラメデスさんは今ほど顔がないことを悔やんだことはないと私の手を握りこむ。


人はこんなとき。涙を流すものなのだろうに。私はこの胸から溢れ出そうな感情を涙に変えることが出来ないと私の手を額に当て囁くように呟く。


「ブラン、ブラングウェイン。小さき我が友よ。私は貴女と共に生きて貴女と共に死にたい。どうか私に掛けられた不老不死の呪いを解いて欲しい。他ならぬ貴女が。」


「その依頼。白き手のブラングウェインが承りました。よし、一緒に白い髪のおじーちゃんおばーちゃんになって。一緒に三途の川を渡ろうかパラメデスさん!」


それが私とパラメデスさんの不老不死の呪いを解く旅の始りだった。不老不死の呪いを解く方法を探す為に。私とパラメデスさんは僅かな情報だけを手懸かりに多くの国を巡り。


時に呪いを原因としたちょっとした事件に巻き込まれながら旅をしている。

パラメデスさんが五百年間、探し続けて。それでも見つからなかった呪いを解く方法はそう簡単には見つからないし。


話を聞き付けた人たちに騙されることもあるけれど諦めるつもりはないとがたごと揺れる幌馬車の荷台で広げた地図を荷袋から取りだし隣に座るパラメデスさんに見せた。


「最初の目的地はウェールズ。竜の国です。呪いに長けたイゾルデ師匠ならなにか知っているかもしれません。」


「ブラン嬢の師に当たるひとか。」


「まぁ、素直に教えてくれるかはちょっとわからないんですが。イゾルデ師匠ときたら横暴で気紛れなんで。でも、腕利きの巫術師ですから。先ずは私の師匠に会いに行きませんか。」


「異論はない。では竜の国、ウェールズに向かおう。」


私はブラン。白き手のブラングウェイン。腕利きの巫術師でパラメデスさんの友達だ。


我が友、パラメデスさんがもう二度と孤独に苛まれ。その心を軋ませることがないように。パラメデスさんに掛けられた不老不死の呪いを必ずこの白き手のブラングウェインが解いて見せようじゃないか。


【ブランのメモ帳】

無貌の民

生まれつき目鼻といった顔の部位がない種族。顔がない。故に無貌。ようはのっぺらぼう。外なる神とは無関係。


恋をすると相手の好む顔になる。無貌の民は顔という判別が出来ないからか。ボディランデージが豊富で美声。


パラメデスさんからわかるように特に男性のそれは国が傾くと言われるほどで。五百年前、多くの無貌の民の男性が捕虜にされ。心身共に弱るなかで歌を悲鳴を無理矢理に奏でさせられて。いずれも衰弱死したと言う。


無貌の王

一般的に無貌の王というと無貌の民の最後の王のことを指すんだそうな。優れた知能と身体能力を持ち。民に愛され、無貌の民が暮らす小さな国を守る賢王。無貌の民の国を狙う七つの国によって。民は殺され、国は荒廃した。


無貌の民たちは復讐の為に。そして恐らく自分たちが愛した王を死なせない為に王に不老不死となる呪いを掛けたのではないだろうか。


故に王は民の想いに応えて七つの国を滅ぼし。五百年間、老いも死にもしない身体でさ迷っている。この無貌の王こそパラメデスさんである。


名前。

パラメデスというのは五年前から使っている流れ人としての名。本当の名前はとうに忘れてしまったので。人に名前を名乗るときは適当に街中で耳にした誰かの名前を拝借しているんだとか。


パラメデスというのは私の暮らす村に辿り着く前に立ち寄った街に居た野良猫のボスの名前を借りている。その理由はなんだか格好良かったからなんだって。


コーンウォール王

現在、猪の国ことコーンウォールを治めるのは兎の獣人のウーサー王。先王が生きていた頃。先王の甥に当たるウーサーは騎士団の団長として叔父である先王に仕えていたが。才気に溢れ。


カリスマを持ち合わせて民からも慕われていたウーサー王を獣人であることから快く思ていなかった先王の王妃とその一派が証拠を捏造し王位簒奪を企む謀反人であるとウーサー王に濡れ衣を着せた。


ウーサー王は母の侍女の伝を頼り。コーンウォールの片田舎の村に匿われ。身の潔白を証明した上で子がいなかった先王の跡を継ぎ。コーンウォールの王となったあとも。村の酒場によくお忍びでやって来てはエール片手に村の者たちと交流している。


私にとっては近所に住み。読み書きを教えてくれたり。よく遊んでくれた優しくて陽気なウーサーおじさんである。ウーサーおじさんも娘のように思ってくれているので年頃になった私が変な男に引っ掛かりはしないかと少し気を揉んでいるみたい。

 

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