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第十八話『騎士の名はトリスタン⑩』

「あ、パラメデスが睨んだ通りにブラングウェインの姐さんは唸る獣の正体を知ってた感じか。」


「いえ、私は唸る獣の正体は知りません。長命で物識りな妖精たちですら唸る獣がなんなのか把握してはいないのです。」


この国が。ブリテンが栄えるようになった頃に唸る獣はフラりと現れたらしく。唸る獣が何処から来たのか。なにを目的としてブリテンに来たのかということも分かってはいません。


「ただ、唸る獣と言葉を交わした妖精たちが言うには唸る獣は自らを“荒野を永劫にさ迷う者”。或いは“印を刻まれた者”と称し。己の素性らしきことを僅かながらに語ったと言います。」


“─────私は地を耕す者。供物を受け取られなかった者。楽園の東を流離い。罪を赦される時をただ待ちわびる。私は餓え、渇き。しかしそれを癒す術はなく。あらゆる施しは砂とならん。”


故に私は死を求めども。自ら命を絶つこと能わず。なれば私は私に死を与える者を乞い求めん。


されど私を責め、虐げる者は七倍の復讐に襲われ。この身に刻まれた烙印が私から甘き死を遠ざける!!嗚呼、神よ。我が主よ。私の罪は何時になれば赦されるというのか···!”


「そう唸る獣が語ったという素性がどこまで真実なのか。それは分かりませんがその生態は幾つか明らかになっていて。唸る獣は老いると見目良い青年に化けてこれはと見定めた女性に近づき誘惑すると。その女性の胎を借りて産まれ直すのだそうです。」


マーリンという方の話のなかに出てきた悪魔とはつまり王女が後に産み落としたという唸る獣そのもの。

そして唸る獣は罪を犯した人間の前に現れて自分がそうであったように。


「汝、罪を告白せよと迫り正直に罪の告白をしなかった者。或いは問いに答えられなかった者に罰と称してその罪の被害者と加害者の精神を入れ替えるというのです。」


唸る獣が何故そんなことをするのかその明確な理由は分かってはいません。それで、その。一応。精神を入れ替えられた人間を元に戻す最速最短の方法があるのですが。その方法というのが性交なんだとか。


「一時期唸る獣が猛威を振るいまくった時があったらしく、唸る獣と同等かそれ以上に古い神が己の加護を呪われた者たちに与えることで唸る獣の呪いを打ち消す方法を編みだしました。」


ただその古い神というのが性愛や子孫繁栄を司る地母神さまだったらしく。地母神さまの加護を授けるには性交して貰うのが手っ取り早い上に詳しい仕組みは省きますが。


呪いで入れ替わっている者同士が身体を繋げるとスムーズに精神が元に戻るという理由もあって。


「ええっと。ようは唸る獣の呪いを解く方法は性交しかないということで腹を括ってパラメデス殿を抱こうとしていた訳です!!」


「ブラングウェインの姐さんのその思いきりの良さは美徳だけど欠点だと俺は思うなぁ!!もっと自分を大事にしよう!」


張り切るブラングウェインの姐さんにパラメデスは必死になにか別の方法がある筈だと訴える。こんなことで。貴女の貞操を散らして良い訳があるかと。


ブラングウェインの姐さん(外側はパラメデス)の肩を掴み。パラメデス(此方の外側はブラングウェインの姐さん)は早まるなと言い募る。


そんなパラメデスにブラングウェインの姐さんは考えなしに言っているのではないと抗議し。この唸る獣の呪いは時間制限があるのだと明かす。

精神が入れ替わってから時間が経てば経つほど精神が肉体に馴染んでしまい。例え性交したとしても元に戻れないのだと。


「だから早急に対処しなければならない。パラメデス殿はアーサー王に仕える円卓の騎士となってようやく正当な評価を得られるようになった。私は、私は友として。こんなことでパラメデス殿の将来を潰したくない!」


キッと睨むようにパラメデスを見詰め。ブラングウェインの姐さんは膝に置いた手を握り締めて震わせる。これからなのです、パラメデス殿は。異教徒だから。異国の人間だから。


