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第十六話『騎士の名はトリスタン⑧』

何時もは気丈なブラングウェインの姐さんが一瞬見せた弱った姿に。そもそもブラングウェインの姐さんがイゾルデ様のフリをしなきゃいけない理由を作った俺は罪悪感から息を詰まらせ。


叔父上はベッドに身を横たえていたブラングウェインの姐さんに。手を握っても良いかなと訊ねてから労るように。包むように握り。二度目はない。私が起こさせないと真剣に告げた。


『···私はイゾルデ殿と。主である彼女を守ろうとする君を必ず守ると約束する。こうみえて頭脳労働は得意なんだ。』


不穏な芽は先手を打って潰してしまおう。うん、私も少しは王さまらしいことをするとしよう。


『大事なモノを。自分の目の届かない場所で喪うのは一度きりで十分なのだから。』


そう笑い。叔父上はブラングウェインの姐さんに蜂蜜を渡し。姐さんはそれから素直に食事の時に蜂蜜を口にしている。ミルク粥に蜂蜜を回し掛けて。匙で掬い。


口に含んだブラングウェインの姐さんは。美味しかったのか。ぽやぽやと花を飛ばしたあと。もう振り返っても大丈夫なぐらいには恐怖は薄れたとした上で拐われたときのことを俺に話してくれた。


イゾルデ様のフリをしていたブラングウェインの姐さんを拐った騎士を仮にクリスとするが。クリスに拐われたブラングウェインの姐さんは。クリスの恋人として振る舞うように許容され。


身体を無遠慮に撫でられたりだとか。色々嫌なことをされながらも。クリスが森に向かったときにその目を掻い潜って逃走したのは良いがそこで魔法が切れて元の姿に戻ってしまった。


姿を変える魔法は精神力がいるらしく。心身ともに疲弊していたブラングウェインの姐さんは魔法を維持できなかったらしい。元の姿に戻ったところでクリスに追い付かれ。


クリスはブラングウェインの姐さんを見てイゾルデ様を連れ戻しに来たのだろうと判断。ブラングウェインの姐さんとイゾルデ様の仲の良さを知っていたクリスは。


イゾルデ様に言うことを聞かせる為に。ブラングウェインの姐さんを利用しようと。疲弊し。満足に動けない姐さんを樹に縛り上げ。森に隠れているだろうとイゾルデ様を探しに向かった。


だが当然ながら。イゾルデ様は森にはいない。散々に探し回ってイゾルデ様が見つからなかったクリスは腹立たしさと苛立ちをブラングウェインの姐さんをいたぶることで発散しようとした。


まさにそのときパラメデスが駆けつけ。叔父上はというと兵で森を包囲して捜索を開始した。


真っ先にブラングウェインを見つけた形になったパラメデスは苦し気に縄に縛られて顔を歪めて身動き出来ないその姿が目に入った瞬間。


ほんの一息で間合いを詰めてクリスを殴った。腰に携えた剣を汚すに値しない輩だとばかりに。


聞けば旅の最中で遭遇した巨人を一撃で昏倒させたという痛烈な一打を与えた。···アイツ、剣術より素手での格闘の方が強いというか。剣を使うときは相手に対する手加減なとこがある。


パラメデスが素手でやりあうと決めたということは。ソイツを必ず殺すという意志の顕れだ。ブラングウェインの姐さん曰く。素手のパラメデス殿と戦って五体満足なのはトリスタン殿だけですよと。


大変、恐ろしいことを聞かされて自分が頑丈な身体で良かったと染々と思った。それはともかく。パラメデスの一撃でクリスは見事に吹き飛んだ。それを一瞥し。ブラングウェインの姐さんの縄を解く。


疲弊しきって意識が覚束ないがブラングウェインの姐さんは久し振りにパラメデスに会えたことに感じていた恐怖がすっ飛んだ。遠くからは森狩りをする兵士のざわめきが聴こえてくる。


なによりもパラメデスが来てくれたならもう怖いものはなにもないと。ブラングウェインの姐さんはわあわあと泣きじゃくり。自分からパラメデスに抱き着いたところでスコンと眠りに落ちた。


ブラングウェインの姐さんを抱き締めたパラメデスと。森狩りの陣頭指揮を取って。その場に遭遇した俺の叔父上を残した状態で。


気付いたときにはもう城に戻っていたから。パラメデス殿とマルク様がどんなやり取りをして。なにを理由にして不仲状態になったのか。私もわからないのですと答えたブラングウェインの姐さんに俺は考え込む。


