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第十七話『騎士の名はトリスタン⑨』

自分はイゾルデ殿ではないのに好意を不当に受け取っていると気に病むブラングウェイン嬢を見る度に。私は言いたかったよ。私は貴女だから好意を差し出していると。イゾルデ殿ではなく私は貴女を好いているのだと。


叔父上は開け放たれた窓に顔を向け。もっと早くに想いを打ち明けるべきだったねとゾッとするほどに平坦な声音で語る。


「···うん、情が深くて誰に対しても親身なブラングウェイン嬢が親友とはっきり口にするぐらい。サー・パラメデスは特別な相手だって察してはいたけれどね。それが友情であるのならば問題はなかったんだ。」


納得出来るかと言えば出来ないというのが本音だけど。

まさか連れ去るとは。成る程ね、友情はとっくに形を変えていたらしい。彼は何時それに気付いたのかな。


「まあ、別に興味はないけど。うん、私はどうやら怒ってるらしいね。それもすごく。サー・パラメデスにブラングウェイン嬢を渡す訳にはいかない。渡したくはない。」


ぐるんと顔を窓から此方に向けて。にっこりと。そう。にっこりと笑いながら我が愛しい甥トリスタンよ。ブラングウェイン嬢を連れ戻しに行ってくれるねと朗らかに。


しかし断ることは許さないと醸し出される冷気で言外に告げながら叔父上は俺に命じた。表向き、近頃世間を賑わし。円卓の騎士たちが探しているという唸る獣の捜索の為だとして 。


俺は直ぐにパラメデスの後を追ったんだが。その恵まれた身体能力と明晰な頭脳を生かしてパラメデスは追跡の目をさらりと掻い潜っていく。


ブラングウェインの姐さんを連れてどんどんコーンウォールを離れていくパラメデスの怒りの深さを窺い見た気がした。


手懸かりはなく。目撃情報もない。二人を探す過程で円卓の騎士に叙勲されたりしながら。奇妙な男女が居るという噂を掴んだとき。俺はとある宿屋に単身踏み込んだ。


そこには何時もより凛々しい顔つきを真っ赤にして狼狽するブラングウェインの姐さんと。

そんな姐さん組み伏せている何故かわからないが可憐な雰囲気のパラメデスが居た。


俺はパラメデスは婚前交渉とか。しないヤツだと思ってたと目を思わず逸らすと。


違う。いや、違わないのだが。これには仔細があるのだとブラングウェインの姐さんが起き上がろうとしてパラメデスの胸を押し。


パラメデスは不服気にブラングウェインの姐さんに身体を傾ける。引き剥がした方が良いのかな。これと。二人の様子を窺う。口を最初に開いたのはパラメデスだった。


「パラメデス殿。元の身体に戻る為。致し方ないことです。もう腹を括られてくださいまし!!」


俺はギョッとした。パラメデスの口からブラングウェインの姐さんの声が飛び出したのだから。


「ダメだ。考え直してくれブラングウェイン。なにか他に方法がある筈だから!!もっと自分の身体を大事にしないか!」


負けじと口を開いたブラングウェインの姐さんからはパラメデスの声が転びでる。

俺が目を白黒させていることに気づかずに二人の言い合いは激しさを増していく。


「その言葉。そっくりパラメデス殿に返しますからね。貴方は誰かの為に自分を蔑ろにする悪い癖があると!!」


貴方は何時も自分を粗末に扱う。その度に私は泣きたくなるぐらい哀しくなる。貴方は素晴らしい人です。


「私は貴方以上に魅力を感じる人はいなかった。なのに、何時も。何時も貴方は。ご自分を卑下して損な役回りばかり引く!」


「ブラン、」


「だから決めました。私は。私だけはなにがあっても貴方の味方でいようと。」


ええ、パラメデス殿を元のお身体に戻す為に貞操を捧げる覚悟は出来ている。


「なのに貴方は私がなにをいっても聞いてはくださらない。だからもう実力行使に出るしかない。ようは私がパラメデス殿を抱けば良い!」


「ブラン!?」


「男の身体は不馴れですが。それはパラメデス殿も同じこと。勝手が違うので多少不安はありますが痛いことだけはしません。だからその身を私に委ねてくれませんか?」


「~~トリスタン!!彼女が過ちを。いや、私が血迷う前に取り押さえてくれ!!早急にッ!!」


「お、おう!?なあ、姐さん。なんかいま姐さんの口からパラメデスの声がしたというか。姐さんから。パラメデスの音がするのはなんでかな。」


ブラングウェインの姐さんを押し倒していたパラメデスを慌てて引き剥がし。俺は感じていた違和感の理由を知った。俺の耳は。ブラングウェインの姐さんからパラメデスの。


そしてパラメデスからブラングウェインの姐さんの音がすると訴えている。

俺はぎこちなくパラメデスを注視する。にっこりとパラメデスが。いやブラングウェインの姐さんが笑った。


「あ、唸る獣の呪いでパラメデス殿と精神が入れ替わっていまして。呪いを解くには精神が入れ替わった二人が交わる必要があるのですが。パラメデス殿が頑なに拒否しているのです。時間が経てば経つほど戻り難くなると言うのに···!!」