そんな理由で不遇な扱いをされてきたパラメデス殿が。ようやく正しく評価を下してくれる方に。アーサー王に出逢い。円卓の騎士にまで叙された。それが友として。どれだけ誇らしかったか。貴方はきっと知らないでしょう。


コーンウォールの地にも届く。アーサー王の名声のなかには。その配下の騎士たちの活躍も混ざっていた。貴方が。パラメデス殿が。多くの冒険を積み重ねて。名誉を得ていくのを知れば知るほどに私は嬉しくなった。


嗚呼、貴方を。ようやく皆が認めてくれた。これで貴方を侮る者は居ないって。嬉しくて、思わず私の親友はこんなにすごい騎士なんだって大声で自慢したくなった。


「···私、パラメデス殿が誰かに認められるのを。ずっと、ずっと待ってた。だってパラメデス殿がどれだけ優れた騎士なのか。一番理解しているのは私だから。」


なのに私がパラメデス殿の足枷になるなんて。そんなのいや。私は、私は!!


「貴方を苦しめる原因になんかなりたくない───ッ!!」


ああ、ブラングウェインの姐さんは睨んでいたんじゃない。零れそうな涙を。懸命に堪え。必死に泣くまいとしていたのだと。そこで気づいた。それと同時に。どれだけブラングウェインの姐さんにとってパラメデスが大事なのかということも。


ブラングウェインの姐さんの。そのパラメデスに向ける想いは友情というには大き過ぎる。

けれども恋情と呼ぶにはあまりにもその想いは純粋だったんだ。


ただ、ただパラメデスが大事で。なによりも。誰よりも大切にしたいのだと。叫ぶように。ブラングウェインの姐さんの身体が。

どこまでも。透き通った純粋な想いを奏でる。それは泣きたくなるぐらい。温かな柔かい音だった。


「ブラン。ブラングウェイン。私は冒険の旅に出る度に。この積み重ねた名声が貴女に届けば良いと。そう思っていた。遠いコーンウォールの地に居る貴女の耳に。どうか届けと。私は知っていたのだ。」


私が騎士として認められ。名誉を。名声を得れば得るほどに。目を輝かせ。笑みを浮かべてくれる人間が居ると。そう。貴女のことだブラングウェイン。アーサー王こそ。我が主。そう思い円卓の騎士に連なる身となったが。


「私を騎士足らしめているのはブラングウェイン。貴女だと言ったら。貴女は私を笑うだろうか。貴女は何時でも私に道を指し示し。そうあるべきと定めた姿へと私を導いてくれる。さながら北の空に浮かぶ星のように。」


そんな貴女を私が足枷に思うものか。どうか自覚してくれ。貴女は私になによりも大事に思われていることを。


「ブラングウェイン。我が友よ。私はこんな巫山戯た理由で。大切にしたいと願う貴女を汚したくはない。ただでさえ───」


ただでさえ自分の精神が貴女の。貴女の精神は私の肉体に入っているという事実で手一杯だというのに。この状態で貴女に抱かれたらなにか開いてはいけない扉が開く予感しかないから。


頼む。元に戻る別の方法を探さないかとパラメデスは顔を覆い。切々と。ああ、なんか色々と窮まってるなという発言をした。そうか、パラメデスは。ブラングウェインの姐さんのこと。本当に恋愛的な意味で好きなんだと。


顔を覆ったときに下を向いたせいで。目に飛び込んで来た服越しでも分かるその豊かな双丘にんぐうっと呻き。顔を真っ赤にしたまま固まるパラメデスに思わず肩を叩いた。


「その、なんだ。二人がこうなった原因は俺だから。二人が元に戻れるよう協力する。あー、ブラングウェインの姐さんは他に元に戻る方法に心当たりとかはないかな。」


「あるとしたら。唸る獣に呪いを解かせることでしょうか。問題は、」


「唸る獣が何処に。そして何時現れるかってことか。神出鬼没の唸る獣をどうやって見つければ良いのかだな。」


「いえ、唸る獣が次に現れるところならある程度絞れていますよ。だって唸る獣はかなり老いているようでしたから。」


ブラングウェインの姐さんの言葉にパラメデスはハッとして。ああ、成る程。女性の胎を借りて産まれ直す時期に入っているのかと呟く。パラメデスにブラングウェインの姐さんは頷き。唸る獣はきっと。自分好みの女性の所に現れるか筈だと。