基本、叔父上は人の懐に入るのが上手い人だ。朗らかな笑顔。穏やかな気性。柔かな物腰。身分に拘ることがないから誰とでも仲良くなれる。それは俺にはない叔父マルクの天性の才能だった。


そんな叔父上なら気難しいところはあるが。清廉潔白、気性の真っ直ぐなパラメデスと友好を結べると思っていたから。あのギスギスした空気を漂わせて。


互いに対して冷笑を浮かべる叔父上とパラメデスに驚いたとぼやくと。ブラングウェインの姐さんはそんなにギスギスしていたのですかと不思議そうにした。俺はすげえギスギスしてたと頷き。


ものすごーく怖かったと話すと。ブラングウェインの姐さんはあらあらと俺の頭をぽんぽんと撫でる。ブラングウェインの姐さんは俺を弟みたいに見ているらしく。


何の気なしにこうして可愛がってくる。その度にパラメデスの目が。というか視線が鋭利になっていくことにブラングウェインの姐さんは気づいてない。


「パラメデス殿もマルク様も優しい方。怒りや苛立ちを誰彼構わずぶつけるような方々ではありません。例え本当に不仲でもそう怖がる必要はないでしょう。いざとなれば私がお二方の前に立って壁となってトリスタン殿をお守りしますから。」


「俺でも分かるぞ。ブラングウェインの姐さんにこれ以上守られたら。あの二人は。というかパラメデスがものすごーく怒るって。」


ブラングウェインの姐さんが無事に回復した頃に叔父上とイゾルデ様は席を設け。パラメデスに単刀直入になにを褒美に望むのかと訊ねた。


このときパラメデスは旅の途中。アーサー王主催の馬上槍試合に出る機会がありアーサー直々に声をかけられ円卓の騎士に連なる身になっていた。


既に名誉も身分も得ていたパラメデスに相応しい褒美はなにか。叔父上もイゾルデ様も頭を悩ませた末に。パラメデスが望むものを与えようということになった。


イゾルデ様はパラメデスに告げた。貴方は恩人。なんでも望みを叶えましょうと。パラメデスはイゾルデ様の言葉に二言はないかと問い。叔父上に視線を向けながら。コーンウォール王の妃を褒美として貰い受けたいと言った。


この場には俺も居た。パラメデスに言われブラングウェイン姐さんを連れてきた俺はパラメデスの言葉にイゾルデ様と動揺するなか。叔父上は片眉を跳ね上げながらイゾルデ殿を与える訳にはいかないなとパラメデスに冷静に返した。


「ああ、言い方を変えましょうか。御婚礼の折りに。貴方がその手で抱いたであろう。夫婦の契りを交わした女性を下賜して頂きたい。」


とは言え別に貴方がたの許可が得たい訳ではない。これは私なりの決意表明だと思って欲しい。


「私は、私の親友を。ブラングウェインを大事にしない者の下に置いておく気はない。」


「パラメデス殿?」


「ブラン。私はいまから貴女を拐う。恨まれようと。憎まれようとも。貴女をこんなところに置いておけるか···!!」


それは本当に一瞬のことだった。パラメデスは振り返ったその勢いのまま話の邪魔にならいよう俺の後ろで静かに佇んでいたブラングウェインの姐さんを。


あっという間に腕に抱えあげて疾風のように駆け出すと。先導する猫妖精に続いて開け放たれていた窓から飛び降りたんだ。


パラメデスのまさかの行動にブラングウェインの姐さんの段々小さくなっていく驚愕の叫びでいち早く立ち直った叔父上はサー・パラメデスの怒りは正当なものであると二人は理解しているねと俺たちに問う。


二人が想いあっていること。そして二人の恋路の為に。ブラングウェイン嬢が手を貸していることを。私は知っていると告げた。息を飲んだ俺たちに叔父上はそれを知ったのは。あの婚礼のときだよと苦笑を溢す。


初夜の夜、ブラングウェイン嬢はイゾルデ殿のフリをして私の寝室にやって来た。そう語った叔父上にイゾルデ様が顔を曇らせる。


「でもね、私はブラングウェイン嬢を抱くことはなかった。いや、抱けなかったというべきか。イゾルデ殿のフリをした彼女はね。私にチェスは得意かと訊ねてきた。」


自慢じゃないがチェスは強いと返すと。ならば夫婦の契りを賭けて私とチェスで勝負をしないかと言ってきた。自分には恋慕う方がいます。その方への未練があるうちは。真実、マルク様の貞淑な妻にはなれない。だから未練を振り払う為に。