「あー。戻る手段が問題なのは分かる。でも、呪いを解く手段としては穏当な気がするんだが。」


「どこが穏当だ。よく考えないか。彼女の。ブランの身を穢す必要があるということだぞ。嫁入り前の娘にそんな無体を働けるか!だが先程からブランは私を抱くと言って譲ろうとしないのだ。」


「パラメデス殿からすれば。私の貞操がマルク様に捧げられていないことをその身でお確かめになられるまたとない手段ですし丁度良いのでは。」


「···貴女の言葉を信用しなかったことは心から謝罪する。だから捨て鉢にならないでくれブラングウェイン!!」


「捨て鉢になんてなっていません!!パラメデス殿のわからず屋ー!!」


二人の話によれば精神が入れ替わり。このべそりと泣き顔をしているパラメデスの中身はブラングウェインの姐さん。弱った顔をしているブラングウェインの姐さんがパラメデスということになる訳なんだが。


俺はそろりと片手を挙手し。そもそもどうして精神が入れ替わったりしたのかと訊ねた。


パラメデス(肉体はブラングウェインの姐さんなので違和感がすごい)は身体を起こし。

胡座をかこうとして自分がいまブラングウェインの姐さんの身体と入れ替わってると思いだし。ぎこちなく座り直すとガリガリと頭を掻いて唸る獣だと端的に告げた。


「····その奇妙な獣を最初に見つけたのはペリノアという騎士だった。」


ノーサンバランドを治めるペリノアは。己が領地の森のなかで不可思議な獣と遭遇した。それは最初美しい獣に見えた。


だがその獣の側に流れる小さな河辺。水面をよくよく見れば頭部は蛇。胴体は豹。ライオンの尾を持ち鹿の足という奇妙な姿が写っている。


そのことに気づいた途端。美しい姿をしていた筈の獣は水面に写っている姿になり。腹の中から数十頭の猟犬が唸っているような恐ろしい唸り声をあげた。


故にペリノアはその獣を唸る獣と名付けた。ペリノア曰くして唸る獣は対峙した相手に。汝、犯した罪を告白せよと問うのだという。ペリノアは答えたそうだ。


自分は常に騎士として正しいことをしてきた。神に誓って罪を犯したことはないと。

唸る獣は欺瞞なりとけたたましく嘲り。ペリノアと彼が連れていた馬と精神を入れ替えた。このことは直ぐにアーサー王の耳に届いた。


ペリノアは円卓の騎士に叙された人間だ。そんなペリノアの窮地を救うべく。アーサー王は円卓の騎士たちに唸る獣の捜索を命じた。

その矢先。アーサー王と円卓の騎士の前に唸る獣は再び現れた。


不思議なことに幾人かは唸る獣が純白の毛並みを持つ。狐より小さな美しい獣に見えるという。

だがパーシヴァルやガラハッド。ボールスはペリノアが見たように頭部は蛇。胴体は豹。ライオンの尾を持ち鹿の足という奇妙な姿をしていると語る。


円卓の騎士たちがざわめくなか。騎士の一人が唸る獣に目を見張った。騎士の名はモードレッドというが。夢のなかでこの唸る獣を見たと。


更にアーサー王は狩りの最中にこの不可思議な獣が泉で水を飲む姿を目撃したと語る。マーリンは二人の言葉に唸る獣に纏わる話を語った。


曰く。唸る獣は自分の兄弟に色情を抱き、悪魔と取引し。本懐を遂げた人間の王女から産まれたとされていると。悪魔は王女を操り兄弟に辱しめられたと父王に訴えさせ。


父王は犬を使い。王女の兄をバラバラに引き裂いた。王女の兄は死に際に不吉な予言を残した。

王女は自分を引き裂いた犬の群れを思わせる騒音を立てる憎悪の塊を産み出すだろう。それこそが唸る獣であるされていると。


唸る獣はペリノアにしたようにアーサー王の妃であるグネヴィア様にあの問いを投げ掛けた。

汝、犯した罪を告白せよと。グイネヴィア様が答えるより早く。アーサー王とランスロットが唸る獣に答えた。如何なる罪を犯してはいないと。


唸る獣は数十頭の猟犬が一斉に唸るような吼え声を上げ。アーサー王はランスロット。グイネヴィア様はアーサー王。ランスロットの精神はグイネヴィア様の肉体に入れ替えられた。