「ブラン。唸る獣の好みの女性というと。」


「唸る獣は血の繋がった兄弟と通じたことがある高貴な血筋の美しい女性が好きなんですが。流石にこの条件に当てはまった女性に心当たりはなくて。」


「···私にその条件に当てはまる女性に心当たりがある。ただそうであるという確証はないのだが。アーサー王の姉君であるモルガン殿がそうではないかと思うのだ。彼の方にはモードレッドという御子息が居る。」


円卓の騎士の一人でもあり後ろ向きなところはあるが誠実。

そして実直な若者だが。アーサー王にあまりにも良く似ている。それだけなら叔父と甥なのだから似ていてもなんら可笑しくはないが。


「私はモードレッドから自分の父はアーサー王その人だと明かされた。酒宴の席で。酒を飲みつけぬモードレッドが泥酔し。それを介抱しているときのことだから。」


恐らくモードレッドはろくに覚えてはいないだろうが。もしもモードレッドの言葉の通りであるなら。


「モルガン殿は弟であるアーサー王と通じたことになる。つまり唸る獣好みの女性だ。」


「なら、モルガン殿の近くで待ち伏せれば!」


「ああ、唸る獣を捕まえられるかもしれない。だが話はそう簡単ではないのだ。先ずモルガン殿はアーサー王とその配下である円卓の騎士たちを凄まじく嫌悪している。事情を話したところで協力してくれるかどうか。」


ちなみに円卓の騎士を毛嫌いするあまり。モルガン殿は円卓の騎士が近づくと拒絶反応が出る。なのでこっそり近づいても直ぐにバレるだろうと語るパラメデスに。


春先、杉の花が咲くとくしゃみが止まらなくなる叔父上みたいな反応だなと。地上に生えるすべての杉を駆逐。


伐採してやりたいと荒んだ目をしながら花粉を飛ばす杉を怨めしげに見ていた叔父上の姿を思い出しながら拒絶反応というとこんな感じかと問うと。


モルガン殿は我々円卓の騎士が近付くと。ふひぃと淑女らしからぬ悲鳴を上げて鼻血を出しながら卒倒するとパラメデスは答えた。特に円卓の騎士が二人揃うと拒絶反応が激しくなると。


三人でどうにかモルガン殿に近付けないかと考えていた俺はあることをふと思い出した。


「あ、なら。馬上槍試合に出れば良いんじゃないか。確か近々開かれる馬上槍試合の主催っていうのが。」


「モルガン殿か。確かに馬上槍試合に出て勝ち進み。優勝まですればモルガン殿に近付く機会はあるな。騎士でありさえすれば馬上槍試合に出場することが出来る。例え己が毛嫌いする円卓の騎士であっても。モルガン殿が出場を拒むことはないだろう。」


「先ず俺が馬上槍試合に出るのは確定としてパラメデスは。」


「出られると思うか。ブランの身体に傷ひとつ付けてたまるか。」


「だよな。となると馬上槍試合に出るのは俺だけか。」


「あ、それなら私が馬上槍試合に出ましょう。幸いにも今の私はパラメデス殿のお身体をお借りしている訳ですし。」


「「え···!?」」


「馬上槍試合は妖精たちの最新トレンドだったこともあって。私、妖精たちに付き合わされて馬上槍試合の経験があるのです!いやー、久々だ。そうとなれば猛特訓しなくちゃです。頑張るぞ!」


そんな訳で俺たちは馬上槍試合に出ることになった。パラメデスの身体に入ってる状態のブラングウェインの姐さんにモードレッドが懐いたり。モルガン殿から本当に円卓の騎士かと怪しまれたりしながら。