どうか私とチェスで勝負し。未練を引き摺る私を打ち負かして欲しい。そうすれば私は。未練を手放し。貴方を愛せるだろうからと彼女は。ブラングウェイン嬢は言ったと笑った。


「···そのとき、私は。目の前に居るのがイゾルデ殿ではないことに気付いた。見た目や言葉遣いは上手く真似られている。けれども表情の作り方がね。イゾルデ殿とは違うような気がした。」


顕著なのは雰囲気だ。イゾルデ殿が砂糖細工のような繊細さだとするなら。目の前に居る人物はどっしりとした大樹というか。なんだかつい。頼りたくなるような雰囲気だった。


この人物はイゾルデ殿ではないとして。誰だろうか。興味を抱いて。私は提案を飲んでチェスをすることにした。そして一晩中、彼女とチェスをしていたんだよ。チェスには自信があったけど。手も足も出ないぐらい彼女は強かった。


「成る程、チェスで勝負を挑むだけはある。そう思うと同時に彼女が何者なのか。より興味を抱いたし。彼女そのものを気にいってしまった。ああ、寝台に付いていた血は鶏の血だよ。あとで追及されないように私が付けた。」


初夜の翌日から私はそれとなくイゾルデ殿の周囲に居る人間を観察することにした。彼女が何者か知るために。


「そこで分かったことはイゾルデ殿とトリスタンが。深く想いあっていること。そしてイゾルデ殿のフリをしているのはブラングウェイン嬢であることだったんだよ。」


私は度々イゾルデ殿のフリをしたブラングウェイン嬢と夜を共にした。けれどもそれはね。彼女とチェスをする為だったんだ。


私はブラングウェイン嬢にイゾルデ殿のフリをしていることに気づいていることを告げなかった。それはその事実を追求してしまえば。

彼女は勿論。イゾルデ殿とトリスタンが私の前から消えてしまうと思ったからだ。私は失いたくはなかったんだ。君たちをね。


私は義弟が死に、妹もその後を追い。生まれたばかりの赤子の君までなくしたと信じていたとき。自分の目の届かない場所で大切な者が失われることに心の底から恐怖したんだよ。大事なモノは手元に置かなくては。きっと奪われてしまう。


「だから自分にとって大事なモノを。私はいっそ病的なほどに側に置くことに拘るようになっていた。そんな私は君たちを。ブラングウェイン嬢をやはり側に置きたいと思った。無くしたくないと。そう願った。」


イゾルデ殿のフリをしてブラングウェイン嬢と夜を共にしていくうちに私は。ブラングウェイン嬢に惹かれていることを自覚した。なによりも“彼女が私がよく知る人物であるなら。彼女は私の初恋の人”だからね。でも私は頭を抱えることになった。


なにせブラングウェイン嬢はイゾルデ様のフリをしていることを暴けばきっとイゾルデ殿とトリスタンを連れて姿を眩ませてしまうだろうし。


現状、私の妻はイゾルデ殿であるから。そのイゾルデ殿の侍女に手を出すというのは。まぁ、外聞とか。世間体的に大変よろしくないし。必ずなぜそうなったのか探ろうとする人間は出てくる。


私は良い。でも、イゾルデ殿とトリスタンの関係に気づけば。それを責め立てる人間は多い。なまじトリスタンを跡継ぎに指名したとき。酷く揉めたことは記憶に新しい。


「叔父の妻と内通していたと知れば。それを理由に跡継ぎの座からトリスタンを引き摺り落とそうとするだろう。それは避けなくてはいけない。」


少なくともトリスタンの地盤固めが終わり。玉座を譲り渡し。私とイゾルデ殿は白い結婚だったと明かして。トリスタンとイゾルデ殿が晴れて夫婦となるまで。


「私はブラングウェイン嬢に惹かれていることは周囲に隠し通さなくてはいけない。」


無論、ブラングウェイン嬢にも。そう決めたけれどね。日に日にブラングウェイン嬢に抱く想いは増していく。それを気取られないようにと気を付けてはいたが。


「どうしても言動や態度に想いは滲み出る。それをブラングウェイン嬢は。イゾルデ殿への好意だと思って怪しむことはなかったけれど。夜を共にするときブラングウェイン嬢は何時も申し訳なさそうにしていた。」



 

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