その場に居合わせた円卓の騎士を嘲笑うように煙りのようにその場から消え失せた。

ペリノア。ランスロットとグイネヴィア様。


そしてアーサー王に掛けられた呪いを解くには。唸る獣を見つけ出す必要があると宮廷魔術師であるマーリンの指示で私たち円卓の騎士をブリテンの各地に散って唸る獣の捜索を始めたが。


神出鬼没。唸る獣は私たちを嘲笑うように。姿を見せては捕らえようとする手を掻い潜り。また姿を眩ませる。


コーンウォールに来たのは。ブランと再会する為でもあったが。とある疑念をブランに確かめることも目的だった。私が抱いた疑念。それは唸る獣は妖精の類ではないかというものだ。


奇っ怪な姿形。精神を入れ替える不可思議な力。そして唸る獣の出生の経緯。どれひとつ取ってもただの獣ではい。

では唸る獣は一体なんなのか。私は唸る獣と近しい気配をさせるモノを知っていた。


猫妖精。ケットシーである。ブランの義兄弟の猫だ。同族かと訊ねてみたのだが。自分は産まれた時からこの人間の世界に居て。


妖精。同族と関わらず生きてきたから。妖精のことをあまり知らない。むしろ妖精に詳しいのは取り替え子によって妖精の世界で育ったブランの方だと語る。


だから私は唸る獣についてなにか知らないか。ブランに問うためにコーンウォールに来た訳だが。唸る獣について問うどころではなくなった。イゾルデ様の身代わりとなり。


マルク王に貞操を捧げたと聞かされ。私を突き動かしたのは猛烈なまでの怒りだった。

彼女を粗末に扱った者たちが許せない。そう思うと同時に自分を蔑ろにするブラングウェインにも私は怒っていた。


何故、自分をもっと大事にしないのだとな。誰も彼女を大切にしないというのならば私がブラングウェインを拐っても良い筈だ。


それを誰に咎められたとて。私はブラングウェインをもう離すものかと。そう決めた。


だがブラングウェインはコーンウォールに。お前たちの許に戻して欲しいと私に訴えた。

呪いによって許されざる恋に落ち過ちを犯しはしたが。懸命に呪いに抗って。恋しいと想う心を押し殺し。


互いに指ひとつ触れることなく。マルク王に仕えることを選んだ二人を守ると自分は誓ったのだと。

そして誤解しているようだが自分はマルク王に貞操を捧げてはいないとブラングウェインは告げたが。


私はブラングウェインがお前たちを。マルク王を庇う為に嘘をついていると思い。余計に怒りを掻き立たせた。そんな私にブラングウェインは段々と怒り出し。


つい激しい口論になったとパラメデスは沈痛な顔をして。パラメデスから話を引き継ぎ。ブラングウェインの姐さんは遠くを眺めながら語る。


「パラメデス殿に抱かれたのかと問われ私は抱かれてないと抗弁し。まったく此方の話に耳を傾けてくれないパラメデス殿になんだか腹が立ち。」


ならば私の貞操が失われていないか。私を抱いてお確かめになられたら良いのですとパラメデス殿に告げました。ああ、そうか。では確かめさせて貰おうかとパラメデス殿も売り言葉に買い言葉で返し。


「そーいうことをする流れになって二人して寝台に身を横たえたところで。見ていたのかというぐらいの見事なタイミングで唸る獣が現れたんですよね。直ぐに剣を取って私を背に庇ったパラメデス殿に唸る獣は問いました。汝、犯した罪を告白せよと。」


「···私は言葉を喉に詰まらせた。意図したことではないが私は己が一族を離散させるだけでなく。多くの人間を死に追いやった過去がある。」


そして本当にブランがマルク王に貞操を捧げていないのならば。私は怒りに駆られ。頭に血が上るあまりにブランの身を穢そうとしているということになる。


「それは許されざる悪行に他ならない。」


「唸る獣は問いに答えられないと見るや私とパラメデス殿の精神を入れ替えて姿を消しました。でも不幸中の幸いというべきか唸る獣の呪いに対処する術を私は知っていました。なので実践しようとしたのですがパラメデス殿が抵抗しまして。」

 

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