睨んでいた通りに唸る獣が現れ。俺は逃げた唸る獣を追う内に霧に包まれ。気がつくと見知らぬ街に居た。


知っているようで。知らない街の路地裏で途方に暮れているところをイゾルデ様にそっくりな女性に拾われた。名前、容姿、声音。どれをとってもイゾルデ様に良く似たその人は煙草をくわえたまま口の端を吊り上げ笑った。


『お前さん。随分と面白い呪いに掛かってるじゃないか。』


ふぅん、愛の呪いねぇ。長いこと巫術師をしている私ですら滅多に見かけない古い代物だ。ふふ、興味が湧いてきた。


『坊や。なぜお前さんがこの呪いに掛けられたか。この癒し手のイゾルデに教えておくれでないか。そう、ベッドのなかでね?』


「···それで必死に抵抗したんだが。その細腕のどこにそんな力がという怪力でベッドに引きずり込まれて洗いざらい吐かされて。朝、あちこち痛む身体でどうにか目を覚ますと置き手紙と金貨の入った袋があって。」


その手紙には元の世界に戻るには唸る獣を追うしかない。つまり当面の間は此の世界で生きていくしかないが。先立つものがないと色々と困るだろうから。この呪いを担保として金を貸してあげようと書かれてあった。


確かに常に身を蝕んでいたモノが綺麗さっぱり消えてることにそのとき気づいた。でも、その呪いは俺とイゾルデ様を繋ぐ大事なモノだった。返して欲しいと。


イゾルデ様に似たあの巫術師だという女性を探したが見つからなくてさ。やけになって目に飛び込んできた唸る獣の名前がついた酒場に入り。飲みつけない酒を飲んで酔っ払ってたって訳なんだ。


「あー、ブラングウェインの姐さん。頭痛が痛いみたいな顔してるけど。イゾルデ様似の巫術師とは知り合いか。なんか、すごく。此処では有名な人らしいけど。」


宿屋“唸る獣”亭。二階角の客室で。沈痛な顔でトリスタンの話に耳を傾けていたブラングウェインは師匠のやらかしに頭を抱え。


ン゛ニ゛ャアアと呻きをあげながら頭部から生えた猫の耳を横に平らにして。尻尾をぶんぶんと左右に振って行き場のない怒りを発散させていた。


ブラングウェインは知っている。一見して善行を施してるように見える己が師であるイゾルデなのだが。実際は珍しい呪いを見つけて。興味本意でトリスタンからひっぺがしてみただけだと。


呪いの剥がし方が十八禁仕様なのはトリスタンに掛けられた呪いが古いものであると看破したからだろう。トリスタンの話に出てきたブラングウェインによく似た女性が唸る獣の呪いを地母神の加護で打ち消そうとしたように。


巫術師であるイゾルデは己を依り代にして呪いよりも起源が更に古い神。地母神をその身に降ろし。

身体を交えることでトリスタンに地母神の加護を一時的に授けて。呪いを引き剥がしたのだ。


此の世界の巫術師は巫女を兼任する。神を我が身に降ろして神託を授けたり。メソポタミアやアジア地域で語られる聖娼のように時に神の力を性交を介して人に与えることがある。


なのでイゾルデは職分を果たしたと言えるが。呪いを剥がす手段に。そーいうことをしたのは。イゾルデの嗜好によるところが大きい。

師匠、おぼこい男の子や女の子を翻弄するの。好きだからと。沈痛な顔で語るブラングウェインにパラメデスはそっと肩に手を添える。


「やはり魔族なのではないか。私に任せてくれるのならば灰も残さず滅するが。」


「うぅ。師匠はちょーっと奔放なだけで悪いひとじゃない筈なんです!」

ああ、でも。良いひとかと聞かれたら頷くに頷けないと。私、ブラングウェインは頭を抱えた。


そんな訳で稀代の巫術師であるイゾルデ師匠に会う為。私たちの旅に円卓の騎士トリスタンさんが加わることになるのだ。目指すはウェールズ。竜の国。呪いを解き。また呪いを取り戻す為に旅は続く。 

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